〜天下の《料理人》〜
…天下の《料理人》。
《エルダー・テイル》がゲームであった頃から、私はそう呼ばれていた。
ありとあらゆる食材アイテムを所持、全種類の料理をコンプリートしたら、いつの間にかそう呼ばれていたのだ。
…
…
「どうしよっかなぁ」
私は、困り果てていた。
今日は確か、新拡張パック《ノウアスフィアの開墾》が導入されるまさに当日であったはずだ。
新拡張パックに関連する料理関係の調査をすべく、導入前日からPCの前で待機していた。
…なのに。
気づいたら、私はここにいた。
ゲームであったはずの《エルダーテイル》が、現実となり、等身大のサイズで私を飲み込もうとする。
「マジかよ…」
料理のことにしか頭にない《料理人》のやばいやつ。
天下の《料理人》。
アキバの街の深々とした緑と《神代》の廃墟の中に、私は立っていた。
その後しばらくして、私はいくつかのことに気づいた。
まず1つ、《フレンド・リスト》から念話機能が使用出来ること。
私の《エルダー・テイル》歴は装備に不相応ながら長い。実に9年。中学生の頃からプレイし始めいつの間にか就職が決まっていた。
それもあってか、私の《フレンド・リスト》にはかなりの有名プレイヤーの名前が連なっている。
《D.D.D》のクラスティ。《ホネスティ》のアインス。《黒剣》のアイザック。《ロデ研》のロデリック。《シルバーソード》のウィリアム・マサチューセッツ。
アキバのみならず、日本サーバーのトッププレイヤーと親交があった。
「でも流石にこのメンツにかけるのはまずいかな…」
ギルドの管理とかもあるだろうし。
そう考えつつ《フレンド・リスト》をスワイプしていくと、とある《料理人》の名前を見つけた。
…にゃん太さん!!
「久しぶりですにゃ。何があったのにゃ?」
異世界に来たというのに変わらないなぁ。
「いえ、《エルダー・テイル》が現実化した事についてなにか知っていることはないかなぁと…」
「吾輩も困惑しているのが正直なところにゃ。今はススキノの街にいるにゃけど治安が悪くて大変なのにゃ」
私は今、アキバの街にいる。けど、にゃん太さんはススキノにいるのだ。
《都市間転移門》が停止しているというのは風の噂で聞いていたが、もしかしてこうなる前に転移していて戻れなくなってしまったのだろうか。
「…そんなことはないにゃあ。それにもし遠くに行こうと思ったとしてもグリフォンを使えばそこまで難しくもないにゃぁ」
にゃん太さんは《放蕩者の茶会》の元メンバーだった。
あの有名な大規模戦闘を行ったお騒がせ団体だ。
日本サーバー内では知らないものはいない。伝説の団体である。
その伝説の団体の《料理人》。
《エルダー・テイル》のオープンβが開始された時からの超古参プレイヤー。
尊敬しないはずがない。
にゃん太さんにはお礼を一言言い、私は念話を切った。
「とりあえず、食べるものを探さないと…。」
…かくして私の異世界《料理人》ライフは、まさにこの時から、始まったのであった。