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夏の蕾

作者: 美希子

大丈夫。


実里はそう自分に言ってからゆっくりと息を吸った。

「それで?」


洋人が苦しそうに少し顔を歪ませた。


「相手に子供ができたんだ。」

「だから結婚しようと思ってる。」


頭を鈍器で強く殴られたみたいな感覚に陥った。

と同時に視界がぐにゃりと歪みかけて慌てて唇をキツく噛む。


「そう…」

なんとか絞り出した震えた声を誤魔化す為にコーヒーを一口飲んだ。

コーヒーは少し冷めてしまっていた。



洋人は黙って遠慮がちに私をじっと見つめていた。


あぁ、またいつものパターンか

と気付いてしまった瞬間急にどうでもよくなった。


「しょうがないね。」


その瞬間洋人の顔がパッと輝いた。

が、すぐにそれを誤魔化すように洋人はきゅっと難しい顔をしてみせた。


私はこんなやり取りを四年もしてきんだ。


「本当にごめん…でも実里との毎日は本当に楽しかったんだ。」


四年間こんな風になんでも許してきちゃったな…。


「こんなことになって今更許してなんて言えない…けど僕は彼女を支えて守ってあげないといけないんだ。」


人の彼氏を堂々と寝取って子供作っちゃうような女は守る程か弱くないと思うけど?


「実里は俺よりずっとしっかりしてるから大丈夫だよな…」


何が大丈夫なの?


「だから…ごめん…実里…」



そして洋人は黙って私を見つめた。


あぁ私にこの先を言わせるつもりか。


私はもう一度息をゆっくり吸った。

本当はコーヒーを飲もうかと思ったのだが手が震えていたので辞めておいた。


大丈夫。

もう一度自分に言い聞かせた。


「別れよう。」

出来るだけ感情を抑えて。

「元気な赤ちゃん生まれるといいね。」

卑屈っぽくならないように。


流石に微笑むことはできなかった。

表情筋を動かすと涙が溢れそうだった。


「実里…」


「じゃ、今までありがとう。これから大変だろうけど頑張って。これ、コーヒー代とお祝い金」

一万円札を机の上に置いてそのまま振り返らずに席を立った。


「実里っ…ごめん…ありがとう…」


最後の言葉は聞こえなかったフリをして足早に出口へ向かった。

外に出ると太陽が眩しかった。眩しさに目を細めた瞬間、自分の中の糸が切れた。

涙が後から後から溢れてきた。気持ちはまだ付いてきていないはずなのに。

溢れ出る涙が止まらず遂には嗚咽まで込み上げてきた。


実里はそのまま公園まで早足で移動しトイレに駆け込んだ。

そしてそこから大声で泣いた。

ひとしきり泣いた後にゆっくりと楽しかった時の事を思い出してまた大声で泣き始めた。


20歳で付き合ってから四年。

大学生の時は一人暮らしの彼の家に入り浸りほとんどの時間を一緒に過ごした。

社会人になってからは忙しくなったといえども週一で会っていた。長期休暇の時には旅行もした。

沢山の場所に洋人との思い出が詰まっている。

これからはこの沢山の思い出が詰まった場所で一人で生活をしていかないといけない。


洋人の浮気になんとなく気が付いたのは半年前からだった。

別段それについて問い詰める気はなかった。

違う、気付かないフリをしているのが楽だったのだ。

そのことを気にすることはしんどいし、何よりこの話題を持ち出す事で洋人との関係が壊れてしまうことが怖かった。

浮気なんてきっと一時の気の迷いで洋人は私の元に戻ってくる。

そう信じて疑わなかった。


「私…全然しっかりなんかしてないよ…」


洋人は守ってあげたくなるような女の子のところへ行ってしまった。


ようやく涙が落ち着いてきた頃にはもう日が傾いていた。

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