幸田露伴「つゆくさ」現代語勝手訳(1)
幸田露伴「風流微塵蔵」のうち、「つゆくさ」を現代語訳してみました。
本来は原文で読むべきですが、現代語訳を試みましたので、興味のある方は、ご一読いただければ幸いです。
「勝手訳」とありますように、必ずしも原文の逐語訳とはなっておらず、自分の訳しやすいように、あるいは勝手な解釈で訳している部分もありますので、その点ご了承ください。
浅学、まるきりの素人の私がどこまで現代語にできるのか、はなはだ心許ないのですが、誤りがあれば、皆様のご指摘、ご教示を参考にしながら、訂正しつつ、少しでも正しい訳となるようにしていければと考えています。
(大きな誤訳、誤解釈があれば、ご指摘いただければ幸甚です)
前回「うすらひ」のあらすじ。
青柳村の青柳家は、昔栄えていた面影もなく衰退。
今は病弱な「おとわ」と亡くなった娘「お作」の子「新三郎」、そしてお作の婿であった「新右衛門」とその後妻のようにして青柳家に入り込んだ「お力」の四人が住んでいる。
お力が青柳家を取り仕切るようになり、おとわとの立場も逆転、お力は病弱なおとわを虐め倒すほどとなっている。
それを見かねた遠縁に当たる眞里谷の家の「お静」は自分の子である「お小夜」と新三郎が親しいのを理由付け、おとわの力になろうと、お力と対峙する。
そんな中、お静の亡き兄の子「遠藤雪丸」が東京から帰ってきた。通っていた学校を勝手に退学し、中国へ渡りたいので、お静が預かっている自分の資産を渡して欲しいと願い出る。しかし、詳しい理由も打ち明けないため、雪丸の後見人となっているお静は、そんな彼の行動を諫め、預かっている財産は渡せないと拒否。
すると、雪丸は自分の力で何としても行くとの強い意志を示し、お静が引き留めるのも構わず、出て行ってしまうのであった。
人間関係については、「さゝ舟」(9)にファミリーツリーを掲げていますので、参考にして下さい。雪丸は図の右端「遠藤兵太夫」の子です。
この現代語訳は「露伴全集 第八巻」(岩波書店)を底本としましたが、読みやすいように、適当に段落を入れています。
※ 今回、たとえば人称の記述や、「ござります」→「ございます」のように、これまでよりも訳をより現代語に近づけるようにした。ある意味、読みやすくはなったとは思うが、時代を感じさせられるかどうか。
つゆくさ
大伴坂上家大娘
つきくさのうつろひやすくおもへかもわかもふひとのこともつけこぬ
(*色の移ろいやすい月草のような気持ちをお持ちだからでしょうか、私の想っている人が何も言ってくださらないのは)
其 一
『鴨頭草のうつろいやすくおもえかも吾が思う人の言も告げ来ぬ』
と、大伴の家持に恨みを寄せた往時の女の入り組んだ情話は知らないが、雷が落ちても離れないと契りを交わした男に疎んじられるようになって、一人物思いに沈み、夜昼問わず心を悶え、身をもがいて苦しみ歎くというのは、どの時代でも絶えることはない。
小櫃の川の流れを振り返り、憤然としながら歌を詠じた遠藤雪丸。それからは、岩出、戸崎を経て、高蔵寺の観音も左の方に見ただけで一拝もせず、そのまま過ぎて、太田を越え、木更津に着けば、あたかも『出船、出船』と、人に呼びかけているところ。これ幸いにと、飛び乗って霊岸島へその夜に到着した。しかし、自分の宿屋には戻りもせず、四、五日を恐ろしい顔つきで東京市中を縦横十字に、また三角点にと、あちらを尋ね、ここを訪れ、走り回った。その後は、飄々として、行李の荷物も極力小さく一つにまとめ、胸に計り知れないほどの思いはあるけれど、顔には怪しい笑みを含んで、新橋から汽車で一ト飛び。出船千艘、入船千艘の横浜へ着き、停車場から出たのだが、そこへ群集の人を押し分けて、
「おお、若様」と、濁声高く叫びながら、後ろから団扇のような大きな手で以て、聳えさせていた右の肩をしたたかに叩く者がいる。
『はて? 何者か?』と振り返れば、眞里谷の家の下僕で、あの朴訥とした木工助であった。
「木工助、お前はどうして来た」と言うのも待たず、
「どうして来たではございません、若様、若様、まあ私めの宿までおいでくださいませ。一昨昨日から毎日毎日ここで眼をぱちぱちさせて、貴郎がお見えになったが最後、引っ捕まえて逃がすまいと一生懸命に待っておりました。眼は疲れますし、足は棒になりますし、老人の意気地のなさで、腰の骨は痛くなりますし、イヤハヤ、貴郎のお蔭でとんでもない目に遭いました。が、やれまあよく捕まえられて下さいましたので、私めの役目も漸く済みました。ありがとうございます。さあまあ、一緒に来て下さいませ。つい直そこの千葉屋の支店でございます」と、言い言い、袂をしっかり捉えて引き摺るように連れられては雪丸も逃げることもできず、橋の彼方にある千葉屋というところに来ると、導かれるまま二階へ通されながら、腹の中では
『眞里谷の叔母が此港に待っていて、また面倒なことを言うのでは。まったくもって……』と思ったが、通された部屋は汚く狭く、木工助の他に人は居ないだろうと思えるくらい。内心不審を抱いていると、木工助老夫は忙しく手を打ちたたいて、女中を呼び寄せ、
「お女中、お茶を頼みます。そして、帳場のお方にな、お預けして置いた物を
今すぐにお持ち下さいと、しっかり言うて下され」と、重々しい口調で言い付けた。
この「風流微塵蔵」は各章の長さが違い、今回の「つゆくさ」は全三回と、一番短いものとなっている。