第七話『邪神降臨(ヒーロー再臨)』
俺は校長室に通され、応接用のソファに座るよう促された。
部屋には二人の警察官がいて、外にも二人、扉をかためているようだった。
ガラスのテーブルの上にはセットアップされたノートPC、調書やファイル。
「ちょっと見てほしいものがあるんだけど、いいかな」
友好的だが有無を言わせぬ様子で、警察官は動画ファイルを開いた。
そこには市街地を邁進する巨大な怪物の姿があった。
ムカデが絡みついたような灰色の外殻には、ところどころスリットがあり、熱気を吐き出している。彫像を思わせる人面から怨嗟の唸りをあげている。頭部には禍々しく曲がりくねった大きな角。
俺は、この化け物を知っている。
邪神。
あちらの世界でさんざん苦戦させられた、いわゆるラスボス的な存在である。
核さえあれば無限に再生し、その深紅の宝玉は聖剣の力をもってしても破壊することはかなわない。
結局666片に切り刻んだ上で、露出した核を善神の力を借りて封印したのだが。
「これ、君の知ってる人?」
アップになった画面には、エルヴィラ達の姿があった。
『聞こえているか、ソード・シンクライン』
あいつら、邪神の封印を解きやがった。
『我々の要求は分かっているな。戦うというなら止めはしない。神の加護もないこの世界で、不死の邪神に勝てるというならな』
建物は倒壊し、足元では人々が逃げ惑っている。
負傷者だっているだろう。
とうとう俺以外の人間にまで手を出しやがった。
外道め!
「ソード・シンクライン、君のことだよね。なんでもいい。話を聞かせてくれないかな」
そんな警官の言葉も耳に届かない。
俺は探していた。
市街地。
病院。
いやな予感しかしない。
「すいません! 今のところ、ちょっと戻してもらえませんか?!」
いた。
読だ。病院から逃げてきたのだろう。病院服姿の老人を背負っている。周囲の人間は自分のことで手いっぱいで、取り残されていく二人のことに気付きもしない。
邪神はそこまで迫っている。
(なにやってるんだよ!)
俺は声を上げそうになった。
自分の身の危険も顧みず、他人のために、誰が見ているわけでもないのに。
お前こそ、ラノベの主人公みたいじゃないか。
……そうだった。
俺の時も、栞の時も、あいつは人のために本気だった。
そんなことはバカらしい。
ここにいる俺が証明している。
ラノベは夢だ。
手の届かないものを、そこにあるように錯覚させる。
だけど。
騙される奴は本当に馬鹿だと思うけれど。
それで読のような奴が現れるなら。
俺は。
「行かせてください。お願いします。奴らの狙いは俺なんです」
「君一人が行って何になる。ここは警察に任せなさい」
「すみません!」
俺は部屋を飛び出した。
「ちょっと!」
外を固めていた警官が俺を取り押さえようとする。
だがその顔面に勢いよく、白煙のようなものが噴射された。
チョークを思わせる匂い。
視界が白く遮られる。
「ここは俺に任せて先に行け!」
佐竹山くんが消火器を手に叫んだ。
ここにも馬鹿がいた。どちらかというと本物寄りのバカだけど。
「世界を頼んだぞ、ヒーロー」
「……死ぬなよ」
それっぽいことを言ってやる。
佐竹山くんはニヤリと笑うと、二本目の消火器の安全ピンを抜いた。
「フゥーハッハッハ!」
けむる校舎を後に、校門を抜ける。
市街地は学校から下った駅前にある。
俺はつづら折りの坂を無視してそのまま走った。
ガードレールを飛び越え、高台から身を躍らせる。
「来い!」
俺の呼び声に呼応して、少女を思わせる光が現れ俺の手に触れる。
それは、黄金色の剣となった。
聖剣を手にした俺は、そのまま街へと跳躍する。
すでに市街は黒煙に包まれていた。
邪神の外殻の隙間が赤く発光する。
体内の熱量が上昇しているのだ。
限界を越えたそれは、スリットから四方に放出される。
光線が走り、周囲の建造物が倒壊する。
破片は、読達の頭上にも降り注いだ。
しかし間一髪、俺はそれを右腕一本で受け止める。
「ソードくん?!」
まるでラノベ。それもとびきりチープなやつだ。
でもいいぜ。今回だけは演じてやる。
俺は聖剣を邪神に向けた。
「勇者ソード・シンクライン、推参!」