第五話『聖女のいざない(美少女とデート)』
「読ってば何も言ってなかったんですか? 恥ずかしいなあ、もう」
マリンパークへ向かう電車で、哀川栞はただひたすらに照れていた。
哀川栞、二つ隣の駅のお嬢様学校に通う、読の友人。
隣で見るとまつげも長い。でありながらメイクとかまったく感じない。ナチュラルボーン美少女だった。あちらの王族でもこうはいかない。
読が、友達の中で一番の美人に声をかけてくれたのだろう。
ただ、言ってはなんだが読とはずいぶんタイプが違う。
「読とはどこで知り合ったの」
「恩人なんです。私、中学の時、いじめられていて」
意外に思ったが、多分あれだ。美人すぎて標的になるというやつだ。
男子の間で話題になって、面白くない女子が、ってな感じだろう。
キモくてもダメ、美人過ぎてもダメ。
リアルは本当に難しい。
「でも読だけは仲良くしてくれたんです。一緒にいたら標的にされるよって言ったんだけど「かまわない」って。かっこよかった」
「分かる。そういうとこあるよな、あいつ」
「しかも、蒼人くんのこと紹介してくれた。感謝です」
「……俺?」
「覚えていませんか。あのコンビナート爆発事件の時、助けてもらったんです、私」
そういえば、飛竜との戦いに巻き込まれた女の子がいた。
あれが栞だったのか。
「私、証言したんですけど、信じてもらえなくて。ごめんなさい」
「いいよ。俺も聖剣とか使わなければ」
「でも、もう一回会えて、よかった」
『南新橋、南新橋。電車とホームの間が広く開いております。足元にご注意ください』
停車のアナウンスと共に、老夫婦が乗り込んでくる。
「どうぞ」
栞は迷わず席を譲った。
俺も続く。この手のことで出遅れたのは初めてだ。ちょっと悔しい。
奥さんが、栞になにやら耳打ちする。
「あ、いえ、そんな……」
栞の耳が赤く染まった。
「どうしたの?」
「……『デートの邪魔をしてごめんなさいね』、って……」
いい子なのだ。
惚れてしまいそうだ、と俺は思った。
デートコースが水族館というのは、読にしては気のきいたチョイスだった。
至らない俺でも順路を辿っているだけで格好がつく。
美しいインテリアを思わせる水槽の数々が、それだけでムードを高めてくれる。
しかしいつまでも無言というわけにもいかない。
どうしたものか。
そんなことを考えていた時だった。
栞が手を絡めてくる。
それだけならまだしも、肘に当たる感触、それは。
「わっ!」
「ごめんなさい! 読が、絶対にこうしろって」
読め。
あいつにはリアルとラノベとの違いをいつかしっかり教え込まなくてはなるまい。
相当思い切ったのだろう。栞は真っ赤になってうつむいている。
気まずくて仕方ない。
なにか話題はないものか。
「あのさ、読って昔からああだったの?」
「?」
「ラノベが好きっていうか、好きすぎるっていうか」
「読は……ラノベに救われたんです」
救われた?
そんな大層なものか? ラノベが?
「読、家族で交通事故にあったんです。読だけが助かって、今は親戚のところにいるんですけど」
栞は、慎重に言葉を選んで話を続けた。
「お家の方と馴染めなくて、学校が終わっても毎日図書館で時間をつぶしていたそうです。そこでラノベに出会ったって」
確かに、最近は図書館にもラノベがある。かくいう俺も、たまに手に取ったりする。
「読、言ってました。ラノベじゃどんなひどい目にあっても、主役は必ず勝つんだよって。だから蒼人くんにも負けてほしくないんだと思います」
服屋のことを思い出す。
あの時のお金は慰謝料とか、そういう類のものだったのか。
余計なお世話だ。
俺はラノベなんかじゃ、ないぞ。
「……俺、読にお礼がしたい」
大したことはできない。
だが、みやげくらい買ってもばちは当たらないはずだ。
「つきあってくれないか。読が好きなもの、いろいろ聞きたいし」
○
「なんか今日は一日、読の話でしたね」
帰り道、栞がぽつりとつぶやいた。
「ごめん」
「いいんです。私も楽しかったし」
栞は言って、少し考えてから、言った。
「……いえ、やっぱり悔しいです! 私、蒼人くんと、ちゃんとデートがしたかったです!」
そりゃ傷つくよな。
曲がりなりにもデートだったのだ。
女性のプライドを傷つけてしまった。
「悪かったね、これ今日連れ回しちゃったおわび。ご家族の人とでも食べて」
俺はマリンパークで買ったまんじゅうを差し出した。どのみち栞にもお礼をしようと用意しておいたのだ。
何か言おうとしていた栞は、それを受け取るとしぼむように小さくなった。
「……ありがとうございます。大切にします」
「賞味期限あるから早めにね」
「それじゃ、私はここで……」
一緒に帰ればいいのに、栞はその場からふらふらと去った。
俺は一人、読へのみやげを抱えて電車に乗った。
ダイオウグソクムシのぬいぐるみ。読へのプレゼントなら間違いないと栞の折り紙つきである。
しかし学校に持っていくには大きすぎる。いつどうやって渡したものか。
そんなことを考えながら駅を出ると。
読がいた。
今駆け付けたかのように息を切らせている。その背で夕日が暗く燃えていた。
「お、読。ちょうどよかった、これ」
「何で振ったの」
ぬいぐるみを差し出す前に、読が怒気を含んだ声で告げた。
「栞、あんなにいい子なのに! いったい何が不満なの!」