第四話『愉悦の探求者(幸福テロリズム)』
「お手軽な幸せといえば『食』だと思うんだ」
読は弁当の包みを解いた。
学校の非常階段の三階、穴場なのか他に人影はない。屋上と違って非常階段はその性質から施錠されることはない。読のそういう中二病的な嗅覚はさすがだった。
「どう? うンめエ~~? とかシャッキリポン! とか言ってもいいのよ」
読の弁当は冷凍食品もあったが、彩りにも気を使ってあって、いかにも女の子らしい作りであった。卵焼きがちょっとこげているが、食べられないほどではない。
味も普通。手作りという点を加味したら「普通にうまい」とくらい言ってやってもいいかもしれない。
「ソードくんはラノベとか好きじゃないからストレートに攻めてみました。ラノベならメシマズが定番なんだけど」
好きでもメシマズはダメだろ、絶対。
「しかし何で三階なんだ。どうせならもっと上の方が」
「四階は校内一の美形カップル、林先輩と吉見先輩の逢い引きの場所なのよ。そしてここからが重要なんだけど……ソードくん、上」
言われるままに上を見た。
なるほど吉見先輩がいる。
そして、階段の隙間から覗く、スカートの中の、白い。
「このラッキースケベ」
読がいやらしい笑みを浮かべる。
「違う! 覗きとか計画的犯行の類だこれ!」
「大声を出さないで……本物の覗き魔になるのが嫌ならね」
「そして口封じかよ?!」
いやな予感がして、俺は読が開いていたメモ帳を取り上げた。
「やん」
そこには、こんな箇条書きがあった。
・手作り弁当○
・デート
・メイド服、ブルマ
・温泉、水着回
・パンチラ〇
・着替えを覗く
・転んだ拍子に胸を揉む、スカートに顔をつっこむなど
「気持ちはありがたいけれど、合法的なやつでお願いします」
「えー」
なんで不満そうなんだ、お前。
「ならソードくん、放課後ヒマ?」
○
「ソードくん、デート用の服とか持ってないでしょう」
連れてこられたのは、横文字の店名で、いかついTシャツやカジュアルなジャケット、洗いがかかったジーンズなんかが同居したメンズファッション店だった。
吊るしの洋服を掻き分けてぎょっとする。
ジーンズ一本、一万越えだと?
し○むらなら5本は買える値段設定だ。
「好きなものを試着してみて」
試着するだけならただである。
「ソードくん、何でそんな格好似合っちゃうの」
フィッティングルームから出た俺を見て、読は声を上げて笑った。
全身を黒に統一し、素肌に黒いロングコート。アクセントに銀のアクセサリー。
我ながら、決まっていると思ったのだが。
読は近くの店員さんに声をかけた。
「すみません、いい感じの見繕ってもらうことってできます? 予算はだいたいこれくらいで」
読が見せた財布の中にいくらくらい入っていたのかは知らないが、茶髪で清潔感のある店員さんが見立ててくれた服装は学生らしさを失わず、それでいてセンター街とか自然に歩ける感じのものだった。無難にまとめたシャツとジャケットに細身のカモフラニスキー(迷彩柄)パンツを合わせているあたり、俺も気に入っていたりする。
「それじゃこれ、お願いします」
「あのさ、俺、手持ちが」
「心配しないで。ちょっと都合してきたから」
そのまま読は支払いを済ませてしまった。
「悪いって、こんなの、学生の度を越えてる」
「いいのよ。あぶく銭みたいなものだから」
読のスマホが鳴る。
「はい、おばさん。今日は夕飯までには帰りますので。いつもありがとうございます……それじゃ」
「ご家族の方?」
「うん」
どこかさびしそうに見えたのは気のせいか。
「とにかく、装備は整ったんだからやりましょ、デート」
「え?」
「来週の日曜日でどう。場所は」
「え、あ、ちょ……」
「都合悪い?」
「いや、大丈夫、だけど」
「決まりね」
読はにまー、と笑ってみせた。
「期待しておきたまえよ、少年」
○
約束の日が来た。
読とデート。
手作り弁当とかもらっておいて今更といえば今更だが、改めて口にすると恥ずかしいものである。
少しくらい恋人っぽい振る舞いをしてみた方がいいのだろうか。
いや、相手はあの読だぞ。
そんなことを考えながら、駅の時計台の前で待つ。
「お待たせ」
そこに現れたのは、小柄でセミロング、有名アイドルグループのセンターでもおかしくないような美少女だった。
肌とか白い。透けるようだ。それがほんのり紅く色づいている。
「早いんだね、蒼人くん。私も結構早く来たつもりだったんだけど」
遠くから見かけて走ってきたのだろう。
控えめながらも一生懸命なその仕草にぐっとこない男はいまい。
俺は思った。
……誰?