第二話『魔物が棲む海(サービス回が必要、と読は言った)』
燃えるような太陽、焼けつくような砂浜。
俺達は海水浴にやってきていた。
お察しの通り、読が、
「そろそろサービス回が必要なんじゃないかしら。そしてサービスといえば温泉か海!」
などと言い出したのだ。
結局栞やニムエ、佐竹山くんまで巻き込んで、今回の遠征となった、のだが。
「最近は海より砂浜の方が混雑しているのね」
俺達はビーチパラソルを抱えたまま、すし詰めの砂浜で立ち往生していた。
海が遠い。
人が七分に、海が三分だ。
「ラノベなら、誰かを埋めた横でスイカ割りとかしているのに」
誰かを埋める必要があるのか、読。
「場所取りは私とソードでしておくから、女性陣は泳いできてはどうか」
佐竹山くん、お前はなんでモテないんだ?
「そんな……悪いです。じゃあ私、かき氷でも買ってきます」
相変わらず栞は天使であった。
「この泥棒猫と二人で海? 冗談じゃありません!」
ニムエが読を睨みつける。
「なら私と行くか? ニムエちゃん」
佐竹山くん、それは絵面的にアウトだと思う。
そんなわけで、サービス回らしいのにまだ誰もパーカーすら脱いでいない状態だ。
「ソード! ソード・シンクライン!」
誰かが呼ぶ声がする。
「出てくるのだ! ソード・シンクライン!」
知った声だ。
「知り合いか?」
「同姓同名の他人だろう。よくある名前だ」
「見つけたぞこの白髪頭」
人込みをかき分け、ボロボロのエルヴィラが姿を現した。
髪は乱れ、肩で息をするほどに疲弊している。無理もない。この混雑で人ひとり探すのは砂漠で針を見つけるようなものだ。
「出てこいと言ったら出て来いよ! 大変だっただろ!」
付き合う義理などあるものか。
しかし。
「なんで水着なんだ、お前」
見事な赤のビキニである。
「知れたこと」
エルヴィラは豊満な胸を張った。
「鎧だと海に落ちたとき、身動きが取れなくなるからな」
ああ、そのパターンは対策されてしまったか。
熱中症で倒れるのも期待できない。
「さあ、聖剣を渡してもらおう」
正直、よくないタイミングだ。
連中はニムエの正体を知らない。
だが、確かにここには聖剣があるのだ。
「いやだと言ったら?」
「無論、戦って奪い取るのみ!」
エルヴィラが剣を掲げるのに呼応して、海面が雪玉のように膨れ上がる。
中から現れたのは、巨大なイカを思わせる魔物。
クラーケンだ。
無数の触手が水面から蠢いている。
水飛沫が雨のように、海水浴客に降り注いだ。
「サービス回、触手……その手があったか」
逃げ惑う海水浴客の中、読が一人、そんなことを呟いた。
あれだけいた人混みも、それこそ潮が引くように砂浜から消えた。
残ったのはパラソルと荷物のみ。
「邪神の次がクラーケンとは、ずいぶんと格が落ちるじゃないか」
「力押しだけが戦いではないことを教えてやる――やれ!」
巨木のようでありながら、しなる触手が伸びる。
しかし、狙いは俺ではなかった。
「ソードくん!」
捕らわれたのは、読や佐竹山くん、栞にニムエ。
俺の周囲にいたものだった。
「この者たちの命が惜しくば、聖剣を差し出せ」
「きゃあ、吸盤って結構痛い!」
「構うなソード! 私ごとこの敵を討て!」
シャレになってないぞ、佐竹山くん。
確かにこれでは手が出ない。
エルヴィラめ、エルヴィラにしては頭を使ったじゃないか。
「ソードさま!」
ニムエが目で合図を送る。
自分を召喚しろと言っているのだ。
しかしここで聖剣のありかを知られてよいものか。
逡巡したその時だ。
「漆黒の鎌(シュバルツ・ズィッヘル)」
ニムエたちをとらえた触手が、次々と断ち切られる。
魔法だ。
何者かが放った空気の刃が、クラーケンの触手を切り落としたのだ。
「何をしているルシファー! 裏切る気か?」
ルシファー?
だが今はこの機を逃すわけにはいかない。
俺はビーチパラソルを手に跳躍した。
パラソルは巨大な銛となって、クラーケンを貫く。
……はずだっだが、勢いがつきすぎた。
その先端が届くより前に、発生した衝撃波がクラーケンを穿ち、ゴムボールのように四散させてしまった。
ああ、クラーケンなんて最初の冒険の中ボスくらいの存在だったからなあ。
俺も成長した。
古竜くらいでないと、相手にならないかもしれない。
クラーケンが光となって消える。
水の上位聖霊であるクラーケンは、聖霊の世界へと還るのだ。
俺の師匠が教えてくれた。
「今一歩のところで!」
エルヴィラは砂浜を脱兎のように駆けていった。
俺は、はっとして竜眼で周囲を探った。
ルシファー、その名前には聞き覚えがある。
だが、またしても魔力の痕跡は見つけられなかった。
代わりに、砂の中から下半身だけ突き出した、佐竹山くんを発見した。
「おお、ソード。あの怪物は?」
引っ張り出された佐竹山くんのメガネは砂まみれで、今もろくに見えていないようだった。
「倒した」
「さすがは我が盟友。その封印されし右腕は伊達ではないな」
徹底しているのかマジなのか。
まあ、納得しているならそれでいい。
「……貸し切りだね」
俺たち以外誰もいないビーチを、読が見渡す。
「すぐ警察が来て、封鎖されちまうだろうけどな」
「でもせっかく来たんですから」
栞は上着を脱ぎ去ると、そのまま海辺へと駆け出した。
「ソードくーん!」
波打ち際で手を振る白い水着の美少女。
尊い。
張り合うようにニムエもビキニ姿になる。と言っても女児用スイムウェアでは何も感じるところはないのだけど。
佐竹山くんも後を追う。
とりあえず俺は一等地にパラソルを突き立てた。
「……泳がないのか?」
俺は、隣に座る読に問いかけた。
「見たい?」
読はいたずらっぽく笑う。
「それじゃ、サービスしちゃおっかな」
読は胸元のチャックをおろすと、パーカーの肩をはだけるようにして覗かせた。
なんだろう。相手が読とはいえこれはかなり破壊力がある。
――だが、そんな気分もすぐに吹き飛んだ。
「私じゃ、サービスにならないでしょ?」
そこには、深い古傷があった。一つや二つではない。肩口だけではなく恐らくきっと全身に。
「栞から何を聞いたのかは知らないけど、私はね、私のためにやってるの。ハッピーエンド計画」
読は少し寂しそうに笑った。
「家族の中で、私だけが生き残って、何かの罰ゲームかと思ったわ。なんで一緒に死なせてくれなかったのか、って。でもね、ラノベが教えてくれたの。頑張ればきっといいことあるよって」
そこまでは栞の話通りだ。
「だから、私はラノベを嘘にするわけにはいかないんだ。ラノベに書かれていたことが嘘だったら、私も幸せになれないから」
ソードくんみたいな人が不幸になっちゃ、ダメだ。
確かに読はそう言った。
読はきっと許せなかったのだ。
頑張ってきた人間が、不幸なままで終わってしまうのが。
「ソードくんがハッピーエンドにならないと、困っちゃうのは私なんだ」
――読は、ラノベの正しさを証明し続ける。
努力はきっと無駄じゃない。
誰にでも幸せになる権利がある。
それは、自分に言い聞かせ続けている言葉だ。
「分かった」
そう、分かった。
「俺は絶対ハッピーエンドを迎える。でも俺だけじゃない。読がハッピーエンドを迎えるのだってその証明になるはずだ。どっちが不幸になっても、ラノベは嘘だってことになる。そうだろ?」
「難しいね」
「リアルは最強だからな。でも最近、勝ち目が見えてきた気がする」
ふと、そんな俺達をビーチボールを手にしたニムエが見つめているのが見えた。
「ニムエ?」
ニムエは無言のまま、背を向けて走り去ってしまった。




