第一話『竜眼覚醒(高校デビュー)』
「出席番号八番、新蔵院蒼人。趣味は野球観戦、好きなチームは巨人です。よろしくお願いします」
高校初日のホームルーム、この上なく無難に自己紹介をこなした。なのに、教室のどよめきがおさまらない。
皆の言いたいことはわかる。
だが待ってほしい。
白髪は遺伝だし、眼帯は感染症。
腕の包帯は本当の怪我。
確かに見た目はアレかもしれない。
だが、俺は、決して。
「シンクライン・ソード? 外人?」
「リアル中二病こえー」
「新蔵院だろ。コンビナート爆破事件の」
違うんだ。
俺は。
中二病なんかじゃ、ない。
中二病。
ここで言う中二病とは、ファンタジーやオカルト、SFやハードボイルドの住人になりきる『ごっこ遊び』である。
それくらいなら、誰だって経験はあるだろう。
ただ、彼らは人前でやる。
常日頃からやる。
そんな奴いるのかと思われるかもしれないが、それなりに存在するらしいから恐ろしい。
眼帯、包帯、白髪なんてのは、確かによくある『設定』かもしれない。
だが俺も、好きでこんな格好をしているわけじゃない。
「観察対象46423、いや、新蔵院蒼人」
目の前の席のメガネの生徒が語りかけてくる。
「ええと、佐竹山くん、だっけ?」
趣味は読書とゲーム、座右の銘は「働いたら負け」の佐竹山くんだ。
教室の中なのに、制服の上の白衣を脱ごうとしない。
「佐竹山聡。多元世界情報集積機関ベクシルのベオーバハターだ。機関よりお前の監視を命じられている」
皆さん、これが中二病です。
「危険があれば処分するようにも言われてもいるが、私個人としては可能な限り友好的な関係を築きたいと考えている。よろしく頼む」
中二病は孤独なのだ。だから仲間を求めるのだ。
正直、同類にはなりたくない。
差し出された彼のドライバーズグローブの手を取るべきか悩んでいたその時だ。
「ぐうっ?!」
右目が疼いた。
「奴らめ……何もこんな時に……!」
「ソード?」
「先生!」
イスを蹴って立ち上がる。
「気分が悪いので、保健室に行ってきます!」
返答も待たず、ブレザーの裾を翻して駆け出す。
「かっこいい……」
佐竹山くんだけが、憧れるような目で俺を見ていた。
○
奴らは、建築現場沿いの裏通りにいた。
西洋を思わせる甲冑をまとった一団は、傍目には映画の撮影か何かのように見えるかもしれない。
「久しいな、ソード・シンクライン。こちらの世界の暮らしはどうだ」
路上駐車された車の上から、女騎士が見下ろしている。
知った顔だ。
「帰れエルヴィラ。この国じゃ街頭集会は届出制なんだよ」
「つれないな、ソード・シンクライン。そろそろあちらの世界が恋しくなったのではないか? お前が持つ聖剣を差し出せば、その罪状も水に流すと言っているんだ。悪い取引ではあるまい?」
「人を島流しにしておいて勝手な言い草だな、エルヴィラ。大体お前ら検疫とかやってる?」
「ケンエキ?」
「未知の病原体とか持ち込んだり、持ち帰ったりしたらどうするんだよ。お前らポンポン異世界来すぎ。下手すりゃ世界が滅びるぞ。危機感持て」
兵士達がざわざわとざわめき始める。
「惑わされるな! 我々を煙に巻こうとしているだけだ。こいつの手口だ」
「人聞きが悪いな。半分は本当のことなのに」
「口先ばかり達者になりおって。昔はいい子だったのに」
「そういうのは卒業したんだよ、俺は」
甲冑の一団が襲い掛かってくる。
俺は右腕の包帯を解き放った。
無数の傷がうっすらと赤く発光している。
竜創。
傷口に竜の血を浴びて、竜と人の組織が混じり合っている状態。
高い生命力と強靭な肉体を持つドラゴンの力は、この腕に鋼以上の硬度と、常人ならざる力を与える。
素手で剣を叩き折り、学生カバンで兵士の横っ面を殴り飛ばす。
「魔法兵団、奴の動きを止めろ」
兵士達の影に控えていたのだろう、ローブに身を包んだ魔術師達が一丸となって詠唱を始める。
「くっ」
バインドだ。
立ち回りを続けていた俺の体が、縫い取られたように動かなくなる。
まずい。
俺は辛うじて動く右腕に力を込めると、右目の眼帯をむしりとった。
その奥から爬虫類を思わせる、金色に輝く瞳が覗く。
竜眼。
全ての魔術を無効化する、一部の上位ドラゴンだけが持つ魔眼。
視線に射抜かれた魔術師達の術が、次々と霧散消失していく。
「それだけの力を持ちながら、なぜ王国のために使おうとしない。かつては勇者とうたわれたお前が」
「勇者?」
自分でも言葉が冷えていくのがわかる。
「道具か兵器の間違いだろ。もう俺は誰かのためには戦わない。国のためにも、正義のためにも。正義のために戦うのは、損なんだよ」
そこからは一方的だった。
無論、殺したりはしない。
ただ痛い目には合ってもらう。
「帰れ。俺の惰眠を邪魔するな」
だが、俺はまだ知らなかった。
この戦いを撮影した者がいることを。
〇
翌日の登校途中、朝の通勤電車。
生徒達がジュースの紙パックを置き去りにして降りていく。
「やれやれ……」
俺はそれをゴミ箱に入れた。
高校デビューは失敗した。
大失敗だ。
憂鬱な気分で靴箱を開ける。上履きの上に、白い封筒が置かれていた。
「これは……恋文というやつではないか?」
佐竹山くんが覗き込んでくる。
ただラブレターにしては事務的すぎる。
飾り気がない。真っ白だ。
俺はその場で封を切った。
「お前の秘密を知っている。放課後、屋上で待つ」
脅迫状だった。
はじめまして、壬生京太郎です。
こんなタイトルですが、ラノベをディスるのではなく最終的にはラノベ万歳! な話の予定です。
とりあえず第八話で大きなバトルがあってひと段落するのですが、そこまではストックがあるのでしばらくは毎日更新します。
よろしくお願いいたします。