うちは食堂、常連は最強。
ブクマ&評価&感想ありがとうございます!
『水無月ソウ 1719』さんにレビューをいただきました!
正真正銘の初レビューですよ!すごく驚きました。
ありがとうございます!
異世界に転生した。
異世界転生と言えばチートを期待する程度には、前世ではネット小説をよく読んでいた。
もちろん俺も記憶が戻った時──そう、この世界で五歳になった時だった──それを期待した。
だが、残念なことに、俺はその恩恵に与れなかった。
この世界の一般的な町人。
それが今の俺だ。
この世界の両親は、とある王国にある中規模の町で食堂を営んでいた。
食堂といっても、父と母、二人で切り盛りできる小さなものだ。
店は取り立てて繁盛していた訳でも、閑古鳥が鳴いていた訳でもなかったが、両親と俺の三人が生活できる程度には稼げていたようだった。
慎ましくも三人、幸せに暮らしていたが、そんな状況が一変したのは俺が十五歳の時だった。
住んでいた町を疫病が襲った。
この世界には病を治すための魔法も、病院のようなものもある。
しかし、それらは一部の裕福な者達のためのもので、俺の両親が世話になることはなかった。
あの時、丁度町を通りかかった優秀な冒険者が町全体を浄化してくれなかったならば、俺も両親と一緒に土の下に眠ることになっていただろう。
正直、もう少し早く来てくれていればと思わなかったでもないが、あの時の顔も名も知らない冒険者には感謝している。
一人取り残された俺だったが、幸いにして両親が遺してくれた店があった。
前世ではずっと一人暮らしだったのと、現世では早くから両親の手伝いをしていたので、店を続けるのに必要なスキルもあった。
この世界で無双できる程のチートは持っていなかったが、前世の記憶はある。
これらを生かして、俺は食堂を継ぐことにした。
二度目の嵐が来たのは三年後。
俺は十八歳となっていた。
隣国が攻め込んできた。
隣国は王国よりも遥かに強大で、戦況はたちまち悪化した。
隣国と国境を接する領地では次々と兵が倒れ、すぐに足りなくなった。
足りなくなるとどうなるか……。
不幸なことに俺の住む町は前線から近かった。
ある日、俺は徴兵された。
そして俺は今、戦場にいる。
目の前に広がっていたのは、自軍の三倍はいようかという隣国の軍勢。
一糸乱れぬ様は、よく訓練された兵の様に見える。
対して、すぐ隣にいる味方は近くの農村から徴兵されたという青年だ。
どう贔屓目に見ても、向こうの兵士と一対一でやりあっても勝てる気がしない。
そうして戦端が開かれ、あっという間に隣国の軍勢に飲み込まれた。
無我夢中に手に持った武器を振り回すが、所詮素人、弾かれ、躱され、浅い傷は付けれても、致命傷にはならない。
元より、巷に蔓延る魔物とすら戦ったことのない俺が、慣れないショートソードを持って人殺しなどできる訳がないのだ。
嗚呼、この世界での人生もこれまでか。
弾かれ、手から抜けていったショートソードが飛んでいくのを見つめ、そっと息を吐いた。
「危ない、危ない。間に合ってよかったよ」
待っていたその時は訪れなかった。
戦場に似つかわしくない、のんびりとした声が聞こえ、視線を前に戻すと、目の前にいたのは見知った顔だった。
短く切られた白銀色の髪に金色の瞳という派手な容貌は一目見たら忘れられない。
それに加え、見た人十人中十人が偉丈夫だと言うだろう立派な体躯を具えているくせに、人懐っこい表情と性格から大型犬の様な印象を持っていた。
店で彼が好物のマヨネーズを大量にかけた唐揚げを頬張る様を見て、本当に大型犬の食事風景を見守っている気分になったのは内緒だ。
「店長さん、大丈夫?」
「あっ、はい」
「どこか怪我でもしてる?」
ここは戦場だというのに、店にいるときと同じ様にのほほんとした雰囲気を纏う彼に毒気を抜かれてぼんやりしていると、どこか怪我をしているのではないかと甚く心配された。
細かい傷はあれど、致命傷になるような怪我はしていなかったため、改めて大丈夫だと告げようとしたら、今度は回復魔法が飛んできた。
すっかりと治ってしまった怪我に驚いていると、彼の隣に誰かが立ち止まった。
「思ったより息災だったようで何より」
回復魔法をかけてくれたのは、これまた店によく来てくれる白魔道師さんだった。
腰まである真っ直ぐな黒髪に紅色の瞳、非常に整った顔に浮かべる皮肉っぽい笑みは妖艶で、白魔道師というより黒魔道師だと言われた方がしっくりくる。
普段着ているローブの下は、出るとこは出て、引っ込んでいるべきところは引っ込んでいる魅惑の姿態だと専らの噂だが、恐らくそれは正しいのだろう。
何せ、店に食事に来て、帰り際に他に来ていた冒険者をお持ち帰りしているのを割りと頻繁に見かける。
噂の出所は十中八九、そこだろう。
うちでデミグラスソースをかけたオムライスを幸せそうに食べている様は可愛いのだが、その肉食っぷりには少しばかり引いてしまう。
「しかし、私のものに手を出すとは、帝国はよほど滅ぼされたいらしいな」
「まったくだよなぁ。ついでだからやってくかぁ」
獰猛に笑う姿は猛獣を思わせるが、貴女のものになった覚えはありません。
それから、白銀の彼、暢気に笑いながら背中の大剣を抜いているけど参戦する気か?
「こっちの面倒は見るから、存分にやってきたらいいよ」
後ろからの声に振り返ると、もう一人、うちの店に食材等を卸してくれる商人さんがいた。
さらさらの蜂蜜色の髪に薄紫の瞳、高貴な雰囲気は貴族だと言われても納得しそうなくらいで、本人曰く只の商人だと言うのが信じられない。
無類のハンバーグ好きで、ハンバーグのためならどれだけ遠方の物でも材料を仕入れてくれる。
それこそ隣の大陸の香辛料まで。
彼のお陰で前世のレシピを色々と再現することができ、お陰様でうちの店はそれなりに繁盛していた。
「先日聞いた香辛料を手に入れたからお店に行ったら閉まってたんで驚きましたよ」
そう言って、商人さんが斜め掛けしているアイテムバッグからいくつかの香辛料を取り出した。
オールスパイス、カルダモン、クローブ、クミン、コリアンダー、ターメリック、フェヌグリーク、レッドペッパー、ローリエ……。
こちらの世界ではまた違った名前で呼ばれているそれらは、カレーに必要な香辛料だ。
全てを揃えるには、それこそ何周世界を巡ることになるのか分からない物だが、彼はあっさりと集めてきた。
彼にカレーの話をしたのは確か一週間前だったんだけどな……。
「丁度お店の前であの二人に会いましてね。店長さんから伺ったカレーの話をしたら二人も食べたいって話になりまして。他の材料も一通り用意してきたんで、よろしければ作っていただけませんか?」
「それは構いませんが、ただ……」
カレーを作るのは構わない。
だが──突然現れた三人のいつも通りの雰囲気に忘れかけるが──ここは戦場だ。
周りを見渡すと、あちらこちらで戦闘が繰り広げられている。
何故だか俺と商人さんには誰も近付いて来ないが。
不安気に周りを見ていたからか、俺を落ち着かせるように彼が柔らかく微笑む。
「もちろんカレーを作るのはお店に戻ってからで大丈夫ですよ」
いや、それはまったく見当違いだ。
誰がこの場で作ると言った。
「店長さんならここでも作れなくはないと思いますけど、流石に周りが騒々しいですしね。人避けの結界を張っているので攻撃を受けることは無いと思いますが」
結界?
そんな魔法があっただろうか?
聞いたことがない。
「うおりゃあああああぁぁぁぁぁ」
割と近くから聞こえた声に振り向くと、白銀の彼が大剣を一閃し、彼を取り囲んでいた帝国兵が糸の切れたマリオネットのように崩れ落ちた。
しかも一番手前にいた兵だけではなく、その後ろ二、三列分の兵も同様に。
何だ、あれ、衝撃波でも出てるのか?
一撃で十人以上倒すとか、おかしいだろ。
そうして、見る見るうちに彼の周囲に空白地帯が生まれる。
「くくく、愚か者共め、滅びるがいい」
物騒な台詞がした方を向くと、空には埋め尽くさんばかりの色とりどりの魔方陣が浮かび上がっていた。
えーっと、あれ全部攻撃魔法だよな。
色毎に属性が分かれてたはずだが、あれ全属性ないか?
まさか、これ全部彼女が?
魔法ってこういくつも同時に展開できたっけ?
それ以前に、彼女、白魔道師だったはずだよな。
何で攻撃魔法使えるんだ。
「あぁ、すぐに終わりそうですね」
商人さんが浮かべている表情は穏やかだが、言っている言葉の内容は穏やかではない。
確かに、あれだけの攻撃魔法が全て炸裂すれば、大軍といえど消し飛ぶだろうけど……、あ、消し飛んだ……。
こうして戦争はうちの国の圧勝で終わった。
彼女の魔法が炸裂した後、ほぼ全壊した帝国軍を尻目に、商人さんの転移魔法で店に戻って来た。
商人さんはこの世界で唯一人の空間魔法の使い手で、この魔法を使って世界各地の食材を集めてきてくれていたらしい。
帝国軍を半壊させた彼女は、回復魔法だけでなく攻撃魔法も操れる、お伽噺にしか存在しないと言われていた賢者だった。
帝国軍の残りの半分を崩壊させたのは白銀の彼で、最初は大剣で戦っていたくせに、途中から面倒だと掌からブレスを出し、薙ぎ払いだした。
どうやら人ではなく、この世界で最強と名高い竜で、普段は人化していたようだ。
俺の作ったカレーを食べながら色々と話を聞くと、三人はやはり日本からの転生者で、俺とは違ってチート持ちだった。
俺の店は彼等の様な転生者の間では地球の料理が食べられることで有名らしく、実は世界各地からこの店に転生者が集まっていたそうだ。
店に来ている常連の八割は転生者じゃないかとは商人さんの談だ。
チート持ちも、そうでない者たちも、今回の戦争でこの店が無くなるところだったことに酷く腹を立てているらしく、あらゆる所で報復活動を起こすだろうとも言っていた。
実際、カレーが大好物だという内政が得意な転生者が帝国を崩壊させると息巻き、数年後に帝国は小さな国々に分裂し、その歴史を閉じた。
うちの店は普通の食堂だが、常連達は最強だったようだ。
テスト前に急に部屋の掃除がしたくなるのと同じ様なアレです。
急に思いついて、かっとなって平日に書き始めてしまったお話。
連載にする気力が無かったので短編で。
思い付くままに書き綴ったため、設定はゆるゆるです。
申し訳ないです。