薬はいかが?
袋に材料を入れ2回振る。どこかで聞いた事があるような軽いチンッ!と言う音が鳴ればそれで完成。
なんて簡単なんでしょう!
ごそごそと袋の中に手を突っ込み中身を掴むと強引に引っ張る。袋の口が破けるのでは無いかと思うほど広がりズルリと中から出てきた物を地面に下ろした。
ふぅ、と一息入れてかいても無い額の汗を拭う。
「…完成」
注文されたサイズより小さい気がするが別に良いだろうとの判断を下し、別の袋に仕舞う。
こちらも、まあ一見して入らないだろ!って突っ込みたくなる大きさの物を易々と中に入れて行く作業はある意味シュールだと思う。
ちょっと遠い目になったが気にしないでおこう。
――カンカンカン
控えめなドアベルの音がした。来客を知らせる合図だ。
さぁ、今日も一日頑張るか!と気合いを入れてクローゼットのドアを開けた。
あら、こんにちは。街はずれの路地裏でひっそり小さな薬屋を営んでおります、店主のロノアと申します。薬作りの趣味が高じて開いた店なので閉まっている事の方が多いのですが、ご入り用の際は是非当店自慢の薬をお買い求めください。扱う物は主に薬のたぐいですがアイテムや装備品など小さい物から大きい物まで何でも取り揃えております。
小さな店舗で小さな看板を掲げ小さな店主の居る店、『ツイン』は本日も元気に開店いたしました。
店主のロノアこと、私は今年でようやく10歳になりました。でも店を開いてそろそろ2年、だいぶ軌道に乗ってきました。なんでこんなお子様が店主なのかって?って聞くんですか?長くなりますよ?まぁ、その話は追々しますよ。
で?本日は何をお買い求めですか?
「いらっしゃいませ~」
「すみません、『ツイン』ってここであってます?」
そう言って訪れたのは30代ぐらいのお嬢さん。私の顔を見るなり意外そうな顔をした。後ろにある作業室に続くドアを見てそれから再び戻ってきた視線ににっこり営業スマイルで対応する。作業室のその奥に自宅クローゼットへと続く入口がある。まぁお客さんには関係ないか。
「はい、ココは薬屋『ツイン』ですよ」
「お父さんか、お母さんは居ないのかしら?」
「……生憎と居ないんですが」
新顔さんですね、新しい方が来ると決まって同じ反応をするのでもうなれました。そして毎回同じ答えを返しています。もはやテンプレ的な回答です。
「何をお求めですか?」
こんな路地の裏にある店に子供一人って普通は心配になるよね?でもそんな店まで買いに来る人も何だかんだで訳ありの人が多いのであまり突っ込まれることもない。
「まぁ、いいわ。ココってグレリー製の物があるって聞いてるんだけど」
「はい、置いていますよ」
「傷薬…いいえ、よい傷薬が欲しいのあるかしら?」
「ご用意いたします。数は幾つほどですか?」
カウンター前の椅子から降りて棚の前に立った私は振り返り数を聞いた。
「そうね、あるだけ頂こうかしら?」
「はい」
素直に返事をしてよい傷薬がしまってある扉の中に頭を突っ込んでいると背後からえっ!と声が聞こえたが無視だ。
ちょっとからかうつもりでそういうことを言う人は結構居るのだ。特に新顔さんは…
「全部で73個です」
そう言って私は10個を一纏めにしている袋を次々にカウンターの上に置いていく。
「ひとつ、1,200エンなので87,600エンですね」
73個全部出し終えてお客さんの顔を見ると少し口の端が引きつっていた。
「なっ…87,600!そんなに!?」
そうそう、ここの通貨の単位はエンです。正確に発音するとイェンなんだけどエンでも通じるので問題無くて、とっても覚えやすくて助かっています。紙幣ではなく硬貨で7種類。小貨1枚1エン、銅貨1枚10エン、白銅貨1枚100エン、銀貨1枚1,000エン、白銀貨1枚5,000エン、金貨1枚10,000エン、白金貨1枚100,000エンですかね~。金貨や白金貨は高価すぎて出回ってないので余り見ない、小貨も銅貨をさらに小さくしたものでこちらも使い勝手が悪いのかやはり出回ってない。代わりに白銅貨や銀貨が一番使い易いので沢山出回っている。だから枚数がかさばり凄く重い。紙幣があれば重くないのにと常々思う。
こんな事を思う私は変わっているらしく、今更ながら説明しますが実は私、異世界転生をしちゃった地球生まれ、日本育ちの日本人だったんです。趣味はゲームに読書に手芸にTV鑑賞と多趣味インドア派のごくごく平凡な女だった。気が付いたらこの世界に居た。詳しく話すとこれまた長くなるので割愛。
話を戻して、お金の話ですが一般人の平均月収額とかも概ね日本と一緒なんで支払いが9万近くの金額になればお客さんがビックリするのも無理はありませんね。私の時給は一応1,000エン、銀貨1枚ですかね。
「ちゃんとグレリーの商品なの?」
「紛れもなく正規品ですよ?」
だって私が作ってるんだもん、なんて新顔のお客さんに教えるはずもなく確認しますか?と聞いた。
お客さんが言ったグレリーとは果実の事で、前世で言うとブドウ味のさくらんぼって感じかな?
私が作っている薬の類には必ずその可愛らしいマークが付いていて、そのマークにちなんでグレリーの商品と言われる様になった。どこの商品よりも高いがどこの物より質が良いと冒険者の間で囁かれ、あっという間に広がり厳つい冒険者が持つにはちょっと可愛すぎと最初は敬遠されていたが、性能重視の冒険者達に気に入られてグングン支持を伸ばしている。
グレリーの薬はどれも一般的に出回っている同じ薬よりも質が良い。どうしてそうなるのかは作っている本人にも分からないが、質が良ければ高くても売れる。差別化を図った方が良いと教えられ、前世の記憶を基に高い物って基本ブランド物だよね~ブランド物と言えばその商品に付いているロゴだ。と言う安直な考えで、作った物にロゴマークを入れて分かるようにしよう!となったわけだ。どんなロゴマークが良いかなぁ~と悩んでいる時に食べていた果実のグレリーを入れることにした。そんな経緯を話すと誰もが呆れた顔をする。
で、薬の話に戻ろう。基本的に傷薬は300エン前後、よい傷薬は800エン、優れた傷薬は1,600エンぐらいなので私が今言った金額がいかに高いか分かるだろか?高いが売れるとの事なので街では偽物も多くなってきたと常連客が漏らしていた。ちなみに本物の見分け方はグレリーのマークに触れると淡く発光することなのだが実はあまり知られていない、一番手っ取り早いのは傷を作って試すことで分かるがこれはあんまりなのでおススメできない。
「やめます?」
「…いえ、とりあえず5個にしていただける?」
「あー、5個か、6,000エンです。お買い上げありがとうございますぅ」
ちょっと残念そうに言うのがポイントだ、お客さんは居たたまれなさそうにそっぽを向いていた。
市場に出回っているグレリーの商品は数が少ないので70個以上もあるとは思わなかったのだろう。家の店は常に5~60個ぐらいの在庫を置いてあるのでどんなに無茶を言われても大丈夫!
この人次も来るかな?と思いながら商品を袋に詰める。
「おまけで傷薬1つ入れておきますね」
最後にちょっとした優しさでおまけを入れておけば印象も変わるだろうと思い袋を差し出した。
「それもグレリーなの?」
「ええ、家はグレリーの物しか置いてないんですよ」
私が作ってるからね、と再び心の中で突っ込みを入れつつ笑顔で返す。
「ちなみに傷薬はいくらなの?」
「えっと、傷薬は400エン、優れた傷薬なら2400エンぐらいですね」
「た、高いのね」
他の商品もよそより割高なので驚いているお客さんにそうですか?ととぼけてみる。
「性能が良いからそれくらいでもいいと思うが?」
突然聞こえた第三者の声にお客さんは飛び上がる程驚いて後ろを振り返った。
「いらっしゃいませ~」
真っ黒のマントを羽織った如何にも怪しいぞって感じの人が入り口に立っていた。
この人は常連客なので私は気にせず、前の方が終わるまで脇の椅子で待って欲しいとお願いした。人が3~4人も入れば満員になる小さな店だが何故かテーブルセットが置いてある。そのせいで益々狭いのだが長居する客が多いので設置したのだ。小さな喫茶スペースって感じだと思ってください。
せっかくなので店の間取りも説明しておきましょうか、まず店主の私が居るカウンターが真ん中にドンと置かれている。作業がしやすい様にと広めに作って貰ったカウンターなのでかなりデカいが細々とした薬品が載っているのでそれ程目立たない。カウンターの内側は床から60センチほど嵩増ししていて、階段で言うと2~3段分ぐらいの高さがある。内側は土足厳禁で元日本人の私好みの畳風なマットを自作して敷きつつも床下収納出来るようにした。高さの調整が出来る椅子を置き、それに座ると接客が楽になる。主に自分の首が。
他は壁に棚を設置してもらって薬の在庫を収納している。正面から見て左側に簡易キッチンを備えていてその反対側に作業室に続く扉がある。内側を広めに取ったため外側、つまりお客さんが立つスペースは狭く商品棚とかは設置しなかった。何が欲しいか言ってもらって、有るか無いかでやり取りをするシステムだ。強盗とか盗賊防止対策もバッチリ施している入口の脇に掲示板を掲げていて、そこに欲しい材料を書いておくと誰かしらが調達してくれる。と言う何とも素晴らしいシステムを考えたのが真っ黒マントの常連客だ。
椅子に座り掲示板を眺めて此方を見る事無くお茶の催促をされた。
「ああ、ゆっくりでも良いがお茶を貰おう?」
先にきたお客さんが慌てて財布からお金を出しているのを横目に私はお茶の準備をする。
「何茶にしますか?」
ココで言うお茶とは大きく分けて6つある。基本的全部お茶だが、一般的な緑茶・紅茶、薬になる薬茶・薬膳茶、状態回復の効果のある回復茶。美容効果のある美麗茶だ。家の店ではどのお茶も常備してある。各お茶にも色々と種類があるが、一言でお茶と呼ばれる物は基本的に状態回復の効果が付いている回復茶の事を指す。効果の無いお茶の事は緑茶、紅茶と普通に呼んで居る。で、せっかく飲むなら何らかの効果が付いていた方が良いんじゃねえの?って感じで世の中の人はお茶を飲む。その名を渋茶という。この渋茶、読んで字の如くもの凄く渋い。当然私の口に合わなかった。罰ゲームですか?と聞き返したくなるほど渋い。効果が付いてれば良いと言う訳では無いと私は主張した。結果、渋茶より効能が良く私の口に合うお茶を色々考案した。前世のお茶好きが高じて色々作った結果、回復茶より家庭向けの薬膳茶、お姉さま方に人気の美麗茶など新たなお茶のジャンルを確立した。
もともとは自分用として飲んでいたお茶を長居する常連客が増えてきた事から昔の癖でお客にはお茶を、と言う日本人的精神で出し始め、そうしたらお得意様にせがまれたので何度か分けてあげた。それが新しいお茶、しかもグレリー製!と言う付加価値が付いて市場に出回っているようだ。蛇足だがお茶のレシピは公開してあるので作ろうと思えば自分で作れるハズなのだが一般の方だと上手く作れないようだ。
「…酸茶」
「は~い」
そんなやりとりを見ていたお客さんがまたもや驚いて声を上げる。
「お茶もあるんですか?しかも酸茶!?」
「うい~、他にも色々置いてるよ?」
まさかそれもグレリー製なの!?って声が聞こえたが気にせず黒マントにお茶を出す。酸茶は回復茶の中でも上位に位置するお茶でそれを気安く出している私をお客さんは凝視していた。
「…どうして本物って言えるの?」
「え?」
「今、偽物が出回っているって」
「偽造防止の為色々してるんです、ロゴも入ってるし、ココが唯一の直営店なので本物ですとしか答えられないです」
「…偽造防止?」
「ん?」
お客さんの小さく呟いた声が聞こえなかったが、初見のお客さんはこの人の様に疑り深い人も多い。
ここでもう一つ蛇足だが家に通うお客は常連客とお得意様、普通の客の3種類に分かれる。普通の客とは今見えているお嬢さんみたいな一般の方で、常連客は真っ黒マントみたいな冒険者や私の顔なじみとか知り合い、お得意様は所謂貴族のお使いや他業者の方の事を言う。
おお、またしても話が逸れた。私お喋りなんでサラッと聞き流してください。
「やめますか?」
もう一度聞いたが、その問いには答えずカウンターによい傷薬の代金を置く。
「どうしました?」
「あ、いや…」
代金は払ったのにお客さんが未だ前に立っていた。買い物は終わったはずなのに動かないお客さんにどうしたのだろうと見ているとお茶を飲み終わった真っ黒マントが終わったのかと確認してくる、一応終わったので頷く。
「じゃぁ、オレの注文していた物を頼む」
立ち上がってカウンターまで来た黒マントは前のお客さんに早く出て行けと言っている。
やめて~一応お客さんなんだからと思っていると案の定お客さんは悲鳴を上げながら店から出て行った。
「ありがとうございました~」
その背中に聞こえて無いだろうなと思いながらも声を掛けた。
「も~またお客さん減っちゃうでしょ」
「薬の価値も分からん客などいらん」
あんたの店じゃないって抗議したけど無視された。
でも、もう来ないだろうと思っている。だってやっぱり高いよね。
「もうちょっと安くしようか…」
「駄目だ」
どうしてお前が意見を言う!って思ったけど常連客だし、買ってくれるからまぁ良いかと自分の中で折り合いをつけた。
真っ黒マント名をラック、はマントを脱ぎカウンターの上に広げるとバラバラとオリーブの実を落とす。
オリーブの実はセカンドオイルという冒険者向けの傷薬の材料になる。この実と交換で頼まれていたアイテムを渡すことになっているのだ。
「ラックさんせめて袋か何かに入れてよ」
転がって落ちた実を素早く広い集め傷がないか確認する。
「ああ、すまない」
回収したオリーブの実を秤に載せて重さを確認してから注文の品をカウンターに置いた。朝店に出る前に仕上げて袋に詰めた物だ。この袋もアイテム収納袋としてグレリーの証であるさくらんぼのマークが入っている。ラックに確認してもらうため袋から中身を取り出し広げる。
ラックから頼まれていたアイテムはエアースピアーとウイングローブというモノで、ここは一応薬屋なのだが薬の材料と交換で頼まれると断れなくて色々作ってしまう。
「サイズが小さかったら諦めて下さい」
もう材料がないので、とひと言添えてラックに渡す。グローブを作るのに飛石という石を使っていて腕力強化の効果があり漬物石ぐらい軽々とお手玉出来ちゃうっていう代物だ。エアースピアーは長い棒?でこっちは特定の魔物を狩るのに必要だとか、この辺になってくるとあんまり興味が無いので分からなくなる。何でもその狩った魔物の羽が流行りそうだからと宝飾関係の人がギルドに仕事を出してその仕事を引きラックが受け、魔物のランクがどうのと話して居た気が…
「ちょっとオリーブの実が足りないので料金が発生しますが、どうします?」
ウイングローブに使った飛石はそこそこの値段がするので持ち込まれた実の分だけでは足りない、私的には別に足りなくても良いかな~と思うんだがラックは外見から想像出来ない程キッチリしているから足りない分は貨幣で補ってくれる。
薬やアイテムの金額は市場よりちょっと高めに設定していて効果が高いからその分高くても良いと言う常連さんが多い、新しい商品などは身を持って効果を試した結果の査定で金額が決められている。私はあまり外に出ないので一般市場価格がよくわからないのでその辺は何人かの常連さんに頼み価格と材料の一覧を作って貰っていて売り上げが出る金額に設定されてしまった。個人的には趣味で作っているので生活に困らない程度で売れれば良いか!とか思っていた。
「そう言われるんじゃないかと思ってこれも採取してきた」
と腰のカバンから別の物を取り出す。
「おお、イエローニガーナ!」
ラックが出したのは在庫がちょっぴり少なくなっていた黄色のニガーナだった。ハートの形をしたこの葉は黄色と橙色の2種類あって黄色は優れた傷薬の材料になる。これで足りるし、おまけも付けよう。
いそいそとオリーブの実とイエローニガーナを在庫棚に仕舞う。
「グローブのサイズはどう?」
手にはめて感触を確かめていたラックはまずまずだと頷いている。もちろんこのグローブにもグレリーのマークが小さく付いていて厳ついラックとのギャップはすごい。うん、何度見ても慣れない。自分で付けといて何だが、もっと万人向けのマークにした方が良かったかな?と思う。
「良いな」
おお良かった、満足そうな顔が見られて嬉しいな~と私がニコニコしていると不意に手が伸びてきて頭を撫でられる。それが少し恥ずかしが嬉しいのでそのまま撫でられていると私の後ろから別の手が伸びてラックの手を叩き落とした。
「気安く触るな」
不機嫌そうに立っていたのは双子の兄である、ルノーだった。ルノーはラックを叩いたその手でそのまま私の髪を撫で、まるでラックの撫でた後を消すみたいな行動に思わず笑みが零れた。
「ルノー、おかえり」
家じゃないけどおかえりと言わないと拗ねてしまう双子の兄に声を掛けた。
「おーただいま。それよりこいつまだ店に来てんのか?」
ラックの事が好きでは無いルノーは事ある毎に突っかかっている。まぁ理由も何となくだが分かる、今ルノーは冒険者としてギルドに登録している。ルノーの趣味は素材集めなのだ。もちろんルノーの趣味と私の趣味が統合してお店を出すことになったのだが。趣味だが全力で取り組み、まだまだ駆け出しのルノーはその先輩であるラックの方が腕が立つことを良しとしていない。年齢的な事で見るとまだ若いルノーがラックに追いつく何て事は出来ないのだがそれでも悔しいのだろう。
「お客様だよ~」
笑顔で諫めれば顔を顰めたが私が横の椅子を叩いて座らせるとルノーは素直に腰を下ろした。そんな素直で可愛い兄を甘やかしてあげよう。ちょこっと席を立ち急いで準備。
「ふふ、特別に…」
じゃぁん~と効果音を自分で付けながらルノーの前にカップを差し出した。
「新作のお茶?です」
「何故疑問系なのか凄く不安なんだが」
不安とか言いつつも迷い無くカップに口を付けるルノー。
「…爽やかな甘さだ、これも状態回復茶か?」
「ん~状態も勿論回復出来るけど、どっちかというと疲労回復かな」
あまり見ない疲労回復の効能をもつお茶なので疲れた感じのルノーにはぴったり合っていると思う。
「状態回復も酸茶より効果があるはず」
最近漸く手に入った素材、グミの花から出来ている橘茶というお茶。グミの花と冷水を併せて作るのだ。
うん、良い出来だと確認し合っていると今まで忘れていたラックが手を出してきた。
「ん?」
「…くれ」
「いや、無いよ」
「…」
目を見開きじっと見つめてくるラックに居心地が悪く目を反らす。無言で抗議された!眼力すげーと内心びびってると身体が軽くなったと喜ぶルノーは横でニヤニヤしていた。助けろ!とも思わなくもなかったが誤魔化すように他に注文は無いか確認をした。
「…他に注文は?」
「新作のお茶を」
しつこいラックにため息を吐きながら材料がもう無いし、販売するつもりは無いことを説明した。
「グミの花が要るんだよ、乾燥したのでも良いけど効果を高めるなら生のが良い」
先日ルノーがたまたま取ってきた材料の中に入っていた花がグミの花だと気付いた時は小躍りした。滅多に手に入らないからだ。
「売らないのか?」
「橘茶って名前なんだけど、グミの花が20~30個は必要でね…」
調べたところグミの花は4年に1回しか咲かない貴重なものだと分かり乱獲されることを防ぐために橘茶のレシピは公開するのを止めようと思っている。
「取ってくる」
新しいお茶について説明していたらルノーが食い気味に宣言した。
「えっ?」
「この間の緑の花の事だろ?」
うん、と頷くと花のあった場所を覚えているから取ってくる、自分が使う分だけを少し取ってくるから作ってほしいと言われた。状態と疲労と両方治すモノは珍しいので少しで良いからと頼まれたら断る事なんて出来ない。可愛い兄様の為に精一杯作るよ。
兄妹でそんなやり取りをしていたら呆れ顔のラックから俺も取ってくるからよろしく、と注文を付けてカウンターから離れた。だから売りもんじゃないと言っても分かっていると返事か帰ってくる。この流れだとラックの分も作らないといけないみたいだ。仕方がない、とため息を吐いてラックの背中に声を掛けた。
「もう帰るの?」
「また、頼むわ」
もう来るな、と背後でルノーが言っていたが気にせず出ていくラックを見送った。見送ったのちドアノブに掛けてある札を裏返して戸を閉めた。
「もう閉めよう?」
窓の外。日はまだ高くもうすぐでお昼って時間帯だ。
「良いのか?」
ルノーに聞かれたがもう閉めてしまったので今更開けるのは面倒で。
「良いの、良いの今日はもう予定入ってないし」
薬の在庫整理をそろそろしないといけないし、新しい薬を作りたいし、と言い訳しながら奥のドアを開けた。
「じゃ、地下行こう」
「うん」
自分の部屋に戻りながら午後の予定を決める。ルノーの勉強が無い時はいつも一緒に地下居る。誰にも邪魔されない場所。
「新しい薬作りたいな~」
「そうだな、今度は何が良いかな?」
そんなやりとりをしながら小さな薬屋の一日は過ぎてゆく。