赫々戦争~戦死者のいない戦場~
1966年8月21日。
北海道石狩支庁札幌市中央区
郵政省北海道郵政局、応接室
「はじめまして、セルゲイ中佐」
質素な応接室の机を挟んで座る丸眼鏡で小柄な男。
そんな彼が、党が喰いついた餌か。
「私は郵政省の郵便防衛管理部で統括部長というのをやっております、千石というものです。先日は須藤が大変お世話になりました」
誰も彼も、その餌に毒針が刺さっていた事に気付かなかったらしい。
「私もいくらか前には満州にいましてね、満州国郵政という所なんですけど。須藤大尉にはこの命を助けてもらった恩を受けて以来、もう頭が上がらなくて上がらなくて……」
そう言って彼が指し示した左目はよくよく見れば、義眼か。
喰いついた餌、“郵便防衛庁本庁への伝手”が郵政省上層部の人間だったのは予想外だったが、いや誰が戦地帰りとまで予想していただろうか。
「……あぁ、すみません。旧軍派の須藤課長とは立場上、話せる機会もめっきり少なくなってしまって。それでも貴方の事は、T-55を牽引車代わりに乗り回す愉快な露助がいるぞと、毎度の如く楽しそうに話していました」
さぞかし、郵便トラックを牽く真っ赤なT-55など傍からみればさぞ愉快だったろう。
今の私の心境といえば、悪辣な手品に騙された被害者そのものだ。いや半ば詐欺のようなものだ。
「そして、……いつかセルゲイ中佐のT-55と戦ってみたいとも」
「彼は、須藤課長は?……どうして?」
どうして、そんな彼がどうして郵便に殉じる事を選んだのかと、その問いを、私はやっとの思いで口から絞り出せた。
「ええまったく、私も同じ事を須藤課長に聞きましたよ。そしたら彼はこう答えたのです―――」
『どうして敗残兵が手段を選べましょうか?郵便で国が守れるならば、守れなかった我々は其れに殉ずるまででしょう』
「それが、彼の狂気の根源ですか」
「ええ、そして我々の狂気です」
「そんな事、馬鹿げている。これは忠告ですが、また国を焼くことになりますよ」
「ええ、ですが、そのためのVT-55です。ああ、今朝の新聞はまだ読んでないのですね。一応、毎朝新聞と赤旗をお持ちしております。どうぞ」
新聞?毎朝新聞なら、日本の主要紙の一つであるから、まあ何かしら書いてあるのだろうが、アカハタは日本共産党の機関紙だろう、ロクな事を書いてあるとは思えないのだが―――そんな疑念はともかく、差し出された新聞を受け取る。
とはいえ、未だ日本語はあまり読めないのだが、先日の函館湾での騒動を伝えているらしい毎朝新聞の紙面に目を通していく。
「……うん?何?」
『……ソ連、北海道共産過激派に大規模兵器供与……T-55戦車24両と武器弾薬多数……市ヶ谷郵便局駐留郵便防衛部が北伐を決定……』
何か大きな隔たりが、事実との乖離が、何なのだ?
他方、アカハタを見てみれば―――
『……北海道での革命闘争激化の兆し……今こそ米帝傀儡郵便詐称軍を打倒せん……同志と共に、いざ北の戦列へ……』
「千石、さん?これはいったい?」
「いやあ、奴ら火遊びが大好きらしく市民が流れ弾で死傷するのもお構いなしでしてね。何処か、遠い何処かでまとめて死に絶えてくれないかと思ってたいた所、ちょうどセルゲイ中佐がよく燃えそうな火種を北海道に持ってきてくれたので、……私も火を付けてみたのです」
何を、言っている?
その眼鏡の奥の、満州に置いてきた左目は何を見ている?
「アメリカ被れの市ヶ谷の連中、ちょっと曲げた情報を吹いたらすぐ北海道行きを決めてくれましたよ。今度はソレを郵防庁本庁に残しておいたアカにそれとなく漏らしてみれば、この通り役に立ってくれました」
「函館にいたのは旧軍派、それも警備ヘリだってシャーマンを見たでしょう!」
「ああ、……あの税関ども、わざわざ青森から飛んで来るのは予想外でしたが、函館空港に配備していたFD-25でもヘリくらいは墜とせたようで」
「まさか、まさか本当に焼くつもりですか?」
「ええ、アメリカ軍に教導された市ヶ谷の全郵政派2個師団相当と、それに倍するアカ共、彼らを北海道で焼き尽くしてもらいたい」
「須藤課長は、これを知っていたのですか?」
「まさか―――発案者は彼ですよ。実際、来月には須藤課長を市ヶ谷に移して北伐部隊の先鋒とする予定でした。それでようやくセルゲイ中佐のT-55と戦えるからと。……今となっては行方不明者となってしまいましたが」
「行方、不明?まさか、私の目前で須藤課長の戦車は!それを行方不明!?」
「ええ、死体が確認出来なかったので。なので行方不明です」
対戦車ミサイルが直撃して燃料弾薬ごと爆発炎上した戦車に遺体など欠片も残らない、それを行方不明?
「ああ、もしや遺族年金で郵防庁を破綻させるつもりでしたか?そればかりは我々のアキレスですので、どうか見逃して頂ければ」
戦死者の尊厳さえ、もはや守られないのか。
まさか後になって、須藤課長が函館で死んだ事に感謝する事になるとは思わなかった。
1966年9月4日10時42分
北海道胆振支庁白老町
国道36号線
ふと、キューポラからの視界に映った日本兵らが目に止まった。
草陰の中、方位は右後方、なら友軍である全逓派だろうか?
全逓派も全郵政派も同じ郵便防衛庁の制服を着ていて全く紛らわしい。敵味方識別に腕章すら使えないなんて、これも服務規程違反すら武力行使の口実に使った馬鹿のせいだ。
……まて、あいつらが担いでいる筒状の物体、アメリカ製の新型バズーカではないか!?そんなもの我々が持っている訳無い!
「全速前進!!敵対戦車班!4時方向!距離500m!浸透されてるぞ!」
叫んだ時にはバズーカの砲口がまさに私のT-55を捉えていて、直後、瞬き。
急発進に呻りをあげるV-55ディーゼルエンジンの騒音に混じって、ロケットが掠める音が砲塔のすぐ後ろから明瞭に聞こえた。それに数秒遅れて周囲の郵便戦車が応射する20mmの発砲音がドカドカと続いていく。
「これは、アメリカ製オイルに救われたな」
「中佐、祖国のエンジンにもですよ」
「ああ違いない、そして少尉の操縦にも」
唐突に、私のT-55が小さく揺れる。やや間を置いて、炸裂音。遠い。
火薬に関しても祖国製は偉大なる威力を発揮してくれたらしい。
正確にはソ連製のTM-62対戦車地雷とアメリカ製のM15対戦車地雷をありったけ敷設して地雷原と化した国道の成れの果てだ。
おまけに対戦車地雷の半数は122mm榴弾砲弾とのコンビ。たかが歩兵戦闘車の癖して対戦車地雷1つでは履帯と床下のウォータジェット装置くらいにしか危害を与えられない郵便戦車も、これなら乗員もまとめて肉微塵だろう。
だが、さらに炸裂音が連続する。
被害を躊躇せず前進しているらしい。―――これこそが日本郵便防衛庁の恐ろしい所だ。
ソ連軍のドクトリンを模倣した郵便戦車による赤い津波は、海を隔てる為に物量を発揮し辛い侵攻軍にとって極めて脅威だ。
それは郵便戦車の保有数の少ない全逓派にとっても同様である。
まあ、わざわざ地雷を踏んで位置を知らせてくれるのだ。
今まさに威力を発揮している地雷原が緩いカーブの向こうとはいえ、射線を遮るのは少々の民家や街路樹のみ。
道路公団から拝借した測量図で射線を阻む稜線や建築物が無いのは確認済み。民間人も避難済み。
ああ、もちろん郵便局も郵便ポストも無い事は確認してある。
「郵便戦車全車へ、グリッド05913-0041へ掃射」
20mmの連射音が響き渡ると共に、炸裂音が止む。
方位も距離も、標高差も分かっているのだ。少々の遮蔽物越しとはいえ制圧効果は十二分に発揮されるはず、命中弾も相当数が期待出来る。
地雷啓開装備でもあったのやもしれんが、精々が小銃弾に対応した防弾装備しか無かったのだろう。
「千歳所属の全車、右へ迂回して室蘭本線沿いに前進する。義勇ブント軍団の全車は現在位置で射撃を継続し我々を援護せよ」
しかし、敵もただ撃たれるがままという訳ではなかろう。
そもそも、我々は浸透してきた敵の対戦車班に見つかっているのだ。
間を置かず、遠くから聞こえる砲声。155mmだろうか。
まったく、砲兵の育成は簡単ではないというのに。
此方はせっかく中央から高学歴が山ほど来たというのに、弾道学どころか基礎的な物理学と数学すら危うい阿呆ばかり。何せ奴らの殆ど、弾が一直線に飛ぶものだと思っていたのだから。
ああ、無反動砲さえ降ろしたとはいえ貴重な郵便戦車をアカ被れ共の棺桶にするのが勿体ない。
着弾、着弾、着弾―――。
『セルゲイ中佐!?これは!?近くでたくさん爆発が!い、一体何が!?』
「義勇ブント軍団、至急前進して反撃しろ。前へ進め!」
『了解、前進します!』
「後備の釧路所属へ、227号だ」
『釧路、227号了解』
榴弾砲も知らぬ阿呆め、せめて敵の弾で死んでくれよ。
「さて、敵の砲兵が厄介だな。まだ場所は分からんか?」
『こちら登別温泉局、太平洋牧場より砲声を観測。熊狩りを寄越した。20分後には狩る』
ああまったく、須藤課長が寄越した郵便局に駐留している元旧軍派はよく動いてくれる。
見通しの良いだろう牧場に展開した砲兵など、熊狩りが持つPTRDの良い餌だろう。
もっとも、そのPTRDの出所の殆どは我々全逓派から横流しされていたもののようで。
いくら供与しても多発する紛失事案に頭を痛めていたが、それがコレか。
「中佐、線路に出ました」
「そのまま線路沿いを全速前進!敵の先鋒が立ち直る前に叩くぞ!」
ああ、本来であれば軍事顧問である私が最前線で命を張る道理など無いはずなのであるが、不幸にして全逓派が保有している事になっているT-55は26両なのだ。
内訳は我々軍事顧問団が持ってきた2両と、先日の函館に揚陸した24両。
その実際は、恵畑に私の1両、帯広に同僚であるイヴァン・ペレス少尉の1両、そして北海道各地の各派閥に分配された24両のVT-55。
まさかT-55が2両しかいないと発覚してしまえば、どうなる事やら。
近々警察が内戦鎮圧の為に独自に戦車を保有するらしいと千石に仄めかされた以上、それを差し向けられない為には踊るしかあるまい。
「停車!10時方向に対戦車ミサイル搭載の新型郵便戦車、市ヶ谷のだ!まだ射的に夢中になってる内に叩くぞ!徹甲榴弾装填!千歳全車、発砲タイミングは此方に合わせろ!」
『千歳了解』
「装填完了!」
「撃て!」
エイティシックスにハマりました。
郵便戦車でT-55に挑む全郵政派とか書きたい(たぶん次話)。
なおEscape from Tarkovとドールズフロントラインにもドハマりしている模様。




