赫々戦争~在日ソビエト軍事顧問の憂鬱~
ここのところ北陸などで大雪続きなので、大雪ネタです。
北海道、そこは日本で最もソビエト連邦に近い場所だ。
この距離的な近さはソ連からの密入国や武器密輸の難易度を小さくしており、ソ連は北海道に駐留する日本郵便防衛庁全逓派へ軍事顧問の派遣や兵器供与を度々行っていた。
勿論のこと、これらは全郵政派など他の派閥や日本政府も知るところであり、日本政府や全郵政派にとっては、ソ連が企図しているだろう日本侵攻作戦において橋頭堡になりかねない北海道から全逓派を一掃する事は急務であった。
だが、正攻法的な軍事的行動によって全逓派を殲滅する事は、警察機動隊の介入により困難だった。
何しろ何処の派閥の郵便防衛部員にしろ銃弾に倒れれば殺人ないし殺人未遂であり、そこが郵便局の敷地外であれば警察の領分である。
警察機動隊の特殊遊撃車を心底恐れる各派閥にとって郵便局敷地外で郵便の敵以外への自発的戦闘は御法度であった。
かといって郵便局の中で戦闘をすれば、当然発生するであろう流れ弾は郵便局局員を殺傷し、局舎や備品を破壊してしまう恐れがあった。
するとどうなるか?
全逓派と全郵政派の抗争に関与していない旧軍派や郵便派までもを敵に回してしまうのである。
その中でも旧軍派、とりわけ戦地からの引き上げ組は精強極まりなく、大多数が元郵便局員である全逓派と全郵政派にとって旧軍派を敵に回す事は自殺行為であった。
また血生臭い派閥間抗争に嫌気がさし、どの派閥にも与しない事を決め込んだ郵便派は年々数を増やしており、次第に無視できない存在になりつつある。
こうして、郵便局の敷地外でも郵便局の中でも戦闘がやり辛くなった全郵政派が注目したのが演習場である。
日本郵便防衛庁が訓練に使用している演習場は、形式的には郵政省が管轄する郵便局の分室の一種として扱われており、勿論のこと郵便局員はおらず、郵便局舎内戦闘訓練用として演習場内に建てられている郵便局を壊した所で文句を言う奴は何処にも居なかった。
しかも全逓派に潜り込ませた部員の情報によって、全逓派が拠点の一つとしている石狩支庁恵庭町にある恵庭演習場にはソ連が派遣した在日ソビエト軍事顧問団やソ連製戦車複数が存在する事が判明。
これにより全郵政派の最優先目標は恵庭演習場を含む北海道の演習場から全逓派を駆逐する事となった。
時を同じくして全逓派も、派閥に属する郵便防衛部員や共産主義者同盟赤軍派など共産過激派武装組織への軍事訓練の為に更なる演習場を求める事となる。
こうして、北海道は全逓派と全郵政派による熾烈な戦いの舞台となった。
1965年12月27日、23時22分。
北海道石狩支庁恵庭町、恵庭演習場。
「セルゲイ中佐! 札幌中央郵便局へ出撃中の胆振千歳局第〇八啓開班より救援要請です!もう郵便戦車では歯が立ちません!」
「札幌中央郵便局の奴らに発見される前に何としてでも前進を再開しなければなりません!」
「セルゲイ中佐!中佐のT-55の出動をお願いします!」
ここ北海道は、祖国ソビエト連邦と同様に雪国である。
しかし祖国と比べればまだ温暖な冬であり死を覚悟する程の寒さではない。
……だからと言って、国営鉄道すら運休を強いられる豪雪の日の、こんな真夜中に郵便トラック便を走らせようというのは無謀でしかないだろう。
胆振千歳郵便局から札幌中央郵便局への郵便トラック便を護衛する第一一陸送郵便護衛班の郵便戦車2両と、これを支援する第〇八啓開班の郵便戦車3両、計5両の除雪板を装備した郵便戦車ですら今日の豪雪には負けたようだ。
そもそも、水上航行性能を得るべく軽く設計されたために13トン程度の重量しか無い郵便戦車では除雪板による除雪には限界がある。ロータリー式の除雪装備でもあれば郵便戦車の重量でも問題無いのだろうが。
「また、またしても君たちの戦車は雪に負けたのかね」
「いえ、それが、除雪は間に合っていたのですが、凍結した路面に郵便トラックがスリップして後輪が路肩に脱輪してしまったようでして」
脱輪、しかも凍結路で。となるとまさか―――
「ウインチは?啓開班の郵便戦車には装備していただろう?」
「駄目です。路肩に落ちた郵便トラックを凍結路で巻き上げるなんて車体の軽い郵便戦車には不可能です。さらに現場周囲は農耕地でワイヤーを掛けられる構造物もありません。ですから、中佐のT-55の出動を」
「しょうがないな……」
頭を抱えるしかない。
どうせこの年末、年賀状を詰めに詰めて過積載の郵便トラックなのだろう。それじゃあT-55でもなければどうにもならん。
こんな馬鹿げた事態になった発端の一つは、目の前の全逓派にあった。
我々が北海道に来るよりも前の話だが、 札幌中央郵便局から胆振千歳郵便局への全郵政派が護衛する郵便トラックが今回と同じように酷い雪に遭った時の話だ。
郵便戦車の配備が途上だった時期であったために、護衛に付いたたった1両の郵便戦車の除雪板ではどうしようもなく郵便トラックもろとも雪に呑まれ立ち往生。
その場に遭遇した、郵便戦車の割り当てが少なかった事もあり端から郵便トラックの運行を諦め、スキー部隊による人海戦術に切り替えていた胆振千歳郵便局の全逓派は、それはもう散々に叩いたようだ。
曰く、「たかが雪如きに職務放棄とは怠慢極まる反郵便主義者だ、郵便の敵だ」と叫んで全郵政派の郵便戦車搭乗員を捕虜にして暴行、挙句彼らを 札幌中央郵便局の前で見世物にした末に捕虜返還の条件として郵便戦車3両をせしめたという。
今では全逓派も馬鹿な事をしたという自覚があるらしい。
自らだって今日のように郵便トラックを立ち往生させてしまう事があるくらい、少し考えれば分かるだろうに。
当然ながら、全郵政派も口実を見つけ次第すぐにやり返した。
何しろ北海道の冬は祖国程じゃないがそれなりに長い。郵便トラックの立ち往生など珍しくないのだ。
スキー部隊で賄えるほど北海道の郵便需要が小さかったのは昔の話。
それどころか、郵便トラックの立ち往生を防ぐ為に増やした護衛の郵便戦車が、それでも郵便トラックが立ち往生させてしまった現場で全逓派と全郵政派が遭遇した時の戦闘を激化させていた。
今では戦死者が出る事も珍しくない。
私のT-55の前を先導する第一四啓開班の郵便戦車3両の向こう、左後輪が道から落ちて傾いた郵便トラックが見えてきた。
いすゞ自動車のTW341郵便トラック、郵便戦車と同じDA120ディーゼルエンジンをキャブオーバーに1基搭載する6トン積みの6輪駆動トラックだ。
祖国のZiS-151と比べても、燃料タンクの容量が僅か1/4程度しか無いという点にさえ目を瞑れば遜色無い優秀な日本製トラックであるが、それでも今日の雪には足を滑らせてしまったらしい。
「ニコライ小尉、日本兵も使ってワイヤーでT-55と郵便トラックを連結してくれ。ああ、間違っても郵便戦車に積んでるワイヤーを使うなよ。あれはT-55で使うには細い」
T-55も郵便トラックも重いからな。郵便戦車に搭載されている細いワイヤーを使おうものなら破断して死傷者が出る恐れもある。
装填手を車外作業に出してしまったが、まあこんな雪道のど真ん中で敵に遭遇する筈も無いだろう。
札幌中央郵便局からの郵便トラック便とその護衛がここを通過するにはまだ1時間も猶予がある。
「セルゲイ中佐、郵便トラックとの連結、完了しました!」
「よくやった。車外作業で冷えただろう、車内で休んでろ。ヴィタリー少尉、ゆっくり前進だ!」
操縦手が踏み込むアクセルと共にT-55のV-55水冷12気筒ディーゼルエンジンが呻りを上げる。
郵便戦車と比べ排気量で3倍、馬力は額面で2倍を誇るT-55のエンジンだが、最近は郵便防衛庁から供給されているアメリカ製の軽油やエンジンオイルにより出力が向上したというのがヴィタリー少尉の言だ。
さて、これで何とかなるだろう。
「ひ、羆だあ!!!」
その絶叫と、そして銃声が轟いた。
「羆だあ!?どこだ!?どこにいる!?」
一瞬にして辺りが緊張に包まれる。
不味い、こんな闇夜に羆と遭遇だと!?
「ヴィタリー少尉!停車だ!停車!」
日本兵の持つカンテラが周囲をバラバラと照らし、光条が錯綜するが、街灯も無い闇夜にたかかが豆電球の灯りでは黒い毛並みの羆に対する索敵能力などたかが知れている。
それに車道を照らす郵便戦車や郵便トラックのヘッドライトが眩しくて幻惑気味だ。
「サーチライトでもあれば……」
そうこぼしてふと、T-55の砲塔に搭載されている赤外線投光器OU-3に目が止まる。
OU-3はT-55のキューポラに搭載されている暗視装置TKN-1Sの視認距離を延伸させるために赤外線を照射する装備だが、その内実はサーチライトに可視光を遮るフィルターを取り付けたようなもの。
それに思い至ってTKN-1Sの電源スイッチを入れ、OU-3を作動させる。
そしてキューポラから身を乗り出し、 OU-3のフィルターを拳銃のグリップで叩き割った。
途端に前方が明るく照らし出される。
「ユーリ中尉、右へ砲塔旋回だ。羆を探せ、それと主砲は撃つな。周りに日本兵が多すぎる。撃つなら同軸機銃だ。ニコライ小尉は砲塔上のDShKM重機関銃を!」
ついで私も車内からAKSを取り出してキューポラで構えるが、これが羆にどこまで効くかは疑問がある。
そしてその巨体が照らし出される。
「見えました!距離、30m!」
その傍には左腕を抉られた日本兵が倒れていて、しかしまだ生きているようだ。
「ニコライ小尉、DShKMであの羆の頭を狙い撃てるか?」
「この距離なら命中間違い無しです!」
「よし、撃て!」
DShKM重機関銃は採用が1946年と少しばかり古いが、その12.7mm×108弾の威力は間違いなく羆に対しても致命的なはずだった。
ニコライ小尉が発砲したそのBZT-44徹甲曳光弾が、わずか30mしかない距離を飛翔して羆の額に命中した。それがはっきりと見えた。
たった30mの距離とはいえ、重機関銃の単射で羆の額に命中させたヴィタリー少尉は称賛されるべきだろう。
しかし、弾かれた。
羆の額に弾かれた曳光弾が虚空へと弾道を描いていくのを呆然と見上げる。
ハッとなって羆へと視線を戻せば、僅かに姿勢をよろめかせたらしい羆が私をギロリと睨む。
「ッ全機銃!連発射撃!!全弾叩き込め!!!」
DShKMが、主砲同軸機銃のSGMTが、私のAKSが、そしてやや遅れて郵便戦車のエリコンKA機関砲や日本兵の雑多なライフルの数々が火を噴く。
それでようやく、その羆は倒れた。
その後、私たちは無事に郵便トラックを引き連れて札幌中央局へと到着する事が出来た。
予定時刻より2時間も遅れた到着ではあったものの、遅延猶予時間には収まっていたらしく札幌中央局の全郵政派に武力行使の口実を与えずに済んだようだ。
羆に左腕を抉られた日本兵も、あのあとすぐに収容出来た事も幸いして一命を取り留め、今は札幌市内の病院で治療を受けている。
とりあえず、今日もうまくいったようだ。
しかし、T-55で全郵政派の郵便局に行くたびに、そこの日本兵から羨望に似た視線を感じるのは、何故だ?
その疑問は昼飯を求めて札幌市街を出歩いた事で氷解した。
中々旨かった海鮮丼を食べた帰り道で、札幌市内の道路の除雪に駆り出されたらしい戦車を見かけたのだ。
もっともその戦車はアスファルトの舗装を踏み抜いて擱座していたが。
在日アメリカ陸軍のM60戦車、 幸いにして郵便色に塗られずに済んでいるようだ。
そういえばつい最近に北海道にアメリカ軍の戦車部隊が配置されたと聞いたが、この近くなのだろうか。
あの様では、重過ぎるアメリカ軍の戦車を日本の地方都市に過ぎない札幌の貧弱な道路で運用するのは無茶があるな。
M60よりは軽いT-55が日本兵から羨ましがられるのも納得である。
しかし、歩み寄ってみればM60の車体の大きさに目が眩む。
T-55と比べて一回りは、車高に至っては1mは大きく見える。
M60のそばで項垂れているアメリカ兵に声を掛ける。
「やあ、郵便屋の小間使いかい?」
「ああ?そんなものさ。まったく嫌になるね。どうして俺たちアメリカ陸軍が郵便屋の手伝いなんか……」
彼の視線が私の顔、いや頭に被っている戦車帽に止まる。
ああしまったな。外歩き用の私服は現地調達していたのだが、寒くて戦車帽を脱ぎ忘れていた。
とりあえず、戦車帽を脱ぐのが礼儀かな。
「いや失礼した、在日ソビエト軍事顧問のセルゲイ・スミルノフ中佐だ」
「アメリカ陸軍、の、えーっと、第六機甲師団、オッドボール三等軍曹であります!」
「うむ、機密保持教育の賜物かな。よろしい事だ。次からはその小尉の階級章も隠しておきなさい」
「す、すみません!」
慌てて手で隠しても今さらだろうに。
「しかし、君の戦車は重そうだね。救援は?」
「いえ、来ません。戦車回収車もM48がベース、ここの路面が耐えられないという事がはっきり分かりましたから」
「ふむ……。ここは、戦車乗り同志の紐帯といこうか」
「はあ?」
「なに、北海道にはマトモな戦車が少な過ぎてな」
「ヴィタリー少尉、ゆっくり前進だ!」
バキバキとアスファルトの舗装を粉砕しながら、T-55に牽引されたM60が路面の上へと乗り上げる……のだが、すぐにM60の履帯が舗装を砕きながら沈んでいく。
「いやはや、舗装が軟弱過ぎるのか、M60が重すぎるのか分からんな。これでは君たちの駐屯地まで牽引した方が良いかね?」
「すみません、お世話になります。しかし……」
オッドボール三等軍曹が私のT-55を見つめる。
「中佐も、苦労なさっているのですね」
彼の見つめるT-55は、私のT-55は、車体も砲塔も、主砲のD-10T2Sの砲身でさえ、真っ赤に塗り潰され、白字で郵便マークと“日本郵便防衛庁”が描かれていた。
「まったくだ……」
ここは日本。
何よりも郵便が優先される国だ。
後にセルゲイ・スミルノフ中佐とオッドボール三等軍曹により、郵便戦車用の凍結路におけるグリップ力に優れた改良型履帯が開発され、在日ソビエト軍事顧問と第六機甲師団は大いに救われたとか。




