郵便フロッグマン~最期の手紙、届けます~
なお最終話ではありません。
郵便物というのは、しばしば災害や事故、時には戦災さえに遭い事故郵便となってしまう事がある。
郵便局が火災や洪水に遭ったり、郵便配達員が熊に襲われたり、郵便ポストが銃撃されたり、時には地域の郵便インフラそのままが地震など大規模災害に見舞われる事さえある。
しかしその程度であれば、まだ一般の郵政省職員や郵便防衛庁部員で対応が可能だった。
だが、それも現場環境が陸上だからである。
郵便物というのは船舶や航空機によって海を跨ぐ事も珍しくもなく、そして300を超える有人島を抱える日本において島嶼郵便輸送というは一つ飛び抜けて重要な任務であった。
この島嶼郵便輸送において郵政省は、郵便防衛庁航空郵便防衛部や、民間の航空会社や海運会社への委託によって郵便輸送網を構築していたのであるが、これが常に必ず一切の事故も無く目的地へ届くという事では無かった。
陸上を走る郵便トラックでさえ、時に交通事故の当事者となるのであるから、海や空を走るこれらでさえ事故は起きるもの。―――そして現に、何度も事故は起きているのだ。
例えば、郵便防衛庁の発足から僅か2ヶ月という間もない時期、1954年9月26日に青函航路で発生した洞爺丸事故では、船内で郵便物の区分作業にあたっていた青森鉄道郵便局の乗務員4名と、その防護に当たっていた防衛部員2名が殉職し、多数の郵便物が海没した。
それから4年後の1958年8月12日には、羽田空港を飛び立ち名古屋空港へ向かっていた全日本空輸25便が下田沖で墜落。多数の郵便物が深度600mの海中に沈んだ。
この他にも、地震の後の津波で流された郵便物が、引き波で海へ攫われてしまうといった事も多々あった。
まったく許しがたい事態である。
このため郵政省と郵便防衛庁では、かなり早い内から水中での郵便物回収に従事する部署の創設に意欲を見せ、潜水作業員の育成や潜水作業艇、彼ら曰く水中郵便収集艇の開発に取り組んでいた。
この潜水作業員の育成には戦時中に編成された旧海軍伏龍部隊の隊員らが基幹要員となり、また水中郵便収集艇の開発では戦前戦中に民間や陸海軍で運用された西村式潜水艇が参考にされた。
またこれらの途中で、機雷の敷設された海上交通路の掃海も任務内容に加えられる事となった。
そして1961年には初の水中作業部門が編成を終え、第一特殊水中郵便収集課として発足した。
まあ、事実上の水中工作員部隊である。
主たる任務が深海での郵便物回収というが、他国からしてみればどう考えても擬装である。
また、1973年10月11日に発生したラタキア沖海戦では、郵便物を積載した船舶や航空機でさえ戦火が及ぶという事実を浮き彫りにし、彼ら特殊水中郵便収集課にはより一層熾烈な現場、戦場での郵便物サルベージ任務さえ想定される事となり、自衛の為の水中銃や短魚雷などの装備が配備され、訓練内容も拡充された。
もはや特殊部隊も同然である。
1974年になると海上郵便防衛部が発足。
各地の特殊水中郵便収集課は海上郵便防衛部の下に移管され、一部は郵便護衛艦隊に潜水母艦を編入されて日本から遠く離れた海域での活動能力を与えられる事となった。
その内の幾つかの特殊水中郵便収集課はペルシャ湾での掃海活動に参加するなど国際協力任務も果たしている。
さらに水中郵便収集艇の開発においても、より大深度での郵便物サルベージ任務に対応する為、1983年には海洋研究開発機構の“しんかい2000”を元に作業能力を向上させた“八三式水中郵便収集艇”を採用。
この八三式水中郵便収集艇は4艇が量産されたものの、作業機材の追加と量産の為に潜行能力は落とされ最大潜行深度は1600mとされた。
このある種ダウングレードされた水中郵便収集艇に思うところのあった海上郵便防衛部は、耐圧殻にチタン合金を採用して耐久性を高める事で最大潜行深度をより深くし、整備スパンを長く取ることで長期間に渡る郵便物サルベージ任務に耐えられる水中郵便収集艇を要求。
この要求によって三菱重工業で建造された“八六式水中郵便収集艇”は深度6000mまでの潜行を可能とする大深度潜水作業艇となった。
なお、海洋研究開発機構向けには八六式水中郵便収集艇のアップグレード型である“しんかい7000”が引き渡されている。
そして、発足当初の目的であった海中に沈没した船舶や航空機からの郵便物サルベージ任務においても、特殊水中郵便収集課は数々の功績を残している。
これらの任務は事故原因の究明という目的も併さって運輸省の事故調査委員会の指揮下で実施され、郵便物の他にフライトレコーダーや機体の破片などの回収も担う事となった。
長期に渡る遅配を嫌う郵政省と郵便防衛庁が積極的に、特殊水中郵便収集課を躊躇無く多数投入する事もあって、これらサルベージは残骸が漂流によって失われる間もなく迅速に行なわれ、事故原因究明の一助にもなっている。
そして彼らが回収する郵便物には、乗員や乗客が、最期に書き記した遺書も含まれている。
沈没する船、墜落する飛行機、その棺桶から逃れる事の叶わなかった彼らが、最期に残した遺族への手紙である。
その手紙には切手も貼られておらず、封筒にも入れられていない、郵便物としての体を成していないただの紙切れである。
しかし、日本郵政省と日本郵便防衛庁は総力を以て、最優先速達として、この最期の手紙を残された遺族へ配達している。
そろそろ、よど号ハイジャック事件を扱いたいなあとか思ってます。
羽田空港から九州宛ての航空便郵便物を大量に搭載した日本航空351便がハイジャックされ北朝鮮の美林飛行場に!?
郵便物奪還の為に郵便防衛庁はどう動く!?
はたして日本政府は郵便防衛庁の暴走を止められるのか!?




