遣ソマリア独立統合郵便防衛部~アメリカのいちばん長い日、ペルシャ湾に沈む艦~
さて、いよいよ郵便護衛艦隊無双タイム始まります!
今回はアメリカ海軍第五艦隊の空母インディペンデンス視点からお楽しみ下さい。
それと、ペルシャ湾に展開していた艦艇が分からず、結局適当な名前を当て込んでるので間違いがあるかもしれません。ご容赦願います。
9月21日、JST18時00分、EAT12時00分、EDT7時00分。
ペルシャ湾。
この日、この時、この地域で、アメリカ海軍第五艦隊はイラク南部の飛行禁止空域を監視する作戦、オペレーション・サザン・ウォッチに従事していた。
その艦隊の中でも中核を担っていたのは、フォレスタル級航空母艦「インディペンデンス」とキティホーク級航空母艦「キティホーク」の2隻だった。
そしてこの海域に展開していた他の艦艇や周辺国、ひいてはこの空母の乗組員にとって幸いな事に、この2隻は原子炉を積んでいない通常動力型の空母であり、つい先日までペルシャ湾に展開していたニミッツ級原子力航空母艦エイブラハム・リンカーンはソマリアでの難民支援活動への支援へ向かうべくソマリア沖への途上にあった。
「艦長、艦隊前衛の駆逐艦ムースブラッガーより連絡です。正面から接近中の日本海上郵便防衛部の第三郵便護衛艦隊ですが、いつもより速度が速いようです」
「ほう、速いか?ムースブラッガーに繋いで何ノットか聞いてみたまえ」
「ハッ、了解しました」
その艦隊、PEF3はつい先程にクウェート湾を出航したタンカーや貨物船の護衛を担当していた。
通常、こういった護衛任務では護衛対象である民間船舶の足並みを揃える為、速度は精々15ノットという所だった。
さらにいえば、クウェート湾内という狭い海域では速度を出しすぎると衝突事故の危険性もある為、オペレーション・サザン・ウォッチに従事する海軍艦船でさえあまり速度を出す事は無かった。しかし、
「ムースブラッガーより報告!PEF3の速度、現在25ノット!さらに今も尚増速中!変針の兆候もありません!」
「戦闘指揮所より、PEF3の現在位置は本艦よりほぼ正面に15km!真っ直ぐこちらに突っ込んできます!」
「なんだと!一体何を考えている!?PEF3と通信開け!即座に減速変針せよ、衝突の恐れ有りだ!」
「了解です!」
PEF3の異様な速度が、彼らのちょっとした“おふざけ”であれば。いや、そうに違い無いとインディペンデンスの艦長アザルヤ・W・ダニエルは、そして彼ら誰しもがそう思っていた。
「あ、アレは郵便旗!?PEF3艦艇のメインマストに郵便旗が掲げられています!」
しかし、メインマストに掲揚された郵便旗は、その郵便護衛艦艇が戦闘中である事を示していた。
「戦闘中だと?まさか海賊から襲撃されているのか!?」
「いえ、発砲炎などは確認出来ません」
「PEF3の速度、30ノットを超えました!本艦との距離は10kmを切っています!」
「なんだ、彼らは、何を考えている?」
そして、その報は伝えられた。
「本国から緊急!日本郵政省と日本郵便防衛庁が合衆国へ宣戦布告!繰り返します!日本郵政省と日本郵便防衛庁が合衆国へ宣戦布告しました!」
一瞬、艦橋が静寂に包まれた。
つい先程に正午を越えて、ペルシャ湾の高湿度と高気温に包まれながらも空調の効いた艦橋から、その空調ダクトからの唸り以外の音が消えた。
「宣戦……布告?日本、の郵便防衛庁が?あの、今目と鼻の先に居るJMPDSのPEF3もか?」
「はい、あまりに異常な連絡であったため、何度も確認を取りましたが、事実だそうです」
ダニエル艦長は艦橋の外へと視線を移し、彼我の距離が僅かに4kmを切ったPEF3をもう一度見てみた。
「マズイ、マズイぞ……第一種戦闘配置だ!機関出力最大!敵はJMPDS!」
「PEF3の速度、35ノット!さらにソナーより報告、PEF3のスクリューノイズ過大のため聴音に支障が出ています!」
「見張りより報告!PEF3の雪椿型郵便護衛駆逐艦の舷側より何か細長い物体が複数投棄されたとの事です!」
「細長い物体?……馬鹿野郎!魚雷も分からんのか!取り舵一杯!対魚雷デコイ射出!急げ!それとシースパローを対艦攻撃モードで敵艦に叩き込め!」
だがしかし、PEF3の雪椿型郵便護衛駆逐艦「黒松」「山桃」「花の木」「オリーブ」「檜」に搭載されている魚雷は、この1993年において一般的なソナー誘導でも、ましてや有線誘導でも無かった。
そもそも誘導魚雷などという大層なシロモノがPEF3には無かった。
その名も「1974年式郵便魚雷」。
アメリカ海軍の水上艦艇用魚雷Mk.17を、1950年に退役したアメリカ海軍最後の水上艦艇用長魚雷を改良した上で国産化した物である。
これは、1974年に海上郵便防衛部が発足した際、退役海軍兵の多い乗員の訓練期間を短縮すべく艦の装備を太平洋戦争中のものと極力似せるよう採られた措置の為に、ギアリング級のヘッジホッグ対潜迫撃砲2基を五連装魚雷発射管2基に換装し、それ以降の艦でも訓練の共通化の為、そして後の高性能長魚雷の搭載を見越して残されていたのだった。
当時においては、訓練期間の短縮の為だけに対潜戦闘能力を大きく削いでしまった措置であったが、後に目論見通りアメリカ海軍の潜水艦用長魚雷Mk.48を水上艦艇用に改修した上で国産化した「1990年式郵便魚雷」が採用されると、対潜を含めて戦闘能力は大きく向上される事となった。
しかし1993年9月21日の今日において、PEF3の郵便護衛駆逐艦の五連装魚雷発射管は1990年式郵便魚雷への適応改修を受けておらず、その全てがジャイロスコープによる慣性航法装置のみを搭載した1974年式郵便魚雷しか搭載されていなかった。
その結果何が起こったかといえば、前時代的な魚雷によって古典的な対大型艦艇用の魚雷攻撃方法が採られたが為に―――
「本艦に向かう雷跡、その数15超!全て本艦の針路上へ放射状に突っ込んできます!」
「CDCより報告、PEF3の速度38ノットを超過!スクリューノイズ甚大!正確な魚雷針路の算定が出来ません!」
「至近距離から放たれた15本もの魚雷、針路が分かっても回避出来るものか!総員、衝撃に備えろ!」
そして、インディペンデンスに向けて放たれた20本の魚雷の内、5本が命中した。
1本目は右舷艦首に被弾。
喫水線の下を突き破ってインディペンデンスの艦体に突入した1974年式郵便魚雷は、弾頭に搭載された400kgものPBX爆薬を炸裂させ、さらに推進機関用のエタノール燃料と酸素剤として充填されていた高濃度過酸化水素がその威力を増大させた。
その衝撃は飛行甲板に繋止されていた艦載機を弾き飛ばし、それは格納庫に収められていた機体も同じだった。
さらに続けざまに2本目と3本目が右舷艦尾に被弾。
28万馬力を発揮する4軸のスクリューの内右舷側2軸がもぎ取られ、残る左舷側2軸も軸受が変形。さらに操舵用水圧ポンプが故障したために操舵不能に陥った。
4本目は右舷中央、ちょうど艦橋の真下に被弾。しかし幸いにして不発だった。
だが、運が悪かった。
5本目がなんと4本目のすぐ隣に被弾。
不発だった4本目を巻き添えにして大爆発を発生させてしまったのだ。
これがインディペンデンスの運命を決定付けた。
右舷中央で起きた大爆発によって甚大な浸水が発生。さらに爆発の衝撃で水圧隔壁の各所で亀裂や変形が多発して浸水は留まる事が無かった。
さらに追い討ちをかけるように停電が発生。すぐさま非常用電源へと切り替わったが、排水ポンプを全て稼動させるには電源が足りなかった。
こうしてインディペンデンスの艦体はみるみるうちに右へ傾いていった。
「電源復旧を急げ!排水は機関隔壁の周辺を最優先で行なうんだ!水蒸気爆発でも起こったら轟沈だぞ!」
そんな最中、更なる轟音が響いた。
「ま、また被弾か!?今度はどこだ!?」
「いいえ!本艦ではありません!本艦後方10kmに位置するキティホークが砲撃を受けています!」
インディペンデンスを瀕死へと追い込んだPEF3は狙いをキティホークへと変えたのだった。
その攻撃はPEF3旗艦の寺泊型郵便護衛重巡洋艦「大泊」に搭載された8インチ砲Mk.15が連装砲塔3基、総数6門によって敢行された。
8インチ砲Mk.15、その砲は重量150kgの砲弾を760m/sもの初速で、1門当たり毎分4発のペースで発射している。
これに襲われたキティホークは不幸としか言いようが無かった。
狭いペルシャ湾に展開するべく外洋では十分に取っていた艦と艦の間隔を狭めていた為に、たった27km程度の射程しかない8インチ砲から逃れる事が出来なかったのだ。
「なんだと!ええい、我が軍の護衛艦艇は何をしている!?」
「そ、それが、本艦とPEF3の距離が近すぎて誤射の危険がある為に攻撃出来ないと……」
そしてPEF3の行動は狡猾だった。
かつてラタキア沖海戦で日本郵船の山城丸が対艦ミサイル攻撃の誤射を食らったのを戦訓に、アメリカ海軍ならば友軍艦艇へ誤射する危険性があるならば攻撃されないだろうと踏んで、インディペンデンスへの攻撃の後即座に反転し、瀕死のインディペンデンスに引っ付くようにして動きつつキティホークへ攻撃していたのだ。
「ダメージコントロールより連絡!左舷側スクリューシャフトで火災発生!現場は消火の為に機関停止と注水の許可を求めています!」
「止むを得ないな。機関停止と注水……、いや、注水のみだ!機関出力最大を維持!キティホークから距離を取って大泊を射程圏外へ引き摺り出せ!」
「りょ、了解しました!」
まさしく、インディペンデンスは最期の足掻きをするべくその艦体を震わせた。
8万トンにも及ぶ巨体に対して僅か14万馬力、しかしそれでも、PEF3を引き連れつつキティホークから距離を取る事に成功しつつあった。
「本艦とキティホークとの距離、まもなく20kmに達します。これで、キティホークは救われますね」
「キティホークの損害、未だ中破程度との事です」
だが、諦めの悪い奴というのはPEF3にも居たらしい。
「艦長!大泊が増速、変針を開始しました!」
「何!?どういう事だ!」
「大泊は単艦でキティホークと刺し違えるつもりです!」
そして、大泊はキティホークへと追い縋り、距離を詰めると共に命中弾を増やしていった。
それはインディペンデンスと距離を取り、対艦ミサイルによる攻撃を受ける事と引き換えにではあったが。
「大泊へハープーン・ミサイル群飛来!命中します!」
そして大泊は爆炎に包まれた。
ミサイル巡洋艦5隻から2発ずつ計10発が発射されたハープーンミサイルに対し、大泊が持ちうる対抗手段は殆ど無かった。
正確に言えば、1983年の近代化改修で20mm機関砲CIWSが4門、八連装艦対空ミサイル発射機Mk.29が2基など、決して現代の艦艇より対空性能が劣っていた訳では無い。
だが、敵艦隊のど真ん中に飛び込んで全周囲からの対艦ミサイル攻撃を受け、それを迎撃しようなど“通常”ではをどこの海軍でだって考えもしないし、少なくとも寺泊型郵便護衛重巡洋艦とその近代化改修艦ではそうだった。
結果的に、大泊は10発中5発のハープーンを迎撃するという健闘を見せ、そして残り5発をその身に浴びたのだった。
「や、やったか?!」
しかし、その咆哮は再び轟いた。
8インチ砲Mk.15の砲声が、また轟いた。
その砲声は、また轟いた。
「お、大泊、未だ健在!」
そもそも、寺泊型郵便護衛重巡洋艦の原型艦であるボルチモア級重巡洋艦は、ワシントン海軍軍縮条約が失効した1937年から建造された為に排水量制限を受ける事無く、艦舷で150mm、バイタルパートで200mmにも及ぶ重装甲を得ていた。
そして寺泊型に至ってはボルモチア級より武装を減じ、更に防御に重点を置いた設計が為されていた。
とどのつまり、精々が100mm程度の貫通性能しか持たないハープーンでは大泊に大した被害も与えられなかったのである。
シースキミング飛行のまま突入した2発は、1発目が右舷中央の艦舷に命中したものの貫通ならず弾頭が自壊。2発目は後部艦橋に左後方から命中したが同様の結果になった。
変わってホップアップ軌道を取って突入した3発は、1発目が5番5インチ副砲砲塔に命中し天蓋装甲を貫通した所で起爆、その砲塔を天高く舞い上がらせた。2発目は艦後方の艦載ヘリ格納庫に命中、こちらも貫通した後に起爆して格納庫内を地獄へと変貌させた。3発目は2番8インチ主砲砲塔に命中、しかしこちらは貫通とはならなかった。
要するに、ハープーン10発を持ってしても大泊の砲戦性能を殆ど削げなかったのだ。
そうこうしている内に大泊はキティホークの距離は15kmへと縮み、大泊は更なる命中弾を与えていた。
キティホークは既に至る所で火災を発生させており、水線近くの被弾孔からは浸水も発生させていた。
アメリカ海軍の各艦艇はさらにハープーンを猛射して大泊を撃沈せんとするが、それでも大泊は沈まぬ所か戦意高々に8インチ主砲、更には5インチ副砲でのキティホークへの射撃を続けていく。
そして、その瞬間は訪れた。
「ご、轟沈!キティホーク、轟沈!」
艦尾飛行甲板に命中した8インチ砲弾が、諸々の装甲を貫いて艦中央の軽油燃料タンクに到達、そこで起爆した事による大爆発がキティホークを包んだのだった。
さらにインディペンデンスでも、その最期を迎えようとしていた。
「艦長!ダメージコントロールより、メイン電源の復旧未だ成らず、浸水甚大、もう、どうにもならないとの事です」
「そうか……ここまでか。すまない、総員退艦だ」
JST19時30分、EAT13時30分、EDT8時30分。
オペレーション・サザン・ウォッチに参加していた英仏の海軍艦艇が日米間の異常な戦闘事態をようやく察知して双方に停戦を呼びかけた時、オペレーション・サザン・ウォッチで任務の中核を担っていた2隻の空母は既に沈んでいた。
アメリカ海軍は2隻の空母を失い、インディペンデンスの乗組員はPEF3の郵便護衛駆逐艦、そして停戦の仲介を英仏と共に担ったクウェート海軍とサウジアラビア海軍の艦艇に救助されており、多くが無事であったが、轟沈したキティホークではほぼ全ての乗組員が消滅した。
しかしながら空母以外のアメリカ海軍艦艇は一発も撃たれなかった事もあった被害はゼロであった。
そして日本海上郵便防衛部第三郵便護衛艦隊は、艦隊旗艦の大泊がハープーン艦対艦ミサイルを43発、シースパロー艦対空ミサイルを2発を被弾して大破した。―――そう、大泊は沈まなかったのだ。
大泊は3番8インチ主砲砲塔と全ての5インチ副砲砲塔を失ない、艦載ヘリ格納庫は倒壊、さらに各所で火災を発生させながらも耐え抜いたのだ。
傍から見れば、見るも無残な姿である。
しかし、艦舷の至る所に見えるハープーンの被弾孔は全て貫通しておらず、浸水は全く発生していなかった。
各所の損害の原因となったホップアップ軌道を取ったハープーンによる被弾も、主砲である8インチ連装砲塔は2基が健在。キティホークを追い詰めた150000馬力を発揮する重油タービン機関も、煙突こそボロボロにはなったが機関区画にまでハープーンが到達出来なかった為に今もなおその大出力を発揮していた。
また、PEF3の郵便護衛駆逐艦も、インディペンデンスからのシースパロー艦対空ミサイルによる攻撃を受けたものの大した損害も無く、今は救助した多数のインディペンデンス乗組員らで溢れかえっている以外は何ら支障なかった。
こうしてこの海戦、ペルシャ湾海戦は終結。
最新の戦闘システムを搭載した艦で構成された大艦隊が、大戦型の艦で構成された僅か6隻の小艦隊に大敗北を喫したこの海戦は、後に各国海軍に再び大艦巨砲主義を復活させる事となったという。
もっとも、この戦争は未だ終結などしておらず、それどころかまだ火蓋が切られたばかりであった。