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 ディライドが戻ってきたのは消灯時間を過ぎてからだった。


 顔つきが暗い。

 目の縁が赤いのは気のせいではないだろう。


「ディライド、大丈夫?」


 寝る用意をして鳥籠の中に入っていた私は、籠の柵につかまると、せいいっぱい大きな声を出した。でないとそのままディライドが私室へ行ってしまいそうな気がしたから。


「なんだ、アオイ。まだ起きてたのか」


 ディライドがこちらを振り向く。彼はテーブルへ少し近づいてきた。が、離れた場所に足を止めてしまう。


「どうしたんだ、寂しくて眠れないのか?」

「そんなこと言ってないわよ、それより大丈夫?」

「何が」

「な、なにがって……。そ、その、ディライド、怒られてたじゃない」

「ああ、あれか。なんでもない」

「なんでもないなんてことない。あれって私が心配で戻ってきてくれたんでしょう? 私が悪いのに、なのにっ……」

「違う。アオイが悪いんじゃない。それに今まで部屋に戻ってこなかったの、。ほら、実技の試験落ちただろ。あのせいで、補習だって教官にしごかれてただけだよ。だからアオイが気にすることなんか何もない」


 すぐに嘘だと分かる嘘。


 だけどこれ以上、私が謝るのはいけないことだと、なんとなくわかった。


 ディライドは男の子だから。

 意地っ張りで強がりな人だから。

 だからここで私に謝られることなんか求めていない。私がこだわれば、ディライドは私をなぐさめなくてはならなくなって、よけいに彼の矜持を傷つける。


 私は下を向いた。小さな声で、彼の嘘につきあう。


「……ねえ、何か手伝えることない? 補習なら、術とかいうのは無理だけど、数学とかなら教えてあげられるかもよ」

「いいよ。気持ちだけで」


 ディライドが優しく笑う。その表情が儚げで夜の闇に溶けてしまいそうで。


 私の胸が痛くなる。そしてもう謝るまいと思っていたのに、また口から勝手に言葉が転がり落ちる。


「ごめん、ごめんね」


 私は目に手をあてた。そんなつもりはないのに、涙が滲む。


「ごめん、私、ここにいるだけで、何も役に立たない。ううん。ここにいるだけで足を引っ張ってるんだよね、私のせいでディライドは力を使えないし、弱みを握られないように警戒しないといけないから」

「じゅうぶん役に立ってるよ。俺、アオイを見てると癒されるんだ」


 頭をよしよしとなでるようなディライドの声。

 私は反発を覚えた。顔を上げてディライドに向かって強く言う。


「私、ペットじゃなく、一人の人間として罪滅ぼしをしたい。だってあの時だって私、もっと注意して鍵とかかけるように言えばよかったんだもん」


 そう、私が本当に腹を立てているのはイレーユに対してじゃない。うすうす事情は聞いていたのに、平和ボケした異世界育ちで、ディライドをとりまく厳しい現実に気づけなくて、注意を口にできなかった自分の甘さに腹が立っているのだ。


 なのにディライドばかりが叱られて。


 嫌だ、こんなのフェアじゃない。

 私だって同罪なのに。


「私、ディライドの役に立ちたい。お願い、外へ連れて行って。何ができるかは分かんないけど、でも何かさせて」


 金の鳥籠に入っていて、サイズは親指で、とどめに着ているのはピンクのひらひらのドレスだ。

 こんな姿ではまったく説得力がない。だけど私はディライドを応援したかった。癒し効果のペットなんて嫌だ。


 そんな私の気持ちが伝わったのだろうか。ディライドの、いったん私室のほうへ向かいかけていた足が止まる。


 彼はふり返ると、ゆっくりと私のいるテーブルへと近づいてきた。身をかがめて、顔を鳥籠の内側にいる私の傍へよせる。吐息が近い。


「アオイはここにいるほうがいい」


 ディライドが、ふっと優しい眼をする。


「部屋の外は魑魅魍魎がうずまく危険な世界だ。お前はずっとここにいればいい、俺が守ってやる」


 ディライドの指が伸びてくる。籠の柵の間からそっと入ってくる。しなやかな指が私の頬に流れる涙をすくい取る。


「だってアオイは俺の親指姫だろう? 俺は〈王子様〉じゃなく、アオイの騎士でいたいんだ」


 ディライドは身を起こした。私に触れていた彼の指が、肌にぬくもりを残して去っていく。


 おやすみ、というように軽く手をふると、ディライドは扉の向こうへ消えた。


 私は赤面した頬を両手で隠した。手が震えている。


 ズドンときた。直撃だ。


 真顔で「守ってやる」なんて現実世界では一生言われないかもしれないセリフだ。それを、言われた。


 私は小さな蝋燭の灯りの側で、いつまでも去らない胸の動悸をおさえていた。



 異世界に来て五日目の夜が、静かにふけていった。

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