1
私は巨大なスプーンを抱えて走っていた。
目の前に広がるテーブルの上には、家ほどあるポットや、ビルのような三段重ねのお菓子入れなどが林立している。
私の歓迎お茶会を四人が開いてくれたのだ。夜の酒盛りも提案されたがそっちはイレーユに却下された。かくして食堂から大量に運びこまれたスイーツがテーブルの上を占拠している。
その間をぬって、私はとてとてと走っていた。
チョコにスコーン。サンドイッチにフルーツの盛り合わせ。目移りしてしまう。
「アルフォンス、その苺ちょうだい」
「いいよー。ちょっと待ってね。小さく切ってあげるから」
大きなフォークが目の前に降りて来る。そこにはスイカサイズの苺の欠片がのせられていた。私は抱えていた、取り分け皿用スプーンをさしだすと、そこへ苺を入れてもらった。
「私、一度でいいから顔より大きい苺を食べてみたかったのよ」
「よかったねー。夢がかなって」
苺を食べ終えた私は再び走りだす。何しろテーブルは広くて私は小さい。歩いていては次の皿にたどりつくまでに時間がかかりすぎる。
テーブルを時計周りに走って、ホースのような茶色のクリームが積み重なったモンブランの横で止まる。
「クレイ、あーん」
無言のクレイが器用にクリームを一筋フォークでとって、私の口に入れてくれる。
甘いものの後は辛い物。
私はイレーユのところへ走っていって、彼のキッシュをねだる。
「ふう、お腹いっぱい」
満足して砂糖壺によりかかった私に、ディライドが不機嫌な声をかけてきた。
「……俺のとこにはこないのかよ、アオイ」
テーブルに頬杖をついたディライドが、眉をしかめてフォークでガトーショコラをつっついている。ふてくされたように膨らませた頬が子どもっぽい。
「ごめん。今、チョコって気分じゃなくって」
「やーい、ディライド、ふられたー」
「うるせえっ!」
アルフォンスの軽口に、ディライドは角砂糖をフォークの上にのっけると、アルフォンスめがけて投げつけた。アルフォンスがよけようとして椅子から転がり落ちる。あまり運動神経はよくないらしい。
イレーユがぱんぱんと手をたたきながら仲裁に入った。
「はいはい、子どもみたいな報復はしない。誰が掃除すると思ってるんですか」
「はーい。それはじゃんけんに負けたイレーユでーす」
「わかっているなら散らかさない。ああ、砂糖が本の上に……。アルフォンス、自分の本とノートはきちんと管理してくださいといつも言っているでしょう」
がみがみとイレーユが小言を並べはじめる。部屋を散らかす常連のアルフォンスが首をすくめてやり過ごしている。
「そういえば、明日、じゃなかったか」
ふと思い出したようにクレイがつぶいた。
「あっ、そういえば」
「やべー、忘れてた」
イレーユとディライドが異口同音に口を開く。それと同時に彼らが困惑したような顔をつくった。
「何? どうして深刻な顔してるの?」
私は尋ねた。イレーユが宙をにらみながら答える。
「いえね、実は明日はこの部屋、掃除の日なんですよ。それでアオイをどうしようかと」
「寮はペット禁止だからなあ」
「誰がペットよ」
ディライドが相変わらず余計なことを言う。
「でも、掃除って自分たちでやってなかった?」
私は疑問を口にした。
一緒に生活しだして四日目。私が驚いたのは四人の意外なマメさだった。この学校は皇族や貴族の子弟といえど、騎士見習いとして扱うらしい。身の周りの世話は自分たちですることと義務付けられているようなのだ。
王子であるディライドまでが、朝、シーツを交換している姿を私は見ている。この談話室も、じゃんけんで負けた者が軽く箒で掃くきまりだ。
「あのね、簡単な掃除はしないといけないんだけどさ、やっぱり、やりのこしとかあるでしょ。だから本職の清掃係が週に一回、窓拭きから埃払いまで全部やってくれるんだ」
アルフォンスが丁寧に説明してくれる。
「授業中にやるので見張っているわけにもいきませんし」
「アオイを学校に連れていく、のは無理だね。見つかったら大騒ぎだ」
イレーユとアルフォンスが対応策を出しては却下していく。
「とりあえず、隠せばいい」
クレイがぼそりと言った。立ちあがり、壁際まで歩く。腕を組んだまま、彼は戸棚の戸を軽く蹴った。
「ここの奥に。掃除が終われば取り出せばいい」
ぽんとイレーユが右手の平に拳を打ちつけた。
「あっ、なるほど。戸棚を勝手に開けたりは掃除ではしませんし、いいアイデアですね」
「すごい。クレイ、冴えてる」
ディライドが眉をしかめると反論した。
「入れとくだけじゃまずいだろ。結界を張るのか?」
「いえ、結界は張りません。かえって疑われます」
「そうだね。戸棚の奥なんて、入寮以来、開けたことないもん。そこに結界なんてよけいに人目を集めちゃうよね。ここって何入れてたっけ。キノコとか生えてたりして」
アルフォンスの言葉に、私の脳裏に、元の世界で見た学校の体育会系クラブの男子ロッカーが踊る。すえた臭いをまき散らしながら、いつ入れたものかも分からない靴下やがらくたをあふれさせた暗い穴倉。魔のブラックフォール。あんなところへ入れられるのだろうか。
当事者を無視して話がまとまりそうなので、私はあわてて異議を申したてた。
「ちょっと。それはそれで嫌なんだけど。ゴキブリとかいたらどうしてくれるのよ」
この世界のサイズなら、普通のゴキブリでもゆうに大型犬ほどのサイズはあるだろう。それがカサカサと六本の足を動かして迫ってきた日には……。はっきり言って考えたくない。
「鳥籠に覆いをかけておきましょう。それなら隙間から何もはいってこれません。クレイ、頼みます」
「ふんっ」
早速、クレイが針を動かして布製の覆いを作りだす。
あっという間に、ティーポットを覆うカバーのような、鳥籠用カバーができあがっていた。
「じゃ、そういうことで」
「一件落着、よかったねー」
「まっ、なんとかなるか」
「ち、ちょっと、なんとかなるわけないでしょ、人の話聞いてよっ」
「大丈夫だって、アオイ。それより早く食べちゃおう」
「だな、休み時間が終わっちまう」
「お茶も冷めてしまいますしねえ」
少年たちがぱちぱちと手を叩くとお茶の時間へと戻っていった。育ち盛りの旺盛な食欲で、テーブルの上の食料を片っぱしから胃袋につめこんでいく。合い間をぬって話す言葉がにぎやかだ。
私の戸棚行きは確定らしい。
「あのー、私の言い分はー? もしもしー?」
私のか細い懇願の声は、なごやかな歓談の中に消えていった。




