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親指姫サイズでトリップしてしまった私と四人の騎士との出会いについて  作者: 朱居とんぼ
第一章 召喚された親指姫
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 背が高い。

 漆黒の髪に鋭い銀の瞳。体は細身だが、極限まで無駄を削ぎ落とした鞭のようなしなやかさがあった。全身から張りつめた気配を漂わせている。まるで抜き身の短剣のような少年だ。アルフォンスやイレーユと同じく、白い制服のようなものを着ていた。


 私の背筋を冷たい汗が流れていく。

 イレーユが振り返った。


「クレイ、刃物を投げるより、まず声をかけるべきでしょう」

「こっちのほうが確実だ」


 淡々とした声で言うと、クレイと呼ばれた少年が近よってきて、短剣に手をかける。かすかなきしみの音とともに、抜けた短剣がクレイの手におさまる。次の瞬間、短剣は消えていた。どうやら袖かどこかに隠したらしい。どこまでも危ないやつだ。


 口を閉じたままのクレイにかわって、如才なくイレーユが紹介する。


「アオイ、彼はクレイ・クリューガー。私たちと同じくここで寝ているディライドの学友、未来の側近ですよ」


 短剣と奈落の底目前ショックで一時のパニックがおさまった私は、イレーユの声にこくりと顔をうなずかせた。


 冷静になれ、自分。このテーブルは私の身長だと十階建てビル以上の高さに匹敵する。落ちついてこの世界の情報を収集して、そして対策を立てるのだ。


 だまって先を促した私に、イレーユが状況を説明してくれる。


「あなたが落ちついてくれてよかったです。ざっと紹介すると、私たち四人がこの部屋を使っています。ここは寮の談話室なんですよ」


 そういえば彼らは学生で、ここは寮だとか言っていたっけ。

 ここは寮の共有スペースということか。

 私は改めて部屋を見回した。私がいるテーブルは部屋の中央、少し窓よりに置かれていた。


 白いレースのカーテンがかかっている窓は四つ。上の方が丸く、両開きだ。細かく桟で分けられた窓枠は白と金。本棚に並んでいる本も革表紙に金の装飾入り。暖炉の上にある時計など、ごてごてと金の飾りが施され、両側にお揃いの蜀台まで置いてある。


 素人の眼でも分かる。これらは模造品ではない。本物のアンティークだ。

眼の前に広がるセレブの世界。貧乏ったらしいイメージのある、寮という言葉とかなりのギャップがある。


「ここが寮なの? お城みたいだけど」

「こんなむさ苦しいところをお城と言ってもらえて光栄ですよ。ここは男子校なので、アオイのようなかわいい女の子には似合いませんね。でも外出は禁止されているのでここで我慢してください」


 全寮制の男子校?


 サイズの違いに気を取られていたが、確かに彼らは私とたいして年齢が違うようには見えない。十六、七歳といったところか。


「さて、ディライド以外、全員揃ったところで事案をかたづけていきましょうか。まずは何故、このような事件がおこったかというところからです」


 クレイの紹介と場所の説明が終わったところで、イレーユの眼がじろりと残り二人のメンバーをねめつける。その手にはなぜか空の酒びんが握られていた。少女のような外観に酒びんを逆さに持って肩を叩く仕草が似あわない。


 イレーユがメンバーに問いかける。


「で? ディライドにこれを渡したのは?」

「はーい、僕です」


 ふわふわと髪をゆらしながらアルフォンスが手をあげる。イレーユがにっこりと笑った。


「そうですか。あなたですか、アルフォンス」


 ずごっ。分厚いガラスが柔らかい頭にぶつかる音がした。

 容赦のない一撃がベージュ色の頭に決まる。


「ううう。ひどいよ、イレーユ」


 頭をおさえて涙眼になるアルフォンスを見下ろしながら、イレーユが凶器になった酒びんを軽く手のひらに打ちつける。


「ディライドの酒癖が悪いのは知っているでしょう。こうなることは予測できたはずです。あなたは同室なんですからもっと注意してください」

「同室って?」


 疑問を覚えた私は口に出して聞いてみた。彼らは一緒に暮らしているのではないのか。


 イレーユがこちらに眼を落とすと、指をあげて部屋の壁を指し示す。


「この部屋には扉が三つあるでしょう? ここから見て、正面の扉は廊下に、寮の他の部分へ行く通路に繋がっています。残りの二つは私たちの寝室です。それぞれ二人部屋で右は私とクレイが、左の部屋はディライドとアルフォンスが使っています。この談話室はくつろぐための部屋なんですよ」


 納得した。この部屋には造りつけの本棚や長椅子、サイドテーブルなどはあってもベッドは見当たらなかったのだ。


「じゃあ、この人はどうしてここで寝てるの?」


 私はテーブルにつっぷして、ぴくりとも動かない黒髪の少年を指差した。周囲の喧噪などまったく気にかけず、彼はひたすら睡眠を貪っている。


 イレーユが顔を憂いにこもらせて答えた。


「ディライドは今日おこなわれる、術式の実技試験の一夜漬けをやっていたはずなんですが」

「自習室は十時までだからね。消灯時間すぎてたから、ここで蝋燭つけてこっそりやるって言ってたんだけど。単位を落とすともう後がないんだよ、彼。補習決定」

「その彼に酒を渡して酔いつぶした極悪人がここに一人」

「ふえーん、イレーユ、忘れてよ。試験前にリラックスしたいからってディライドに頼まれたんだよ」


 なんだかよく分からないが異世界人も大変なようだ。私は少し眠れるディライドに同情した。私のバッグにも間に合わなかった宿題が入っているのだ。同類と言える。


 私は突っ伏したままの少年に近づいた。自分の身長より高いところから流れ落ちているさらさらの髪に触れてみる。ひんやりと冷たくて、つるつるしている。うらやましいほどのハリとツヤだ。


 感心していると、黒い髪の奥から、怖いくらいに青い瞳が私を見ていることに気がついた。


 私はあわてて髪から手を離して後ずさる。


 青い瞳がまたたいて、そして声が聞こえた。


「誰だ?」


 少年らしい、涼やかで清潔な声。

 ゆっくりと少年の頭が持ち上がる。私を見下ろす二つの青い瞳。寝起きとは思えない澄んだ瞳には、小さな私の姿がうつっていた。


 それが私とディライドのはじめての出会いだった。



  ***



 探し物を一番に見つけたのは四人の中で一番小柄なアルフォンスだった。


「あったよ。スマホってこれのこと?」


 明るい声とともに、ベージュがかった金色の頭がテーブルの下からひょっこり顔を出す。


「ああっ、負けた」

「見つかってよかったですよ。やれやれ」


 テーブルの下、床にしゃがんで私のスマホを探していた他の面々も、口々に話ながら立ちあがる。

 皆、私から昨夜の状況を聞いた後、消えたスマホを探してくれていたのだ。

 状況からして、スマホはテーブルの上をすべっていって、床に落ちたらしいのだけど、少年たちからすると小さすぎてじっくり探さないと見つからなかったのだ。


 得意げに、アルフォンスの白い腕が私の前に伸びてくる。だいぶん見慣れたその大きな指先には、小さな煌めくものがつままれていた。


「はい」


 私は手を伸ばしてようやく見つかったスマホを受けとった。


「ありがと、って。何これっ、ぺしゃんこっ」


 もともとスマホというものは平べったいものではあるが。私の手に置かれたそれはすでに一枚のせんべい、いや、紙と化していた。もはや使い物にはならない。


「ごめんね。誰かが踏んだみたいで」


 すまなそうにベージュの金髪頭があやまる。なんとなく、落としたコンタクトレンズを探している時の会話を思い出した。


「アルフォンスが謝る必要はないですよ。元はと言えばこの馬鹿が悪いんですから」

「……反省してるって」


 イレーユの突っ込みに、ディライドが頭をかきつつ、すまなそうに私に目をやった。

 口々に話しながら少年たちが身を起こしてテーブルの周りの椅子に座る。


 ようやく円卓に、この部屋に住む騎士全員が集まった。


 それぞれの席に落ち着いた四人が、テーブルの中心にいる私を見ている。こうして改めて見ると見事に全員タイプが違う。なのに同じ部屋にいることに少しの違和感も感じさせない。仲間、という言葉がしっくりくる。不思議な四人だ。


 ディライドが私に向って真剣な顔をする。


「では、最初に。改めて謝罪させてくれ、アオイ。本当にすまなかった」


 私を風圧で驚かせないようにだろう。そっと声量をおさえて話しかけてきた声は、昨夜の大魔神とは打って変わって爽やかで少し甘い、完璧な男の子の声だった。それに内容も清々しい。言葉は短かったが、声の調子に心底からの謝罪の念が込められているのが分かる。


 私は彼を許すことにした。彼もわざとやったわけではない。これは事故だ。すべて酒が悪いのだ。


「いいよ。ちゃんと元に戻してくれるなら。そのかわり、ここにいる間は衣食住の三点セット、責任持ってちゃんと面倒見てね」

「ありがとう、アオイ。俺の名にかけて、それは約束する」


 ディライドの瞳が嬉しそうに細められる。


 私は彼の顔をしげしげと見つめた。

 さらさらの癖のない黒髪が額に落ちかかっている。凛々しい眉、その下にある、少し照れたような優しい青い瞳。その青はすっきり高い、涼しげな秋の空の色だ。すらりとした鼻にきりりと引き結ばれた唇。全体から溌剌とした躍動感と清潔感が漂っている。

 どこから見ても初々しい爽やかな少年。クラスが同じで隣の席のもっさりした山田と大違いだ。


「では探しものも見つかったし、実行犯が謝罪したところで現場検証をすすめましょう。まずは被告人その一、アオイを無事還すためにも、昨夜どうやって召還したのか話してください。こういう時は二日酔いしない体質は便利ですね」


 気にいっているのだろうか。相変わらず酒びんを手に持ったままイレーユが場を仕切る。


 ディライドがさっそく片手を上げて、自己申告をした。


「すまん。自分でもどうやったか分からん」

「速攻、だね。さすがディライド」


 のほほんとアルフォンスが野次を飛ばす。即座にイレーユがここんと二人の頭を連続して酒びんで叩いた。息があっていてできのいいコントを見ているみたいだ。


「あのー。ディライドって王子様なんでしょ? そんなぽんぽん叩いていいの?」


 私はなんとなく挙手して言った。四対の眼が私に集中して、ちょっとひるむ。

 元の世界でもこんな美形の男の子たちは見たことないし、当然、注目されたこともなかったから。


 ちょっとおちつかない私に、イレーユが優しく緊張をほぐすように笑いかけてくれる。


「王子、ではなく。皇孫殿下、ですよ。それと、この学舎の中ではなるべく自由に、普通にというのが彼の父君の教育方針でしてね。私たちは友人として接することになっているんです」


 友人として接することになっている、とは妙な言い方だ。表面は仲がよさそうに見えたのに、彼らの人間関係は複雑そうだった。


 なんとなく私は口を閉じると、自分に関わりのある話だけに耳を傾けることにした。私は赤の他人だし、興味本位であまり深く聞かないほうがいいと思ったから。


 イレーユが、ありがとう、というようにうなずいて、話を続ける。


「テーブルに書かれた召喚陣は消えかけ。やった本人は使った方式と手順を覚えていない。これはアオイ本人を調べてあたりをつけるしかありませんね、期待薄ですけど。アルフォンス、術関係はあなたが一番得意でしょう。ちょっと見てください」


 イレーユの言葉に、アルフォンスが両手を広げて何やらぶつぶつと呟く。と、青い光の輪が現れて、私の体をスキャンするように上から下へと降りていった。


「わっ、何これっ」


 誰も私の問いに答えない。真剣な顔をして揺れる光を見ている。その七色に変わる光を見るだけで何が分かるのだろう。四人の顔がどんどん深刻になっていく。


「きっちり固定されてますね」


 イレーユがため息をつく。

 アルフォンスも難しい顔をしている。


「ディライドの力でここの次元に縛られちゃってるんだ。というか、彼の力を吸いとって彼女が自分の組成をここに実体化させているのかな。とにかく、アオイがここに存在している限り、ディライドは大きな力を使えないよ」

「じゃ、今日の実技試験は」


 心配そうにディライドがきく。空気を読まずにしょうもない心配をする彼に、イレーユが冷たい眼を向けて容赦なく言った。


「当然、落第ですね。来年頑張りましょう」

「げっ、それまずいって。アオイを還せば俺の力は戻るんだよな。よし還そう! いますぐ還そう!」


 ディライドが立ち上がって宙を指さした。

 私の安全に責任を持つと誓ったのはついさっきのことではなかったか。私の顔に白々とした表情が現れた。馬鹿だ。こいつは大馬鹿だ。


 イレーユがディライドの頭をぽこんと叩く。


「送り返す座標も分からないのに無茶ですよ。この子を殺す気ですか」


 あっ優しい。私はちょっと感動した。


「少しでもどこかの次元に組成を残したままこの子が死ねば、その式を維持しつづけるためにあなたの力は永遠に戻ってきませんよ。この子はこのままの姿で元の世界に戻さなくてはならないんです。元の世界には実体化するだけの要素が残っているわけですから、後は勝手になんとかするでしょう」


 訂正。ちっとも優しくない。鬼だ。私は毒づいた。


「まあ、ディライドは皇族ですから潜在能力はけた違いです。このままでも日常生活には差し支えありません。簡単な術くらいなら使えるでしょう。もともとすべての力を使いこなせていなかったんですし」

「うるさい」


 ふてくされたディライドをほうって、イレーユが私の方へ向き直る。


「これは腰をすえて調べるしかありませんね。アオイ、あなたを無事に送り返したいのは私たちも同じです。不自由をかけますが、しばらくここにいてください」

「しばらくって?」

「一週間か、十日か。あるいはもっとか。はっきり期日はつけられませんね」


 部屋に沈黙が落ちる。


 にぎやかな四人が黙り込むなど、よほど事態は深刻なのだろう。つられて私も顔を下に向けた。


 時計のカチカチという音だけが部屋の中で動いている。


「とりあえず二限目の授業に出たほうがいいぞ。次の教官は鬼のマクレガーだ。それがなくともこのことは秘密にしたほうがいいだろう。俺たちがそろって欠席すれば、いらぬ注目を浴びる」


 今まで無言を通していたクレイが口を開いた。

 途端、動きを止めていた舞台が回りはじめる。


「あっ、やべ。俺、これ以上の遅刻は単位にひびくんだ」


 王子様らしからぬ口をきくと、あわててディライドが立ち上がる。イレーユも腰を浮かせながら早口で私にささやいた。


「アオイ、続きは帰って来てからにしてください。この部屋には他に誰も来ませんから安全です。鍵もかけますし、結界も張ってあります。それと……あなたの存在は内密にしたいので、なるべく大声は出さないでください」


 言うだけ言うとイレーユの顔はさっさと離れて、荷物を取るためか右側の扉へ素早く消えていく。他の面々もそれぞれ身支度を整えるためだろう、部屋の中を飛びまわりはじめた。こういうところは私たちと変わらない。ただの子どもだ。


 やがて、準備が完了したのだろう。

 潮が引くように、一斉に少年たちが動き出す。廊下に繋がる扉に向かって引いていく。誰も私の方を見ない。そこに存在しないかのように後も見ずに出て行ってしまう。


「ちっ、ちょっと」


 心細くなった私は手を差し伸べて彼らを引きとめようとした。こんな訳のわからない状態で一人にしないでほしい。泣きそうになる。


 するとディライドの背中が止まった。こちらを振り向くと走って戻ってくる。彼は握手を求めるように、私のほうへ手を差しだした。


「言うのを忘れてた。これからよろしくな、親指姫」


 ディライドが人懐こい笑みをみせて言う。


 親指姫?


 言われて、私は差し出された手の親指と自分とを比べてみた。


 ちょうど爪のあたりが顔、少し突きでた第一関節部分が胸。その下のくぼまったところがウェストで、残りの手首へと続くラインがスカート。ちょうど親指サイズだ。


 ディライドを追って戻ってきたアルフォンスが、感心したように言う。


「本当、アオイって親指姫だ」

「だろ? そこはかとなく太いところもそっくり」


 ディライドが自慢げに言う。私は怒鳴って宙に拳を放った。


「よけいなお世話よっ」


 ディライドが笑って、振り上げた私の腕を避けるように身をひるがえす。


「休憩時間には戻ってくるから、泣いてるんじゃないぞ」


 ディライドが再び私に背を向けると、楽しげな笑い声を響かせて扉の向こうへと消えた。アルフォンスが続く。


 私は自分がもう涙をためていないことに気がついた。もしかしてこのためにディライドは戻ってきてくれたのだろうか。


 静かな空っぽの部屋が私の周りに広がっている。


 私は四人が座っていた椅子を順に眺めた。正面の椅子はディライドの席。時計周りに、アルフォンス、クレイ、イレーユの椅子がある。そして、中央のテーブルにいる自分。


 自分が親指なら、すらりとしたあの四人は他の四本の指だろうか。


 人差し指は元気いっぱいのディライト。

 中指は凛々しいクレイ。

 薬指は繊細なイレーユ

 そして小指はお茶目なアルフォンスだ。


 とてつもなく異常な状況だけど、思ったより冷静でいられるのはあの四人のおかげかもしれない。ちょっとお馬鹿で賑やかで、見ていて飽きない元気な少年たち。一緒にいるとこっちにまでわくわくした感じが伝染してしまう。


「めそめそしてたってしょうがない。絶対に還してくれるっていうんだし。王子様と女禁制の男子寮で暮らすなんて経験、これが最初で最後よね。楽しもうっと」


 私は両腕を頭上にかかげた。大きくガッツポーズをとる。


 頑張る姿は美しい。これは私のモットーだ。私は広いテーブルの上を散策して四人の少年が帰ってくるのを待つことにした。


少し修正しました。(内容は変わっていません)

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