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親指姫サイズでトリップしてしまった私と四人の騎士との出会いについて  作者: 朱居とんぼ
第六章 親指姫と四人の騎士
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2

 ディライドとクレイが素早く起き上がり身構える。クレイがディライドに剣を渡した。そして、自分はどこからともなく短剣を取り出し、その手に握る。


「アオイ!」


 ディライドが私のいるテーブルを振り返る。

 間にオオカミの首がある。私に一番近いのはイレーユとアルフォンスのコンビだ。私は慌ててテーブルの後ろに下がった。鳥籠の後ろに身を隠し、こちらに近寄ろうとしているイレーユの手を待つ。


 が、それは難しいかもしれなかった。


 イレーユと私の間、壁の方。

 そこにあった鳥の足。切り落とされ、力を失ったはずの足までが動きだしていた。

 曲った鉤爪を前後に動かしながら蠢いている。断面からもこもこと肉の芽が吹き出し、体を作り出していく。前よりも大きく。前よりも禍々しく。己の姿を変えていく。


「ディライド、並みの術者一人でこんな真似はできない」


 クレイが口を開く。


「ああ、分かってるさ。あの使い魔からは臭いがぷんぷんするぜ。他の人間の臭いをかぶってごまかしてやがるが、俺と同じ皇族の血の匂いがな」

「だとしたらやっかいですね。皇族の力は桁が違う。相手も身元がばれないように全ての力を出し切ったわけではないでしょうが。それでも私たち、卑賤の身が三人、力を合わせてもかなうかどうか」


 イレーユが右手を復活しつつある鳥に向けながら言った。


「まったく、御大は最後まで自分の手を下さずどっしり構えていればよいものを。この気短さとグロースター卿の名とを結べば捜査時間の短縮になりそうですね。相手を糾弾するのはこの場を切り抜けてからですが」

 

  いつも余裕を見せている顔が真剣だ。イレーユはさっきオオカミに放った攻撃を出さない。そこの位置からは私がいるテーブルを巻きこんでしまうから、できないのだ。


 イレーユの左手は、衝撃のあまり立つことができないままのアルフォンスの腕をつかんでいる。アルフォンスを見捨てる覚悟をしなくては自由に動けない。


 自由に動けないのはディライドとクレイも同じだ。

 千切れたオオカミの首と胴を繋ぐ、肉の繊維。それがもこもこと蠢き、彼ら二人を部屋の隅へと追いやっている。


 分断された四人の前にそれぞれの敵が立ちふさがる。

 何かを決意したようにアルフォンスが顔を上げた。震える声で部屋にいる全員に訴えかける。


「実は、アオイを元の世界へ戻す陣は完成してるんだ」


 その言葉に敵を牽制しつつ後退していた三人の耳が反応する。


「でも、僕一人の力じゃ発動しなかった。アオイをここに縛っている力はディライドの、皇族のものだから」


 アルフォンスがふらふらと体を揺らしながら、自分の力で起き上がった。イレーユの手を押しのけ、自分の膝に手を当てながらもしっかりとその場に立つ。必死にイレーユとクレイの方へ顔を向ける。


「でも、イレーユとクレイが協力してくれたら、発動できる。そうしたら、ディライドは力を使えるようになる」


 アルフォンスの緑の瞳が強い光を浮かべてイレーユとクレイを見る。


「もちろん、危険を伴うよ。賭けかもしれない。僕たちではどうあがいてもディライドほどの力はない。それに、こんな他の術者の影響をうけた場所で可能かどうか分からない。でも、絶対に成功させる」


 それから、アルフォンスはゆっくりと私の方を見た。血の気のない青い唇が、言葉を紡ぐ。


「僕を信じて」


 彼ははっきりと言った。



  ****



 私は唾を飲み込んだ。

 アルフォンスの言葉を一緒に飲み下す。


「アオイ! 馬鹿なまねはするな。界を超えるってのはどんな完璧な術式でも危険はあるんだ。お前がそんな冒険をする必要はない! こんなやつら、俺がすぐに片付けて……」


 ディライドが剣をふるいつつ叫んだ。その腕から鮮血が飛び散る。オオカミの牙がかすったのだ。


 私の視界が真っ赤になる。

 ドクンドクンと心臓が飛び跳ね出す。


 ディライドが痛みに顔をしかめるのがスローモーションで目に入ってくる。

 また、新たな攻撃がディライドの体をかすっていく。クレイも応戦しているが短剣だけでは完全に防ぎ切れていない。新たな赤い色が二人の間に散った。このままでは死んでしまう。

 誰が?

 ディライドが。 

 だって、あんなに紅いーー!!


 その紅が、私の背を押した。たとえ会えなくなっても。もう話せなくなっても。ディライドがこの世からいなくなってしまうよりはるかにましだ。


 今になって思う。

 前にディライドのプロポーズを受けた時、こちらの世界が今の私にとって現実だと思った。

だけど私は何もわかっていなかった。


 召喚なんてゲームみたいな出来ごとに翻弄されて、リアルと虚構の区別がついていなかった。

 自分を物語の登場人物のように考えて、ここにいる実感をもっていなかった。

 だから誰かとの別れを真剣に考えていなかった。今感じている、身を切るようなつらさ、それを全然、実感していなかった。気軽に父や母、それに友人たちとも会えると思っていた。もう二度と会えない、そんなふうに考えられずに、どこか遠い世界の出来事のように感じていたから。


 でも、今、実感した。

 別れというものを。


 私は口を開いた。


「……ディライド、あなた、皆に守られるのは嫌って言ったよね。それ、私もよ。相手が好きな人なら、前に出てかばいたい。守りたい。私もなんだ」


 情けないことに声がふるえている。

 だが考えるまでもない。この場を切り抜けるにはディライドの力が必要だ。そして彼に力を取り戻させることがちっぽけな自分にもできる。


「ディライド、ごめんね。一人にしちゃうね。でも私、あなたがいなくなるのだけは嫌なの。嫌われたっていい。とにかく、嫌なの」


 ためらうことなんかない。やっと皆の力になれる。今度は、自分がディライドを守る。


「アルフォンス。もちろんあなたを信じるに決まってるじゃない。あなたは大事な仲間だもの」


 私は鳥籠の陰から歩み出た。アルフォンスの方を向く。足がふるえている。それを意志の力で押し込める。


「イレーユ! クレイ! お願い。私を元の世界に戻して!」


 私は叫んだ。

 クレイがそのポーカーフェイスを少し歪める。イレーユが一瞬、泣きそうな顔をする。だが、他に方法はない。瞬時に頭を切り替えたのだろう。イレーユがいつもの有能そうな顔をまとい、ディライドの方を振り向いた。


「ディライド。少しの間、この場をまかせてかまいませんか」

「って! 何言ってんだ、イレーユ! そんなこと俺が許すとでも思ってんのか!?」

「あなたの許可なんか求めていませんよ。今のあなたはただの学生で私たちは友人。対等です。あなたに私に命令する権限はない!」

「クレイ! イレーユを止めてくれ!」


 クレイは無言だ。

 剣士である彼にはより明確に今の情勢が分かっているのだろう。鋭い光を放つ銀の瞳は目の前の敵にだけ向けられている。私の顔を見ようとせずにひたすら短剣をふるっている。その厳しい背が何より雄弁に別れを語っていた。


 そして、その厳しい背とは別に、そっとこちらに伸ばされたクレイの優しい心を感じる。


 私は小さくしゃくりあげた。手を伸ばし、宙を漂うクレイの心にそっと触れる。


「クレイ、ありがと。楽しかったよ」


 クレイの無言の背がぴくりと動いた。

 イレーユが怪鳥の攻撃を受け流しつつテーブルへと近づいてくる。


「アオイ、いいですか?」


 イレーユの紫色の瞳が硬質な光を浮かべていた。きつく結ばれた唇。真剣な顔が私を見つめる。

 私は力強くうなずいた。


「うん。わたしにしかできないことだもんね。わたしだって皆の仲間だもん。戦えるよ」


 イレーユは何と戦うのか、とは聞かなかった。

 私は鳥籠の中にあったバッグを引きずり寄せた。しっかりと両腕に抱える。ここに残りたい、ディライドと一緒にいたいという心を懸命に抑える。自分の甘え、弱い心と戦う。


「ディライドのこと、よろしく」

「ええ」

「アルフォンスのこと、あんまりいじめないでよ」

「ええ、分かりました。約束します」


 イレーユの目が笑った。私も微笑み返した。大丈夫だ。イレーユはアルフォンスから手を離さなかった。きっと、四人はこれからも仲良くやっていける。


 だから。心を決められる。

 

「アオイ!」


 悲鳴のようなディライドの声がする。

 私は耳をふさいだ。ずっと側にいて応援したかった。

 でも。

 それもこれも。


(ディライド、あなたがいないと叶わないんだよ)


「アルフォンス! 私を送り返して!!」


 私は叫んだ。

 アルフォンスが頷き、口の中で一連の言葉を唱え始める。イレーユが、クレイが片手をアルフォンスの方へ伸ばし、唱和し始める。


「アオイ! よせっ! おい、クレイ、イレーユ、アルフォンス、やめろっ!!」


 ディライドの声がまだ聞こえる。


「ディライド、私がいなくなっても、さぼったりしちゃ駄目よ。頑張るのよ。ぱぱっと敵なんかやっつけるのよ。相手が皇族だってかまわない、絶対、勝ってよ。私、私、信じてるから……」


 語尾がぼやけて消えていく。早く、早く帰らせて。心が折れてしまう前に。


「ばかっ、行くなっ」


 足もとに、暗い底の見えない穴が開く。


「ばいばい」


 私は、飛んだ。


「アオイーー!!」


 ディライドの絶叫が、遠く遠く頭上高くに消えていった。


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