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嘘、と言いかけて私はやめた。言っても彼は認めないだろう。
皆、わかっていたからだ。この日々はみせかけだけのもの。いつまでも続きはしないと。だから深入りしないようにしていた。自分にストッパーをかけていた。居心地がよくなって、失うわけにはいかなくなる、それが怖かったから。
ぴんと空気が張り詰めている。
私の腕に鳥肌がたっていた。空気が痛い。
「なぜだ、アルフォンス」
ディライドが問いかける。
アルフォンスは答えない。じっとうつむいて立ちつくしている。
「答えろ!」
ディライドが近寄ると、アルフォンスの動かない肩をゆすった。アルフォンスの抜け殻のような体がぐらぐら揺れる。
「俺はともかく。なんでアオイを殺そうとしたんだ! 言ってみろよ!!」
その言葉に、アルフォンスが勢いよく顔を上げた。空っぽだった体に魂が戻ってくる。アルフォンスが肩にかかったディライドの手を振り払い、叫んだ。
「君がそんなだからだよ! アオイ、アオイって。たった数日前に来たばかりの女の子じゃないか!」
いつもふわふわした印象のアルフォンスが、涙に滲んだ目をディライドにあてて口を開く。
「僕はずっとディライドの側にいた。頼まれたらお酒だってなんだって用意した。なのに、テーブルの上から動けない、どうしてそんな子が一番大事になるの?!」
「アルフォンス?」
「僕だってアオイが好きだ。でも、違うんだ。そこは、ディライドの隣は、僕の場所でアオイの場所じゃない!」
「アルフォンス、お前、何言ってんだよ。場所ってなんだよ」
なだめるようにディライドが声をかける。だが、アルフォンスの口は止まらない。溜めこんでいたものを全て吐き出すかのように言葉をつづける。
「もともと、僕は人付き合いは嫌いだ。こんな学校も大嫌いだ。僕は塔にこもって学究に取り組みたかったんだ。けど、父上が僕を君の側近に推した。逆らえなかった。それでも、頑張ろうって思ったんだ。皆の仲間になろうと思ったんだ」
アルフォンスの瞳に大粒の涙が浮かび、ふっくらした頬を流れていく。
「僕は頑張ったよ。一生けん命話をした。一緒に笑った。でも、僕だけういてた。僕だけ仲間に入れなかった。いつだって僕はおまけ。アオイが親指? だったら僕は人数合わせの小指だよ。あってもなくてもたいして変わらない、重要じゃない小指だ」
見かねたようにイレーユが口をはさむ。
「それを言うなら私だって、クレイだって同じですよ」
アルフォンスがイレーユをきっと睨みつけると言った。
「違うよ! イレーユにはクレイがいる。ぴったりのコンビで僕なんか入れない。そして今度はディライドまで……。僕は一人だ。僕の居場所はどこにもない!」
アルフォンスの最後の一言は魂の叫びのようだった。
「もう、疲れたよ」
暗い、虚ろな目をしてアルフォンスが言う。
「こんな生活、続けられない。ディライドさえいなくなれば父上も僕を縛りつけない。自由になれる。僕は仲間なんていらない。友達なんかいらない。疲れるだけだもの。僕は独りでいい。それが一番楽だ。だから、やった。アオイがいなくなればディライドは魔法を使えなくなる。僕が傍付きになる必要はなくなるから」
アルフォンスが口を閉じる。
言うべきことは言った、とその顔が語っている。
ディライドが、イレーユが、クレイがそれぞれアルフォンスを見ている。そのそれぞれの顔に浮かんだ表情。
有罪、だ。
ディライド達の間で、アルフォンスの罪が決められようとしている。アルフォンスは罪を認めた。状況もアルフォンスが有罪だと示している。
でも、何かがおかしい。何かが足りない。
私は彼らほど長く一緒にいたわけではない。それでも、アルフォンスの言葉にひっかかる。
アルフォンスは全てを語っていない。彼は一切の自己弁護をしていない。罪の全てを認めている。告白、とはそんなものだっただろうか。
(だって、私、友達に謝るとき、ごめんなさいっていうのと一緒に、いつだって自己弁護してたよ?)
相手に自分を悪く思われたくなくて。もっと友だちでいたいから、嫌われたくないから。だからいつも「でもね」とつけていた。うざいと思われるかもだけど、つい、つけていた。仲直りしたくて。
なのにアルフォンスはいっさい「でもね」をつけていない。まるで悪者になりたがっているかのようだ。
必死に考えて私は叫んだ。
「違うでしょ、アルフォンス。あなた、私にごめんってあやまってたじゃない。ずっと見張っててあげるって言ってくれたじゃない!」
ばらばらに立っている四人の瞳がテーブルの上の私に集まる。視線が目に見えるのなら、それは綺麗に開いた扇のようになっただろう。
私は要の位置からアルフォンスに、そして、皆に言った。
「アルフォンス、あなたまた嘘をついてる。それが一番楽だからって、違う人のまねっこしてる。悪者のふりしてる。そんなの疲れるだけだって私、言ったでしょ? 本当の友達になりたいなら、本当のあなたを見せて!」
私はアルフォンスに手を差し伸べた。
「ねえ、アルフォンス。怖くないよ。言って」
****
皆が見つめる中、アルフォンスの顔がくしゃくしゃに歪む。
アルフォンスの喉の奥から、くぐもった声が漏れ始める。彼はしゃくりあげて泣き出した。子どものように声を上げて涙を流しだした。
「ねっ、猫は軽い悪戯のつもりだった、んだ。ち、ちょっと驚かせてやろうって。あんなことになるなんて思わなかったんだ」
ひっくひっくとすすりあげる音の合間に声が混じる。
「それを見られたんだ。前から、いろいろ教える代わりにお酒とか手に入れてもらってた。でも、絶対にディライドを傷つける手伝いだけはしないって断ってた。なのに、見られた。それで脅されたんだ。ばらされたくなかったら協力しろって。だって、僕がやったって知ったら、皆、もう僕のこと見てくれないでしょ」
「脅されたって、誰にだ」
ディライドが震える声できく。アルフォンスは答えない。ただ、しゃくりあげる声が聞こえるだけだ。
イレーユが、静かに声を出した。
「あの酒、気になって調べたんです。あれを手配したのは寮監のギュネイでした。そして、彼を今の職に推薦したのは……」
「やめて! イレーユ! 違うんだ、僕が全部悪いんだ、だから……」
アルフォンスが叫ぶ。が、イレーユは容赦なく続けた。
「グロースター卿。アルフォンスの父君です」
アルフォンスがイレーユにすがったまま崩れ落ちた。
部屋の中に重苦しい沈黙が落ちる。無彩色になった部屋、その中で、アルフォンスのうめき声だけが鮮やかな色を放っていた。
哀しみの藍。
父をかばいきれなかった無念の紅。
そして、全てが明るみに出て仲間に見捨てられることを恐れる臆病な灰色。
アルフォンスは優しい子だ。父親の要求をはねつけるだけの気力を持っていない。かといってディライドと過ごした日々も無視できなかった。スパイとしてここに来た。でも彼は他の三人と友だちになってしまった。
今まで、父とディライドの板挟みになってずっと苦しんでいたのだろう。
観念したのか。アルフォンスが淡々と語り始める。
「……傷つけて皇位継承権をなくさせるだけだって、そう言われた。命は奪ったりしないって。ディライドは皇帝になんかなりたくないんだし。ちょうどいいって。だって、ディライド、ずっと苦しそうだったから。その気持ち、僕も分かるから。だから、楽にしてあげたかった」
ディライドの目が見開かれた。きっと、優柔不断だった自分の態度を責めているのだ。アルフォンスを追い詰めてしまった一因が自分にあると、責任を感じている。
「それに、僕だって見張ってたんだ。命にかかわるほどになったらいつでも飛びだせるように。イレーユとクレイに先、越されちゃったけど。僕、足がすくんで動けなかったから。僕、僕、アオイを殺すつもりも、ディライドを殺すつもりもなかったんだ」
イレーユとクレイが顔を見合わせている。どういう表情をしていいか分からない、二人の目はそう言っていた。
アルフォンスを許すかどうか。迷っている。
アルフォンスが顔から手を離し、引きつる頬を上げて自嘲の笑みを刻む。
「やっぱり情けないよね。うまく仲間に入れないわけだよ。悪役にも、英雄にもなれない。みっともない中途半端なやつ、それが僕だよ。こんな奴、皆と一緒にいる資格なんてないよね」
アルフォンスが床に身を伏せ小さくなる。そのまま彼は大声をあげて泣き出した。
****
アルフォンスの泣き声が、だんだん小さくなる。
大きかった声が小さなしゃくりあげる息遣いに変わった時、ディライドが動いた。
クレイに近づき、彼が持ったままだった剣を奪い取る。すらりと鞘から刃を引き抜くとディライドは強い口調で命じた。
「アルフォンス、そこに跪け!」
その声にアルフォンスが顔を上げる。ディライドが持った抜き身の剣を見、真っ青な顔になる。が、アルフォンスは何も言わなかった。あきらめたように目を閉じ、その言葉に従う。のろのろと足を動かし膝立ちになったアルフォンスは首を垂れ、両手を握りしめた。
イレーユがかすれた声を出して一歩、前へ出る。
「まさか、ディライド、アルフォンスを斬るつもりですか? 確かに皇族には断罪権はありますが」
イレーユの言葉に私は真っ青になった。
まさか。私は限界までテーブルの縁に近づくと叫んだ。
「うそでしょ、やめてよ、ディライド!」
ディライドが振り返らずに答える。
「黙って見ていろ!」
こちらに背を向けたまま、ディライドが柄に力を入れ刃先を持ち上げる。きらりと光を弾く冴え冴えとした刃。そのままディライドは剣を振り下ろした。
アルフォンスの首ではなく、肩に。
鋭い刃のきっ先ではなく、横に倒した面のほうを。
アルフォンスが驚いたように目を開ける。イレーユとクレイが息を飲む。音の絶えた部屋に朗々としたディライドの声が響き渡った。
「アルフォンス・フェリック。第十五皇位継承者、ディライド・エル・ミュリエールが命じる。お前は今日から俺の正式な騎士だ。本日よりこの学院から真理の塔へ籍を移し、学究にはげむことを命じる」
ディライドが剣を引きながらにやりと笑う。
「アルフォンス、笑うのが辛いなら笑わなくていいんだ。そんなこと、俺たちは求めていない。塔で勉強したかったらそっちへ行けばいい。お前は自由だ。だけど、これだけは言っておく」
パチンと心地よい音をたてて鞘にしまわれた剣をディライドがクレイに渡す。アルフォンスの前に自分も跪き、ディライドは彼の両肩に手を置いて言った。
「どれだけの距離が俺たちを隔てようと、どれだけ長い間会えなくても。俺たちは仲間だ。お前が小指なら俺たちは残りの指。一蓮托生、同じ運命共同体だ。誰も俺たちを切り離したりできない」
「ディライド……」
「グロースター卿のことも悪いようにはしない」
涙が乾きかけていたアルフォンスの目に、また、新たな滴が生まれる。なんだかもらい泣きしそうになって葵も自分の目を押さえた。
イレーユが艶やかに笑う。クレイのポーカーフェイスもどこか楽しそうだ。
血臭の漂う部屋がなごやかな雰囲気に包まれそうになった時。
突然、クレイが横に立っていたディライドを突き飛ばした。反動をくらって、アルフォンスが尻餅をつく。
「なっ、何っ!」
私は自分の目に映ったものが信じられなくて叫んだ。
ディライドがさっきまで立っていた場所。
アルフォンスのすぐ眼の前。そこに死んだはずのオオカミの首が牙をたてて転がっていた。
いや、転がっているのではない。それは断面から赤い繊維を引きずりながら、自らの意志で動いていた。
「ひっ!」
ひっくり返ったままのアルフォンスをイレーユが力づくで後ろへと引きずり、オオカミの首から距離をとる。
手足のない、首のみのオオカミはそのあぎとを開き、牙をがちがちといわせながらディライドの方に向きなおった。
クレイは喉を裂いただけだったはずだ。自由に動けるように自分で引きちぎったのだろうか。その赤い断面はぎざぎざに裂けていた。
「くそっ、まだくたばってなかったのか!」




