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「ディライド、駄目よ! 扉の前にもなんかいるっ」
「くそっ、挟み打ちか。二対一は厳しいな」
ディライドが炎を避けつつ軽口を叩く。
が、その言葉ほど余裕がないのは、彼の額に浮かんだ汗で分かる。私は何もできないまま、ポケットの縁を握り締めた。
応援なんかしたって意味はない。
今、必要なのはちゃんとした手足を持った助けだ。仲間だ。
オオカミがのっそりと立ち上がり、口を開く。尖った黄色い牙が、てらてらと光る唾液に包まれて並んでいた。
オオカミの背中がたわむ。
こちらに飛びかかってこようというのだろう。ふさふさの尻尾がタイミングを計るように揺れている。反対側では巨大な鳥が、なおも炎を吐きつつディライドの足を止めている。オオカミの前足が、ぐっと曲がる。
来る気だ!
私は思わず目を瞑った。
「閃! 氷の刃!」
凛とした声とともに、白い結晶が現れオオカミの体を吹き飛ばす。
「え?」
目を開け、振り向いた私の視線の先。開かれた扉の前に、白い手を開き、立っているイレーユの姿がうつった。
「イレーユ!」
私は叫んだ。
身構え、起き上がろうとしているオオカミにさらなる攻撃を加えようとしているイレーユの後ろから、影が一つ飛び出す。
黒と銀。
音のない風のように、しなやかな体が前に出、オオカミに向かって腕を振った。短剣をオオカミの喉につきたて、横に掻き切ると、クレイが返り血を避けるため、とびすさった。
「クレイ!」
来てくれた。
私の目に涙が滲みそうになる。今ほどこの二人が頼もしく見えたことはない。サイズが同じなら、駆けよって飛びついて抱きしめているところだ。
だが、まだ戦いは終わっていない。火を噴く怪鳥が残っている。
「行け、ディライド! 俺が補佐する!」
自室に走り込み、剣を持ち出したクレイがディライドに声をかける。
「炎は私が防ぎます」
イレーユが手をかざしながら凛とした声を放つ。
多くを語らずとも、互いを見ずとも、三人の呼吸がぴったりと合う。
ディライドが飛び出す。クレイがすらりと剣を抜く。イレーユが見えない盾を放つ。
「ギゲッ!!」
羽の付け根から、尾の先まで。一文字に切りさかれた鳥が悲鳴を上げる。切り離された足が弧を描いて壁際へ飛んで行く。
「グ、グゲゲッ」
形勢が不利と悟ったのだろう。鳥が最後に大きく炎を放つと壊れた窓から外へと飛び出した。
「あっ、待ちやがれっ!」
ディライドが追う。
が、ここは三階だ。
ディライドは窓枠に足をかけたところでクレイの腕に止められた。
ディライドが腕を伸ばし、槍のように逆手に持った剣を投げつける。が、届かない。剣は鈍い放物線を描き、外の生垣の中へと落ちていった。
空を飛べない人間をあざ笑うかのように鳥がばさばさと飛んで行く。
イレーユが無言で自分の部屋に引っ込んだかと思うと長い銃を持って帰ってきた。
銀色の、浮彫が施された美しい銃だが、それでもそこには人を殺める物のもつ禍々しさがまとわりついていた。
「うそっ、本物?」
銃をもっているのは警察かヤクザ。そういう認識しかない私は思わず息を飲んだ。手早く弾を装填しながらイレーユが答える。
「殺傷能力のない蝋弾を使用するというので所持許可を得た品です」
「そ、そっか。偽物か」
私はほっと胸をなでおろした。
イレーユが肩に台尻を当て、狙いをつける。
「でも、弾なんていくらでもごまかせるものですからね。ちゃんといつも実弾を用意してありますよ。安心して下さい、アオイ」
「って」
「クレイ、消音の術を。銃声で誰かが駆けつけてアオイを見られては困りますから」
獲物をロックしたイレーユの目がすがめられる。ディライドから手を離したクレイがなにやら呟き、イレーユの方へ手を伸ばした。
細い指が、かすかに動く。
軽い発射音。
わずかにおこった反動にイレーユの腕が揺れる。
黒い点はかすかに揺らぐと何事もなかったかのように青い空を飛んでいった。
「あっ、いっちゃう」
「あれでいいんですよ」
銃を下ろしつつイレーユが言う。
「使い魔は必ず術者の元へ帰ります。実は何かに使えるかと思って、アオイを襲った猫から蚤の卵を採取していたんです。それを弾にこめておきました。術をかけて繁殖力と薬などへの耐性をたっぷり高めておいた特性品です。あっ、もちろん成長速度も速めてありますから、術者の元へ帰った時点で大繁殖を始めるでしょうね」
イレーユが振り返り爽やかに笑った。白い歯が陽光をはじいてきらきらと光る。
「相手の身元を確かめるにはこっちのオオカミが一匹いれば十分ですし。私たちが迎えに行くまで、襲撃者には痒い思いをしてもらいましょうか。蚤たちが病気の類を持っていなければいいんですけどねえ」
少女のように美しい顔をほころばせてイレーユが説明する。
私は顔をしかめた。ディライドもなんだかむずがゆそうな顔をしている。前にクレイが言っていた言葉を思い出した。
えげつない。
冷酷、でもなく、残忍でもなく。
確かに、えげつない、という言葉がぴったりだ。クレイはイレーユのことをよく理解している。
晴れ晴れとした顔をしてイレーユが部屋の中を見回した。
「さて、それではこの一連の事件の実行犯を糾弾するとしましょうか」
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私は足場の悪いディライドのポケットからいつものテーブルに移してもらった。ゆっくりと部屋を見回す。
テーブルや椅子は倒れ、あちこち黒焦げになった部屋からはまだ煙が漂っている。扉近くには大きなオオカミの死体がころがったままだし、右の壁の下にはまだぴくぴく動いている鳥の足がある。
奥まった寮には他に誰もいないこともあって駆けつけてくる人間はいない。が、こんな所で悠長に犯人は誰だ! をしていてよいのだろうか。
頭の隅に違和感を覚えつつも、さっきのかっこいい登場のせいでイレーユに対する信頼感が急上昇した私は続きを促した。
「実行犯って? あの変な鳥をよこした人のことでしょ。もう、相手が分かったの?」
「この程度の使い魔なら、操る術者はたくさんいます。追及は時間がかかりそうですから公式ルートでやってもらいます。それに、私たちだけでやると私闘あつかいになってもみ消されかねませんから。現場はこのまま保存しておきましょう」
私の問いにイレーユが答える。
「私が言っているのは術者のことではありません。もっと身近な相手です。使い魔だけではこんな襲撃は成功しなかった。なぜなら、いつものディライドであれば一撃で仕留めていましたからね。それと、ここにはいつも結界が張ってあります。並みの術者では入ってこれません。それになにより。この時間は普段、ディライドは人目の多い学校にいるはずなんです」
そこでイレーユが言葉を区切った。さっきまでの、憂さ晴らしをしてせいせいしたとばかりに微笑んでいた顔が真剣なものになっている。
「授業中で人目のない寮、アオイがいて力を使えないディライド、部屋に結界が張られていない状態。この三点を見極めたうえで使い魔を寄こす。これは、外部から覗いているだけでは決してできないことなんですよ。そうですよね、アルフォンス」
イレーユが廊下に面した扉の方を向く。
アルフォンスは扉の横に座り込んでいた。真っ青な顔をして、小柄な体をいつも以上に小さく縮めて。
「私とクレイは互いを監視し合っていました。おかしな行動をとる隙はなかった。残るのはディライド。そしてアルフォンス、あなたです」
イレーユの容赦のない言葉にディライドがくってかかる。
「何言ってるんだ。アルフォンスがそんなことするわけないだろ! いい加減にしろよ、イレーユ!」
「ですが、彼は否定をしませんよ。私にではなく、直接彼にきいてみてはどうですか」
視線が集まる。
四対の目が見つめる先で。
アルフォンスが静かに立ちあがった。震える足を踏みしめ、ゆっくりとそれぞれの顔を見回す。
「そうだよ。猫を入れたのも、結界に綻びを作ったのも。全部、僕がやったんだ」
アルフォンスが言った。




