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私は一人、テーブルの上にうずくまって皆の帰りを待っていた。
一夜明け、窓の外には今日も青空が広がっている。が、私の心はどしゃぶりの雨模様だ。重苦しい雲が次々と湧いてきて心を覆いつくしていく。
命が助かったのは嬉しい。結界とやらが強化されて安全性が高まったことについても喜ぶべきなのだろう。が、心は晴れない。
イレーユは本当にメンバーの中に裏切り者がいると考えているのだろうか。四人が自分のせいでぎすぎすしているのは悲しい。
それに、何より。
自分が何もできないのがくやしい。
外で応援するだけじゃなく、一緒に頑張りたい。でも何をしたらいいのか分からない。気がついたらまた守られるだけのペットの状態に戻っている。
いや、もっと悪い。自分がここにいるせいで四人が不仲になったから。
何度目かのため息を吐いた時、扉の開く音がした。
音に敏感になっていた私はあわてて立ち上がる。護身用にクレイがくれた縫い針を、剣のように構える。
開いた扉から覗いたのは黒い髪に青い瞳の少年の顔だった。
「ディライド? どうして」
呆然と呟くと、ディライドがにやりと笑って答える。
「アルフォンスに解除の裏ワザ教えてもらったんだ。あいつ、術式のエキスパートだから。ほんと、こんな普通の学校にいるのもったいないよな」
「方法なんか聞いてないわよ。私が聞いているのは、どうしてここに来たのかってこと! こんな時なのに、一人でふらふらするなんて、何考えてるの!」
だって私以上に彼のほうが危険なのだ。
私の剣幕にディライドが拗ねたように顔を逸らす。
「だって、俺のせいで妙な雰囲気になったんだ、授業なんかうけてる気分になれねえよ」
「え……」
「それに何とかしないとお前がまたそのちっこい頭でいろいろ考えて落ちこむだろう? 元気がとりえなのに。それも俺のせいだ。なら、俺がなんとかしないといけないじゃないか」
こんな時なのに嬉しくなった。
彼はちゃんと皆のことを考えている。能天気な王子様、そんなふうに思ったりして悪いことをした。
「て、ことで、なんとかしようと思ってさ、ここにきたんだ」
「なんとかって?」
「囮作戦。もしくは、なーんだ、大丈夫じゃないか作戦。結界無しで俺がこうしてお前と二人でいて、何もなければそれでよし。襲ってくる奴がいたらそいつを捕まえてジ・エンド。犯人が分かって、大団円作戦」
どうだ、とディライドがにやりと口の橋をゆがめて悪訳っぽい笑顔をつくってみせる。たぶん、乗ってほしいんだと思う、だけどのれない。
「……そんないい加減なものを作戦とは呼ばないと思う」
私は頭を押さえた。
ディライドも今の状態を自分のせいだと思っている、というのはいいと思う。とにかくうじうじ悩むより行動をおこした男らしさも評価しよう。
しかし。
私は困った目でディライドを見ながら言った。
「犯人を捕まえるって、どうやって?」
「ふっふっふっ。ちょっと待ってな」
私の言葉にディライドが不気味に笑うと、イレーユとクレイの部屋の扉に触れる。ポケットから出した、アルフォンス作らしきアンチョコに従い何やら呟く。解錠に成功したのだろう。開いた扉から彼は中に入って行った。
出てきたディライドはその手に、昔の騎士が持つような大きな長い剣を持っていた。
飾りけのない、黒い実用本位の鞘からすらりと中身を引き抜く。鏡のように磨かれた銀色の刃が日差しを反射させ輝いた。
「クレイのを一本、拝借してきた。あいつ、禁止されてるのに堂々と何本も持ち込んでるから、一本くらい構わないだろ。イレーユの銃は接近戦には向かないからな。これで時間稼いで術の一発もかませば相手はいちころさ」
そんな簡単にいくのだろうか。
仮にも王子様と言われる存在を抹殺しにくる相手だ。こんな一学生に簡単に捕まるようなへぼいのを寄こすとは思えない。
「このこと、他の皆は知ってるの?」
「今の時間は選択科目で別々の授業を受けてるんだ。だから俺の不在は気づかれていない。次の授業が始まるまでは大丈夫だ」
最悪、一時間たてば他の皆がここに駆けつけてくれるということか。
私は頭の中でディライドの言葉を意訳した。
無謀な彼に頭が痛いが、とにかく、今の状況をなんとかしたいのは私も同じだ。だからここは文句ばかりいわず協力すべきだと思う。
そんな私の心に気づいたのだろうか。ディライドが片目をつむって見せる。
「アオイはおれの頭の代わりだろ? 一緒に考えてくれよ」
その言葉に私はふっきれた。
そうだった。ディライドにうじうじ考えていないで行動しろ、と言ったのは自分だ。代わりに考えてやる、とも言った。ディライドはちゃんと私の言った言葉を実践してくれている。だったら、自分も頑張らなくてはならない。
守られてばかりいるのではなく。外から応援するばかりではなく。一緒に戦う。空気を悪くしたのが自分なら、自分がこの手で流れを変えてやる。
反撃、開始だ!
私はディライドに、「うん!」とうなずいて一歩、前へでる。
その時だった。それは窓を破って侵入してきた。
激しい破壊音とともに細かな破片が飛んでくる。
とっさにディライドの手が私をつかんでひきよせる。私はディライドの手に守られながら、自分たちを襲った物の正体を目にした。
部屋に飛び込んできたのは黒い大きな塊だった。翼を広げ、羽ばたいている。
だがそれは、鳥、と表現するには猛々しすぎた。
大きさは翼を広げて二メートルくらいか。
翼は確かに二枚、一対ある。それには黒っぽい羽根も生えている。が、鳥はその翼の前に鉤づめはついていない。嘴に牙も生えていないし、炎を吐いてもいない。なにより、空中に羽ばたきながら留まることなど、普通はできない。
「エスケープしてここへ戻ってくる途中、さんざん、一人でフラフラしてるのアピールしてきたからな。さっそくきやがったか。誰が寄こした使い魔だ、堂々と真昼間から襲ってきやがって」
ディライドが、してやったりと、好戦的な笑みを浮かべる。
「何、使い魔って」
「術式で合成した実体を持った化け物だ。だけど安心しろ、アオイ。あいつは実体を持ってるから、こっちの攻撃も効く。雷撃の一発でも喰らわせれば……」
そこで、ディライドの言葉が止まる。
「どうしたの?」
「……すまん、アオイ。俺、今、小さい術しか使えないの忘れてた」
「アホかーーー!!!」
怪鳥が雄たけびを上げるように嘴を開く。中に生えた鋭い牙を光らせながら、こちらに向かって急降下してきた。
「きゃあっ」
「くそっ! アオイ、ちょっと苦しいだろうがポケットに入っていてくれ、しっかりつかまってろよ!」
ディライドが胸のポケットに私を入れる。ちょうど彼の左胸、心臓の位置だ。ドクンドクンと脈打つディライドの鼓動が伝わってくる。
私は薄い裏地をしっかりと握りしめて踏ん張った。シルクっぽい高級そうな布はつるつる滑る。が、ここで落ちてディライドの足手まといになるわけにはいかない。
ディライドが抜いていた剣を構える。
鋭い分厚い爪を生やした足を下に、怪鳥が襲いかかってくる。
ディライドは剣でその爪を受けると弾き飛ばした。大きな翼は狭い室内では不利であろうに、鳥は器用に空中で向きを変えると今度は嘴を下にして襲いかかってきた。
ディライドが床に転がり、それを避ける。起き上がると同時に腕を横に払い、剣で羽に切りつける。カラスのように黒い羽毛が空中に舞う。
「ギャア!」
しゃがれた声で一声鳴くと、鳥が距離をとろうとする。ひるんだ相手をディライドが追いつめた。
右に、左に。
軽いフットワークで次々と剣を繰り出し、相手の羽を散らす。が、鳥も負けてはいない。一度、高く天井近くまで飛び上がると、体勢を立て直す。
そして、ディライドの方に顔を向け、嘴を開いた。
ゴウッ!
炎が飛び出す。
赤と黒の渦巻く熱い塊が、勢いよく嘴から噴き出し、襲いかかってくる。
「くっ」
ディライドが横に飛んで避ける。ポケットの中にいる私にまで、息苦しい、実体があるような熱い空気が押しよせてくる。
「遮蔽物のない狭い部屋を逃げ回っててもらちがあかない。ひとまず、外へ出て隠れるぞ!」
三階にあるこの部屋で外へ出るとなると廊下に面した扉しかない。私はポケットの縁にしがみつきながらそちらを見た。顔が強張る。
廊下に面する扉が開いていた。
そして。いつのまに来たのだろう。
扉の前には大きな犬、いや、大型バイクくらいありそうなオオカミが一匹、うずくまっていた。




