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「おい、アオイ、一緒に行こうぜ!」


 いきなり王子様がにこにこ笑いながら部屋から出てきた。


 はじめて見る白い礼装がすごくよく似合っててびっくりした。

 学院の制服よりも優雅で装飾がいっぱいついていて、とどめはレースの襟飾り。こんな服、顔がよくないと着こなせない。元の世界でもトップクラスのモデルかアイドルでないと。


 なのに似合う。ディライドには。

 すっきり爽やか凛々しくて。ほんとうに王子様なんだ……とため息が出る。


 なのに、その口から出る言葉は悪ガキそのもので。

 

 ディライドが嬉しそうにテーブルに近づいて来て、こちらにかがみこむ。さらさらと艶やかな黒髪が流れ落ちてきて、白い礼装にはえる。ああ、やっぱり綺麗だ。だからこそ、もったいない。いや、まあ、服のせいでいつもより五割り増しくらいに悩ましくなったやんちゃな表情もまたかっこいいというか、可愛くてぞくぞくするんだけど。


 ディライドが悪戯っぽく片目をつむってみせる。


「な、アオイ、一緒に行こう。俺がつれていってやる。お前だって外の世界が見たいだろう?」

「そりゃ興味はあるけど。私のことは秘密なんでしょ? 何言ってるのよ、ディライド。それに今から行くのって、王様のいるお城なんでしょ? 無理に決まってるじゃない」

「大丈夫、この中に入って蓋を閉めときゃわからないって」


 見せられたのは銀色の蓋つきの容器だ。掌サイズ、というかちょうど片手で握れるくらい、少し曲線を描くペタンコなフォルム。


それはいわゆる酒の容器だ。映画とかで酔っ払いのおっさんがポケットから出して、きゅっと一杯飲むような。


「あほかぁ――――――!!」


私は叫んだ。どうしてそんなものを学生が所持しているというところは眼をつむっても、人を入れようともってくる容器ではない。

いや、まあ、確かにサイズ的に今の私なら入れるけど。狭い。ずっと体育座りしてるか、立っているかしてないと駄目ではないか。


「なんで私がそんなとこに入ってまでついてかなきゃならないの。だいたい、どこから入れっていうの。その飲み口のとこから? 無理に決まってるでしょっ」

「大丈夫、この飲み口のちょい下ですぱっとクレイに斬ってもらえば。これ、別の蓋で上のほう全体を覆えるようになってるから、いけるって。ちゃんと空気穴あけといてやるから」

「私は虫か、ペットか」


二人でぎゃんぎゃん言いあっていると、イレーユが額を押えてため息をついた。


「ディライド、ふざけるのもいいかげんにしてください。いくらあなたが皇族でも、これから行くのは皇帝陛下の御座所ですよ? 陰から護衛がこっそり術走査するに決まっているでしょう。アオイを持ち込めるわけありません。クレイ、この馬鹿のお供は頼みます。私は残ってアオイの護衛をつとめますから」

「わかった」


短く言うとクレイがディライドの首根っこを引っ張る。


クレイはすでに正装済だ。さすがに用意がいい。でもってクレイもディライドとはまた趣が違ってかっこいい。ディライドよりは装飾少なめの黒い礼服を、びしっと着こなして、騎士か軍人さんみたいだ。私に軍服萌はないのに、思わず敬礼したくなる。


「ほら、ディライド、早く行きなさいってば。クレイに迷惑かけないの。大事なご用なんでしょ?」

「アオイ、そんなに俺と一緒に行くのが嫌なのか。傷つくぜ」

「だからそういうことを真顔で言うなっ」


 ばこっと鼻先を殴ってやる。

 さすがに痛かったかなとディライドを見あげると、彼は笑っていた。それはそれはすごく嬉しそうに。


「……やっぱアオイはいいな。うん、元気出た」

「はあ?」


 いや、確かに私のパンチは馬力がない。だから痛くなったりはしないだろうが。だが殴られて喜ぶとはこいつはマゾか。それとも熱血気合パンチ、男は拳で語り合うんだとかいう暑苦しい部類なのだろうか。


ディライドがくしゃっと私の頭をなでた。


「じゃ、行ってくる、アオイ。帰ってきたらまた殴ってくれな」

「いや、だからそれ、おかしいって!」


 爽やかな笑顔を私にむけて、それからディライドが去っていく。


 どこから聞いても変会話でしかないのに、さっきまで怒っていたのに、扉が閉まると急に寂しくなる。


「……私、病気かもしんない」


 元気になりたくてもディライドがいない。あの能天気発言に突っ込みを入れないことには新しい気力がわかない。だから気分がどんどん下向きになってしまう。


 早く帰ってこないかな。ちょっとだけ思った。


 気のきくイレーユが、そっと話しかけてきてくれる。


「アオイ、お茶でもしますか? 食堂からケーキを運んできますよ。賄いのおばさんが、今日の日替わりスイーツは洋ナシのタルトだと言っていましたよ」

「ありがとうイレーユ。でもいい。ちょっと寝るね。昨夜、よく寝れなかったから」


 私は鳥籠のお家に帰ると、イレーユ達に顔を見られないようにベッドに潜り込んだ。もそもそとシーツの奥に潜り込む。


さっき別れたばかりなのに、ディライドが帰ってくる夜までが、もうとても長い。




  ****




「ディライドはアオイが来てから変わりました」


夕食の時間だからと、こもっていたベッドからおいでおいでと誘いだされて、私は今夜のメニュー、小さく切り分けた具のはいったスープに、鴨のロースト、それに果物の盛り合わせを前にしていた。


 ほかほかと湯気のあがる金色の透明なスープからはほどよく塩分の含まれた食欲をそそる匂いがするし、薄く切られた鴨のお肉は綺麗なピンク色。そこにオレンジ色のソースがかかって、付け合わせのクレソンみたいな葉っぱの緑が鮮やかだ。小さく切られたフルーツたちも、赤に緑、オレンジとみずみずしいいい香りをさせている。


けど、寂しい。


いつもは大人数で囲んでいるテーブルなのに、蝋燭の光が届かない暗がりが、しーんと静かで落ち着かない。


今日はイレーユと二人だけのお食事だ。


ディライドとクレイはまだ宮廷。あちらで食べてくるそうだ。アルフォンスは自主的に居残り実験をやっているらしくて、一段落つくまで帰らないとか。へたをしたら徹夜かもしれないそうだ。


「アルフォンス、体こわさなきゃいいけど。ちゃんと食事はとったのかな」

「さっき、片手でも食べられるようにサンドイッチを差し入れしておきましたよ。まあ、彼は気づいていなかったですが。アルフォンスはひとつのことに夢中になると、声をかけても聞こえないところがありますからね」

「うん、熱心だもんね。本を読んでる時とかも自分の世界に入っちゃうし」


 会話が途切れると。すぐに沈黙が訪れる。


 イレーユが気を利かせていろいろ話をふってくれるけど、さすがに間がもたない。彼だって食べないといけないし。


「……すみませんね、アオイ。こんな寂しい食卓にして」

「そ、そんなことない、ごめん、イレーユ。私こそ気をつかわせて。イレーユなら私がいなかったら賑やかな食堂で食べてくることだってできたのに」

「いえ、私は人付き合いがよいほうではありませんから、食堂で食べるのは苦痛なんですよ。だからこちらこそ部屋で食べる理由ができてアオイの存在がありがたいんです」

「イレーユ、食堂、好きじゃないの?」

「はい。あの三人がいる時ならいいんですけどね。どうも周囲が気になって落ちついて食べれないんですよ。見世物にされている気分になって。私は異質ですから。ディライドの学友であるという以前に、友人というものをつくりませんからね。周囲に溶け込めないんです」


 同年代の少年たちが馬鹿に見えて、まともに会話するのがしんどくなるそうだ。

 社交辞令の笑みをふりまくとゆっくり食事を楽しめない。かといって無視するのも後後のことを考えるとよろしくない。そういう理由なのだとイレーユが教えてくれた。


「私はいろいろ考えすぎてしまうんでしょうね。ディライドたちがいると、わざわざ話しかけてくる猛者もいませんし、ゆっくり食事に専念できるのですが。あ、これは他の三人には内緒ですよ。ディライドあたりが知ったらまた調子にのりますから」


 アオイが相手だと私もついついおしゃべりになってしまいますね、とイレーユが笑う。こんなに人当たりのいいイレーユがそんなふうに思ってるなんて意外だった。


 でも、そう言われると、四人のいつもの食堂での食事風景が眼に浮かぶようだ。


 皆から少し離れたテーブルを一つ占領して、ディライドが馬鹿を言って大騒ぎをしている。それをにこにこ聞いているのはアルフォンスだ。クレイは黙々と食事して、たまにイレーユが場を仕切る。役割分担ができていて、互いに気をつかう必要もなくて、それはとても居心地の良い空間だろう。


「……今頃、ディライドとクレイも気まずい食事してるんだろうね」


 つい、口に出てしまった。


 ディライドの家庭事情には詳しくないけど、それでも今夜の彼の食卓が楽しいものとは思えない。


(だからだったのかな。ディライド、私に殴られて嬉しそうだったの)


 もっと殴ってあげればよかった。朝に感じたのとは別の意味でそう思った。

 そしていいことを思いつく。


「あのさ、誕生日の当日は無理だけど、ディライドのお誕生日会をしてあげれないかな、ここで!」

「ここで、ですか?」

「うん、そんな大仰なものじゃなくていいの。前みたいにお茶会くらいでいいから。そのかわりどうせだからサプライズで! 王子様としてのつきあいが全部終わってから、ゆっくりと。それだったら私も何かプレゼント用意できるし」


 私はいそいで鳥籠ハウスまでもどると、バックを引っ張りだす。中にはちゃんと財布が入っていた。九月分の小遣いをもらったばかりだから、金額的にはいけるはず。


「ディライドって何が好き? やっぱりお酒? この世界のお酒っていくらくらいするの?」

「……気持ちだけでいいですよ、アオイ。こちらはあなたの世界とは貨幣価値がちがいますから」

「そ、そうだよね……」


 彼らからすれば私の全財産も、砂粒だ。


 そもそも私はこのサイズでは買い物にもいけないし、そもそも私は平民。王族が喜ぶようなものを買えるだけの資金はない。王子様のディライドなら想像もつかない豪華なプレゼントをいろいろもらうのだろう。


 ため息をつく。ちょっとどころではなく寂しくなった。体格差と身分差がこんなにきついものだったなんて。今までの人生、同じサイズの人間どうし、平民どうしのおつきあいしかしたことがないから、よくわからなかった。


「……アオイ。実はあなたに言っておきたいことがあるんですが」


 あらたまった口調でイレーユが言った。


「その、調子にのった私も悪かったのですが。あなたの居心地をよくしようとした行為の数々は、かえってあなたのためにはよくないことなのかもしれません」


 ナイフとフォークをおいたイレーユが、話してくれた。異世界召喚と逆召還にともなう危険のことを。

 術式が構築できても、私自身が強く元の世界に戻りたいと願わなければ成功の可能性がぐっと下がるということを。


「あなたを勝手に召還したのはこちらなのですから、こんなことを言えた義理はないのですが。アオイ、あなたは今、自分の存在をどう思っていますか?」

「え?」

「あなたはこの世界でたった一人の異世界人です。姿かたちは私たちと変わりませんが、そのサイズの人間はあなたしかいない。それが意味することを考えたことがありますか?」


 はっとした。一人ぼっちの存在。前にニュースで見た、カメを思いだした。


 一人ぼっちのジョージ。進化の波に取り残され、人に狩りつくされて最後の一匹になってしまったかわいそうなカメ。


(今の私って、もしかしなくても、ジョージと同じなんだ)


 自分は絶滅危惧種、最後の一匹。たった一人の異分子なのだ。

 もし元の世界にもどれなかったら、この姿のまま、一人のまま生きていくことになる。


 今はまだいい。まだこちらに来て日が浅くて生活が物珍しいから気もまぎれる。皆がいてくれるから寂しく思うこともない。


 だけどこれが一年後、二年後なら? もしまだ戻れていなかったら、私はどうなっている?


 この四人の少年たちも成長する。そうなれば当然、この学校を卒業するし、大人になれば別々の家で暮らして家族だってもつのだ。


 その中に、私の居場所はあるの?


「わかりますね? あなたはここでは生きていけない。帰らなければならないんです」

「そ、それはわかってるけど……」

「本当なら私もこんなことを言いたくないのですよ、アオイ」


 こほんと咳払いをして、真面目な顔になったイレーユが、爆弾発言をかました。


「ディライドと、結婚の約束をしたでしょう、アオイ」

「なっ」


 何故知っている! 隠していたつもりなのに! 


 私が真っ赤になって、あわあわと何か言おうと口を開けたり閉めたりしていると、こんとイレーユが何かをテーブルにことんとおいた。


 指輪だ。

 銀色の武骨な指輪。太くて、何か複雑な文様が刻んである。


「これって……」

「ディライドの印章つき指輪です。彼が箱庭に埋め込もうとしていたのを、私が抜き取っておきました。あの地図に水をかけたのも私です」


 私は息をのむ。


 いったいいつの間に。イレーユが鋭いことは知っていたけれど。


「これは大切なものなんです。気軽に人に贈るようなものではありません。ディライドは……皇孫殿下なのですから」


 びしゃっと冷たい水をかけられた気分になった。


 わかってた。わかってるつもりだった。ディライドが王子様だということは。 だけどイレーユのこの言葉を聞くまでは、はっきり実感できていなかったのだと思う。


「これをあなたに贈ろうとしたのは、彼なりにあなたを召還した責任を感じていたからかもしれませんね。ですが私は学友として、見過ごすわけにはいきません。ただのお遊びの恋愛ならとめはしませんが、あなたとディライドではすべてが違いすぎるんです。一緒に生きるのは無理なんですよ」


 私は唇を噛みしめる。


 ディライドに、この世界でずっと生きていくと言った。

 だけどそこまで私は深く考えていなかった。まだどこか今の生活が現実味がなくて。夢かゲームの中のことのように思えていて。だからあんなに簡単に約束したのだと思う。


 あのプロポーズの言葉が今から数年後の、寂しくて元の世界に戻りたいのに戻れない状態の私にかけられた言葉だったらどうだろう。私はオッケーしていただろうか。


「ディライドは人懐こいですから。あなたが寂しくなる前に、こちらの世界に、<俺の妃>という居場所を与えようとしたのかもしれませんね。後先のことも考えずに。実現するわけがないのに」


 突き放したような言い方だった。でも、ひどい、とは思えなかった。


 冷やかに見えて、イレーユは言葉を口に出すたびに傷ついているように見えた。

 イレーユは遠まわしに、ディライドの求婚は責任感からだから、真剣に受け取るな、と言っている。


 私がこの世界に残る、と言いださないように。


 私がここにいる限りディライドの力は戻らないし、お互い、文字通り住む世界が違うから。これ以上深入りするなと忠告してくれている。


 私のために、そしてディライドのために。


「……イレーユはディライドのこと、大好きなんだね」

「はあ?! な、何を言っているんですか、アオイ」

「何って見たまんまだけど。イレーユはディライドが大事だから、私に話をふったんでしょ? 自分が悪者になって、他の皆が出払ってる時をめがけて。それって好きっていうんだと思うよ」


 イレーユが絶句している。彼のこんな顔ははじめて見た。頬がほのかに赤い。


 彼はしばらくぱくぱくと口を動かすと、低い、どすのこもった声で言った。


「……アオイ、あなたとはじっくり話す必要があるようですね。どうしてこの私があの馬鹿王子に好意などをもたなくてはならないのですか!」


 認めないつもりらしい。これはあれか、いわゆるツンデレか。


 かーわいい。そう思った。


 イレーユがあれこれ言っているけど、それは適当に聞き流して、デザートを食べるのに専念する。


 今は真剣に考えたくなかった。真剣に考えたら泣きだしてしまいそうだったから。この問題は誰かと食事しながら考えるようなことじゃない。後で一人になった時にじっくり考えて結論を出さないといけないことだ。


 イレーユもそこらはわかってくれたみたいだ。

 きゃんきゃん怒っていたのをやめて、話題を変えた。逆召還の話にはそれ以上はふれずに、たわいもない学院の話に切り替えてくれる。


 その態度がまた苦しい。気づかわれているのがわかるから、この優しい少年たちの害になることはしたくないと思ってしまう。


 困った。悩みたくなんかないのに、そんなふうに言われてしまうと、いろいろと意識して悩んでしまうではないか。意識して考えないようにしていたけど、一番不安なのは、先が見えなくて怖いのは私自身なのだから。



 この世界に来て二か月。

 私は今まで先延ばしにしてきたもろもろの問題に直面した。

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