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 クレイが器用に手と鋏を動かしている。


 手にしているのは、細い金色の針金だ。イレーユが調達してきた、アクセサリーの原料になるものらしい。

 それをクレイがくいくいと曲げて、切って、つなぎ合わせていく。ほっそりとした長い柄、それに円をつくるように放射線状に広がった金色の針金。そして最後に、薔薇の透かし模様が入った幅広のリボンを針金の間に渡して、きゅっと縫い付けて。


 可愛い日傘のできあがりだ。


「わー、ありがとう、クレイ!」


 私は歓声をあげてうけとった。さっそく頭の上に広げてくるくる回してみる。


「どう?」

「わー、かわいいよ、アオイ!」

「サイズもぴったりですねえ」

「おりたたむことはできないから、邪魔になればそこらにおいておけばいい。気づいた誰かが籠のほうへ戻すだろう。ここは屋内で雨も降らない。庭に置き去りにしていても傘が痛むことはない」


 珍しくクレイが長いセリフを話す。


 そう、もちろんここは室内。テーブルの上に散策用田園風箱庭が広がっているけれど、部屋の中だ。陽光がさしてくるわけでもなく、雨も降らず。日傘など必要ない。が、気分の問題だ、気分の。


 私はまたパラソルを手にくるくるとまわった。とても楽しい。すごく自分が女の子な気分になる。

 正直、元の世界にいた頃は、自分がここまで少女趣味とは思っていなかった。

 これは周囲にいる少年たちのせいだろう。

 私がかわいい恰好をするたびに喜んで、もっともっとと、乙女趣味な小物を用意してくれるのだ。こちらも調子にのってしまうではないか。私はおだてに弱いのだ。


「用意できた、アオイ? そろそろ行こうか」

「はーい」


 私は返事をして、歩きだす。右手にはパラソル、左手にはクレイが紙を折ってつくってくれたランチをいれた籠を持っている。


 本日のドレスは気合の入った、ふりふりおフランス風。マリーアントワネットみたいな、ふっくらスカート部分が膨らんで、前面にいっしり小さなリボンとレースがついている、素晴らしくゴージャスな出来だ。


 こんなドレスを着てパラソルを持って、ランチのはいった籠を手に気取って歩く。どこのお貴族映画だよと自分でてれて突っ込みたくなる、完璧な乙女趣味の世界だ。


(これ、カメラとかない世界でよかった。こんな恰好でにこにこそてるとこが画像で残ったら、しゃれにならない……)


 いや、楽しいんだけど。


 けど、黒歴史まっしぐらなのも確かで。結婚式とかのスライドショーで新婦の学生時代です! とかいって今の映像が出たら確実に死ぬ。死んでしまう。


 とはいえここにはカメラがないから誰にも盗撮される心配はない。だから私はこのシュチュエーションを楽しみながら、鳥籠のお家を出発する。


 私は広いテーブル面をてくてくと歩くけれど、他の皆はテーブル周りにおいた椅子に座ったままだ。


 可愛い木の柵をあけて箱庭に入る。目指すは小高くもりあがった丘の頂上だ。


「頑張れ、アオイ」

「もうすぐ頂上ですよ」

「あーあ、もうへばってるのかよ。運動不足だからだぜ。あ、違うか、体が重いのか。すまん、アオイ」

「一言どころでなく多いわっ」


 言いかえしつつ、坂道をのぼる。皆からしたら足の膝までの高さもない丘なのだけど、私からすればじゅうぶん山だ。


今日は箱庭完成を祝ってのピクニックなのだ。

ちょうど学院がお休みの日ということで、皆がつきあってくれることになった。


 ようやくたどりついた丘の上で、私は深呼吸をする。いつものテーブルの上よりちょっと高い。見渡す角度が違うから、見慣れた室内もいつもと違うような気分になる。ふわりと雰囲気よく風が吹いたなと思ったら、気の利くイレーユがノートであおいで風をつくってくれていた。


「つかれたのではありませんか、アオイ? そろそろお茶にしましょう」

「はい、どうそ、アオイ」


 アルフォンスの大きな指が、小さなランチ用カップをつまんでもってくる。


 熱いお茶だけはこぼすと危ないので、今日の食事当番であるアルフォンスが運んでくれるのだ。水筒もないしね。


 お茶のカップは、前までの風呂サイズの普通異世界人用カップから進化して、どんぐりのヘタになっている。木彫りのお椀のようなそれを両手で持って、中に揺れる香ばしい紅茶の香りを嗅いでいると、なんだかこう絵本の、金色に輝くカステラを焼いて喜んでいるネズミになった気分だ。


「裏庭でひろったどんぐりのヘタだけど、綺麗に洗ったし、魔術で溶けない飴をコーティングしてるから清潔だよ」

「ありがとうアルフォンス。ピクニックにぴったり」


 お茶を飲み干してから、丘の上の草地にランチを広げる。緑の草がまるでベルベットのようにやわらかい。


(まあ、本当にベルベットでできてるんだけど)


 気分の問題だ、気分の。せっかく四人がつくってくれたのだから。


 今日のメニューはサンドイッチ。

 箱庭の周囲では、それぞれ四人の少年たちも、自分たちサイズのサンドイッチをもった皿を並べている。私の身長より一辺がでかい、ベッドサイズのサンドイッチたちだが、小高い丘から見おろすと、色鮮やかな具材がよく見えてとてもおいしそうだ。


 私の視線に気づいたのか、アルフォンスが一切れ、こちらにさしだしてくれた。


「アオイ、あーん」

「ありがとう、アルフォンス!」


 さすがに一気にぱくりとはいけないから、パンからはみ出しているレタスだけをかじる。みずみずしくておいしい。


「はい、お返し」


 私は私サイズにつくられたオープンサンドを、アルフォンスにさしだした。


 彼らからすればパン屑サイズだけど、薄いパンの欠片の上に、器用なクレイが向こう側が透けて見えそうなくらい薄くハムときゅうりとチーズを斬ってくれて。(切るではなく斬るなところがクレイだ)繊細なイレーユがちまちまとピンセットをつかって具材を並べてくれたオープンサンドだ。かなり手間のかかった逸品である。


 小さなオープンサンドを眼の前にしたアルフォンスが天使のように笑う。私はほっとした。ちょっとこの頃アルフォンスの様子が変だったから。


 久しぶりに無理のない笑顔を見せたアルフォンスが、おそるおそる顔を近づけてくる。


「ありがとう、アオイ。クレイとイレーユがつくってるの見て、どんな味かなーって思ってたんだ」


 ほっこり笑ったアルフォンスが、ぱくりと一口でのみこむ。


「うん、おいしいよ、アオイ」

「アオイ、俺も俺も!」


 ディライドがアルフォンスを押しのけて、顔を近づけてくる。まるで尻尾をふった犬だ。


「しょうがないな、私の分がなくなるから、これで終わりよ? はい」


 差し出したオープンサンドに、ぱくりとディライドがくいつく。

 びみょーな顔だ。


「何、その顔」

「……ちっちゃすぎて、口のどこに行ったかわからん。味もしねえ。一目見た時から嫌な予感はしていたが、俺の予感って当たるのな。すげえ」

「だったら欲しがるな! 貴重な私サイズの食材を!」


 思いっきりディライドの顎にアッパーカットをぶちこんでやるけど、彼はハエがとまったか、と腹の立つことを言っている。



  ****



 ピクニックもたけなわになってきて、ディライドが自分の紅茶に「隠し味」と不思議な液体を混入させはじめて。優雅なお茶会が無礼講の花見めいたものに変わりだした時、いきなりアルフォンスがしくしくと泣きだした。


 私はあわてて声をかける。


「ど、どうしたの、アルフォンス」

「おい、具合でも悪いのか?」


 隣から顔をのぞきこんだディライドに、アルフォンスががしっと抱きついた。


「ふええーーん、ディライドの馬鹿馬鹿―」

「うわっ、なにすんだ、アルフォンスっ」


 ディライドがあわてておしのけようとするが、アルフォンスは離れない。ぎゅっとしがみついている。


 イレーユがため息をついて額をおさえた。


「誰ですか、アルフォンスに酒を飲ませたのは。いえ、愚問でしたね。こんなことをするのは一人しかいない」

「助けろよっ、イレーユっ」

「自業自得でしょうが。酒が入ればアルフォンスがこうなるとあなたは知っていたはずですよね?」

「俺はアルフォンスにもったつもりはねえよ。アオイが酔っぱらったら可愛いかなーって、アオイ用のカップに入れたつもりだったんだよっ」


 今日のアオイ飲食当番のアルフォンスは、私用の紅茶カップと自分用の紅茶カップを用意している。いつでもどんぐりのヘタに新しい紅茶を入れられるように、それらは並べてアルフォンスの前に置かれていた。つまり。


「……私を酔わせようとしたって? この変態王子」


 セクハラ一歩手前だ。

 どうせそういう色っぽい考えはなくて、単純にどんなことになるかおもしろそうだとやっただけだろうが。


「ディライドの断罪はおいておいて。えっと、とりあえず、アルフォンスのこれはお酒のせいってこと?」

「ええ、そうです。アルフォンスも普段、ためこむほうですからね。酒で引っ込み思案のたがが外れると、こうやって、くっつき魔になるんですよ」

「くっつき魔……」


 甘えん坊っぽい外見にぴったりの酒癖の悪さだ。可愛い。なのにどうしてクレイとイレーユがさりげなく距離をとっているのだろう。


 こそっとイレーユが私にささやいた。


「アオイ、あなたも避難しておいたほうがいいですよ。あなたのサイズではひとたまりもない」

「え?」


 何が? と問い直そうとした瞬間、ぎゃあああ、というディライドの悲鳴が聞こえてきた。


「アルフォンスっ、てめえ、そこまでだっ。俺にそっちの趣味はないっ」


 見ると、ディライドがアルフォンスにすりすりと頬ずりをされていた。


「えっと……」

「いわゆる幼児がえりですね。人肌が恋しくなるらしいんですよ。アルフォンスに悪気はないんですが、さすがに男にあれをやられると、どうも鳥肌が」

「アオイ、お前の場合は抱きつぶされる恐れがある。一緒に来い」


 クレイが手を差し伸べて、アルフォンスの魔手から守ってくれる。


「ディライドは? 助けなくていいの??」

「彼はふだんアルフォンスに迷惑をかけまくっていますからね。ここらでちゃんと借りを返しておくべきです。それにディライドも本気で嫌ならもっと強く突き放していますよ。硬い家庭で育った反動か、ディライドもああ見えて誰かに甘えたり甘えられたりしたくてしょうがないんですよ、だからつり合いがとれてちょうどいいんです」

「ディライドも酒が入ると誰彼かまわず抱きついてくるからな」

「アオイを召還したのも、酔って寂しくなっていたからというのもあったのでしょうね。あの時は皆眠っていて、誰も相手をしてあげれませんでしたから。困った王子様です」


 私たち健常人には理解できない感覚ですが、と、イレーユが顔をしかめている。


「こらっ、イレーユ、クレイ、助けろよっ」

「しっ、しっ、こっちに来ないでください、酒臭い」

「酒臭いのは俺じゃなくアルフォンスだっ。おい、アルフォンス、俺よりクレイのほうががたいがよくて、抱き心地がいいぞ、交代しろ」

「俺を巻きこむな」


 四人がぎゃいぎゃい言いながらテーブルの周りをまわっている。

 イレーユとクレイも口ではいろいろ言いながらも、自室にこもってしまわないあたりつきあいがいい。後で酔っ払いの介抱をしないといけないからかもしれないが。現にクレイが水の入ったグラスとタオル、洗面器をさりげなく用意している。


「ふええーーん、ディライドおーー、僕たちずっと友だちだからねええーー」

「わかった、わかったから落ちつけ、アルフォンスっ、てか、泣くなっ、男だろ、お前っ」


 すでにアルフォンスはかわいい両目から涙をぽろぽろ流していた。泣き上戸でもあるらしい。

 そうなるとディライドもつきはなせないらしくて、おろおろしながら背中をなでてやったり、イレーユから手渡されたハンカチで鼻をかんでやったりしている。


 ほほえましいと思えばほほえましい光景だ。でも参加するのは勘弁だ。クレイがいうとおり、今の私のサイズでは死活問題だ。確実に圧死する。それに年頃の乙女としては、いくら相手が可愛くて女の子みたいな顔をしていても、男子にあそこまでくっつかれると困る。


 なので私は、ディライドの呼び声は聞こえないふりをして、こそこそとクレイの手に隠れて眺めるだけに徹することにした。

 これでディライドも酒が入ったらどうなるのだろう。きっと熱烈にアルフォンスを抱き返しているのだろう。

 男同士の友情は暑苦しいなあ、と私は思った。



 それはとても楽しそうで和やかな、よくある日常の一コマだった。

 ほほえましく笑って流してしまうような穏やかな日々。

 けれど私は後になって後悔することになるのだ。あの時、もっと皆の言動に気をつけておけばよかった、と。


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