閑話休題(イレーユ&アルフォンス)
閑話休題(イレーユ&アルフォンスの三人称です。イレーユ視点)
「イレーユ、ちょっと話があるんだけど」
部屋から出たところで、イレーユはアルフォンスに呼び止められた。
さりげなく、周囲を見る。
寮内とはいえ、三階にあるこの棟を使っているのは自分たちだけ。立ち聞きをされる心配はない。
そこを確かめてから、イレーユはいつもの優雅な笑みを浮かべると、アルフォンスに向きなおった。
「なんですか、アルフォンス。わざわざここで呼びとめるとは、他の二人に聞かれたくないことですか。あ、もしかして、前に頼んだ、あれ、ですか?」
「うん、それ。アオイを調べてほしいって、僕に言ってたよね。彼女がどれくらいディライドの影響を受けてるか」
立ち入った話になるので、二人して窓際から離れて壁によりかかる。
「もう調べがつきましたか。さすがに早いですね。で、どうでした。なんらかの防御策をとらないといけませんか?」
「それなんだけど。アオイ、影響はうけてないみたいだよ」
「はい?」
「アオイの鳥籠に計測陣を張りつけて、この三日、数値の推移を調べてみたんだ。結果は零」
「……それはつまり、アオイは素面でディライドと接している、ということですか? 彼が無意識に放つ皇族の魅了の力にまったく影響されずに?」
驚いて眼をみはったイレーユは、次の瞬間、深いため息をついた。
「まあ、アオイは異世界人ですし、影響をうけない可能性はありましたが。いや、だが、あの夜のことは……。まさか、まったく、彼にのまれずにあの受け答えをしていたということですか。信じられない」
「その、アオイ、ディライドとつきあうって決めたんだったよね。元の世界に帰らずに」
「ええ。ふつう、そんなこと言わないでしょう? だってこの世界に来て何日目ですか? そもそも体のサイズが違うし、将来なんて考えられないでしょう。アルフォンス、あなたを疑うわけではありませんが、検査の結果は本当に正しいのでしょうね?」
「うん。僕も信じられなかったから、三日もかけたんだもん、やりなおして。でも数値は変わらなかったよ。というよりイレーユ忘れてない? ディライドは今、アオイをこの世界に存在させるためにほとんどの力を奪われているんだよ。無意識に魅了の力なんか使えないよ」
「あ……」
イレーユは絶句した。
「すっかり失念していました。力が使えなくなっているというのに、ディライドがまったく変わらず、召喚前と同じ馬鹿だったので」
「イレーユ、あんまりディライドのこと馬鹿馬鹿言わないほうがいいよ。確かに馬鹿だけど」
「しかしディライドはそれとして、アオイのほうは。あれ、本気でこの世界に残ると言っていましたよ。ディライド並の単細胞、ということですか」
困ったことになった。イレーユは眉をひそめる。
正直、ディライドが誰と恋をしようがイレーユは自分には関係ないと思っている。ディライドもまだ子ども、学生だ。正式に婚約、結婚といった話が出るのは先のことだし、そういったことを決めるのは皇帝をはじめとする彼の親族たちだ。自分は学友として、彼が暴走しすぎないように、適度に学生生活を送らせればいい、その過程で、恋愛遊戯をするくらいは大目に見ていようと思っていた。
だが。
「アオイはただの女の子ではなく、ディライドの力を具現化した存在なんですよね」
彼女は元の世界に返さなくてはならない。でないとディライドは力を使えない。
だが、召喚というものはデリケートな術なのだ。
強引に術をかけても成功するとは限らない。
この場合、逆召還されるアオイ自身が元の世界にもどりたいと強く念じてくれないことには成功の確率ががくりとさがるのだ。
そして失敗することは許されない。
何故なら失敗した時はアオイだけではなく、ディライドまで永遠に力を失う。
まずい、と思う。このままでは自分は学友という名の彼の護衛の任を果たせない。忠誠心などはさらさらないが、失敗者、無能者、の烙印を押されるのだけは矜持が許さない。
というより、これは偶然だろうか。こうも都合よく政敵に便利な状況ができあがるものだろうか。
(あの酒瓶……)
まだ出所が判明していない。あの時の厨房には存在しない銘柄だった。確かにあの銘柄は普段から厨房が使っていた品だ。だが、あの時は偶然、在庫が切れて、別の酒を急きょ仕入れて、調理の香りづけに使っていたのだ。そのことを知らなかった誰かが用意したとしか思えない。
アルフォンスは、厨房に酒をもらいにいったら、都合よく誰もいなかったから、こっそりくすねてきた、と言っているが、そんなに都合よく、無人の厨房で酒が置きっぱなしになっていたりするだろうか。
ディライドの顔を思い浮かべる。
その微笑み、言葉の一つで人を魅了してみせる皇子。彼はそう呼ばれ、宮廷で恐れられていた。
もしその能力をまだ彼がもっているとしたら。そしてそれだけ人心を惑わすのに長けた存在が、自分を無能と見せかけるために使っているとしたら。
(アオイの召還は、事故ではない……?)
イレーユは険しい顔でアルフォンスに問いかける。
「……アルフォンス、私たちがディライドに仕える前、彼が宮廷でなんと呼ばれていたか知っていますか?」
「え? えっと、ディライドは、彼の御父上、廃嫡された元皇太子殿下のいいなりのお人形だったんだってね。いっつも無表情で、硝子みたいな眼をしてたとか。今の彼からは想像もできないけど」
「そうです。彼は〈皇太子殿下のお人形〉、そう言われていました。彼の父上はディライドが生まれた時、その力の大きさを知り、彼を力の樽として利用するために暗示をかけたと聞きます。その罪で結局、皇帝陛下の不興をかい、廃嫡されたわけですが。今のディライドが年相応にやんちゃなのは、お父上の暗示がとけて、本来の姿を取り戻したからだと」
「何が言いたいの、イレーユ」
「アルフォンス、アオイの召還は本当に事故でしょうか」
「え」
「ディライドは未だに敵視されています。それは力があるから。でもその力がなくなったら? 今度こそ自由になれるのではありませんか?」
「まさかそれってディライドがわざとアオイを召還したってこと? 力を失うために。他の皆にもそれがよくわかるように。……考えすぎだよ、だって、あのディライドだよ? そりゃ、今の状態に不満は持ってるけど、誰かを巻きこんだり、そんな回りくどいことしようと思いついたりしないよ」
「……そうですね。私の考えすぎかもしれません。少し私もつかれているのかな。あの殿下が次から次へといろいろしでかしてくれるおかげで」
ため息をつきつつ顔をふる。
「まあ、とにかく。ますますアオイのことは知られないようにしなくてはなりませんね。皇族の力が通用しない異世界人。あの方たちにとっては使いやすいスパイ、いえ、へたすれば暗殺者にしたてられますから」
その時、廊下の奥、階段がある方向から、人の気配がした。そして誰かが階段をのぼる、木のきしむ音が聞こえてくる。
二人は、さっと距離をとると、くだらない無駄話をしていたようによそおった。
「おお、アルフォンス、そこにいたのか、ちょうどいい」
階段室から顔を出したのは、顔なじみの、寮監をつとめている教師の一人だった。
「どうかなさいましたか、先生。めんどうくさがりなあなたが、老体を鞭うって三階まで来られるとは珍しい。前に私が寮の窓ガラスが割れて危険だと報告した時は、重い腰をあげてはくださりませんでしたが」
「あいかわらず優しい顔をしてきついことを言うな、イレーユは。成績を下げるぞ。アルフォンスに用があってきたんだ。おい、アルフォンス、面会者がきてるぞ。ご実家からの使者だそうだ。第三応接室に待たせているから、早くいってきなさい」
「え、家から、ですか?! 僕に!!」
ぱあっとアルフォンスの顔が明るくなる。
「ごめん、行っていいかな、イレーユ」
「はい、すみませんね、引き止めてしまって」
頬を上気させたアルフォンスが駆けていく。まるきり主に呼ばれて尻尾を振る子犬だ。寮監と二人でアルフォンスを見送りつつ、イレーユが薄く笑う。
「あいかわらず、アルフォンスは父上が大好きですね。私とは正反対で」
「あのな、イレーユ。お前の父君だって立派な方だぞ」
「わかってますよ。ですが子が親や年長者に反感をもつのはこの歳頃でしたら正常な生育反応でしょう? いつまでも子どものままではいられません。今だけの幼く青い反応なのですから、大人の心で温かく見守ってください、先生」
寮監を黙らせて、だが、と、イレーユは考え込む。
アルフォンスの兄はディライドの政敵、現皇太子の護衛武官をつとめている。その関係でイレーユはアルフォンスの実家自体にも探索の眼を光らせている。そのことで、気になる報告を聞いたのだ。
(考えすぎ、だといいのですが)
アオイが来訪し、ディライドが力を失ったこの時機。実家からの使者、何か悪いことが起こらなければいいが。




