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 ディライドが紙を破っては小さなボールを作り、離れたところに置かれたゴミ箱に投げている。テーブルに背を向けて、行儀悪く椅子に片足を上げて、彼はせっせと狙いをつけていた。


「よっしゃ、入った」


 一人で嬉しそうにガッツポーズをとる。


 他の三人は黙々と勉強を続けている。


 特にアルフォンスは私を元の世界へ戻す方法を模索してくれているので、時間が足りていないらしい。三日分たまっていたとかいう課題をせっせとこなしている。アルフォンスは、僕は調べるのが好きだから、と言ってくれるが、私としては申し訳なくてたまらない。


 だから、一生けん命頑張っている三人の横で、一人暇つぶしをしているディライドに腹が立つ。


「ちょっと。うるさい。静かにしてよ」


 私は我慢の限界を超えて言った。


 ディライドが目を丸くして、私を見下ろす。


「どうしたんだ? アオイ。イライラして」

「誰のせいだと思ってるの! その、ゴミを投げるの、やめてよ」


 ディライドがもそもそと椅子の上で体の向きを変えた。手に持った紙のボールをちらつかせて、冗談めかせて言う。


「仲間に入れてもらいたいのか? だったら素直にそう言えよ」


 にこにこと邪気なく笑うディライドの顔に、私は一発パンチを入れてやりたくなった。


 ディライドが落第しかけたり補習をくらったりするのは、単純に本人の努力が足りないからだ。


 この学校のレベルはよく分からないが、他の三人の勉強量に比べて、あきらかにディライドの努力度は少ない。

 ディライドが実技試験で落ちたのは私がこの世界に来たせいではと悩んだだけに、よけいに腹が立つ。彼は私のことがなくてもきっと落第していただろう。


 私だって宿題をためこむタイプだ。人のことは言えない。でもディライドほどさぼりまくってはいない。彼の前に広げられた紙はまっ白のままだ。一行も埋められていない。


「ディライドってどうして真面目に勉強しないの」


 私は自分のノートを閉じると、真剣な顔をして聞いた。


「王子様なんでしょ? もしかしたら次の王様になるかもしれないんでしょ? だったら、他の人よりよけいに勉強しなくちゃならないはずじゃない」


 王に必要な勉強というものが何かは知らないが、基本は学生時代の学業だろう。私だって九九も言えない総理大臣や国語の教科書も読めない大統領なんか尊敬する気になれない。


 そもそも私は、頑張る汗が好きなのだ。

 変わってるねといわれようと、熱い汗に、自分までわくわく、熱くなってくる。


 カズクンを好きになったのも、ハードなレッスンに汗を流しながらも、いつも笑みを絶やさず、テレビの画面に向かって必死に歌っていたからだ。輝いていた。オーラが出ていた。だから好きになった。手の届かない遠い人だけど、応援しようと思った。


 なのに、近くにいる王子様は頑張っていない。だらけまくっている。こんな男の子に昨夜ちょっとときめいてしまったことに腹が立つ。


 私は腕をくんでディライドの顔をにらみつけた。


「ディライドって、何がしたいわけ?」


 私は単刀直入にきいた。


「大人になって、何をしたいの? 王様になりたくないんだったら、かわりにあなたは何になりたいの?」


 紙の上を走っていた残り三人のペンの音がぴたりと止まる。妙に緊張した空気がテーブルの周囲を流れはじめた。


 この話は彼らにとって禁句だったようだ。


 だけど異世界人の私には関係ない。聞きたいことを聞き、知りたい答えを得るだけだ。


 私はディライドの返事を待って、とことこと彼の前へ歩いて行った。

 その私の前に、白い細い指が降りてきて通せんぼをする。見あげると、イレーユのわざとらしい笑顔があった。


「アオイ、ディライドだっていろいろ考えてるんですよ。それよりあなたの宿題、音読してくれませんか? それなら私たちにも分かりますから。解けるかどうか、あなたの挑戦をお受けしましょう」


 明らかに話題を変えたがっている。


「イレーユは黙ってて。私はディライドに訊いてるの」


 私はイレーユの指を押しのけた。腕組みをするとディライドの前に仁王立ちになる。


「答えてよ、ディライド。お酒を飲むしか楽しみがないなんて、どこかのおっちゃんじゃあるまいし、不健全よ。あなたは何がしたいわけ?」


 私を見つめるディライドの顔から笑顔が消えていく。


 ディライドの指が動き、手にした紙のボールを固く、固く丸めていく。限界まで圧力をかけられたボールはそれ以上小さくなれない。ディライドの手の中で、必死に丸まって我慢している。


「……なんだよ、アオイ。ちっちゃい親指姫のくせに俺に意見する気か?」

「大きさなんか関係ないわよ。ここにいるあなたを除いた皆は頑張ってる。アルフォンスはいつも術式の本見てるし、クレイは剣の錬習してる。イレーユだっていっつも忙しそうに出かけてく。あなただけよ。時間を持てあましてるのは!」

「アオイ、お前はこのテーブルの上しか世界を知らないだろ? なのによくそんなこと言えるな。俺だって……」


 言いかけた言葉が、ディライドの口の中で消えていく。


「俺だってなに? 言えないの? 自覚はあるんでしょ。あなた、潜在能力だけはあるって言われてたよね。普通はできない異世界からの召喚も可能って。そんなすごいことができるのに、どうして頑張らないの?」

「簡単に言うな! じゃあ、お前はなんだよ。何か頑張ってるっていうのか? こーんな鳥籠に入って、ひらひらの服着て、ケーキもらって、幸せーって喜んでるお前は?!」


 かっと私の頭に血が昇る。


 私は振り返ると走っていって、鳥籠を思い切り蹴とばした。

 が、大きな鳥籠は微動だにしない。かすかに揺れて音をたてただけだ。

 ますますムカついた私は自分が着ているドレスの胸元に手をかけた。クレイの力作、私が一番気に入っている、フリルのたくさんついたマリー・アントワネットみたいなドレス。だけど。


「馬鹿にするならいらないわよ! こんな服!!」


 思い切り力を込めて、引き裂く。凝った装飾の布地が破れて、内にある肌が露わになる。肩や胸にひんやりとした空気があたった。


 息を飲む男の子達の気配が伝わってくる。が、私はひるまなかった。そのまま頭を上げて、言う。


「私、ペットじゃない! 高木葵ってれっきとした名前のある女子高生よ! 私が小さいんじゃない。あなたたちが大きいの。だいたい、誰のせいでこんな目にあってると思ってるのよ! あなたなんかに馬鹿にされる覚えはないわ!」


 悔し涙が滲んでくる。


 引っ込みがつかなくなって、そのままドレスを脱ぎ棄てようとした私の頭の上に、薄い大きな布がふわりと降りかかる。半裸になった私の肩に、包み込むように優しい布地がふれた。


「ディライドが悪い」


 ぼそりとクレイの声が、テントのような布の向こうからする。私は頭から布をかぶったまま、声の方へ振り向いた。


「そうだよ。言いすぎだよ。アオイは来たくてここに来たんじゃないし、小さいのはアオイのせいじゃないよ。ディライドの中途半端な召喚術のせいでしょ。アオイは普通の女の子だよ」

「アオイはディライドのためを思って言っているだけです。図星をさされて恥ずかしいなら、どこかよそへ行って八つ当たりしてください」


 私をかばう、三つの声がする。


 私はぺたりと床にへたり込んだ。目の中に溜まっていた涙が、ぽろぽろとこぼれ出す。体を優しく包んでくれている布が温かく感じる。きっとクレイのポケットに入っていたハンカチだろう。彼のぬくもりが伝わってくる。


「……ごめん、クレイ、せっかく作ってくれたのに、服、やぶっちゃった」


 肩をふるわせてしゃくり上げはじめた私に気がついたのだろう、イレーユが声をかけてきた。


「もう大丈夫ですよ、アオイ。貴女には騎士が三人もついてますから。悪の王子はやっつけられて部屋へいっちゃいました。その布はクレイのハンカチです。清潔さは保証しますから、そのまま使ってください。それとも、私のを貸しましょうか?」


 優しい声。口先だけの慰めではない声だ。私のことを心底心配してくれている。


「アオイ、泣かないで。なでなでしてなぐさめてあげたいけど、着替えが済むまではそっちを見るなってクレイがすごい目で睨んでくるからさ、できないんだ。早く着替えてハンカチの中から出てきて。アオイの顔が見たいよ」

「服ならいくらでも作れる。気にすることはない」


 アルフォンスの声がする。クレイの声がする。優しく、優しく私の上に降り積もってくる。


 私は泣いた。


 三人の言葉がゆっくりと胸に染みる。


 優しい言葉。私を守り、かばってくれる三人。でも、それは私が欲しいものではない。一方的に守られる。対等じゃない。それが無性に悲しい。


 小さなペットの自分。一生けん命言っても聞き流されてしまう自分。


 自分が欲しいのはその場だけの優しい慰めじゃない。見なくていいから、知らなくていいから、と守られることじゃない。


 他の四人は知っている。自分だけ知らない、この世界での彼らの事情。扉の外の世界。


 部外者だから。そのうちこの世界から出ていく身だから。だから深く首をつっこまないほうがいい。そう思っていた。でも違う。私の心が叫んでいる。誰か私に教えて。私を仲間に入れて、と。


 自分は寂しいのだ。


 たった一人の異邦人。誰も知っている人のいないこの世界で、玩物でもお荷物でもなく、彼らの仲間にいれてもらいたいのだ。

 ディライドにペットとしてでなく、一人の人間として自分を見てもらいたかったのだ。


 私は胸に溜まっていた孤独感を全て出しつくすように、泣き続けた。

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