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第1話 虹色の蝶 (7)

 翌日の朝、いつものホームルーム前の時間でエリとの会話を楽しむ俺。

 エリの話にしばらく相槌を打っていた俺は、ふと昨日のことを思い出して話題を切り出すことにした。

「そうそう。昨日、虹色の蝶の話をしただろ」

「うんうん。したね。したね。ひょっとして、せーくん、見つけちゃった?」

「おっ、よく分かったな。そうなんだよ。見つけちゃったんだよ」

「ええ! ほんとに? ほんとに? すごいすごい!」

 大変はしゃぎなさるエリさん。

 まぁ、喜んでくれるなら嬉しい限りだよな。

「それでそれで? 願い叶った? 叶った?」

「あー、えーと。そういや願いのことはすっかり忘れてたな……」

「あぁー、そっか。じゃあ願いは叶わなかったんだね」

「まあ、そうだな」

「そっかぁ。虹色の蝶は捕まえられなかったかぁ」

「んー、まぁ、捕まえられなかった……のか? 俺の指に止まった気がしたんだが……」

 俺は蝶が止まったと記憶している人差し指を目の前まで上げる。

「……まぁ、それよりもっとすごいことならあったな、昨日……」

「うん? 何それ、何それ。もっとすごいことって何かなかな?」

 案の定食いついてきた。

 いつものエリの真似をして少しもったいぶってみるとするかな。

「それがだな。なんと……」

「なんと……?」

「なななんと……」

「なななんと……?」

「なななななんと……」

「引っ張るねぇ。せーくん」

 ニコニコ。

 笑顔のエリ。

 ノッてくれた。

 さすがはエリだ。

「それで?」

「うん。なんと、死神に逢ったんだ」

「死神……………………? 死神……………………。えぇーーっ! 死神! 何それ何それ⁉ 本物? 本物の死神?」

 両手を挙げて驚いたようなポーズをして食いついてくる。

 その拍子にエリの豊かな胸が弾んだ。

 一瞬ドキッとしたが、見なかったことにしよう。

(……ハハ。思った以上の反応を返してくれたな)

 嬉しくなった俺は話を続ける。

「それがだな、例の虹色の蝶を見つけて追いかけたんだけど、昨日言っていた通りいつの間にか二匹になっててな」

「ふんふん。それでそれで……」

「俺は明るい感じがする方の蝶を追いかけたんだが、しばらくしたら消えてしまったんだ。」

「消えちゃったの?」

「あぁ。でもそのときに音が聞こえて……」

「音? 何の音?」

「うん。その音っていうのが、死神の鎌の音だったんだ」

「死神の鎌! うひょー。怖いね。怖いね」

「ハハハ。そうだな」

 エリの反応があまりに愛らしいのでついつい笑顔がこぼれてしまう。

(仕方ないよな。こんなに可愛いんだから)

 するとエリは心配したような面白がってるような口調で言う。

「せーくん、魂取られなかったの? 大丈夫だったの?」

「大丈夫じゃなかったら、ここにいる俺は何者なんだよ」

「うん? 魂の抜け殻? ゾンビ?」

「いやいや。勝手に殺さないでくれ。というかゾンビはやめてくれ、響き的に。せめてリビングデッドにしてくれ」

「アハハハ。響きの問題じゃないよね、それって。でもでもリビングデッドならいいんだ?」

 軽快なトークが続く。

 うん。ほんとエリは話し上手で聞き上手だよな。

 そんなところはほんと尊敬する。

「いやいや、全然よくないけどな」

「アハハ。そうだね。わたしもせーくんがゾンビになっちゃうのはいやだなぁ」

 少しばかり……少しばかりだぞ? ……ドキッとした。

 健全な男子なら当り前だろう?

 こんな可愛い美少女に心配してもらえるんだ。

 それも学園の可愛らしい制服に包まれた美少女に、だ。

 ちょっとくらい勘違いしそうになったって不思議じゃないよな。

 とはいえ、変な気を起してエリとの仲が悪くなることを恐れる臆病者な俺は、それをおくびにも出さないように努力して応える。

「お? 心配してくれるのか」

「当然だよ。だって、せーくんはわたしの大事な大事なお友達だもん」


 ドキンッ


 ……聞いたか。

 今のエリの言葉……。


()()()()()()()()()()お友達だもん』


 俺の脳内でこのフレーズが、それもエリの愛らしい声でリフレインする。

 ちなみに、知ってるか?

 「リフレイン」は「refrain」って書くんだが、「refrain from~」で「~を控える」っていう意味の熟語になるんだ。勉強になるだろ?

 ……なんてどうでもいいことを考えて落ち着こうとする俺。

「どったの? せーくん」

 俺の顔を覗き込んでくるエリ。

 その蒼み掛かった瞳のその宝石にも似た美しさに純粋な日本人じゃないんだなということを改めて思わさせられた。

 そんな瞳の美しさが慮外に近かったことに驚いた俺は慌ててエリから距離を取りつつ……昨日の少女との距離を思い出し、二重の意味で赤面しそうになる。

「いや、何でもない何でもにゃいっ」

 痛っ。

 舌噛んだ……。

「っつーっ」

「大丈夫? 舌でも噛んじゃった?」

 うぅぅ。エリ、優しいなぁ。

「あ、うん。大丈夫。ちょっと噛んじゃっただけだから。心配しなくて大丈夫だから」

「ほんとに? ならよかった。ひと安心。ふぅー」

 我が事かのように豊かな胸に手を当て安堵のため息を吐く。

 そんな仕種も可愛いなぁ。

 やばい。

 またドキドキしてきたかも。

 とかやっていたら、何だか周囲の様子が変だ。

 異様に殺気を感じる……気がする。

 俺は殺気を感じられるような人間じゃないんだけどな。

 ふと周りを見回してみるとクラス中の視線が俺たちに集中していることに気づく。特に男子らの目がヤバイ。漫画なんかによくある三白眼ってやつだ。俺、リアルで初めて見た……。

 そんな視線の集中砲火を浴びている俺たちだが、エリはそんな視線には気づいていない様子だ。

(エリは人気者だからな。こんな視線にも慣れっこなのかもしれない。それより俺がヤバイ。これ以上甘々なやり取りをしていたら男子らに殺されるかも……)

 というわけで話題を本題に戻すことにする。

 ……少々惜しいが。

「それで、その死神なんだが、美少女だったんだ」

「美少女? もう、せーくんてばスケコマシさんなんだから♪」

 そう言って、俺の唇にエリの人差し指をあてる。

 うぉう!

 可愛いすぎるぞ!

 とと、落ち着け。

 さもないと後で本当に殺されるぞ、男子どもに。

「まぁ、死神がゴスロリ美少女なのは別にいいんだ」

「およ? 美少女死神さんはゴシックロリータなんだ? それでもってそれは別にいいんだね?」

 きちんと突っ込みを入れてくれるエリさんはいいお嬢さんだなぁ。

「あぁ、それはいいんだ。」

「はいはい。いいんだね。それで?」

「その死神美少女なんだけどな、闘ってたんだ」

「闘っていた? 何と?」

「コウモリと……」

「コウモリと……?」

 うん?

 何だ?

 エリの表情が一瞬硬くなったような気がしたぞ。

「あぁ。コウモリと闘ってたんだ。俺はその音に導かれてその死神美少女のところへ辿り着くことができたんだ」

「ふぅーん。そうなんだ……」

 あれ?

 やっぱり反応がいつもより薄い気がする。

「辿り着いたっていっても狙ってそこへ赴いたわけじゃないんだけどな」

「うんうん。それでそれで?」

 うーん?

 やっぱりさっきのは気のせいか。

「で、俺もそのコウモリに襲われたんだ」

「えぇー! そうなの? 大丈夫なの?」

「大丈夫だって。コウモリに咬まれはしたけど、無事だよ。そうじゃなかったら俺、今日学校来てないから」

「まぁ、確かに。でも大丈夫なの? 咬まれたって……」

 気遣わしげな上目づかいで俺を見上げてくるエリ。

 いつもどおりのエリだった。

 とはいえ……だ。

(うーん。さっきのは気のせいだったとしても、今日のエリは一段と俺に可愛いところを見せてくれるなぁ)

 普段はもう少し大人しめなのだ。

 なぜなら、そうしないとエリに勘違いする男子は増える一方で、そうなるとみんなと仲良くするのは難しくなるからと、男子にどう見られるかは意識的に加減しているらしい。

 以前、俺にだけ教えてくれた。

(俺には油断してくれてるってことなのかな? 信頼されてるってことなのかもしれない)

 そう考えた俺は、エリの可愛らしさを意識的に意識しないように努める。

 意識的に意識しないように、ってややこしいな。

「そこを救ってくれたのが例の死神少女でさ」

「ふんふん。それでそれで?」

「かと思ったら、コウモリが寄り集まって吸血鬼が現れたんだ。不思議なことがあるもんだよな」

 エリの目が一瞬鋭くなった。

 いや、気のせいか。

 多少驚きはしたものの、俺も何事もなかったかのように続ける。

「で、死神少女がその吸血鬼に躍りかかるわけだ」

「へー。何だか漫画みたいだね」

「あぁ。だろ? でも俺の記憶はそこで途切れるんだよな」

「うん? それってどういうこと?」

「あぁ。意識が途切れたんだ」

「意識が?」

「うん。こう、視界がぼやけるようにして……。それで気が付いたら俺の部屋のベッドの上だったんだよなー」

 コウモリの毒で倒れたってことは伏せておくことにする。

(余計な心配はさせたくないもんな)

 特に、可愛いエリの笑顔を曇らせたくはない。

「それってさぁ。夢だったんじゃないの?」

 とはいえ、気絶の前後を上手く説明できなかったせいか俺自身も疑った夢オチを指摘される。

「いや、それは違う。記憶の内容がリアルすぎるんだ」

「いやぁ、でもでも、気が付いたらお部屋のベッドだったんでしょ?」

「でもほんとなんだって!」

「うーん。そうは言ってもねぇ……」

 俺の予想では話にノッてくれると思っていたのだが、そんな予想に反してエリから疑いの様子が消えないものだからちょっとムキになってしまった。

「違うって! ほら、ここに咬まれた跡があるだろ?」

 ほんとはそんなことまでするつもりはなかったのだが、ワイシャツの襟を緩めて昨日触れた首筋にあるコウモリの咬み跡を指さす。

 痛みはもうない。

 それは今朝鏡を見ながら確認してきた。傷跡も小さく目立たなかったため、絆創膏もしていない。

「うん? うーん。よぉく見ると確かにそれっぽいのがあるね」

 ちょっと真剣な顔で俺の首筋を前屈みになって覗き込むエリがそんなことを言い、確認し終えたのか顔を上げる。

 ふと顔を俺の首元から離すエリに視線を向けると……。


 ドキンッ


 この朝二度目の心臓の鼓動だった。しかし、その意味するところは違った。

 普段、奔放なようで人の、特に男子の視線には敏感で常に油断ないエリだが、このときばかりはなぜか甘かったようである。

 姿勢を起こす瞬間のエリの制服の襟元は、重力に引かれて弛み、そのわずかな隙を俺に垣間見させた。

 つまり、見えたのだ。


 エリの制服をはちきらんばかりに押し上げるふくよかな胸の――。


 ――その谷間が。

   くっきりと。


(ヤバイ。今、俺、顔赤くなってるんじゃないか?)

 普段は絶対に見ることのできない同級生の女子の肌色部分は記憶にくっきりハッキリと刻まれてしまた。

 頬に熱を感じる俺はどうしようもなく狼狽してしまっていた。

(やっぱり、今日のエリはどこか変だ。普段ならこんなことなど絶対にない鉄壁の防御なのに……)

 うろたえながらも心中で呟く。

「うん。わたしはせーくんを信じてあげるよ♪」

 最後にやっとエリが可愛らしくそう言ってくれた。

 が、それどころではない俺は、その愛らしさも合わさって胸の鼓動を鎮めることがなかなかできなかった。



 俺の心臓が平常運転に移行したころ、予鈴が鳴った。

 自分の席に戻る間際にエリがそういえばと振り返る。

「今日は編入生がこのクラスにやってくるんだよね」

「おぉう! そうだったな。すっかり忘れてた……」

「ふふっ。せーくんらしくないね? こんな一大イベントを忘れてるなんて」

 そうだった。

 そうだったのだ。

 今日は編入生、それも女の子が我らが姫百合学園高等部二年A組にやってくることになっている日だった。

(何てことだ……。昨日の出来事がショッキング過ぎて、こんな大事なことを忘れているなんて!)

「そうなんだよ! 今日やってくる編入生、女の子なんだよ!」

「ほえ? そうなの? 情報早いねぇ、せーくん。さすがだね」

 たとえ忘れていた話題といえども、提供できる情報があるならそれを惜しまず差し出す。

「まあな」

「そっかー。女の子かー。可愛い娘だといいねいいね」

「おう! そうだな! って女の子でもそうなのか?」

 男が可愛い女の子を喜ぶのは分かるが、女の子が可愛い女の子が編入してくるのを喜ぶのはなぜだろうか?

 だって、ほら、男がイケメンの男子が編入してくるのを喜ぶようなものだろう?

 だから、そう反射的に尋ねていた。

「もちろんもちろん! だってだって可愛い女の子の方が食べがいがあるじゃない?」

 そう言ってエリは舌をなめずった。

「食べ……?」

 一瞬恐ろしい想像をしそうになった。

 字義通り、食べてしまうのか……と。

 だが、むしろ、唇を舐める舌の紅さと、女の子同士といういけない妄想をしてしまったことにドキリとしてしまい、それを抑えるのに忙しくて、先の想像は泡となって消えてしまうのだった。

「うん。だって可愛いは正義だよ。だよ?」

 そう、上目遣いに見上げてくるエリは普通に可愛くって、「いけないいけない」と脳内の妄想を追い払う。

 俺は「そういうなもんか」と返事を返すと、「そういうものなのだよだよ」とエリは応えるのだった。


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