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第1話 虹色の蝶 (6)

 目を覚ますと見慣れた天井が視界に広がる。

「あれ? 俺の部屋……? 今何時だ?」

 部屋は暗かった。

 時計を見ると八時半を指していた。

「げっ!もうそんな時間なのか……」

 というかいつの間に俺は家に帰ってきたのだろう。

 そして、いつの間に俺は眠ってしまったのだろう。

(うーん……)

 何か夢を見ていたような……。

 衝撃的な出来事があったような……。

 寝起きのせいか記憶がはっきりしない。

(よし、朝から順に今日あったことを振り返ってみよう)

 これは俺のいつもの習慣だ。何か忘れたということに気づいたら、朝から自分の周りに起こったことを一つひとつ振り返るのだ。たいていのことはそれで思い出す。

(えーと、今朝もいつものようにエリとトークタイムを楽しんで……)

 話題は何だったかというと……。

 そう、願いを叶えるという虹色の蝶だ。

 ……………………。

 それで思い出した。

 俺は今日、夕方に虹色に光る蝶を見かけた。

 その後の記憶は何だかぼんやりしているが、確か、虹色の蝶が二匹になり、俺はその一方を、明るい印象の蝶を追いかけた。

 その蝶が俺の指に止まったと思った瞬間に聞こえたんだ……。

 その聞こえた音の先にいたのが――死神少女。

 ゴスロリな服を着て大鎌を携えていた。

 そして、俺はコウモリ・ヴァンパイアに襲われて……。

 あれ?

 何だそりゃ?

(夢……だよな……)

 うーん。

 夢にしてはリアルに思い出せる。

 でも、どこからが夢なんだろう……。

(そう言えば、夢の中でコウモリに咬まれたんだっけ)

 思わず、咬まれた箇所を指でなぞる。

「痛っ」

 な、何だ?

 この差すような痛みは?

 ……………………。

 この痛みは夢じゃない。

 夢じゃないってことは、リアルに俺は首筋に傷跡があるわけで……。

 っていうことは……。

「夢じゃない!」

 つまり、虹色の蝶も、ゴスロリ死神少女も、ヴァンパイアもすべて現実にあったことだということか……!

(うーむむむぅ。「事実は小説より奇なり」とは言うが、本当なんだなぁ)

 思い出したら身震いしてきた。

(つまり、俺は死ぬところだったんじゃないのか? あの娘がいなかったら……)

 今になって急に怖くなってきた。

 黒少女が何事か(治療?)してくれたから俺は生きていられるわけで、彼女がいなかったら俺は死んでいたのだろう。あのコウモリの毒で……。

 そういうことに思いを巡らせて怖がることができるということは、今が安全であるということだ。

 目覚まし時計が平和そうにカチコチと鳴き声を響かせていた。

「ふぅーっ」

 緊張していた肩の力を、安堵のため息とともに抜く。

 命が助かったことを認識したら落ち着いてきた。

 生きてるって素晴らしいもんだ。

 命があるだけで儲けもんだな。

 感謝、感謝。

 生きるってことはそれだけで大変なことなんだな。

 これからは朝に命があることを喜ぼう。そして、夜に一日が無事に過ぎたことに感謝しよう。

 そんなことを考えていると、ふと疑問が湧いた。

「あれ? でも俺ってどうやって部屋まで帰ってきたんだ?」

 あの少女が運んでくれたのだろうか?

 あの細腕で?

 あの、抱きしめれば折れてしまいそうな体躯をしたゴスロリ少女の姿を思い出す。

(にしても、あの娘も可愛かったなぁ……)

 俺の治療をしてくれた(?)ときに間近に彼女を見たが、背は低かった。俺の鼻先か口元までしか身長がなかった。

 そして見降ろした少女の精緻な顔を思い出した俺は、今更ながらドキリとするのだった。

(あんな近くに美少女の顔が……っていうのは初めてじゃないのか?)

 少なくとも俺が物心ついて女の子を意識するようになってからは初めてだ。今一番仲のいい女の子であるエリですらあの距離になったことはない。

 とと、そんなピンク色じみたことはいいんだ。今は疑問に思っていることがあっただろう。そう。俺はどうやって家まで帰ってきたのか、だ。あの少女が運んでくれたのか……?あんな折れそうな身体で……?

 いや、まぁ。あんな大鎌を振り回しているのだから実は腕力はあるのかもしれない。

 だが、しかし。そもそも彼女は俺の家の場所を知っていたのだろうか。

(うん。疑問は尽きないな)

 分からないことだらけだ。

 分からないことといえば、そう……。

「結局、アレは何だったんだろう?」

 虹色に光る蝶は何なのか。

 死神少女は商店街で何をしていたのか。

 あのヴァンパイアは何なのか。

 そしてヴァンパイアに襲われた俺はどうして無事なのか。

 根本的に分からないことがたくさんある。

(うーん、考えても分からん)

 俺はそういうことは考えないことにしている。

「ま、いっか」

 と結論付けたところで……。


 コンコン


「兄さん、遅くなりました。お夕飯できましたよ。階下したに下りてきてください」

 妹の凜だ。

 妹といっても、本当に血が繋がっているわけではない。

 従妹(いとこ)なのだ。

 なんで従妹が夕飯を呼びに来るかって?

 それは簡単だ。

 同じ家で暮らしているからだ。

 凜の親父さん、つまり俺の叔父さんの仕事の関係で夫婦そろって海外に住んでいる。それも定住ではなく至るところを転々としているそうだ。詳しい仕事は俺も聞いていない。難しい仕事だそうだ。

 そんな訳で、教育上連れまわすのはよくないだろうということで、凜の母の姉に当たる俺の母さんのところで凜を預かっているのだ。

 これがよくできた妹でな、炊事に洗濯、裁縫と何でもこなす。

 中学生とは思えないしっかり者だ。

「兄さん、聴こえてますか? 返事して下さい」

「あぁ、すまん。今行く」

「早く下りてきてくださいね。お料理冷めちゃいますから」

「おう、分かった」

 扉越しの会話が続く。

 今日の夕飯も凜がつくってくれている。

 母親はどうしたって?

 小さい頃はいざ知らず、俺たちだって立派に成長している。

 だから、しばらく留守くらい任せられるだろうということで、現在結婚記念日を祝して夫婦で旅行に出かけている。

 こういうときの役割分担はいつもこうだ。


 炊事・洗濯:凜

 掃除・洗い物:俺


 小さい頃から母さんに仕込まれてきたんだ。

 だから凜の料理は中学生にしては最高に上手い!

 まだ母さんの域には届いていないけどな。

 そんでもって俺は掃除が趣味といってもいいくらいだ。

 どうだ。意外だろう。

 とと、それはともかく。

 凜が待ってる。

 急いでリビングへ向かうとしよう。

 現在二人っきりの家族が待つ場所へ。


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