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第1話 虹色の蝶 (1)

 俺は(おおとり)刹那(せつな)。名前がちょっとイカした、姫百合学園高等部に通う普通の高校二年生だ。

 今は朝、ホームルームが始まるまでまだしばらくある時間。よく漫画なんかで物語の主人公は遅刻ギリギリに登校するのが当たり前に描かれているが、俺は違う。余裕を持って登校し、貴重な朝の時間を有意義に過ごすのだ。

 俺の席は一番窓側の後ろから二番目に位置している。この席は相当目立つ。何故目立つか。それは教室における位置は問題ではないのだ。それ以外に絶対的な原因がある。その原因は今も俺の目の前にいる。そう、()()んだ。

「ねぇねぇ。幸せの青い鳥のお話は知ってる? 知ってる?」

「幸せの青い鳥? 知ってるぜ。確か、捕まえると幸せを呼ぶ青い鳥を探して旅立つお話だったよな?」

 むしろ、楽しそうに話しかけてくるのだ。

 無論、女の子大好きな俺はそれにきっちり誠心誠意応える。

「そうそう」

「で、西に東に探し廻るんだけど、結局はその青い鳥は身近な所にいたのでした、っていうお話だったよな?」

 そう。女の子だ。俺の目の前にいるのは可憐で麗しい女の子だ。

 彼女こそ、我らが二年A組のアイドルにして高等部全体にも人気を誇る、(さくら)(あや)(ひめ)エリその人であり、俺の席がクラスで目立つ最大の要因でもある。

「うんうん。その通りだよ。よく知ってるね」

「まぁな。このくらいだったら知ってるよ」

 なぜ、自称・普通の高校二年生が朝のホームルーム前の時間にクラスのアイドルと仲良くトークに花を咲かせているのか。それは俺にもよく分からない。ただ言えることは、エリがなぜか俺を気に入ってくれているらしいってことだ。

 だから、この時間、彼女とのトークは俺たちの習慣になっている。

「じゃあじゃあ、これは知ってるかなかな?」

「うん? どんな話だ?」

 実は、エリは今年の春に転校してきたばかりなのだ。だから、エリはこの学園で俺たちとまだ二カ月ほどしか共に生活していない。

 にもかかわらずクラスどころか高等部全体で男女を問わず人気を博している。その理由を俺は次のように分析している。

「願いを叶える虹色の蝶のお話だよ、だよ?」

「虹色のちょう? ……『ちょう』って蝶々のことか? それも願いを叶える……?」

 彼女、桜綾姫エリはロシア人の血が流れるクォーターってやつらしい。祖母がロシア人だと言っていた。その血の為せる業なのか、肌は透き通るほどに白く、元女子校で美人さんの多い我らが姫百合学園で、エリの容姿は他のどの女子と比べても群を抜いて素晴らしい部類に入る。

「うん。そうだよ。蝶々だよ♪ 蝶々だよ♪」

「知らないなぁ。初耳だ」

 まず、エリの身体は出るところが出ていて、引っ込むところは引っ込んだ、抜群のプロポーションをしている。ブラウスの胸元は大きく球形に膨らみ、豊かで柔らかそうな胸の形がよく分かる。そして、そのブラウスに浮かぶ丸みを帯びた曲線が逆に、押し込められている対のものがハリと弾力に富んでいるということをブラウス越しに教えてくれる。

「ホント! やったやった」

「ハハ。それは喜ぶことなのか?」

 さらにそこから下へと伸びる腰のラインはブラウスに邪魔されて分かりづらいがキュッと細くくびれていることを俺は知っている。なぜ知っているかは置いておくとして、その細くキュッと絞られた柳腰を小さく可愛らしいおへそがセクシーに飾っているのだ。

「うん! だってだって、知らない話なら、それを教えてあげる楽しみがあるでしょ、でしょ?」

「ハハ。そっか。そうだな。エリはそういうやつだもんな」

 そのくびれから流れるヒップラインは丸く、中身がギュッと詰まっていることが窺い知れる。そして、スカートはヒップに押し上げられて双丘をつくり上げ、その谷間がハッキリと確認できるくらいに盛り上がっている。その様は肉感的の一言だ。

「うんうん。それでね。聞いて聞いて!」

「おう。聞くぞ。エリの話を」

 そしてスカートの陰から伸びる太腿は白くハリがあり、太過ぎず細過ぎずムッチリとしている。スカートが揺れる度にチラチラ覗く腿の眩さは実に悩ましい。それらを総合して、エリはどんなグラビアアイドルにも負けないほどに魅惑的な身体つきをしているのだ。

「えへへ。ありがと♪」

「おう。それで、願いを叶える虹色の蝶の話だったよな」

 しかし、そのメリハリの利いた我がままボディがエリの魅力というわけではない。それだけなら男子の人気しか集めないだろう。だから、それはスパイスにしか過ぎないのだ。

 では、エリの魅力とは何かというと、見るものを魅了するほどに放たれる癒しのオーラ。つまり、飛び抜けた愛らしさだ。何に付けてもエリは愛らしいのだ。

「そうそう。わたしの友達の友達に実際にあった話なんだけどね、だけどね……」

「友達の友達って……急に胡散臭くなったな」

 例えばそう、怒った仕種をするときだって、表情豊かに眉の形を変えて上目遣いになり、頬を膨れさせる。そして、腕を組んでそっぽを向く仕種をするのだ。そう、こんな具合に……。

「ああー。胡散臭いって、ひどーい。いいもん、いいもーん。だったら教えてあげないから。ぷんぷん!」

「ハハ。ごめんごめん。冗談だって。疑ってなんかないよ。だから。教えてよ、エリ。この通り」

 組まれた腕で持ち上げられ強調される胸でドキリとさせられるのも、そんなエリの愛らしさを引き立て、際立たせるために役立っているのだ。エリは怒っているのにその様子は俺を癒してくれる。それほどに愛らしい。

「もう。しょうがないなぁ。そんなに聞きたい? 聞きたい?」

「おう。聞かせて聞かせて。エリの話、聞きたい」

 その愛らしさの要因を一つひとつ紹介していこう。

 まず、この姫百合学園の女子制服はひたすらに可愛い。この制服を着たいが故に入学を希望する子女は後を絶たない。具体的にどんな制服かというと、学校指定のブラウスは白地に、襟・袖・裾にフリルとレースがふんだんにあしらわれた豪華仕様になっている。そして、胸元には真っ赤なスカーフがちょこんとアクセントを加えている。

「だったらだったら、話してあげるね♪」

「おう。ちゃんと聞くから、話してくれ」

 そして、制服のスカートは赤を基調とした黄色やオレンジの入ったチェック柄で、襞が細かく少しの動作でふんわりと靡くミニスカートだ。とはいえ、派手に揺れることは滅多になく、「淑女たれ」を標語としていた女子校時代からの伝統に則って、少女たちの下半身を守っている。

「うん。じゃあ、続けるね。わたしの友達の友達に実際にあった話なんだけどね。見たんだって、その虹色の蝶を。偶然に」

「ふむふむ。それで?」

 エリももちろんこの可愛らしい制服に身を包んでいる。

 そして、エリはよくストライプの二ーソックスを履いている。エリの日本人離れしてスラリと伸びた脚を、幼い印象を与えるストライプで飾っているのだ。それがエリの服装の特徴といえるだろう。したがって、制服と合わせて可愛らしさが強調される。

「珍しい蝶だと思って追いかけたその子はね。気が付くと見知らぬ場所に足を踏み入れていたんだって。でも、帰り路も分からないから蝶についていこうって思ったの」

「帰り路も分からないのによく慌てなかったなぁ」

 エリの髪は、その身体に流れる異邦人の血の影響か若干オレンジがかった金髪で、本人はハニーゴールドだと言っていた。そんな鮮やかな色の髪を後ろで一つにまとめてポニーテールにしている。顔の両サイドには前髪が、もみあげからは胸まで伸びる髪がそれぞれ一房ずつ垂れ、首を振ったり傾げたりする度に緩くウェーブが掛かっている毛先が揺れる。

「うん。よく分かんないけど、自然とそう思われたそうだよ」

「そうなのか。不思議だな」

 そしてテールを結ぶのは大きな赤いリボンで、正面から見るとそれが色違いの猫の耳のようにも見えるところが愛らしい。また、前髪は髪の色に映える青色の星形とハート形の二本のヘアピンで留めていた。さらには、襟上の肌色も白地にこちらは黄色い星をあしらったチョーカーで飾られている。

「うんうん。不思議だね。不思議だね。それで、ついていったら虹色の蝶がもう一匹現れたらしいの」

「もう一匹……。それはまたすごいな」

 そして、金髪といえば碧眼。エリの瞳は碧みがかった色をしていて、まつ毛も長くぱっちりとした大きな目はじっと見つめると吸い込まれそうなほどに美しい。エリは鼻筋も通っていて、唇もプルンッと柔らかそうに弾む。ルージュは差していないが、乾燥を防ぐためにリップクリームを塗っているとのことだ。そのためか、エリの唇は艶やかに見える。

「そうなの。それも、色がちょっと違うんだって」

「ふーん。どう違うんだ?」

 容姿に関しては一通り説明した。それらを総合すると、綺麗っていうよりも行動の子供っぽさと併せて可愛いに落ち着くのだ。髪型然り、アクセ然りだ。結論的に、美人さんというよりも美少女だ。

 しかし、彼女の愛らしさは見ためだけではないのだ。そう、人気の秘密はむしろそれ以外のところにある。

「うん。一方はね、白とか黄色とかが中心の感じで、もう一方は赤とが紫とかそういう感じが中心の蝶なんだって」

「うーん。なんか色の説明が曖昧な感じだな。それで?」

 先にも少し述べたが、エリは表情が豊かだ。だから、話していてコロコロ変わる表情は見ていて飽きない。人はそんなに表情を変えられるのだろうかと思うくらい、エリは色々な表情を見せてくれる。時に癒しを与えてくれ、時にドキリとさせられ、時に胸がギュッとなるくらい切なくされられることもあれば、微笑ましい気持ちにさせられることもある。

「でね? その二匹の蝶なんだけど、向かう方向が違うの。だから、どっちの蝶を追うべきか悩むの」

「そうか。確かに困るな、それは。最初に見つけたのはどっちなんだ?」

 さらには身振り手振りがガーリーっていうのか? 女の子女の子してるのだ。まぁ、とにかくそんな感じだ。大袈裟なくらいのジェスチャーやリアクションだったりもするが、エリがすると何の違和感もない。それは、エリが自然と行っているものである証拠とも言えよう。つまりは無邪気まのだ。無垢とも言える。

「それがね。それがね。どっちか分からくなっちゃんたんだって」

「うん? どういうことだ?」

 喋り口調も特徴的で、エリは同じ言葉をよく繰り返す。そのせいかやたら子供っぽく見えるのだ。口調がそれだから子供っぽく見えるのか、それとも性格が子供っぽいからそういう口調なのかは、まだ俺には分からない。ただ、断言できることは、その言動がマッチしていて、表情・振る舞い・話口調が調和されているのだ。

「どうも、その蝶の印象ってのいうのが、『虹色』っていうことしか残ってなかったんだって。何でそれしか覚えてないかはよくわかんないって言ってたの」

「そうなのか……。それで、話の続きは?」

 そんなわけでエリはとても愛らしい。日頃、その肢体の艶めかしさが意識されないほどに、エリは愛らしさを振りまいている。もちろん、時にドキリとさせるほどにセクシーな一面を見せることもあるが……。

「うん。その子はね。紫色が好きなんだって。だから、迷った挙句、そっちの蝶を追うことにしたの」

「ほうほう。それで?」

 だが、重ねて言うが、基本的にエリは愛らしさの塊なのだ。

 おまけにそんな愛らしいエリは人懐っこくて、話し上手の聞き上手ときた。それで人気が出ないわけがない。

「それで、しばらくその紫系の蝶を追ってたんだけど、ふとその蝶はその子の方へUターンしてきて、差し出した人差し指に留まったんだって」

「ふむ。そこで何かが起きたと見た!」

 男女問わずエリの話には惹き込まれる。そしてエリは、彼女に気に入られようとする男子のどんなにつまらい話にも楽しそうに相槌を打って耳を傾け、女子のたとえ些細でくだらないことでも親身になって相談に乗ってあげるのだ。だから、男子といわず女子までも彼女の味方は多い。むしろ、変な男子がよってこないか女子が見守っているくらいだ。

「うふふ。鋭いね。そう。何かが起きたのだよ。起きたのだよ?」

「ハハ。何だ、その最後の疑問形は。…それで、何が起きたんだ?」

 そんな訳で、転入後二週間もしたらクラスのアイドルの座は不動のものとなり、五月に入るころには高等部中にエリの噂は広まっていた。エリは来るものは拒まずだから、その人気も鰻登りだ。

「『汝の願いは何だ』って心に響いたんだって」

「ほうほう! それで願いが叶うってわけだ」

 そんなエリは、最初にも言ったが、朝のホームルーム前のこの時間を俺とのトークに費やす。クラスの男子どもは嫉妬の視線で俺を睨んでくるし、女子はエリを心配そうな顔をして見守っている。

「せーくん、先読みし過ぎだよぅ」

「悪い悪い。それで?」

 俺はといえば、「せーくん」と俺のことを愛称で呼ぶラブリーで愛くるしくい美少女と楽しい一時を過ごせることに優越感を感じていることは否定しない。むしろ、誇っているね。と、同時に、エリを楽しませたいとも思っている。


 今日もそんな感じで嬉し楽しい時間を過ごしていたのだが……。


「その子は自分の願いを心の中で想ったの」

「うん」


 この時は予想もできなかったんだ。


「そして、それは叶った……。最悪の形で」

「ふむ。……は?」


 この日、この時の、この話が。


「その子の望まない形で……」

「……そう、なのか……?」


 俺の人生を百八十度変えるあの出来事への。


「だからね、せーくん」

「あ、あぁ」


 そして、俺の物語の。


「二匹の虹色の蝶を見かけたら……」

「……う、うん……」


 始まりを告げる。


「……どっちについていくかは慎重に決めてね……」

「……………………」


 最初の一幕の幕開けだった……。


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