お題『いそしむ』
自サイトで辞書ポン企画をおこなった際、お題「いそしむ」に対して頂いたリクエストに応じたものです。いつものおバカども。
日誌部分は行頭一字下げすると見づらいので詰めてあります。
【文書A】マハ兵営勤務日誌
○月3日 記入者:M・T
新任隊長が引越の挨拶に行くとか言い出した。冗談だと思ったら本気だった。
白旗持たされた俺は遺書まで書いたというのに、隊長は手土産なんぞ用意して上機嫌で越境して、あげく小咄ぶちかましやがった。しかもすげえ古いやつ。今時『牛追いの勇者』とかねえだろ。
と思ったら向こうの兵隊には意外とウケた。あんまりマハの小咄は知られてないらしい。それか、よっぽど退屈してたんだろうな。とりあえずウチの隊長の語りが上手いのは分かった。
けど、向こうの隊長さんの形相が恐ろしすぎた。マジで殺されるかと思った。追い返されただけで済んで命拾いしたってのに、ウチの隊長は懲りてない。もう次回の準備とか計画してやがる。どうしてくれよう。
○月5日 記入者:P
村の人にケーキを焼いてもらった。隊長の指示。今日のおやつには出されなかったということは嫌な予感がする。
○月6日 記入者:M・T
再び越境してリーディア兵営を襲撃。装備はバスケットにケーキと紅茶。って武器になるかあぁぁ!
と思ったら向こうの兵隊は食いついた。
堅物隊長さんは相変わらず鬼の形相。マジ怖い。しかし攻撃はされなかった。ケーキと紅茶は無事に役目を全うした。どうやら向こうの連中は堅物隊長のせいで、美味い茶菓子とか娯楽とかに飢えてるらしい。知り合った奴がケーキに涙ぐんでた。
「今日の任務は成功だね! これで少しはお近付きになれたかな!」
うちの隊長はすげえ晴れやかな笑顔。頼むから味をしめないでくれ次も成功するという保証はないんだっつーのなんでケーキのレシピとか聞いてんだうわあぁぁぁ。
○月10日 記入者:P
食料品の買出しに行く。帰ってきたら隊長がエプロン着けて待ち構えてた。ピンクのフリルつきは破壊力がでかすぎる。味方を誤爆しないでほしい。
○月12日 記入者:P
任務失敗。敗因は間違いなく隊長の機密漏洩だろう。
「心を込めて作りました!!」
「貴様の作ったものなんぞ食えるか!!!」
撃墜まで一秒もなかったと思われる。やむなく撤退し、持ち帰ったケーキは我々で処分した。
向こうの隊長さんは正しかった。
○月20日 記入者:M・T
手作りの差し入れは諦めたようだが、今度は新しい小咄の仕入れにいそしんでいる。俺の持ちネタまで訊いてきた。
どうにかして向こうの堅物隊長を笑わせようとしているようだが、無駄な努力だと思う。
なんでそんなに熱心なのかと訊いてみた。あんなに無愛想で怒りっぽくて、どう見てもこっちを嫌ってるとしか思えない相手を、敢えて攻める意義があるのかと。回答をここに記す。
「え、だって、なんだか野生の猛獣を手なずけるみたいで面白くないかい?」
隊長。俺はですね、遠回しに、もうお止めくださいと進言したわけなんでありますよ理解して頂けなかったようですが!! ここ大事ですよ読んでますか!
○月21日 記入者:M・T
日誌には目を通せや隊長ォォ!!! 仕事しろー!!
△月1日 記入者:P
隊長が牛に髪を食べられていた。どうやら向こうの兵営の前で、『牛追いの勇者』の再現をやりたかったらしい。我々にも内緒でいきなり牛を連れてきたもんだから、大騒動になった。
意外にも向こうの隊長さんが助けてくれた。流石に人道にもとると判断したらしい。
「ナハト殿と仲良くなるには、毎回ピンチに陥らないといけないのかな。それじゃ髪がもたないよ。まだハゲたくないのに。っていうかなんでナハト殿はあんなに黒々とした髪がふさふさなんだろうね、いつも難しそうな顔ばかりしているのに心労が髪に響かないのかな。うらやましい」
隊長は本気で悩んでいるようだ。我々もそろそろ本気で亡命を考えるべきかもしれない。
【文書B】 隊長の覚書
○月3日 牛追いの勇者 不可
○月6日 仕立て屋の女将 ギリギリ可
ハリネズミと狐 良?
○月12日 出来ず 差し入れ不可 食品だから?
○月21日 将軍と黒猫 不可 軍人ネタが×か
○月26日 丸屋根の掃除夫 イマイチ。
魔王の死 可
***
日誌を見直していた兵士が挟まっていた覚書を見つけ、隊長に返しながら苦笑まじりに皮肉った。
「隊長、マメですね」
「情報収集と分析は戦略の基本だよ! 当然じゃないか!」
「そんなにナハト殿を攻め落としたいんですか。よっぽど気に入ったんですね」
通じなかったかと皮肉に毒を追加してみたが、やはりヘイワーズは満面の笑顔で答える。
「そりゃあね! ああいう堅物で融通利かなくて愛想の欠片もない人は大好きだよ、私の小咄がつまらなくても追従言わないから正しい評価が分かるしね。ああいう人こそ笑わせ甲斐があるってものさ!」
心底楽しげに言った隊長が実は王族のはしくれで、愛想笑いとお世辞でこてこてに塗り固められた人間関係にウンザリしていたと知れるのは、まだしばらく先のこと……。
(終)
オマケ。王族だとばれた後の会話。
「これってアレですよね、阿諛追従にまみれて育った王子が市井の娘さんに出会って、遠慮容赦ない物言いが新鮮なもんで恋に落ちるとかいう類の!」
「貴様は本当に一度あの世を見たいらしいな」
「あ、すみませんやっぱり嫌ですよね。じゃあ逆にしましょう、蝶よ花よと育てられた王女様が初めて厳しい軍人さんに出会って」
「首を刎ねられて晒されるという話だな、それなら乗ってやらんでもないぞ」
「……さみしい」
「やかましい! さっさと国に帰れ!!」