ミク○の決死圏
ミク○の決死圏 第1192話「進撃の大腸菌」
俺の名は大腸菌。極一般的なグラム陰性桿菌だ。
Escherichia coliと呼んでくれても構わない。
今、俺達細菌と免疫は激しい戦争を繰り広げている。この戦争はもう二日も続いてる。気が遠くなるくらいの時間だ。
俺も生まれてからもう3時間になるが、一向に戦争が収まる気配は無い。今のところ、俺のいる上行結腸は比較的平和だった。
とは言え、いつここにも白血球共が攻めこんでくるか分からない。早い所、戦争を終わらせて――――
ポコンっ
おっと、分裂の時間だったか。
新しい俺よ。上手い事生き残るんだぞ。
そうこうしていると、遠くからフラフラと一個バクテリアが近づいてきた。傷ついているようだ。
「ううっ……」
「おい! 大丈夫か!」
俺は鞭毛を動かしてその細菌に近づいていった。
「あっ、貴方は赤痢菌!」
「うぐっ……大腸菌か……」
その傷ついた細菌は赤痢菌だった。グラム陰性桿菌だが、弱々しい大腸菌と違って腸管の細胞を破壊する毒素を持つ恐ろしい戦士だ。
「大丈夫ですか!? しっかりして下さい! 一体何があったのですか!?」
「お、俺達は腸の血管一部に穴が空いているのを見つけて中へ侵入したんだ……この戦争を終わらせるためにな……」
「そ、それで?」
「だが、進軍した先には免疫共が待ち構えていたんだ……くそっ! 皆、皆やられてしまった! げほっ……」
赤痢菌は今にも細胞壁も細胞膜も崩壊しそうになっている。至る所に補体系による膜侵襲複合体が張り付いて穴を穿っている。可哀想に……もうこの赤痢菌の余命は幾ばくもない。
「俺だけ生き残り帰ってきてしまった……だが! これは天命だった! 俺は今、お前という大腸菌を目の前にしている!」
「えっ、そ、それはどういう――」
「ぐっ……もう時間が無い! いいから黙ってレセプターを出せ!」
「わ、分かりました」
俺はわけも分からずレセプターを赤痢菌に向けた。
「いいか、行くぞ……これが、俺の、俺達の魂だ!」
そう言うと赤痢菌からは環状の遺伝子が放出された。
そしてその瞬間、赤痢菌の細胞膜は弾け、彼は溶菌した……
「せ、赤痢菌! くっ……兎に角、この遺伝子を受け取ろう……」
俺は環状遺伝子をレセプターで受け取った。体内へ取り込み、自らの核に遺伝情報を移していく。
「こ、これは……ベロ毒素! 赤痢菌の一番の武器じゃないか!」
赤痢菌から渡された遺伝子が全て核に移された。
すると、変化が訪れた。
「……俺は、俺はもう唯の大腸菌では無い!」
体に力が満ちていく。全身を包む細胞膜にベロ毒素の力が広まっていく!
「俺は腸管出血性大腸菌だ!」
そう、俺は形質転換したのだ!
俺は赤痢菌の残骸を見た。
「赤痢菌……貴方の死は無駄にはしません! 俺はこの戦争を終わらせる!」
そして俺は戦いに出発した。戦争を終わらせるために。
赤痢菌が通った血管の破れは直ぐ見つかった。そして、俺は迷うこと無く飛び込んだ。
このまま奥深くまで進んでベロ毒素をまき散らしてやる。そうなれば、溶血性尿毒症症候群を引き起こせる。戦争を終わらせられるんだ!
俺はどんどんと進んでいった。途中に見かける赤血球や血小板など無視して奥へ奥へと向かった。
かなり先まで進むと開けた所へ出た。
「ここはどこだ? 血管から出たのか?」
迷う俺だったが、その思いは直ぐに断ち切られることになった。
「ここはなあ! 貴様の死に場所だ!」
「だ、誰だ!」
その警告と共に大勢の細胞が現れた。だが、彼らは細菌ではなかった。
「め、免疫細胞!」
免疫細胞共が俺を取り囲んでいた。そして、取り囲んでいたのは好中球だけではなかった。
「ここは……リンパ節だったのか! なんて事だ!」
俺は罠に嵌ったことを悟った。
「くくっ、馬鹿な細菌め。態々、我ら免疫細胞の本拠に来てくれるとはな!」
「全くですね。これでは抗体の使い甲斐もありません」
絶対絶命だった。だが俺は諦めなかった。すぐには抗体による攻撃は出来ない。やるなら今だ。
「くそっ! まだだ! まだ終わっていない! 喰らえっ、ベロ毒素だ!」
俺は赤痢菌から受け取った魂を思いきり吐き出した。使いきっても構わない。戦うんだ!
「やれやれ、無駄な事を」
しかし、俺の予想を裏切ってB細胞はなんと免疫グロブリンを飛ばした。放出された免疫グロブリンはベロ毒素を尽く中和し無効化していく。
「そ、そんな馬鹿な……」
「その毒素はあの時やって来た赤痢菌のものでしょう? 私は知っているんですよ。免疫記憶という奴です」
よく見ればB細胞は既に形質細胞に変化していた。焦っていて見間違えていたのか。
「敵ながら不甲斐ないですね。赤痢菌はもう少しフィラメントがありましたよ。もう終わりにしましょう」
形質細胞は表面に新しい抗体を浮き上がらせ、放出した。抗体はベロ毒素を嗅ぎつけて俺の体に次々と突き刺さる。
「ぐうっ! ぐああああ!」
抗体の攻撃は止まず、どんどんとオプソニン化されていく。
「行くぞっ皆! あの侵入者をやっちまえ!」
「おおっ!」
オプソニン化された俺に好中球が群がり貪食していく。食胞から放出される活性酸素や過酸化水素が細胞壁や細胞膜を溶かしていく。
「ふふっ、無様ですね」
俺は最早何もいう力も残っていなかった。力と共に思いも溶けていき、消えていく。
赤痢菌……皆……今行くよ……
そして、俺は死んだ。
今回の戦いは免疫が勝利した。しかし戦争はいつまでも続く。命ある限り戦いは終わらないのだ。
~終~
次回 ミク○の決死圏 第1193話「最強の戦士カルバペネム」
乞うご期待!