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何がどうしてこうなった




 夜になった。

 既にカーテンは閉められており、証明も消してあるので室内は暗くなっていた。非常灯だけが、控えめに明かりを点している。

 ささだった精神が脳を刺激し、意識をはっきりとさせている。

 簡単に状況を整理してみると――

 転落した衝撃で負傷、意識を失い、救急車で病院に搬送されて入院した。

 それから二週間経ったことで、主だった怪我はだいたい回復しているらしく、明日の検査を無事終えれば退院できるとの話だ。

 しかし、見舞いが来たのは、家族が入院した初日に来たのみで、それ以来は家族どころか誰も来ていないというのである。

 そんなことがありえるだろうか――


「いや、ないな」


 反芻するが、断言できる。

 もし、この二週間の間に家族の身にも何かあり、また見舞いにきそうな友人や知人――そこには十流や生徒会の面々、あるいはクラスメイトがいてもおかしくはない――も同様に、何か不幸が起こった。

 そんなことが、本当にありえるのだろうか。

 もしかしたら、自分は自分で思っていた以上に、人望がなかった――と考えると、まだ納得はできるが、その解釈だと精神的なショックはひたすらに大きい。


「トオルはせめて来いよな……」


 などと、ひとりごちでも仕方あるまい。

 最低限――という言い方はとても失礼だが、妹を含め、両親も入院初日は駆けつけてくれたのだ。

 その後は、各々(おのおの)の都合もあるし、文句を言うべきではない。

 思いつつも、気分は晴れなかった――。




 ●




 翌日――。



 検査もオールグリーンとなり、無事に退院を迎えることができた。

 一番大きな怪我で脱臼止まりだったのが幸いし、今では筋や靭帯がやや痛むといった程度である。

 歩いた時の違和感は、この痛みのせいと、二週間寝込んだことで筋力が若干低下しているのだろうと推察した。

 それにしては視界がやや低く感じるのは、落下した時に背骨でも傷めたのだろうか。

 それならば、頚椎や脊椎損傷――といった症状が説明されるはずなので、やはり思い違いなのだろう。


「よかったわね、退院おめでとう」


 と、わざわざ見送りにでてきてくれたのは、鈴峯先生である。


「いえ、こちらこそ……わざわざすいません」


 謝罪を呟くと、隣に立つ先生は、反って申し訳なさそうに言った。


「そんな遠慮は無用よ。担当した患者が、無事に退院するまでを見届けるのが――いえ、退院した後も責任を持つのが医者だもの」


 まさに医者の鑑だ。

 自分も、将来的には、己の仕事にこういう姿勢で取り組めるような人間になりたいと心から思う。


「それにしても……まさか……。ご連絡しても、ご家族の方が誰も迎えに来ないなんて……」


「……えぇ。お忙しい中、一緒に待っていただいて……本当に申し訳ない限りです」


 先ほどとは違い、頭を下げて謝罪をした。

 内部の広さから薄々感じてはいたのだが、こうして改めて外に出てみると、思っていたよりもさらに大きな病院だった。

 これならば、医師もかなりの人数が勤めているはずだが、短い時間とはいえ、一人の医者の時間を個人的な都合で利用するのに一切の負担がないとは言い切れまい。


「こっちこそ、ごめんなさいね……。せっかくの退院なのに、ここまでしか見送ることができなくて」


「いえいえ、お気持ちだけで十分嬉しいですよ。お仕事頑張ってください。短い間ですが、お世話になりました」


 ぺこり、と今度は感謝の気持ちを込めたお辞儀をする。


「お大事に。何か、都合が悪いことが起きたら――些細なことでもいいから気兼ねなく訪ねてちょうだい」


「ありがとうございます。それでは」


 手を振って病院を後にした。

 構内から道路に出るまでは結構な距離があるが、途中で振り返ると、まだ玄関に鈴峯先生が立っていた。

 目が合うと小さく手を振ってくれたので、こちらも手を振って返す。

 そして、最後に、聞き間違えでなければ先生はこう言った(・・・・・)――


「頑張るのよー、藤崎くんー(・・・・)!」




 ●




 藤崎(ふじさき)――先生が、患者の名前を間違えることとはどの程度あるのだろうか。

 日替わり、いや、一日に何人、何十人との患者と接していれば、あるいはその可能性も起こりうるのだろうが……。

 あまり気にしても仕方がないのかもしれないが、どうにも胸騒ぎが収まらない。


 今、自分は自宅への帰路についている。

 病院の構内から出ているバスに乗れば、自宅までそれほどの時間は掛からないのだが、所持品の類――つまりお金も一切持っていないのでこうして歩いている。

 近場の駅などへは無料送迎バスが出ているのだが、結局そこから乗り換えるのにはお金が掛かるので、それなら初めから歩いても大して変わらないからだ。


「しかし、退院直後からいきなり歩くハメになるとは……」


 身体が鈍っているのでちょうどいいウォーキングになるのかもしれないが、いかんせん足が重い。

 二週間寝込んだだけで、これほどツラくなるとは知らなかったので、ある意味では貴重な体験なのかもしれない――と自身を奮起する。

 というか、退院の連絡はいってるはずなのだから、迎えくらい来てもおかしくはないと思うのだが。


「やっぱり、何か妙だよな……」


 そうして歩くこと約一時間――。

 目的の自宅に到着する頃には、まさに『足が棒になる』と言わんばかりに、足の筋肉がパンパンになっていた。


「つ、疲れた……」


 本来なら、この程度の運動――にも入らないような運動で根をあげるほど、(やわ)な鍛え方はしていないのだが。

 やはり、何かをサボるというのはロクでもないことなんだなと、改めて実感する。

 ともあれ、久しぶりの自宅である。気持ちがちょっと昂揚してしまうのも致し方あるまい。

 慣れ親しんだドアノブに手を掛ける。


「――あ」


 鍵が掛かっていた。

 確か、病院を出たのが14時過ぎだから、今は15時過ぎだろうか。両親は共働きで夜にならないと戻って来ないし、妹も部活を終えて帰宅するのは早くても17時半――といったところか。

 手ぶらではどうする事もできないので、いっそ学校まで行くのも有りかと思ったが、今の自分の足ではこれ以上歩くのは現実的ではない――大人しく玄関前で家族の帰宅を待つことにした。

 色々と思考していれば二時間程度あっという間だろう――と、そのまま玄関に座り込む。

 そうして、見積もっていた時間よりさらに体感でおよそ一時間が経過すると、待ち望んでいた人物がようやく帰宅した。


「おかえり、悠」


 よく見知った帰宅した人物――妹に声を掛けた。


「――きゃっ! え……あ……びっくりしたぁ」


 まさか帰宅したらいきなり玄関前に入院していた自分がいるとは予想もしなかったのだろう。こちらの想像以上に驚かせてしまったようだ。


「あはは、ごめんごめん」


 もしかしたら、妹の身に何かあったのではないかという心配は杞憂に終わったようだ。

 ぱっと見た感じ、妹に普段と変わったところは見受けられない。


「えーと……貴方は…………あ! 退院されたんですね、おめでとうございます!」


 悠は、しばらくこちらを(いぶか)しんでいたようだが、一転して明るい表情となる。


「驚かせて悪い。今日やっと退院できたよ」


「えぇ、心配しました。大事ないようで何よりです」


 上目遣いで微笑む悠。

 たった二週間――それもただ眠っていただけだが、長らく見ていなかったように錯覚する。


「あぁ。なんか久しぶりだから口調が固いのか? それにしても、もう少し見舞いに来てくれてもよかったんじゃないか? 薄情なやつめ」


 こいつ、と、いつものようにふざけて悠の頭に手を載せようとしたのだが――


「やっ――!」


「え……?」


 悠は大きく後ずさってしまい、伸ばした手は空中を所在なげにうろつくこととなった。

 そのまま自分の方に曲げて、ポリポリと頬を掻く。

 そうして、しばらくお互い無言で見つめ合ったり、視線を逸らしたりを繰り返していると……。


「あ、あの……確かに私も、貴方のことが気掛かりで、最初に病室を訪れましたけど……お目覚めしてから、こうして初めてお会いするわけですし、初対面で女の子の頭を触ろうとするのはよくないと思いますよ」


「な――っ」


 見えるならば、こちらの頭の中でいくつものハテナが並んだことだろう。


「それに、今日は……私ではなくて、兄に会うためにこちらに伺ってきたんですよね? もうすぐ帰ってくると思いますので……」


「え……は? 兄……?」


 一体、悠は何を言っているのだろうか?

『兄』なら、今、目の前に帰ってきたじゃないか。


「あぁ、そうか……あははは。わかったわかった、悠も冗談が上手くなったなぁ!」


 と、悠に歩み寄ると、今度こそ思い切り逃げられてしまった。


「やっ――あの、ちょっと! 初対面で名前を呼び捨てにするのは失礼だと思いますよ!」


「おいおい、まだ続けるのか、それ。初めは驚いたが、さすがにそろそろ面白くなくなってきたぞ? というか、真面目に結構傷付くんだが」


「あ、貴方こそ、何言ってるんですか! 私ではなく、兄に会いに来たんですよね? 会って……その、お礼を言いに来たんでしょう?」


 ますます噛み合わなくなってきた会話に、妹相手とはいえ、少しずつ苛立ちが(つの)り始めた。

 それでも、なんとか冷静でいようと努める。


「兄とかお礼とか……はっきり言って意味が分からないぞ、悠。玄関先で言い合ってたら近所の迷惑になるし、とりあえず中に入ってから落ち着いて話そう」


「中……って。た、確かに、ここで言い合いしていたらご近所さんの迷惑にはなりますし……貴方が兄の来客だと言うのならお通しするつもりでしたが……」


「だから、その『兄の来客』ってどういう意味だ?」


 そこで、悠は一回目を丸くしてから何かに気付いたように。


「あ――そっか。事故当時の記憶がないんですね? だって、あの高さから転落したら、命が無事だっただけでも凄いことですし!」


 それでも、浮かべた笑顔が作り物だというのが痛々しいほどに分かる。


「えっとですね、貴方はマンションの屋上……じゃなかった。途中の階から落下してですね、そこを『兄』に助けられたんですよ? きっとその時の衝撃で記憶が混乱してるんだと思います」


「あぁ、それは覚えてる。屋上から転落した『男』が途中のベランダに引っ掛かって、それを助けたんだ」


「そうそう―! それですそれです!」


 こくこくと、こちらが記憶を思い出したのを、まるで自分のことのように喜ぶ悠。

 いや、違う――正確には、こちらが思い出した『事実』を喜んでいるわけではなく、共通の事実によって悠の得体の知れない『不安』が薄れたということへの喜びだろう。


「それで……きっと貴方は、病院の先生か貴方のご家族に経緯(いきさつ)を聞いて、こちらに来たんじゃないかなって思うんですよ。もしかしたら、知らないところで兄が直接お見舞い伺ったのかもしれませんが――」


「――っ! だからどうして――いや、何でもない……」


 やはり、会話が噛み合っていないのは間違いないようだ。

 ここで感情を荒立てても、会話がまた振り出しに戻るだけだろう――自制する。

 ここで『俺だ! 功祐だ!!』と、妹に詰め寄っても、救急車を呼ばれるか、最悪、警察を呼ばれかねない。

 冷静に考え、悠の発言から状況の整理に努めた方が懸命であると苦渋の決断をした。


「えーと、分かった。いや、悠――さんの言う通り、です……では、その……僕は、一体誰なんですか?」


 ある意味で、自分を完全に否定した発言に頭が痛くなりそうだった。


「えっと……ごめんなさい。兄なら存じてると思うのですが、私はその……ごめんさない」


 当事者ではないのだから、知らなくても無理もない。

 そこで、ある言葉が脳裏を()ぎった――


「藤……崎……?」


「あ――それです! 確か、お兄――いえ、兄もその名前を呟いてました!」


 藤崎……理由は分からないが、今、悠が自分を認識している呼称はそれらしい。

 では、悠の言う『兄』とは、一体誰なのか。


「その……お兄さんももうすぐ帰って……くるんですよね?」


「はい。今日は少し遅くなると言ってましたが、最終下校時刻より遅くならないはずです」


 最終下校時刻――白山鵬学園に設けられた、生徒が校内に残れるリミットだ。時間は19時が上限となっている。

 ここで話していた時間を含めれば、そう長くは待つまい。そんな風に考えていると――


「あ! お兄ちゃんっ!」


 現れた人物の方へと悠が駆け寄り、そして飛びついた。

 ぐっと堪えなくてはならないくらい複雑な心境だが、それだけ、自分と二人で居る時間が苦痛だったのだろうと思うと胸が痛い。


「わ、わわっ――え、と、はる……か? どうしたんだいきなり」


 それは、疑いようもなく、自分が記憶している『自分の声』だった。

 そうして現れたのは――


「え――」


「え――」


 見慣れた白山鵬の制服に包まれた、身長170後半はあろう男子学生。

 耳が隠れる程度に伸ばした黒髪、文科系でありながらも鍛えられた体つき、そして、片手には愛用の鞄をぶら下げている。

 毎朝、鏡では見るが、決して実物を肉眼では見たことがない――



 ――自分がそこに立っていた。

実力不足により、当初のプロットから思ったよりシュールな内容になり過ぎたので、いずれもっとゆるい「らぶこめ調」に書き直したいと思います; すいません;

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