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53、evade



「ここだな」

「ええ。だけど、こうも静かだと……」



 目の前には木製の、しかし不可解な文様を施したドア。

 セキュリティ装置らしきものは見当たらない。

 ここが教主室であっているはずなのに、"守り"という概念がすっぽりと抜け落ちている。



「敵もいない、罠もない。どうして?」

「ゲームの都合なのだろう。だが、中には反応がある。いくぞ」



 ゲームの都合。

 そうだとしたら何故ノディアン司祭は地下に配置されていたのだろうか。

 疑問は浮かぶが彼の扱いがラスボス前の大ボスだから、と納得させるしかない。

 慎重にドアを開くマルタの後に続く。

 手にはサブマシンガンを、そして視線をすぐ合わせられるように集中力を高めながら。

 

 カチャリ、という音とともに、室内の照明光が滲み出る。

 そこは想像していた宗教チックな場所というよりは、どこかの事務所のオフィスというのが似つかわしい。

 奥のデスクには大きめのチェアがある。

 それは私達に背を向けている。

 だれかが、そこに座っている。

 

 

「ネーキル、悪いが話が変わった。お前の命はここで終わりだ」



 ボウガンをチェアへ向け、トリガーを絞る。

 チェアに座っている人物は一向に振り向こうとしないままだ。

 マルタもすぐにでもスキルを発動させられる体制を整えて発言を続ける。



 

「だが、死ぬ前に聞くことがある。ディライフのこと、実験のこと、そして彩香……、クランヌのことだ」

「……」

「おい!聞いているのか!?」



 苛立つマルタが声を荒げる。

 嫌な、感じだ。

 有利な状況を押えているのに、いや、有利な状況だと思わされているような感覚が、する。

 少しの、時間にして5秒程度か。

 短い沈黙をチェアの回転音が裂く。



「ああ、聞こえているよ」

「何?」

「私をネーキルと言うものだから、どう反応しようか考えていたのだ」

「その声!?」



 チェアから立ち、浮かび上がるのは柔らかなシルエット。

 ドス黒い鞭を手に持つ、それは残虐な司祭クランヌ。

 仮面をかぶっていないその顔は、写真で見た綾香さんのものだった。



「ノディアンはやられたのか? しかし、エッダーもここに来ていない。ふむ、相打ちといったところか」

「……お前には用はない。ネーキルはどこだ?」

「ふふ、さあねえ」



 まずいことになった。

 ノディアンとは別の意味で最も戦いたくない相手。

 可能性はあった。が、こうも悪い方向に向かってしまうなんて。


 前回の戦いではエッダーの支援があってなんとか退けることができた。

 今回はその力に頼ることができないばかりか難題が一つ付きまとう。

 クランヌに関する謎が分かるまでは彼女を殺すことができない、というとてつもない難題が。

 動くに動けない状況だけど、時間が延びるほどに立場は悪くなる。

 


「……、綾香、俺が分からないか? 俺だ。伸二だ」

「ん? 突然どうしたというのだ?」

「頼む、応えてくれ! 彩香、もうゲームは終わりだ。仕事は大事かもしれんが、リアルを捨ててこんな世界に居続ける必要はない! 俺達の現実に戻ろう!」



 冷静なマルタの、叫びにもにた懇願。

 リアルと恋人の奪還こそが彼の目的であり、最初からゲームは目的ではなかった。

 やっとみつけ出した現実の欠片を取り戻す。

 その具体的な方法が分からない今、彼は彩香さんの現実を引き出そうとしている。



「アヤカ、ゲーム、現実? 何の話だ?」

「……届かないというのか」

「分からないものが届くはずもない。だが、お前達にも分かるものを私は知っている」

「なんだと!?」

「マルタ、下がって!!」



 いつぞやの禍々しい鞭が肥大化、枝分かれし蠢いている。

 マルタの呼びかけも空しく戦闘態勢に入ってしまった。



「届けよう、お前達に死を!!」



 鞭から生み出されるうねる触手び先端が、マルタがいた場所を含めて部屋のあちこちの壁を穿つ。

 間一髪、私と彼は後ろに飛びのいてかわした。



「くっ、部屋をでるしかないな」

「マルタ、庭に出るのよ! 早く!!」



 部屋をでて廊下の窓を銃撃して壊し、そこから見えるのは植え込みなどが綺麗に整えてある中庭。

 猛る触手の攻撃を逃れるようにそこへと飛び込んだ。

 私達を追って彼女も事も無げに窓から飛び込んでくる。



「逃がさんぞ。以前はエッダーの邪魔があったが、今度はそうもいくまい」



 ただでさえ強力な敵なのにこちらの勝利条件は明確じゃない。

 倒す――たとえそうできても、問題は解決しないだろう。

 逃げる――態勢を整えることができる。でも、敵はそれ以上に態勢を整えるだろう。

 説得する――エッダーはいない。マルタの声は届かない。言葉は何も意味を成さない。

 

 だから私は……。



「……アルア、頼んだぞ」

「ええ。やってみる」



 マルタが動いた。



「まずは、これだな」



 彼が呟くと地面から彼と同じ姿の複製が現れる。

 【クリエイトデコイ】、囮となる分身体を生み出すスキル。

 生み出された分身も本体と同様に、ボウガンとダガーを構えている。

 


「そんなドロ遊びが通用すると思っているのか?」



 クランヌの鞭が伸びてマルタの分身を貫いた。

 囮であるドロ人形には大した耐久力もなく、あっけなくズルズルと元の土に戻る。



「終わりじゃない」



 再度【クリエイトデコイ】が発動し、先ほどと同様に土人形の分身が姿を作り武器を構える。

 だけど、クランヌにはこの程度のまやかしは通用しない。

 いや、通用しないというよりも彼女が操る鞭が優秀すぎるのだ。

 マルタが再び人形を生み出した過程をなぞるように、急速に伸びる黒の触手が分身を捉えて破砕する。

 相手を霍乱するかどうか、それ以前の問題だ。

 作っては瞬時に崩されてしまうのだから。



「牽制にも時間稼ぎにもならんぞ」

「まあ、慌てるな。もう少し付き合ってくれ」



 三度、マルタがスキルを発動させる。

 しかし今回は先ほどまでとは違いがあった。

 今までは一体だった分身が一度に三体も生み出され、やはり同様に武器を構える。

 そしてそのまま立て続けに、マルタは分身を増殖させていく。

 

 とはいえ囮が何体増えても囮に過ぎず、数の優位性を握っているわけではなかった。

 このスキルは姿を隠し物陰で分身を作成して、どれが本体かを特定できないようにするのが本来の使い方だ。

 しかしこの中庭では、膝丈くらいの植え込みや植物が生えているだけで身を隠す場所がほとんどない。

 一応、術者がスピードに長けていれば、分身との連携でどちらが本物か惑わすこともできなくはないが相手が悪い。


 マルタの分身が増えれば増えるほど、泥人形は破壊されていく。

 私もただ眺めているわけではない。

 合間合間にサブマシンガンのトリガーを引くが、その射線上に太く膨張した触手が立ちふさがり弾丸をカットする。



「人形に意識をそらせて女が銃撃、か? ここまでたどり着いた者達がその程度のことしかできないのか?」



 触手による攻撃と触手による防壁。

 攻防一体、かつ鞭の壁は銃弾を受けても破損しない。

 黒の線が踊って生じる渦、人形が砕けておこる土ぼこり、届くことはない銃弾とそれを遮る壁。

 戦場自体は破壊行為で覆われてはいるが、こちらの攻撃は一切届かない。

 壁のその向こうに届かせるための何かが、必要だ。



「さて、ペースを上げるか」



 それでもマルタは崩れない。

 ひたすら土人形生み出し、MPが枯渇しそうになれば回復アイテムを使用する。

 人形が崩れる度に人形の残骸が飛び散る。

 生産速度を上げる分だけ、クランヌによる人形の破壊のスピードは上がる。

 砕けた泥がより激しく飛翔し、私の衣服を汚していく。

 そうした行為を何十も、何重も重ねることでフィールドには泥の塊が積みあがっていた。


 

「なるほど、そういう狙いであったか」

「……いくぞ」



 本体がいよいよ攻撃を仕掛ける。

 【ステップ】でクランヌ目掛けて進んでいく。

 敵も無反応じゃない、黒い鞭を飛ばしてくる。

 が、その攻撃は積みあがった泥の柱を利用してかわす。

 抜け目のない彼は柱から姿を現す。

 二つの影となって。



「こしゃくなマネを」



 クランヌの攻撃速度が鈍る。

 泥の柱を使ってかわす際にマルタは泥分身を作りだす。

 柱を使ってどれが分身か分からないように囮を生み出す行為を続けていく。

 何回も何回もそれをくりかえせば、泥が障害物化してお互いの視線を隠す。

 人の背丈ほどの泥柱がいくつもできあがるとき、それが本当の攻撃の始まりになる。



「そろそろ、だ」



 マルタからの小声が届く。

 既に複数体の泥人形を生産し、見て分かる程度には消耗している。

 回復剤を使用していながらも、スキルの連続使用回数が桁外れなのだ。

 つまり、この一回をしくじればまた一からやり直しになる。

 敵が本当の目的に気づけば、もはや泥人形の囮は通用しない。

 だから、確実に、やり遂げなければならない。



「仕掛けるぞ」

「ええ」

「……色々な意味で退路はない。癪だが、アルアに賭ける」



 再びマルタが泥人形達を生成する。



 さあ、いよいよだ。



「できることをやる。あなたやエッダーだけじゃない、もう一人にも託されたのだから」



 言葉を言い終えるや、マルタが全速力で泥人形を従えながらクランヌにつっこむ。

 私も入り込む角度をずらして、彼女に接近を試みる。

 距離はそう遠くない。

 視界が泥柱で遮られているだけ。

 でも、彼女の姿は視認できている。

 クランヌもまた、私達の突撃を勘付いて迎撃のタイミングを図っている。

 黒の鞭が枝別れし、触手と化したそれが大きくしなっている。


 

 分身を含めた数が単体を圧倒するか、クランヌの見極めが集団を一蹴するか。

 その瞬間、その一瞬のために全身系を集中させる。



「いくぞ、クランヌ!!」



 マルタとその分身達がダガーを抜き左右上下から襲い掛かる。

 複数視点からの同時攻撃、速度で勝っているマルタの渾身の一撃。

 回避しきるのはまず無理なシチュエーション。


 しかし。



「はあっ!!」



 短い発声と共に鞭がしなる。

 横一閃になぎ払う様はまるで居合いをしているような動作。

 水平方向から攻めた泥人形はこの一撃であらかた崩れ去る。


 だが、攻撃は途中だ。

 身を低くして迫る影、跳躍して迫る影。

 上下から進み行く影はまだ生きている。

 敵は横なぎ払いの動作で左右の可能性を消したが、そのモーションの隙では上下には適応できない。



「獲ったぞ!!」



 本体は上だった。

 上空からの影の一撃がクランヌを襲う。

 彼女にはカウンターを仕掛ける予備動作の時間はない。

 できるのは後ろに飛びのくだけ。

 しかし下から攻めたマルタの分身はクランヌを素通りし、後方で待機している。

 後ろに飛びのけばその分身が障害となって邪魔をする。

 接近戦のやり取りでいえば、彼女は詰んでいる。




「……そこか」



 一か八かのカウンターを仕掛けることも、バックステップをすることもない。

 慌てる素振り皆無でそう呟いた。

 あまりの堂々とした態度であったが、既にマルタは攻撃姿勢を変えることはできない。

 影がクランヌに重なる。



「ぐっ!!!」



 影から繰り出される刃はクランヌの喉元10センチ程のところで制止する。

 全速力で得たことによる突進力が見事に殺されている。

 右手で振り抜いたはずの鞭、しかし左の掌から生えた黒の触手が、後ろの分身を含めて影を貫いたのだ。

 串刺しのまま、マルタが宙に浮く。



「ぐ、ううううう!」



 体を貫通する黒の線。

 プレイヤーでなければ死んでいた。

 しかし、LPという数字が肩代わりするとはいえもうろくに動けない状態だ。



「即死はせぬ、か。興味深いが……とりあえずは目の前のことを終わらせねばな!」

「くっ!」



 これまで顔を動かさずに視界を固定していたクランヌが私の方に顔を向ける。

 マルタとの時間差で攻撃を仕掛けていたのだから、私も既に攻撃態勢に入っていて中断できない。

 覚悟は決めている、突撃あるのみだ。



「はあああ!!」



 遅いかかる黒の触手をかいくぐり、距離をつめていく。

 鞭から枝別れした、一撃でも触れればアウトの触手攻撃を、ギリギリでかわしていく。

 マルタの攻撃は無駄ではない。

 右手の鞭の注意を逸らし、串刺しにされたままでいることで左手から生えた触手も封じている。

 伸びきった鞭から生えてくる触手の攻撃ならまだかわしていくことができる。

 もう少し、もう少しで。

 届く!



「いける!!」

「そうかな?」



 両手を封じた。そこで思考停止をしてはいけなかった。

 本来、あってはならないはずの左手から生えた触手の存在を考えれば起り得ることだったかもしれない。



「!?」



 体勢的に無防備だった体の正面、露出している腹部から黒い線が蠢くのが見えた。

 見えた時には遅かった。

 マルタと同様に、腹から生え出た触手がこちらを貫く。



「なっ!?」



 驚きの声を上げたのはクランヌ。

 確かに、黒の触手は私を貫いた。

 貫かれたそれは、砕け散って跡形もなくなったのだ。

 そう、それはこれまで何回も壊して、壊してきた泥人形のように。



「クランヌ!」

「くっ、お前も泥人形を!!」



 身を低くし急接近し、クランヌの顎を掴んで首をこちらに向ける。

 初めて彼女の顔に怯えの色が浮かんだ。

 それはそうだろう。

 マルタのように刃物を持って近づいたのではない。

 むしろ刃物なんぞでは彼女の回復力の前では何の役にも立たない。

 だからこそマルタの攻撃にも堂々としていられたのだから。


 でも、今度は違う。

 千載一遇のチャンスに私が構えたものは刃でも銃でもない。

 構えるのは、視線。

 一見危害を加えない動作ではあるが、それが相手には理解不能の思考の色に染めて判断を鈍らせる。

 だが、時間はない。

 これで決めるのだ。



「もう一度、お邪魔するわよ」

「!?」



 クランヌの瞳に映った私の瞳は妖しくゆらめいていた。

 

 

 













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