52、pass
「こちらです。兵が配置されているかもしれませんが迅速に行きましょう」
「時間をかけるほど危険になる、か。……もう、マルタがいれば先行してもらえるのに」
準備を整えた私達は夜が訪れると同時、エッダーがかつて利用していた教会への地下通路への進軍を開始。
教会との決戦にしては性急だったかもしれない。
だけど時間を浪費できる状況でもなかった。
「このままネーキルのとこへストレートに行って、倒してお終いになればいいんだけどなあ。ってのは楽観すぎか」
「そうあることを私も願っていますよ、タイガさん。実際、ノディアンがここに呼び戻されているか、あるいはクランヌが昔のことを覚えているか、そのどちらもなければそうなるはずです。だから私は一人でも乗り込むつもりだったのです」
「そりゃ無茶だよ……」
時間の経過がリアルのそれと同等か分からない不安。
だけどこの世界を生きているエッダーにとってのリアルがこの世界。
その彼が襲撃を決行すると言ったのが重要だと私は考えた。
彼の感覚だと時間がないのだ。
「モリスティーニは死にましたが、恐らく研究結果とその利用方法は残されてしまった。放置すれば私達どころかドームですらも手が出せなくなるような組織になってしまうかもしれない。そうなる前にネーキルを、教会を終わらせるしかないのです」
「……賛成。わたしの体を変えた組織、残したらダメ」
「ソロちゃん……」
かなりの犠牲が伴ったであろう研究。
それが活かされるとさらに大きな犠牲を呼ぶ。
直接の犠牲者であるソロが同行しない理由はなかった。
「ソロ、危なくなったら絶対コレを使って逃げるよ? 絶対だからね!?」
「何度も言わなくたって分かってる、タイガ。みんなで、戻る。ジェニーも一緒に戻る」
体と記憶を奪われたソロの欠けた部分を補完する、なんてことは無理だろう。
でも、支えにはなる。生きていくための支えに。
「さあ、急ぎましょう。タイガ、【気配察知】頼むわよ」
「やってみるよ。マルタさんほど上手くできないけどね」
丘の上の教会へ続く地下通路。
いや、通路というほど狭くないし短くもない。
壁にはいわくありげな文様などが刻まれており、直感的な感想としては遺跡という言葉が近いかもしれない。
なんのためにこのようなものがあるかはエッダーにも分かっていないらしい。
ただその意味のない文様の通路が私達には重要になっている。
思考はほどほどに、タイガの反応を見ながら私達は走り続けた。
警戒しながら10数分程走っただろうか、タイガが曲がり角で急に立ち止まった。
「……みんな、止まって。反応がある」
「この先はちょっとした広場のようなスペースになっていますが、まさか……」
「強力な反応が、4。そのうちの一つがかなりヤバい。いや、この反応は」
「あのときの、教会の、敵」
みんなの反応で分かる。
この先に何が待ち受けているのか。
決して予期していなかったわけじゃない。
ただ、あるかないかで難易度が何ランクも変わってしまうほどの障壁。
「そこにいるってなあ、分かってる! 不意打ちなんてしねえからでてこいや」
ドスの効いた声が響く。
あちら側もこちらの存在を認識していたようだ。
「……あの広場を通らなければ先へはいけない。いきましょう。大丈夫、罠を使うような人じゃない」
「やっぱりいるのね」
「ええ。最悪の敵がいます」
「仕方ない。行くわよ」
覚悟を決めて広場へ踏み出した。
タイガが察知した反応の正体が、壁にかかっている照明の光で浮かび上がっている。
4つの反応のうち極めて大きな反応のひとつ、それは見る者にそれだけで圧力を与えてくる。
着崩してはいるが、その青の刺繍が入ったローブは力の証明。
「ノディアン。……来ていたのですね」
「モリスティーニが死んだって聞いてな」
「……それで、ですか」
「教会の杖が死んだ、それもドームの連中じゃなくエッダーが殺ったって聞いたわけよ。体制派のヤツが死んだとすりゃあ次の標的は組織のトップ、ネーキルになる。そしてお前ならここを使うだろうってなあ簡単に分かることじゃねえか」
紛れもない、そこにいるのは教会の司祭の一人。
"教会の槍"であるノディアン。
そして彼の少し後方には付き従うように3姉妹が佇んでいた。
そのうちの一人が進み出て言葉を発した。
「お、お前達はあの時の! ノディアン司祭、迎え撃つべき敵とはこの者達のことだったのですか?」
「ああ、そうだ。まあ、エッダー以外の付属品が来るかどうかは分からなかったがな」
「ならば今度こそ、あの者達の殲滅をこのリッカに命じてください!」
いつぞやにソロやマルタと戦った剣の少女、リッカ。
ノディアンの役に立とうとする意思か、純粋な闘争心か、あるいはその両方か。
交戦意欲を露にし、私達がどういう類の敵であるのか全く意に介してるそぶりがない。
「あーっ! あんた、あのときのヤツじゃん!!」
リッカの訴えをかき消すような、対峙している雰囲気を台無しにするトーンで少女の声が響く。
その少女は、彼女にそうさせた張本人を指差して、目を大きく見開いている。
「あんたの顔とそのでっかい剣、忘れてない!」
「嬉しくないけど、俺もそっちの鎌を覚えてるよ」
タイガの声を受けて、無邪気な笑みを浮かべたレノールが黒の鎌を展開する。
あの刃の禍々しさを私は忘れていない。
「ふふ、ラッキー。こんなた~いくつなとこにいるのもつまらないって思ってたし、レノ、まずはあんたを殺すわ!」
「待ちなさい、奴らは私の獲物。まずはこのリッカが相手をします」
「えー!? やだよ、いくらリッカお姉ちゃんの言うことでも、これだけは譲れないよ!」
「レノ、あの日あなたがサボった尻拭いを誰がしたと思っているの!?」
張り詰めていた空気が崩れ、調子が狂われそうになる。
それなりに使命感を持ってここにきた私達と、ただ戦闘相手を欲するだけの彼女達。
しかし、それでもなお緊張感を放棄できないのは冷静に局面を見ているもう一人の影響だろう。
「リッカ、レノ、そのへんにしなさいな。……ノディアン様の前ですわよ」
「は、はい」
「は~い」
少女達三人のリーダー格、カーティナだ。
私の【ソウルブラスト】を耐え切ることのできる精神力を持っている。
「まずいね。あの娘達、強いよ」
「……。あの時は手負いだった。今度は、負けない」
タイガとは逆に闘争心に火が点いているソロ。
トンネルでの借りを返したいのだろうけど、でも。
状況が悪すぎる。
司祭モリスティーニとの戦いを考えるとノディアン一人を相手するだけでも厳しい。
彼と同格であろうエッダーがいるので勝つことはできるかもしれない。が、それでも大きく消耗するだろう。
そこに三人の従者が加わっているとなると、ここを突破できるかというそれ自体の雲行きが怪しくなる。
どうすべきか、考える時間もあまりない。
時間をかければかけるほど、教会側が有利になる。
「この広場を過ぎれば後は一本道、地下道を抜ければ教会裏手の倉庫に出ます。そこからネーキルの居る教主室までは近い」
状況を冷静に判断する。
エッダーが道筋を示した。
「私が道を作ります。アルアさん、あなたが行ってください」
「大丈夫なの? ……違うわね。分かった、行ってくる」
仕掛ける前にタイガとソロの顔を見た。
それは確認と、託すということ。
「アルアさんは俺達にない力を持ってる。それが何かは良く分からないけど、それが大事だと思うんだ」
「……大丈夫よ、私、死なないわ。記憶は、戻ってこないけど。生きる意味、見つけたから」
短い時間だったけど、この特殊なシチュエーションを供に過ごした二人。
全てを語らずとも、やろうとする意思を汲み取ってくれる。
これが多分、仲間というものなのだろう。
「必ず終わらせてくるから」
私は走った。
障害物はある。ハードルなんてレベルじゃない、ヤバイ障害物。
しかしそれらを越えないと役割は果たせない。
「一人動きましたわ! リッカ、レノ、迎撃を!!」
「あ、何か飛んでくるよ?」
「姉さんっ!!」
後方から私より早い速度で大きな物体が飛翔した。
それは地下通路にあった文様の入った柱状のオブジェクト。
原始的かつ危険な一撃が三姉妹目掛けて飛んでいく。
ガキン、という音と供に埃が舞い上がった。
ソロによって放たれた柱は空中でとどまり、そのまま崩れて地に落ちていく。
恐らくカーティナが結界魔法スキルのようなものを発動させたのだろう。
「柱は投げるものじゃなくてよ。結界を維持しますので、二人は足止めを」
「悪いけど、邪魔はさせないよ」
「……ッ速い!」
三つの障害物、低くはないが高くもない。仲間が止めてくれる。
結界発動で止まった足の三人を、タイガとソロが追撃している。
「く、こいつ、以前よりも速くて重い。それに加えて柔らかさが……」
「あなたとも、決着がついてなかった」
リッカにソロが喰らいつく。
体全体を常に異形化させるのではなく、必要な時、必要な箇所を選んでの異形化。
ただただ力に任せて暴れるのではない、彼女なりの戦闘スタイルが出来上がってきているのだろう。
「こんどはぜったいあんたを殺す! あんたの顔みてると、レノ、いらいらがおさまらないの」
「ああ、今度は最後まで戦うよ。俺は死なないけどな!
赤黒いオーラを纏ったタイガと、さらに黒い刃を手にしたレノール。
タイガは最初から【セルフバーサク】をかけて全力状態だ。
勝負を楽しむとかそういうおまけは一切なし。
目的を達成するためだけの行動。
彼にも私と同じく、背負う物がある。
それが隣で戦っているのだから。
「リッカ、レノ、押されていますわ! しっかりなさい!」
「くっ、攻撃が的確、かつ重過ぎる」
「なによこいつ、まえよりはやくなってる~!?」
カーティナの声は二人に届いていない。
二人は既にそれどころじゃないのだ。
一分も経っていないこの時間で、互いに全力状態でぶつかっている。
抜き去るなら今しかない。
「く、支援を中断すれば二人が! ノディアン様、申し訳ありません」
三姉妹は動けない。
あと一つだ。あと一つ障害物を越えればいい。
「あ~、気にするな。お前らも死なねえ程度にやっとけ。……こっちは俺がやる」
直線状にいる大きすぎる障害物――司祭ノディアン。
彼の姿勢が槍を構えるときのような姿に変わる。
手に実体の槍はないが間違いなく【教会の槍】発動で私を迎撃するつもりだ。
「ッ!!」
息を吐き、【ステップ】を連続行使。
身体能力がある程度なければ姿勢を維持できない、過酷な加速。
しかしこの速さでも、ノディアンには通用しないだろう。
でも、私は信じている。
フェイントを挟むことなく、加速し続ける。
ノディアンの歩幅一歩分の隣のコースを進んでいく。
10メートル、5メートル、1メートル。
そして、ゼロ。
私は今、大きなハードルを越えた。
「ノディアン様、どうして!?」
「見逃したわけじゃねえんだがな、手が動かなくてよ」
後方から聞こえた最後のやりとり。
手が動かなかった、のではなく動かせなかったのだろう。
エッダーが【信仰の盾】の能力をエッダーの手周辺に展開させ、槍の発動を阻止したに違いない。
「突破できましたね」
「ええ。みんなの援護、感謝するわ」
エッダーから通信が入った。
タイガとソロからは入ってこないが、あの戦闘状況ならば仕方無い。
「余裕はあまりないですが、あの二人は必ずお守りします。だからあなたは必ず……」
「終わらせてくる。約束だから」
「頼……す。おや、……やら通信が…………ね。お………け…」
通信環境が悪いのか。
まあ、通信機器が使えなくてもプレイヤーであるタイガにはゲームシステムの方で連絡が取れる。
立ち止まらずに行くだけだ。
地下通路を抜け教会総本部に侵入。
ノディアンのこともあり待ち伏せを警戒していたがそれらしい姿は見当たらない。
時折信者らしきローブを纏った人間を見たが、本当にただの信徒であり戦闘を予感させる者達ではなかった。
静かすぎる。
その静けさはここが夜の教会という場所にあっては、本来順当な状態かもしれない。
しかし地下通路で行われているであろう戦いを考えると、地上のこの様子との対比がいっそう浮き彫りにされてしまう。
だが、違和感と呼べるほどの異常でもないのならば、やはり進むしかないのだ。
違和感という言葉は既に何度も実体となって浴びせられてきたのだから。
「思ったより早かったな」
静かすぎる長通路の柱から人影が延びる。
私もそれに合わせるように柱へ身を隠した。
「司祭のノディアンが配置されたはずだが、彼を倒したのか?」
「ううん、エッダーやタイガ達が今も戦っているわ。だから、急がないといけない。教会を終わらせる」
「……分かっているだろうな、アルア。俺には教会を終わらせるということよりも優先すべきことがある」
「もちろんよ、マルタ」
人影が形を成し、ボウガンで武装した男を浮かび上がらせる。
再びこの男と、マルタとペアで進むことになった。
疑いがないわけではない。
いや、疑いというよりも目的のズレといったほうが正しいだろうか。
彼の行動が純粋に恋人のためということには疑いはないが、救出というその到達点への道程は私達とは重なっていない。
「俺は彩香という人質を取られている。ネーキルにも、お前達にもな」
「私達は彼女を殺さないわ。ネーキルだって戦力である彼女をどうこうすることはないでしょう」
「ヤツは何かを知り、何かを行っている。確かにクランヌとしての彼女は守られている。しかし彩香が無事であるという保証はない」
「それは、そうね」
「それにお前自身は彩香を殺さないかもしれないが、エッダーはそうではないだろう。教会を潰すつもりでいる以上、彼にとって司祭クランヌは倒さなければならない敵だからな」
マルタにとって彩香さん=クランヌというのは確定事項のようだ。
いや、ここまでの体験をしていれば数々の情報からそう思うのが妥当だと私も思う。
しかし、本当にそうだったとすれば数が合わない。
エッダー達の仲間としてのクランヌ自身はどこに行ってしまっているのか?
「しかし、それでも俺はアルア達に手を貸すことにした」
「どうして?」
「ネーキルからは情報が引き出せないからだ。会話自体は成立するが、肝心要の部分で話がぼやけてしまう」
「要の部分、この世界がゲームだっていうことね?」
「俺達が肉体を現実世界に置いて、娯楽としてここにきているという事を認識できていない。つまりこのままだと教会の未来はともかく、ヤツは彩香を戦力として利用し続ける」
こっちの世界の住人にとって、彩香さんはただの一人の人間に過ぎない。
GMとしてのロールプレイではなく、本当に彩香さんとしての振る舞いや記憶を喪失しているならそれは病気。
できるだけ早くこの世界から切り離して、現実世界で対処するべき問題。
「GMは死なんだろうし、クランヌとしての特殊能力で驚異的な回復能力を備えてはいる。だが、ゲームはゲームだからな。シナリオの都合であっけなく死ぬかもしれん」
ゲーム側に囚われているならば避けられないこと。
ゲームでの死は現実での死と結びついてはいないが、今回の事態がどのように作用するかは分かるはずがない。
「だから、とりあえず戦う理由を失くす。ネーキルを倒せば教会という肩書きが消えるってことよね」
「そうだ。それとジェニーには例の家にいるから安心しろ」
「!? ここにいるんじゃないの?」
「敵の本陣に置いておけるわけがないだろう。あそこは教会が直轄している住宅地だからクリーチャーは沸かない」
「教会の兵は?」
「教会はドームの連中を敵視してはいるが、特定のプレイヤーをマークするという行為はとっていない。ま、あくまでもゲームということだろう」
ジェニーは私達が生活をしていた、あの場所にいる。
一人でいるのは心配だがいくぶんホッとした。
「殺す気なんてやっぱりないんじゃない」
「……お前達に対する抑止としての彼女だということは変わらない。だが、モリスティーニの膝元で護衛を一人だけつけているというお粗末な状態で彼女が死んでもらっては困る」
「あー、アイカちゃんをやったのはやっぱり」
「メガネを掛けてた子なら眠ってもらった。レベルは高かったが装備が対人向けじゃなさそうだったからな」
「まあ、ジェニーが無事ならいいけど……」
心配の種が一つ消えた。
完全ではないが、それでも大きなことだ。
「さて、おしゃべりはここまでにしよう」
「そうね。エッダー達が心配だし、手早くネーキルを終わらせる。それから彩香さんのことを調べましょう。彼女は今どこにいるの?」
「傷はすぐに回復したが、こちらが話しかけようとする前に立ち去ってしまった」
「そっか。なるべくなら遭遇したくないけれど」
「万一遭遇したら俺が足を止める。だからアルアは必ずネーキルを倒してくれ」
静寂の教会を早足で進む。
敵らしい敵はでてこない。
そうなれば、ネーキルがいるであろう教主室へ急ぐだけだ。
ある者にとっては元凶の、敵の、無秩序の、その大元を早く刈り取るために。




