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51、before night comes



「なんだよ、それ。マルタさんがジェニーを攫ったって本当のこと!?」

「……ええ。彼は本気で私に訴えかけてきた。嘘は言ってない、と思う」

「なんでだよ! どうしてなんだよ!! NPCは死んだら一発アウトだって知ってるはずだろ!?」



 マルタからの情報を持ち帰りみんなに話した。

 全員最後まで静かに聞いている、と思っていた。

 仲間の裏切り、クランヌの事、互いに実名を告げたこと、そして、覚悟。

 複数の事項が重なり合いその事実に圧倒されていると思っていた。

 

 でも、タイガは違った。

 こうして私へ感情をむき出しのままに詰め寄ってくる。

 理解はできる。私もそうだったから。

 後で私達に加わったアイちゃんやクーラと違い、タイガと私はマルタと行動してきたからだ。

 もちろん、ソロという存在が頭にあるうえでの苛立ちだとも分かっている。



「それでも、彼を信じるわ。だから私は教会を終わらせる」



 耳障りのよい友情だとか絆とかを信じたのではない。

 彩香さんに対する想いと覚悟を私は信じるのだ。

 繋がりが無条件に肯定される、そういう話にしてはいけないのだと思うから。



「マルタさんが協力するって言ったのならそうなんだろうけど、実際どうやって教会を倒すんだ?」

「それは……」



 一つの組織を数人で潰すというのは実際のところ、かなり厳しい。

 ゲーム的な補正を考えたとしても、大ボスのいるダンジョンというのは簡単にクリアできるものではない。

 しかもジェニーという人質、行動の読めないマルタ、残り二人の司祭という不安要素まである。

 後の発言が続かず会話が停滞するような雰囲気に差し掛かったとき、エッダーが一歩進み出た。



「地下通路を使い、ネーキルを襲撃して終わらせましょう」



 長らく無言だった彼の発言にみんなの視線が集中する。



「西をまとめる一大組織といえども、トップであるネーキルを終わらせば教会は瓦解します。組織の維持にこだわったモリスティーニが生きていればまた違ったのでしょうが、彼亡き今、人望を集められる人間は教会にいません。悲しいことですがね」

「エッダーが言うならそうなのかもしれないけど……。そう簡単にいくかしら?」

「今の教会の総本山は元々私達が住んでいた孤児院のあった場所。あそこは私達の遊び場でしたから、あまり知られていない通路があるのです」

「クランヌやノディアンはそれを知っているのよね?」

「ええ。最悪、クランヌとノディアンが障害として立ちはだかってくるでしょう」



 ゲーム補正なのかは分からないが、教会の武力と真っ向勝負をすることは避けられるかもしれない。

 しかしその通路をエッダーだけでなくクランヌとノディアンも知っているというのは不安すぎる材料だ。



「いずれにせよ、それしか手段はありませんよ。教会の正門から攻めるのは流石に無謀です」

「そう、ね」



 エッダーが言う戦力差の懸念以外にもひっかかることがある。

 それはネーキルが西側のプレイヤーにサイキック能力を授けるNPCでもあるということだ。

 サイキック能力を習得しに行くプレイヤーに紛れて暗殺することも考えたけど、恐らく上手くいかないだろう。

 何故ならあの場所は戦闘禁止区域のひとつであり、プレイヤーは戦闘行動を起こすことができないのだ。

 つまり、"クエスト"を経由して彼と対峙するシチュエーションを作らなければならないということ。

 エッダーの言う地下通路と、正面から攻めることの難しさはそれを暗喩していると思う。



「いえ、地下通路からいくことにしましょう。時間も惜しいわ」

「アルアさんが決めるなら俺もそうするよ。ソロはお留守番……しないよな?」

「もちろんよ」

「やっぱりそうか」

「ええ。……タイガ、ほっとけないし」

「自分のことはまあ、プレイヤーだから。っていいか、俺が全力で盾役をやるよ」



 私とタイガとソロ、三人の決意は定まっている。

 エッダーも参加しないはずがない。



「では早速ですが、今夜決行しましょう。かなり危険ですが、通路を抜けネーキルに会う過程で遭遇する兵は私がどうにかしましょう」

「エッダーがそう言うと安心できるわね。でも、いいのね?」

「もう戻れませんから。復興と解放の象徴が、存在そのものが害悪なものへと成り果てた教会は終わらせなければならない」



 今のエッダーはかつてクランヌと対峙したときのような迷いはない。

 勝てるかどうかは別にしても、彼女やノディアンが出てきても心の隙を突かれることはなさそうだ。

 だけど出撃ムードの私達とは別に、一言も話さない二人はどう考えているのだろう?

 親友のアイちゃんと、その彼氏のクーラだ。



「アイちゃん達はどうするの?」

「わ、私は……」



 彼女は少し困ったようにクーラへ視線を投げた。

 それに応える彼は険しい表情のままだ。

 しかし無言のままでいられる空気でもなく、やがて考えを話し始めた。



「アルアさん、もう止めませんか?」

「……どういうこと?」

「ゲームはゲームとして楽しむ、ということです」



 彼の言い方は遠まわしで意図が見えないことが多い。

 今の発言でも教会襲撃に賛成していないということだけは分かるけど、その理由は読み取りきれない。

 以前ラージウッドに聞いたけど、中世編での彼らは最初"出会い"を求めてゲームをしていた。

 結果から考えれば、ラージウッドとアミちゃんをくっつけるための手段だったのだろう。

 その意図に興味はないけど、彼の登場は親友のアイちゃんに影響を与えたし私自身が一人で近未来に戻った理由にもなった。

 本心、私は彼が苦手。きっと彼もそうだ。

 でも彼は感情論で意見を提案したり否定するタイプの人間ではない。

 そこだけは押えておく必要がある。



「反対の理由を聞かせて」

「今の環境がゲームの域を超えているからです」

「だからこそ、じゃないの。実際ここがどういうところなのかなんて分からないけど、何もしなければジェニー達は死ぬ。現実の人間じゃないって馬鹿にされるかもしれないけど、私にとっては大切なのよ」



 ゲームの域を超えている、それは今更だろう。

 一部のNPCが自律し、クエストという決められたあり方を越えて明日を作ろうとしている。

 それを見守り助けるのはある意味でゲームを楽しむということにはならないとでも言うの?



「そうじゃないですよ。僕だって人の趣味にケチをつけるような狭い視野持ち合わせたくないです。アルアさんがジェニーちゃんを守りたいのでしたら守ればいいですし、僕だって手伝いたい。だけどそれは、あくまでもこの世界までの話なんです」

「それは……」

「アルアさんの想いが強すぎたとしても、この世界の範囲で収まってくれることならいい。でも実際はマルタというプレイヤーが貴女と覚悟のやり取りをした。リアル名を晒して。もし本当にその人の彼女がこちらのNPCになりきってしまっているというのなら、僕達のリアルにも影響がないとは言い切れないはず」



 ようやく理解できた。。

 クーラにとってこの世界は良くできたゲームであっても、はたまたどこか異世界であったとしてもそれはどうでもいい。

 あくまでもRC3だけの話で、現実に問題がないのなら、それを楽しむことができる。

 だけど、マルタや彩香さんのようにリアルの肉体や関係性にまで影響を及ぼすような事例が起こっている。

 その危険性を無視して冒険を続けるのは避けるべきだと彼は言いたいのだ。



「あのね、アルア。私も彼と同じ意見なの。現実にまで影響が及びそうな、危ない感じがする。ここまでにしておくべきじゃないかしら」

「アイちゃん……。分かってはくれないのね」

「ごめんなさい」

「気にしないで。実際、緊迫感がゼロってわけじゃないの、分かってるから」


 

 謝られることじゃない。

 友達といってもそれぞれにやりたいことがある。

 大げさに言えばそれぞれに生きる理由がある。

 それが今の私と彼女で交わらなかっただけのこと。


 この世界にアイちゃんは執着がない。

 大半のプレイヤーと同様に娯楽の一つとして認識している。

 クーラもそうだろう。

 だけど私は違う。

 タイガも、そしてマルタも違う。

 消してはならない存在という執着がここにあるのだ。 



「アルアさん、せめてダイキ達に協力を求めてからにしませんか?」

「考えたことがなかったわけじゃないけど、もう遅いわ。私達は今夜、教会を終わらせる」

「……そうですか。それでは僕達は元の場所に戻ることにします。手伝えずにすみません」

「ううん、本当に気にしないで。アイちゃんを大事にしたいってこと、分かってるから」

「ええ。それでは御武運を」



 クーラにはクーラの執着がある。

 それはアイちゃんという、リアルな世界にあるもの。

 親友を取られたというような、幼稚な感傷が無かったといえば嘘になるけど。

 私よりも彼のほうが親友を大事にできるのだから仕方がない。

 自分にはそうする余裕がないもの。



「アルア、またね」

「ええ。また」



 遠慮がちな表情の彼女も、とうとう視線から消えた。

 






「結局、4人だけになっちゃったか」

「ええ。厳しい戦いになるでしょうね」

「ま、しょうがないよ。多分僕達にしか分からないことだと思うから」


 

 クーラ達が去っても、特にタイガは気にする感じもなかった。

 彼もなんとなく分かっていたのだろう。

 ゲームでありながらゲームとは違う空気を吸ってしまうこの環境。

 私がジェニーを、タイガがソロを。

 執着の種類こそ違えど、失くしたくないものがここにある。

 今一度、確認をしておきたい。



「今更だけど、タイガまで付き合うことはないのよ? ソロちゃんと二人で安全なエリアに逃げることもできるんだし」



 教会の人体実験の被害者であるソロ。

 彼女はまともな人間の肉体と記憶を失った。

 内心に教会への憎悪があることは分かるけれど、命を捨ててまで大事にすべき感情ではない。

 私は彼女を救ったが、もう私にはこの後の彼女を救うことはできない。

 体は一つ、ジェニーですら守りきれなかったのだから。

 だからこそ、ソロに正しく執着を持つタイガが彼女に付いてあげてほしい。



「そうできればいいんだけどね。そこまですっぱり割り切れないよ。アルアさんはともかく、ジェニーちゃんやエッダーさんは死んでしまえば終わりだから。自分は死ぬことがないっていう安全な場所にいるのに、助けないなんてできない」

「分かった。でもソロちゃんの命を最優先にしてね。いざとなったら私達を見捨ててでも、ワープストーンを使うのよ」

「そのときが来たら、そうするよ」



 たまたま出会った年下の彼と、ここまで道を同じくすることになるなんて想像できただろうか。

 今はその幸運に感謝している。



「心が定まったようですね。戦力の低下は響きますが、いたしかたありません。さて、それでは現実的な話に移りましょうか」

「エッダーさんの知ってる地下通路を使って襲撃、ってだけじゃ適当すぎるもんね」



 襲撃までの道筋と教会の構造をエッダーが説明していく。

 とはいっても4人でできることは限られている。

 決めることができたのは誰がどの敵と戦うか、という役割分担だけだった。



「地下通路では教会の兵とは遭遇しないはずです。万一、彼らが配置されていれば私がすぐに無力化します。ですが司祭クラスは別です」

「逃げたクランヌはあの丘の上の教会にいるみたいだけど。ノディアン司祭はこっちまで出向いているかしら?」

「分かりません。ネーキルが襲撃を察知して呼び戻していれば遭遇するかもしれませんが。どちらにしても彼も私が対応します」

「もしクランヌとノディアンの二人がいたら?」

「厳しいですが時間稼ぎくらいはできるでしょう。アルアさんがネーキルを倒せば全てが片付く。彼さえ倒してしまえばクランヌにもノディアンにも、組織としての教会を継ぐとは考えにくい」

「あなたがそう言うなら、そうなんでしょうね」



 教会の戦力である司祭を元司祭であるエッダーが抑える。

 その間に私やタイガ、ソロが教会のトップであるネーキルを終わらせる。 



「大丈夫です。指導者としてのネーキルは優れていますが、戦闘力自体は司祭どころか助司祭にも及びません。だからこそ、私達4司祭の心を取り込み、前線に立てるほどの兵士にしたのですから」

「後悔はないの? 成功すれば本当に終わらせることになる」

「……彼の野望を気づけるほど、幼い私達は賢くなかった。彼の語る神の世界とサイキック能力という業の奇跡。それに踊らされてしまったのですよ。結局、私は人を救いきれず、クランヌは血に狂い、モリスティーニは保身を優先、ノディアンは動かない。組織が変わってしまったのと同じように、私もまた変わってしまったのです」



 視線を私達から外して少しだけ上方を見つめる。



「取り戻すために、ネーキルは倒さねばならない。教会は崩さなければならない」

「取り戻すって?」

「色々ありますよ。さて、それでは準備をしましょうか。今回は確実にやり遂げなければなりませんからね」

「……そうね。じゃあ夜まで各自準備作業に移って」



 それぞれが襲撃の準備のために部屋を後にして自分一人が残った。

 実はアイテムなどの用意はとっくに済んでいる。

 私が準備すべきものは物ではなく心だろう。

 そう思いながら部屋の窓から見える外のビル群を眺める。

 

 教会との最終決戦を前にしても、不思議と恐怖や以前ほどの緊迫感を感じなかった。

 外の景色を眺められるほどの余裕はある。

 慣れた、ということだけじゃない。

 ジェニーは心配だが、マルタが関わっているという安心感はあった。

 口でこそ”殺す”とは言い放ったが、実際の彼にそうすることはできない。

 もしできるとすれば、それは彩香さんがこの世界にもリアルにもいなくなった時だろう。



「やれるわ。きっと」



 緩い興奮を隠せずに、だれもいないこの場所でそう呟いてしまう。

 エッダーと精神世界で会話してから、少しだけこの世界と私との距離が離れた。

 それは執着が薄くなったということではない。

 彼の想いに触れることで、彼なりの苦悩を肌で感じた。

 この世界は完全ではないけど生きている。

 ジェニーと私だけの世界じゃない、そう思えた。

 撫でることができる者だけじゃない、見える者にも関わっていける。

 執着できる。

 ゲームを逸脱したこの世界を、あたかもゲームの主人公のように関われる今の環境を愛おしくさえ思えた。

 だからこそ視界を広く持って、見ないといけないのだ。

 


「ここでなら、私は埋もれない」



 ジェニーを救い教会を終わらせることで、それを証明できる。

 誰に肯定されることもないけど、私はそう思う。

 

 


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