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50、balance


 ワープストーンを使用して飛んだのは薄暗い路地裏。

 ビルの谷間から見えるくすぶった空といかがわしいネオンの光。

 シェリガン地区の中でも教会の教えが浸透しきってはいない場所。

 だからこそ彼らはここをある種の実験場所として、あるいはディライフの拡散場所として選んだのだろう。

 

 今になれば分かる。

 この地区をエッダーが任されたのは教会の非道な行いが明るみに出たときに彼をスケープゴートにするため。

 拡大し続ける教会にとって邪魔な彼を処分する口実と、そうさせる状況が必要だったのだ。


 こんな風に考えられるほど思考は回るが、焦りがないわけではない。

 ただ、感情にまかせて突っ走ることを私の冷静さが制止している。

 可能な限り多くの情報を持って帰るのだ。



「ずいぶん早かったな。ワープストーンを使ったか」



 声は後ろから聞こえた。

 路地裏の行き止まりで佇んでいると、柱の影は男へと形を成した。

 季節ハズレのコート、後ろに流して固めてある髪。

 確認するまでもなくそれはクランヌと供に消えたマルタだった。



「あなたはプレイヤーだし心配はしてなかったけど。あの後は何をしてたのよ? どこへ行ってたの?」

「まあ、待て。質問は一つずつだ」



 柱に背を預けながら一度上を見上げたかと思えば、次には視線を地面に下ろした。

 そして、静かに話し始める。



「今から話すことを信じる必要はない。だが、理解はしてほしい」

「……内容次第ね」

「まあ、いいだろう。……俺はあの時、アルア達がクランヌと交戦している時、じっと奴を倒す機会を窺っていた。隠されたクエストを遂行していくうえで教会は敵。そして教会の中心戦力である司祭を多対一という有利な状況で押さえ込んだ。必ず仕留めなければ、と思ったわけだ。最初は攻撃のための隙を窺っていた。注視していた。するとだ、だんだんとおかしな感触に自分が包まれているのに気づいた」



 おかしな感触、か。

 状態異常だとかそういう類の話ではないだろう。

 たとえ【ソウルブラスト】のような特殊なスキルがなくとも、この世界は違和感の塊なのだ。

 マルタが何かしらを感じてもおかしくはない。



「その感触が掴めないまま影となっていたが、やがて俺が手を出すまでもなくクランヌは窮地に追い込まれた。そしてアレを、ワープストーンを取り出した。その時、気づいたんだ。いや、気づいてしまったんだよ」

「クランヌがプレイヤーだということに?」

「……ああ。もっとはっきり言ってしまえば消えた俺の恋人、彩香だということに、な」



 これまでのタイミング、アイちゃんからもらった情報、精神世界でのこと。

 なんとなくそうだろうと思ってはいた。

 だけど納得のいく理屈が、説明が、私には作れなかった。


 リアリティレベルが上がり、一部のNPCがリアルさながらに独自の思考で行動していることは分かっている。

 だからNPCがこの世界のアイテムを使用するのは不思議な話ではない。

 が、それは近未来編で入手できるアイテムに限った話。

 ワープストーンという中世編でのレアアイテムを近未来編の登場人物であるクランヌが使うのは納得がいかない。



「分からない、といった顔をしているな。それはそうだ。あの女司祭は彩香であると同時にクランヌでもある」

「どういうこと?」

「まあ続きを聞け。結局、彼女がワープストーンを使用するのを中断させずに俺は彼女のワープに着いて行った。場所はあの丘にある教会。ネーキルがいる場所。期せずして敵陣に単身乗り込んだ形になったわけだが、まだ警備に見つかっていなかった。傍らには意識が途切れているクランヌ。装着しているマスクを外してみると、そこには何度何度も目にした顔があったわけだ」

「そっくりさん、ってわけじゃなさそうね」

「顔だけじゃない。体格や姿、それに口調は変わっていても声だって彩香のものだ。間違えるはずがない」



 つまり、ゲーム内におけるクランヌの体というのはマルタの恋人、彩香さんそのものだということ。

 だけど、それじゃ足りない。思考と思考を繋げる橋が架からない。



「彩香は仕事のやりがいは語ってくれたが内容までは詳しく話さなかった。それはそうだろう。彼女はこのRC3というゲームの世界において、"クランヌ"という役割を持ったゲームマスターだったのだ」

「それは、本人から聞いたの?」

「今の彩香は役にのめり込んでいるのか、はたまた仕事の徹底なのか知らないが完全に"クランヌ"として振舞っている。だが、ゲーム内でこうして活動できている以上はリアルには肉体がある。それが分かった」

「役? 仕事? リアルで一切あなたに連絡もしないで?」

「ゲーム内での情報は時にリアルでの財産になる。馬鹿にならない金額が動いた事件だって過去にある。俺が知っているくらいなのだからゲーム好きのお前なら俺以上によく分かっているだろう」



 嘘だ。

 いや、言っていることは嘘ではない。

 ただマルタの、彼が本当に感じていることは言葉の裏に隠されている気がする。



「確かに彼女がゲームマスターであるならば、あの強力すぎる力があるのも理解できるしワープストーンの使用だっておかしくはない。そしてゲーム内情報を一般プレイヤーに漏らさないようにするために、仕事の内容を明かさないのもわかる」

「……不満そうだな」

「ゲーム内はそれで説明ができたとしても、逆にリアルの説明がつかないわよ。RC3の運営はゲーム内に関してはほとんど関与している素振りをみせてこなかった。なのにどうして今になって正規ルートのクエストではない、教会の一司祭のロールプレイが必要になるというの? それに、いくら仕事だとはいっても何も告げずにあなたの前から消えるのは不自然でしょう?」

「まあ、そうだな」



 マルタは私の考えに反論せずにいる。

 彼だって分かっているはずなのだ。

 仕事の一言で片付けられるほど、事態は単純なものではないと。



「アルア、お前を言いくるめられると思ってここに来たわけではない。俺は俺なりに情報を集めていくつもりだ。だが、そのためにどうしても聞いてもらわなければならない頼みがあってな」 

「何よ?」

「このクエストから手を引いてくれ。そうすればジェニーを解放する」

「ジェニー……。マルタ、どうして」

「教会側に付いた、と言えば分かるだろう?」



 なんとなくは感じていた。

 ジェニーを攫ったのがプレイヤー、というよりマルタであるという可能性。

 隠密系スキルを駆使し、瞬間的な大ダメージでアイちゃんを戦闘不能にし、手際よくジェニーを連れていける存在。

 私の口からでた"どうして"は彼が犯人だったことへの驚きではない。

 仲間である私達を切り捨ててまで教会に付いたことへの揺らぎ。



「彩香の状態や情報を収集するのに、最早時間の余裕はない。エッダー達は教会打倒を目標とし、実際に強力だったモリスティーニを殺すところまできたわけだ。もしこの世界が本当に第二の現実とも言うべき世界であるならば、ここまで焦る必要はなかった」

「…そうね。現実のルールが適用されるなら、大組織の幹部には相当な護衛が付いてるはず。だけど実際には少数パーティーでクリアできるほどの数の敵にしか遭遇しない」

「そうだ。リアルならば一つの大きな武装組織を壊滅させるのは無理だろう。だが、ここでは可能だ。クエストの名の下に"調整"されている。もし本気で教会をつぶす気ならば、知り合いのプレイヤーに片っ端から声をかけてパーティーを組めばいいだけの話」



 死ぬことがないプレイヤーを数十人集めてしまえば、モリスティーニはもちろんあれだけ苦戦したクランヌなんかもすぐに倒せるだろう。

 現状を理解してもらうことは難しくても、クエストの手伝いという名目で協力をお願いすることはたやすい。



「現状、クランヌを演じている彩香が殺されればリアルでどうなるか分からん。ゲームマスターであれば死にはしないだろうが、大丈夫だと言い切れるほどの確信が俺には、ない」

「マルタ……」

「お願いだ、手を引いてくれ。言い方は悪いがジェニーは生身の人間ではない。プレイヤーの数だけ存在するNPCなのだ。だが、俺の彩香は一人だけなんだ。それに、仮に教会がこの世界を支配したからといってジェニーが殺されるわけでもないだろう? 頼む」



 NPCとリアルの人間。

 どっちが優先されるべきかなんて常識で判断すればすぐに分かる。

 でも、分かりたくない。



「もし私にソウルブラストというスキルが無ければ、マルタの頼みを聞いてあげられたかもしれない」

「……やはり、ダメか」

「ダメ、じゃない。けど教会には危険要素がありすぎる。それにクランヌにもまだ分からないところがあるの」

「クランヌ、か。あの時に何を見た? いや、それ以前にアルア。お前のスキルは何なんだ? 精神の激しい消耗、視線を合わせる動作が必要という特殊性はあるにしてもだ。あれは座標指定型の魔法系スキルではないのか?」



 座標指定型のスキル。

 久々のゲームらしい単語に思考がまごつく。

 座標指定型スキルの説明を簡単に行うと、意識した場所へ直接的に効果が作動するタイプのスキルだ。

 【パワーストライク】のように自身の剣から衝撃波がでるタイプではなく、エッダーの"教会の盾"のように。

 障害物や遮蔽物を無視して発動できるために扱いやすいが、消費MPが大きかったり詠唱が長かったりとなんらかのデメリットもあることが多い。



「狙った対象物を発火させたり、逆に体力を回復させたりしている。そこだけならばサイキック能力という言葉に相応しい、いかにも"超能力"というわけだ。だが、それを行使したあと、決まって何かを体験したような、知ったような雰囲気にアルアはなっている」



 他人から見れば私の【ソウルブラスト】は魔法のようなスキルにしか見えないのだろう。

 それは数字が全てを決める世界の考え方。

 50まで減ってしまったLPを2000まで回復させるだけの話。

 だけど実際はもっと有機的に、もっと生々しく作用している。



「私のスキルは、対象者の精神の色を読んだり記憶を垣間見れる、のだと思う。心を読んだりはできないけど」

「にわかには信じられんし、精神の色とは分からない表現だな。まあいい。理解できないことはお互い様だ。で、その力で何を見たんだ?」

「クランヌは、いえ、あの体は多分彩香さんのものだと思う。でも、その精神は複雑だった。その場所でクランヌの魂からお願いをされたの」

「彩香の肉体にある魂は彩香のものだろう。何を頼まれた?」

「このままではこの肉体がエッダー達を殺してしまう。そうならないように私を終わらせて欲しい、って」

「……それは彩香の仕事に対する熱意が生んだ義務感だろう。あくまでもクランヌであろうとする、な」



 マルタには伝わらない。いや、私に伝える力が無い。

 精神の波を読み取る力という時点で、怪しまれても仕方がない話だ。

 大事な恋人に関わっていることなのだから好意的に解釈してもらえるはずがない。



「埒があかんな。アルア、現実的な提案をしよう。お前が彩香に手を出さなければ俺はもちろん、教会もジェニーには手を出さん」

「教会は私を敵として認識しているわ。ジェニーを手放すはずがない」

「既にネーキルがこの件を了承している。それにゴタゴタが片付いて教会の勢力が拡大されれば、俺は新しい司祭として迎えられるそうだ」

「あなた、そこまでして……」

「誤解するな。ゲームの世界の地位なんて欲しくはない。だが人を使える立場になれば彩香を守れる。真実を得るための時間を稼げる。むしろアルア、お前こそこっち側にこい。組織についていたほうがジェニーを守れるだろう?」



 マルタは言った、"真実"と。

 彼だって彩香さんが仕事でここにいるなんて思っていないのだ。

 どうして結婚を意識する相手がいるのに、相談もなしにリアルを投げ売ってこんな役回りをしているのか。


 全てが間違っている。

 クランヌの精神世界で見た男女の影がマルタと彩香さんであるというのなら、彼女はマルタを大事に思っている。

 ここにクランヌとして存在しているのは彼女の意思ではない。

 それに、本来のクランヌというべき魂から私は託された。

 エッダーやノディアンを殺したくないから、私を殺して欲しい、と。

 そこまで言える彼女があんなにも禍々しい鞭を操るはずがない。

 そう、あの時のクランヌは――。



「マルタ、私は教会側に付く気は無い。ジェニーの母親を変容させて、ソロという悲しい存在を生み出して、未だに非道な行いを続けている彼らを放っておかない」

「まだそれを言うか!? いいか、彼女達はNPCだぞ? どういった理由かは知らんがお前がなみなみならぬ愛着を持っているのは分かる。しかしほんの少し頭を柔らかくすれば彼女達を守る場所も作れるのが分からないのか!?」



 初めてみるマルタの激昂。

 わめき散らすことはない、しかし心の奥底で温め続けた苛立ちの感情が形となっている。

 仲間であった彼から向けられる私への憎しみ。

 それでも私は、決めたのだ。



「あなたに理解してもらえるか分からないけど、あのクランヌの精神は彩香さんのものでもクランヌのものでもないわ。お願いマルタ、もう一度私達に手を貸して。私は彩香さんもクランヌも、助けたいの」

「ジェニーがどうなってもいいというのか?」

「あなたにジェニーを殺せるの?」

「やるさ。彩香を守るためならNPCなぞ何度でも殺してやる」

「マルタ、彩香さんがおかしくなっている原因は教会にあるかもしれないのよ!? 考え直して」

「エッダー達に付いて彩香が守れる保証はあるのか!? ……ないだろう?」



 教会はディライフを利用してサイキック能力者の生産をしている。

 なんらかのやりかたで命のあり方をコントロールしている。

 同じ顔の助司祭達、死んだはずのダン。

 命を弄ぶことにためらいのない集団、絶対に下ってはならない組織だ。



「その顔、受け入れる気は100パーセントないな。長い付き合いではないが、お前が融通きかないのは分かっている」

「私は決めたの。理不尽な命を捨て置かないって」



 マルタが一瞬、揺らめいた。

 姿が再び形となった次の瞬間、目の前にはナイフとボウガンを持った彼が接近していた。

 刃は私の首筋を捉え、ボウガンの発射先は私の心臓を捕捉している。

 このまま戦闘に入れば私は速攻でLPを失い、拠点に強制送還される。


 死ぬことはないと分かってはいても、首筋に走る冷たい感触が私の心臓を躍らせる。



「お前に、できるのか?」

「やってみるわ。私にはそれしか言えない」

「人質を取られているお前が、どうしてそこまで強気でいられるのだ」

「……あなたにはジェニーを殺せない。殺してしまえばあなたはもう二度と以前のままのマルタとして彩香さんに会えなくなる」



 刃を向けたまま、しかし表情が悔しさに染まる。

 彼の今の感情は心が読めなくても分かる。

 ここで私を殺したところで、私は死なないし止められない。

 ジェニーを消してしまえば、彼は二つの大切なモノを失ってしまう。



「俺は大木おおき 伸治しんじだ。……アルア、お前の現実での名前は?」

「更木 有子よ」

「アルア、もしエッダー達が彩香を殺すことになれば俺は現実でのお前を殺す。これまでの付き合いでお互い、本気で探れば素性が分かる情報を漏らしているからな。逆にジェニーを守れなかったら、お前も俺を好きにしろ」

「マルタ……」

「手ぶらで帰ったとなれば俺の教会での信用は得られん。クランヌの情報もお預けだ。教会に付く気がないのなら手早く教会を終わらせろ。協力するがジェニーの解放はクランヌの生け捕りが前提だ。いいな」

「待って、ジェニーはどこに……!」


 

 私の返答を待たずに、彼は消えた。

 彼の気迫に押されて本名を口に出してしまったが後悔はない。

 リアルに執着はないがこの世界にはある。

 この世界では死なないが、リアルの私が死ねばこの世界での私も死ぬ。

 リアルの私を殺せば、マルタのリアルでの生活は終わる。

 

 お互いに覚悟を預けたのだ。



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