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47、winless field



 補助魔法を掛け終わると同時、タイガ、ソロ、クーラの前衛達は人の形を失った怪物へと向かって行った。

 基本はタイガが敵の注意を引いて攻撃を耐え、サイドからソロの爪とクーラの槍の攻撃を浴びせる動きだ。

 怪物と化したモリスティーニは確かに、ゲームで言うところのボスキャラに近い戦力を有し、存在感を放っている。

 しかし体積の増大によって得た攻撃力の代わりに、そのサイズは人間が入り込む死角を作り出す。

 適切な人員で適切な攻撃をすれば、大抵のゲームではクリアできる敵である。

 ――攻撃を阻む魔法がなければ。



「ちょこまかと。虫が好き勝手に地を這いずり回るのは好まん!!」



 タイガを相手にしながらその隙に横から突かれるのを嫌がったのだろう。

 蜘蛛に似た形状の体、そこから生えたモリスティーニの上半身。

 彼が手をかざすと周囲に雷撃の渦が巻き起こる。



「くっ、打撃はいいが魔法は回避するしかない」

「……うっとうしい」



 敵の真正面から至近距離で注意を引いていたタイガが下がった。

 側面から接近を試みようとしたソロとクーラも行動を中断した。

 頑強な鎧であってもアレを防ぎきることはできない。

 身のこなしに優れていても回避しながら大ダメージを叩き込むのは困難。

 タイガの引き付けが解かれ、周囲に展開された魔法の直撃を避けるために退くしかなかった。



「雷撃がかわされるか。では次だ。水撃による圧死かね。それとも火あぶりを希望か?」



 再び魔法による範囲攻撃が行われようとしている。

 しかしそれに割って入る存在が一つあった。

 エッダーが手をかざすと、発光していたモリスティーニの手の光が力を失い消失する。



「ふむ。水も火炎もでぬ。お前の干渉のせいか?」

「あなたの好き勝手にはさせない」

「流石はエッダーよ。この姿の私の行動を制限できるとはな。だが、それも全てではあるまい!」



 いくつかの行動が制限されてもそれ気に留める様子がない。

 再びモリスティーニの手が発光すると今度は突風が巻き起こった。

 片手剣スキル【パワーストライク】のような衝撃波が次々と飛来する。

 当たれば大部分のLPを奪い去る攻撃をなんとかみんな回避している。

 回避することでダメージ自体は負っていないが、それは回避行動に専念しているからできること。

 つまりこのまま逃げているだけでは一切攻撃が仕掛けられないのだ。

 取るべき選択肢を決断する時が来た。


 

 やはり私がやるしかない――サイキック能力を。



 以前モリスティーニと対峙したとき、彼を怒りの赤色で燃やし尽くした。

 だけどそれは彼の幻の世界での話。

 実際にはクランヌの時と同様にエッダーの力を借りなければ、私の力は彼に通用しないだろう。

 敵が生身のままならそれで上手くいくだろう。

 しかし相手は人を捨てた化け物なのだ。

 エッダーと私だけで抑えられるだろうか?


 ……いや、やるんだ。

 やるって決めたし、それにこれしか可能性がない。


 私は決意を込めてサブマシンガンのグリップを強く握った。

 もちろんそれは銃撃のための動作ではない。



「モリスティーニ!!」



 銃を巨体へ向けて乱射する。

 弾丸は肉体に食い込んでいるがそれだけだ。

 ダメージは軽微、かつ既に傷が修復し始めている。



「ははは、なんと脆弱な攻撃。この肉体があればドームの奴らを軽く凌駕できる。まずはお前だ、ドームの魔女よ!!」



 注目がタイガやエッダーから私へと移った。

 そう、グリップを握ったのは銃撃によってダメージを与えるためじゃない。

 あくまでも敵の視線を私に向けるための動作。



「そう、できればいいけどね」

「!? 魔女よ、お前は何を……」



 モリスティーニと視線が交わった。

 その瞬間、意識の置き場が私自身からヤツの方へ移動する。

 精神の波をたどっていく。



 以前対峙したときと違い、今回は彼の精神の波をかいくぐっていく。

 今思えばあの頃の自分は【ソウルブラスト】を"認識した対象を発火、あるいは回復させる"ものだと考えていた。

 いわゆる超能力そのままで、現象自体は魔法のようなものだ、と。

 あのときモリスティーニの精神体を燃やし尽くすことができたのは、それがあくまでも幻であったから。

 本物の、そして強固な意思を持つ相手は意識の壁のようなものが存在し、簡単に発動することができないのだ。

 意思が強い相手には認識するだけでは不十分で、精神の表層より何段階か深い所へいかなければならない。

 こうして感覚を分かっていくのはいい。

 だけどスキルへの理解が及ぶにつれ、スキルそのものへの疑問は深まっていく。



 どうして、私が……。いえ、今はそんなことはいい。



 いつもの悪い癖を繰り返す前に、意識を目的の優先へと切り替えいくべき道を進んでいく。

 波をくぐっていこうとすると、それがいつもとは違うことにすぐ気がついた。



 波が、せめぎあっている。多分これが、エッダーの干渉。



 荒い波、穏やかな波、対象の気質や精神状況でその有様は変化する。

 しかし今回はそのどれとも違う。

 異なる二方向から寄せる波がぶつかり合い、その勢いを互いに相殺している。

 いや、厳密には一方のほうが力が強く、弱い波をかき消し進んでいる。

 弱いほうがエッダーの干渉による波なのだろう。

 急がなければ。



 二つ波がぶつかる瞬間、そこにできるわずかな力の停滞を捉えて。

 私は、越えていく。



 波をくぐりぬけると、そこはいつぞやのように部屋がぽっかりと存在していた。

 建物の作りやデザインは違うがその部屋の空気は私の経験でいうところの、学校の職員室という言葉が近いように思える。

 なんとなくここがモリスティーニの精神における重要な場所だというのは分かった。

 が、今いる場所からさらに近づくことは不可能だ。

 なぜなら、その部屋はところどころに不自然な黒い穴が点在しているから。

 いや、違う。

 穴のように思えたその空間は少し揺らいでいた。

 空間は空間でなく、それは黒の塊。

 これまで【ソウルブラスト】を実行するために何人かの部屋を訪ねた。

 そのときに遭遇した、あの黒いシミが圧縮された物質。



 ……危険ね。



 ゼリーのように形をなしているそのシミだが、いつこちらの精神をとりこもうとやってくるかは分からない。

 最大限の効果は得られないかもしれないが、少し距離を置いてスキルを実行することにした。



 ……生きることも、死ぬことからも遠い地点。"停滞"という静かな力。



 言葉で表現するのが難しい、この灰色の想い。

 【ソウルブラスト:悲哀】を部屋へ照射する。

 光に触れると、黒い物質はよじれるようにうごめきはじめた。

 最初はゆっくりだったそのうごきが、だんだんと加速していく。

 まるで炎から逃れようとする獣のように。

 


 ここまで、か。



 黒の物資の色合いが薄くなっていくのを確認すると、そのうごめきに巻き込まれないように私は早々と退散した。

 強敵である司祭の精神世界を深く調査できないのは残念に思えた。

 けれども、ここまでこれたのは同じく司祭であるエッダーの助けがあったからだ。

 そこから先に行けるほど私の力と心は、強くない。

 ……さあ、決着をつけにいこう。

 人の命のあり方を変えるような実験、それを能動的に行える存在を終わらせに行かなければ。




 意識が自身に戻った感触を味わうと、すぐさま銃を構えて倒すべき巨体へ視線を注いだ。

 姿は変わらない。だけど態度は変わっていた。



「ぐ、頭の中に嫌な気配を感じた。魔女よ、お前は何をした! お前の力は一体なん……」



 モリスティーニが疑問を出し切る前に、戦士達は動いた。


 タイガが加速力を伴わせて大剣の斬撃を縦一文字に浴びせた。

 敵の耐久力と再生能力からは致命的なダメージでないことは分かる。

 だけどこの一撃の意味は大きかった。



「ぐおおおおお!! こ、このガキめらがああああ!!!」

「妨害がこないなら何度でもお見舞いするまでだ!【アーマークラッシュ】!!」



 先ほどと同じ単発系高威力のスキルを打ち込んでいく。

 そう、打ち込めているのだ。

 これまで魔法攻撃の回避のために防御か回避体勢を取るしかなかったタイガのスキルが、目の前の巨体に傷を付けていく。



「風よ! ええいっ水よ!! 雷撃よ!!!」



 モリスティーニの叫びに空間は応えない。

 彼の魔法、いや"教会の杖"という能力は完全に封印されたのだ。


 とはいえエッダーは能力の干渉を継続していて、その疲労のためだろう肩で息をしている。

 私もエッダーほどではないにしても全身にだるさを感じているし、【ソウルブラスト】はしばらく実行できそうにない。

 あとは三人の戦士達に任せるしかなかった。



「もうよい! ならば粉々にしてくれるわ!!」



 魔法の使用ができないという現実を認識すると、巨体を活かした攻撃を繰り出し始める。

 先の鋭い8本の足を槍のように突き出してきたり、あるいは前足を鈍器のように叩きつけてくる。



「はは、楽しくなってきた!!」



 肉弾攻撃の応酬、自分の何倍もの体の大きさを持つ強敵との死闘。

 その光景は大剣を持つ少年を輝かせる。

 魔物と対峙する戦士、何度も何度も使い古されたシチュエーションだが、それを実際に味わう高揚感に取り付かれているように見えた。



「くらえい!!」

「くらわないよ!!!」



 速い、が直線的な攻撃をタイガが受け止め、あるいは反らして対応していく。

 決して余裕というわけではないだろうその攻撃を、ダメージを最低限に抑えながら防いでいる。

 反撃こそできていないが、彼は彼の役目をしっかりと果たしていた。

 注意を引きつける、という役目を。



「ぐう……。こうなれば施設を破壊してでもお前を肉塊に変えてくれる!!」




 何かを決したようなセリフだ。

 しかしそれは別の戦士によって割り込まれ、中断させられるだろう。



「させませんよ!【バーチカルスライド】!!」



 鋭い刃の縦一閃が肉を切り裂く。

 リーチの長さと遠心力を活かした槍の一撃。



「横からチクチクと……。こんなものでは倒せぬぞ!」

「まだ終わりじゃない。これからです!」



 【アクセラレートスピア】――自身の速度を極限まで高めるスキル。

 単独では遠距離攻撃スキルを持たない槍だが、連続攻撃という点においては極めて優れている武器種。

 加速したクーラが縦一撃のスキルから継続して巨体のサイドから連続攻撃を浴びせていく。


 巨大化、蜘蛛変化したことで体力が増えたモリスティーニだ。

 いくら槍のスキルを特化しているクーラの連撃でも倒すまでには至らない。

 だけど、効いてないわけでもない。

 これまでの余裕ぶった態度が薄らいでいくのが分かる。



「魔法が使えぬからといって侮りおって!」

「おっと、俺から注意を逸らしちゃダメだね」

「くっ、小僧が!!」


 攻撃の気配がクーラに移った瞬間、今度はタイガの大剣が勢いよく振るわれる。

 光を纏った刃が、クーラがお見舞いした槍撃以上の大きな傷を巨体に刻み込む。



「お、おのれぇ!!」



 一撃が重く、そして防御技能に長けたタイガが正面から。

 鋭い連撃を的確にきめるクーラがサイドから。

 巨大な力を得たモリスティーニではあったが、その力は経験に裏づけされたものではない。

 何らかの助けを得て作られただけのもの。

 畏怖に満ちた蜘蛛型の巨人は近接戦闘の応酬に対応できずに、ボロボロとメッキを剥がされていく。

 絶対の自信というメッキを。



「頃合だ。クーラ、全力で仕掛けるぞ! 敵の回復力を抜くんだ!!」

「連撃ダメージが溜まっていますからね。いきましょう!」



 タイガの全身を赤黒いオーラが包む。

 自己を"狂乱"の状態異常に貶める変わりに身体能力をアップさせる大剣スキル。

 状態異常というデメリットを彼の持つ状態異常無効化を備えた【ライトブリンガー】が打ち消す。



「うおおおおおお!!!」


 

 タイガが駆ける。

 能力を上昇させた肉体を弾丸のように走らせる。

 彼の異様な雰囲気に気づいたのだろう、モリスティーニも鉤爪のようにするどい前足で迎えうつ。

 が、【セルフバーサク】のかかったタイガはその程度の攻撃では止まらない。



「はあっ!」

「ぐおおおおおおおおおおお!!」

「まだまだ!!」


 

 前足を跳ね除けながら大剣を縦一閃に振り切る。

 しかし、それで終わりではない。

 平常時では不可能な大剣の連撃が続けざまに繰り広げられる。

 スキルではない攻撃だが、その威力はそれと同等のものになっている。

 それに応じて畳み掛けるように、クーラの槍撃が側面の肉を抉っていく。

 敵の攻撃を一身に受け止めているタイガの活躍で、ここぞとばかりに彼の演舞が無防備な巨体にダメージを重ねていく。


 深刻なダメージが蓄積された結果、モリスティーニを支える8本の足がくしゃりと曲がりその巨体が地に着いた。

 幾多もの傷は既に回復に向けて修復が行われているが、傷は塞がらない。

 この短い間に与えられたダメージはあまりにも大きかったようだ。



「な、何故こうも……。私は、私は神の力を……!」



 誰に向けられたか分からない言葉。

 私に巻き込まれて、ただのプレイヤーとは少なからず異質な者となったタイガがそれに反応する。



「神の力、ね。誰かに与えてもらう力で世の中を変えることなんて、きっとできやしないんだよ」

「小僧が知った口を聞くな! 私が、教会が!! どんなに苦心してこの西側を栄えさせたのか!!!」

「分からないよ。でもさ、ソロのように体を改造される人達をこれ以上生み出したらいけないって。それは間違っていない気がする」



 言葉の応酬。

 その重みは決して対等ではないだろう。

 この世界で命のやり取りを続けてきた者と、ありふれた日常やちょっとした娯楽を与えられてきた者。

 だけど、モリスティーニの重みに対してタイガの素直な気持ちは、それと同様に強いものだ。

 それはきっと、彼が胸の奥に持つソロへの……。

 


「仕方がないことなのだ、必要なのだ! 我々という存在が次のステージに上がるために、我々の命が脅かされないために!! 他者の献身と犠牲が必要不可欠なのだ!!!」

「!!」



 モリスティーニのあまりの身勝手さに、私の脳裏に赤い炎のイメージが浮かんだ。

 しかしその時と同時、私の思考を遮るように黒衣の少女が動き出した。

 ――ソロだ。

 ダウンしながらも抵抗を続けるモリスティーニへ一直線に向かっていく。

 蜘蛛の姿の腹部を登り、そこから生えている人間の姿を留めた上半身へ肉薄する。



「小娘、その姿は……!」

「死ね」



 言い終わる前に、変異したソロの腕が振りかざされた。

 腕の振りに追従するかたちで血の赤い線が空に描かれる。



「ぐっ……! 思い出したぞ。お前は、報告にあった、あの……」

「死ね! 死ね!! 死ねええええええ!!!」


 刃を持つ武器と遜色ない、いや、場合によればそれを超える攻撃力を持ったソロの腕が何度も何度も振るわれる。

 これまでのソロはとても慎重に行動していた。

 それは彼女が鎧や盾はもちろん、スキルを一切もたないことからくる防御への不安からではない。

 彼女はNPC、命が有限の存在。

 たとえまぐれあたりでも、敵の強打によって致命傷を受ければそれで終わり。

 だから確実に仕留められ、かつ危機を回避できる時にしか攻撃の比重を最大限に高めることができない。



「があああああああ!!!」



 それが今、最大限に振るわれている。

 少女のそれとは思えない奇声を伴って繰り返される。

 気高く、ある意味で汚れのなかった黒衣が鈍い赤色に染まっていく。

 あっけにとられて、私達のだれもがしばらく声を上げることができなかった。

 その光景はモリスティーニが私達に見せた肉塊の残虐な風景に、少し似ている気がした。



「……あの子の、ソロの攻撃能力はもはやモリスティーニの回復力を超えている」

「エッダー、大丈夫!?」



 奇声とうめき声の中、疲労困憊のエッダーが柱を背にしながらも言葉を投げてくる。



「ええ、大丈夫。もはや彼は私の能力で抑える必要のないくらい、目の前の脅威に押さえつけられています」

「そのようね」

「しかし、それはそれで問題です。今のソロは炎のような憎悪を越えた、破滅的な破壊衝動に精神を覆われている」

「それはどういう……」

「ソロ、もう止めるんだ!!」



 タイガの叫び声が響いた。

 体をぐずぐずにされて、もはや抵抗もできず生死も分からないモリスティーニの体を、ソロは刻み続けた。

 割って入るためにソロへ組み付こうとするタイガとクーラ。

 しかし悪魔のような残虐性を帯びたソロは、能力上昇をさせている彼らの制止をいとも簡単に払いのけた。



「アアアアアアアアアアア!!!」

「まずい! アルアさん、彼女にサイキック能力を!!」

「やってみるわ」



 体力がまだ回復しきれず疲労感のある体に鞭打って、ソロの正面に移動する。

 それはいつも通り、彼女の目を捉えるため。



「これで三度目。でもね。たとえ何回になろうともあなたを助けてみせる」

「ッ!?」



 視線が合った瞬間、私はソロの精神の波を掴んだ。

 そしてこれまでやってきたように、部屋へ訪れて【ソウルブラスト】の慈愛の光を放射していく。

 


 

―ーー




「あ、はあ、はあ……。わたし、また……」



 ソロの顔つきが普段のものに戻った。

 服は赤黒く汚れたままだが、表情を含めた雰囲気は先ほどまでとはまるで違う。

 いつものソロそのものだ。



「ソロっ!! 大丈夫か!?」

「……ええ、大丈夫。頭の中の黒色は、消えたから」

「頭の、中……」



 ソロを戦場へ連れ立ち、教会の人間と対決させることへの不安は形となって現実化した。

 彼女の怒りや絶望は決して消え去っていたわけではない。

 同様に、以前彼女の精神の部屋で見かけた黒のシミも全て消せたわけではない。

 それらを再び活性化させるような、そんな恐れのある場所に連れて行くことは正しかったのだろうか?



「みなさん、お疲れの中すみませんが早く帰りましょう」

「そうですね。クーラさんの言う通りだ。モリスティーニが倒されたことが伝われば、すぐにでも教会の兵力がこちらに向けられるのは明白です」

「!? そうだ、モリスティーニは?」



 私の問いに対して、クーラが無言で指を指した。

 その方向にあるもの、それは傷だらけの巨大な肉塊。

 さらにその肉塊の上には人間の上半身ほどの肉塊が乗っかっていた。

 ぐずぐずにされたそれはすでに修復作業を行う力が失われていて、死んでいた。



「……あれを、私がやったのね」



 赤色と肌色がぐちゃぐちゃに混ざり合ったそれを、ソロは冷ややかに見つめていた。



「私の体と、時間と、記憶を奪った人達。でも、もういいわ」



 怒りも絶望もそこにはない。

 今の彼女にあるものは、ほんの少しの悲しみ。

 気持ちに整理がついたのか、それともこれからつけるのか。

 それは分からないが、彼女は肉塊に背を向けると普段より少し遅い足取りでこの部屋から遠ざかっていく。



「あ、ソロ! 待ってくれよ。まだ敵がいるかもしれないんだから」

「そうですよ! って止まりませんね。すみませんがみなさん、タイガと一緒に彼女を拠点まで連れて行きます。それではお先に」



 こうして三人が去った。

 教会の司祭を倒すという大勝利を手にしたというのに、そこに歓喜の色を示すものは何もなかった。

 攻撃を受けて折れた柱、激しく穿たれた床、肉塊という名の司祭の残骸。

 全てが勝利の色を空しいトーンへ変えてしまったのだ。



「モリスティーニ。教会の司祭だったあなたが、こんな姿で人の生を終えることに」

「エッダー……」

「ですが、同情はしませんよ。あなたがあなた達の実験で命を失った者達と同じように、むごたらしい姿で逝くのは仕方がないことなのですから。さあ、アルアさん。引き上げましょう」

「……ええ」



 エッダーの言葉に従って去ろうとした足の動きを私は止めた。



「ごめん、エッダー。あなたも先に帰ってて。どうしても気になることがあるから、少しそれを調べてから帰るわ」

「ですが、あなたにもしものことがあっては……」

「お願い」

「……そうですか、分かりました。なるべく早く戻ってきてくださいね」


 

 私の考えが揺るがないと悟ったのか、それとも何か別の思惑が働いたのか。

 エッダーはモリスティーニの肉塊へ何か儀式的な動作をすると、そのまま部屋を去った。

 きっと彼なりの別れの挨拶だったのだろう。


 だだっぴろい、戦闘の痕跡が痛々しいこの部屋に一人佇む。

 周囲に人の気配を感じないことを確認すると、私は足をある方向に走らせる。



「聞きたいことがあるの。いいかしら?」



 足は肉塊の目前で止まった。


 


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