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46、huge spider


 かつてはエッダーの従者であり、そしてエッダーが終わらせた存在、ダン。

 確かに、あのとき死んだはずだった。

 万一死んでいなかったにしても下半身はぐずぐずにつぶれていたのだ。

 ここまで来れるはずがなかった。


 いや、それは既に些細なことなのかもしれない。

 ダンとの再会という不思議を超える、もっと大きな異常が目の前にはある。



「お前達は生まれ変わり、新たに力を宿したのだ。目の前の敵を殲滅してみせよ」



 モリスティーニが10人のダンに命令する。

 その声を受けてそれぞれの肉体が変異で膨張し、禍々しい凶悪なフォルムへと変形する。

 獣のような、ホラー映画のモンスターのような、攻撃性むき出しの姿へ。


  同一人物が複数存在する事象。それ自体は私にも経験がある。

 ジェニーだ。彼女がまだクエスト上の存在であったとき、プレイヤーの数だけ存在していた。

 でも今回は違う。

 モリスティーニははっきりと"複数体"のダンを認識している。


 危機的状況にありながら、私は思考の渦の中にいた。



「ウワアアアアアアアァァァ!!」



 混乱という静寂を破って、一人のダンがうなり声を上げながら接近してきた。

 肉体が変異しているだけあって、速い。



「くうっ!」



 ガキン、と硬い金属音。

 タイガが大剣を盾代わりに構え、突進に合わせる。

 強烈な一撃だったのだろう、転倒することはなかったが上体はぐらつき構えは不安定になる。

 一方、ダンは頑丈で機械的な大剣に阻まれながらも、そのままの速度で後方へ宙返りし距離をとった。



「アルアさん。彼らを、ダンを終わらせましょう。これ以上彼の魂を貶めてはならない」

「……いいのね?」



 無言だがゆっくりと頷く。

 エッダーも分かっているのだ。

 彼の良く知るダンはあの場所のあの時に、この世から離れたのだと。

 新たなに立ちふさがった10の存在はダンであってダンではない。



「科学的にクローンを作る技術そのものはあっても、この短期間であのレベルにまで成長させることはできない」



 行動を決意したエッダーが一つ前に進み出る。

 両手を前方へ差し出しながら、能力を発動させる。



「たとえ私の知らない技術が可能にしたのだとしても、それは存在してはならないもの」



 獣と化した10の鉤爪がエッダーに飛び掛る。

 いや、爪というよりは伸長した腕の骨だ。

 肉体の変異は骨にまで影響を与え、あたかも金属刃のような攻撃性が付与されている。



「それを消すことが今の私の使命。"教会の盾"は"抵抗の剣"へと姿を変える」



 前方、左右、そして跳躍による上空。

 三方向から集中的に狙われている。

 エッダーが少し前に見せた躊躇いに反して、ダンのような存在達は一切の躊躇もなく迫った。

 異形化で上昇した筋力による肉弾攻撃の波、それはまともにくらえばタイガですらも即死を免れないレベルだ。


 ――だけど、それは攻撃を受けてしまえばの話。


 彼の目が強く発光すると、まるで時間停止でもかけられたかのように敵はピタリと止まる。

 地面を駆けようが空中へいようが全て同じ。

 教会の盾によって周囲の空間を硬質化され、空気の檻とでも言うべき牢獄に閉じ込められている。

 拘束に抗おうと若干の隙間の中を暴れようとしているが、彼らに自由が与えられる様子はない。



「人間性を失った何かに高い意思力は宿らない。故に、サイキック能力に抵抗する力もない。……お終いだ」



 エッダーの指が発光すると同時、10の獣達のある者は胸を穿たれ即死、また別の者も頭から血を噴出してダラリと力を失った。



「まじかよ……」

「こ、これはひどい」



 中世編では目撃することがなかった残酷な光景が目の前で展開される。

 エッダーの力によって動きを封じられた敵の急所めがけて、空間が次々と硬質化していきやがてその肉を打ち破ったのだ。

 近未来編で行動してきたタイガですらも、一歩引いてしまうほどの惨状。



「ほう。教会の盾ともあろう者がずいぶんと派手にやるものだな」

「黙れ、モリスティーニ! 何故だ、何故私に"杖"を仕掛けてこない!?」



 会話の意図を掴みかねていると、モリスティーニが饒舌な様子で語りだした。



「確かに、お前の言うように我が能力を発動させ、能力に干渉することで盾の力を弱めることはできる」



 そうだ、その通りだ。私はクランヌ戦を思い出す。

 確かにあのとき、エッダーとクランヌは互いの能力で干渉しあい能力の発動に制限を与えていた。

 つまりサイキック能力同士は干渉によって互いに力を打ち消すことができる。

 で、あるならばなぜモリスティーニは攻撃に合わせてエッダーに干渉しなかったのか?



「だがな、それではつまらぬだろう? 神の思し召しでこのような舞台が用意されたのだ。自らが踊らねばなるまいて」



 干渉できるのにそうしなかった。

 それは余興であり遊びであり余裕なのだろう。



「ダンを、命を軽んじるな。教会の司祭はそこまで堕ちてしまったのか!?」

「そう言葉を荒げるな。いやなに、今度こそ期待に応えてみせよう」



 エッダーの指が発光するのに合わせモリスティーニの目も発光する。

 何もおこらないが、それは互いの能力がそれぞれを打ち消しあった結果なのだろう。



「俺達も加勢するぞ!」

「ええ。クエストとはいえとても居心地の悪いこの感触。じっとしているわけにはいきません」

「こやつら……!」


 タイガの大剣が、クーラの槍が、モリスティーニの体を捉えた。

 繰り出される斬撃を受けてそのままの勢いで後方の壁に激突している。

 いくら魔術師タイプの能力者とはいえ、あまりにも簡単に攻撃を受けているというこの事実。

 立ち上がろうともせずにぐったりと壁にもたれかかったままだ。

 いつぞやのように幻影を利用しているのか、と一瞬考えたがエッダーがいる以上それはない。

 近づいてみるとその肉体からは血が噴出している。

 致命傷だ。


 あっけなく勝負は決した。

 サイキック能力者といえどもモンスターではない。

 近接戦闘能力を伸ばしたプレイヤーの速さに対応できなかったのか。



「……やはり人間というものは、もろいな。すぐに、肉が悲鳴を上げて、使い物にならなくなる」

「そのもろさを救うための我々、教会だったはずです。ネーキル教主もそう言っていたでしょう」



 戦意を失っているモリスティーニに合わせて、エッダーの空気も幾分和らいだ。

 そこにある会話と視線はかつて同門だった者達の繋がりなのだろう。

 そしてやがて消え行くその繋がりを惜しんで、死に向かう者の魂に僅かばかりの哀れみを投げかける。



「孤児院。私とノディアンにクランヌ、そして院長だった頃のあなた。確かにあの時は東側の圧力に怯え平穏とは言いがたいものでした。でも、そんな中にあっても私達はささやかに日々の生活に感謝していましたよ」

「……孤児院、エッダー、ノディアン、クランヌ」

「私達も孤児院を出るような歳に達したとき、ネーキル教主に、神の教えに出会った。それからが輝かしい日々の始まりだった。教会の教義の下、多くの人間と連なり、生活し、時には戦い、時には旅立った者達を見送る。良いことばかりではありませんでしたが、充実した日々でした」


 

 思い出を語るエッダーの言葉をモリスティーニは俯いて聞いている。



「人としての道を外したことは残念ですが、私は今でもあなたに感謝していますよ。しかし教会は変容し、あまりにも強大な罪を犯してしまった。元司祭として、かつての仲間として、私があなたを終わらせましょう」



 エッダーが手をモリスティーニの頭上にかざした。

 微かに発光するそれは、サイキック能力によって彼に止めを刺すための光。

 最期の言葉を放つためだろうか、俯いていた司祭が顔を上げる。


 不適な笑みを口元に湛えて。



「エッダーよ、孤児院とは何だ?」



 エッダーの動きが止まった。



「命乞いのための謎かけなら無意味。司祭らしく、尊厳のある言葉で終わりを迎えてください」

「くくく……。はははは! いや、孤児院か。私とお前達がいた孤児院。はははは!」

「気でも狂いましたか。そんなあなたは見たくない」



 エッダーが再びサイキック能力を始動させる。

 が、何も起こる気配がなかった。



「まだ抵抗の力を残しているのか!?」

「フフフ。やはりネーキル教主が正しかったのだ。人間は、いや、我々はなんとももろい存在だ。ちっぽけな感情や欲を優先させる余裕なぞない。この弱い肉体と共に、繋がりなどという弱い精神を断ち切らねばならんのだ!」

「くっ、モリスティーニの精神力が増大している……!」

「エッダー、離れて!!」



 状況に飲まれているエッダーを呼び戻すために、銃弾をモリスティーニに向けて発射する。

 弾丸は次々とモリスティーニの肉体に風穴を開け血しぶきを上げるが彼は絶命しない。


 嫌な予感は常にあったのだ。

 モリスティーニがエッダー達と並ぶ教会の司祭であるということ。

 勝てない勝負はしないという用心深さ。

 能力が拮抗し打ち消されると分かっているのに彼はエッダーと対峙していた。

 全ての情報が実際の行動と乖離していたのだ。



「私は人の姿を捨て今こそ教会のシンボルとなり、ネーキル教主の兵として生き続けるのだ!!」



 その叫び声と同時、彼の肉体が破裂した。

 いや破裂という言葉が適切なのかは分からない。

 ただ現実に見えることを言葉にしようとするのが難しい。

 モリスティーニの肉体が弾けたその内部からは肉の塊が膨れ上がって、また膨れ上がって。

 膨張し続けながらも形を作り不気味な体裁を露にしていく。



「おいおいおい、もうこれがゲームのラスボスじゃないのか!?」



 タイガの発言に同調する。

 それほどまでに圧倒的なフォルムの怪物が目の前にいるのだから。



 全長は5メートルを超えているだろう。

 大きな肉の塊の側面からは細い足が八本生えて、体は一つの節によって頭胸部と腹部に分かれている。

 ……まるで巨大クモだ。

 肉の塊の上部にはキノコのようにモリスティーニの上半身が生えていた。



「ははは……。はははは! 案外、この姿も悪くないものだな。お前達をこうして見下ろすこの姿、これこそが力の象徴だ」

「何故だ、何故そこまでしなければならないのだ!!」



 エッダーの問いにあきれた顔でモリスティーニは答えた。



「力が世界の支配を、法則を決める。分からぬとは言わせぬぞ、エッダー。お前もその力を充分に振るってきたのだからな!」

「モリスティーニ!!!」



 以前の肉体とは違い、文字通りのバケモノの体を手にしたモリスティーニ。

 そうだったのか、と私は理解する。

 初めからダンのコピーを当てにしてないにも関わらず、余裕ぶった振る舞いをしていたのはこのためだったんだ。

 でかけりゃいいってものじゃないけど、サイズが大きくなればそれに比例して体力や攻撃力は増加する。

 蜘蛛を模した姿をしているのならば、鈍重ということもなさそうだ。

 だけど、意味が分からない。

 ディライフやそれに関連した研究はあんなのも生み出すことができるっていうの?



「お前達は記念すべきこの姿の最初の犠牲者となる。生きては帰さんぞ」



 そう言い放つと腹部から粘着性の高そうな糸が噴出し、通路へ繋がるドアを埋め尽くす。

 逃げ道を消されてしまった。



「今こそ味わえ。私の"杖"の力をな!」



 能力の発動を意味する目の発光、そして次には私達に向かって火の玉や電撃が降りかかる。

 教会の杖――幻覚と魔法的な力を行使する能力。

 教会の司祭という強力な力が今ここに放たれたのだ。



「エッダーさん、盾を!!」

「やっています、が……。モリスティーニの精神力が私を越えてしまっている」

「何ですって!」

「……来る」



 襲い掛かる火球に雷撃。

 飛び交う魔法攻撃をあるものは武器を盾にして、ある者は身のこなしによる回避でなんとか凌いでいる。

 けど、このままじゃまずい。

 私はなんとか施設内の柱のようなオブジェクトに身を隠した。



「みんな、聞こえる?」

「ああ、聞こえるよ。でも、どうする? あのバケモノの攻撃を避ける際にこっちも剣で切ってみたんだけどまるで動じない」



 あの怪物を見てみると、確かに斬撃を受けたような傷が付いていて、そこからは体液が漏れ出していた。

 しかしゆっくりではあるけど、段々と傷口が塞がっているのも分かった。

 クランヌほどではないとはいえ、再生能力を持っているようだ。



「攻撃が効かないってわけじゃないみたいね」

「ああ。ダメージを与えてるって感触はあるんだ。だけど頻繁に魔法が飛んでくるから継続して切りに行くのは無理だ」

「すみません。サイキック能力に関して不勉強でした。中世編と同じようにやるってわけにはいかないみたいですね」



 やれなくはない。けど、やれない。

ダメージがある以上は倒せる存在だ。

 しかし再生能力を超えるダメージを稼ぎ続けるにはヤツにはりつく必要がある。

 足に生えている鉤爪攻撃だけならば捌き様があるのに、"杖"による攻撃が脅威で近づけない。



「隠れんぼのつもりか? ムシケラどもめ!」

「くっ!!」



 流石にモリスティーニも施設を破壊したくはないのだろう。

 柱に魔法をぶつけるのを避けるために大規模な魔法を使わず鉤爪による攻撃をしかけてくる。

 細い足とはいえ元のサイズがただの蜘蛛とは違う。その攻撃を受けた床は抉られていてその威力が伺える。

 くらうわけにはいかないから回避するが、姿を晒したところに魔法が飛んでくる。



「せめて魔法を封じられればいいんだけど」

「ですね。物理攻撃はなんとかなりますが、魔法は防御魔法か防壁魔法がないと厳しいです」

「私が、やりましょう」



 エッダーが息を切らしながら言う。

 プレイヤーでもない、肉体強化をされているわけでもない彼にとってこの攻撃の応酬はきつい。

 しかし彼の知識と思考がこの局面を打開するモノだと私は信じている。



「完全に、とは言えませんが私がモリスティーニに干渉することで使える能力パターンが制限されているようです」

「本当なの?」

「ええ。本来ならば火炎や電撃以外にも魔法的な攻撃があるのですが使ってきません。そこでだ、アルアさん。あなたにも手伝ってもらいます」



 手伝う? 私が?

 私のサイキック能力は対象者の精神に、ある特定のイメージを焼き付ける一方的なもの。

 能力そのものに干渉なんてできるのだろうか?

 仮にできたとしても、また随分ゲーム的な力とかけ離れていってしまう気がする。



「細かいことは省きますが、サイキック能力とはある種の空間支配、あるいは空間操作の力なのです。今なら、あなたにもできるはずです」

「……分かったわ。要するに私達で魔法を封じて、残りの三人に攻撃してもらうということね」

「ええ。刺し違えてでも司祭を倒す覚悟でいましたが、モリスティーニの姿を見て考えが変わりました。全てを終わらせるまでは私は死ねません」

「みんな、聞いての通りよ。敵は再生能力を持ってるけどクランヌほどじゃない。集中攻撃をしかけてヤツの耐久値を抜くわ」



 やるしかない。

 退路を断たれた以上、敗北はエッダーとソロの死を意味する。

 彼らとの関わり背負うことになったときから、できることはやると決めた。

 そう、決めたんだ。



「タイガを囮に、クーラとソロちゃんが敵の特定箇所を集中攻撃。ヒーラーがいないんだから回避を優先して」



 戦い方は決まった。

 それぞれがそれぞれの武器を構える。

 このやり方でモリスティーニを倒せないのならばそれまでのこと。

 あと二人も司祭がいるのに、ここで止まるわけにはいかない。

 



「タイガ」

「ん、インカムじゃなくてゲーム機能の連絡……ってアルアさんか。どうかしたの?」

「多少無理してでも、ソロちゃんのこと、頼んだわよ」

「……分かってるさ。分かってる」


 タイガの声には力があった。大丈夫だ。

 でも私は正直大きなプレッシャーを感じている。

 それはそうだろう。

 バケモノと化した司祭を相手にするということ、失敗すれば二人の命が失われてしまうことになる。

 だけど、恐怖はもう感じない。

 私達はやり通すのだ。必ず。



「戦士達に湧き上がる力を、【パワーゲイン】。さあ。始めるわよ!!」



 私の実行した補助魔法を開始の合図として、作戦が始まる。



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