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42、history



「アルアさん、大丈夫ですか?」



 クーラに声をかけられてはっとする。

 思考モードに入ってしまうと周囲が見えなくなる私の悪い癖がまたでていたようだ。

 どんな状況であれ思考は常にクリアにしておくべき。

 それが難しいことは分かっているけどね。


 いつもの無機質なネックレスを胸元から取り出し、それを髪をいじる癖の代替行為にする。

 触れることで、少しばかり気分が落ち着いた気がした。



「落ち着いたわ。少し整理をするわね」

「ええ、どうぞ」



 エッダーも伝えるべきことは伝えたといった感じで、雰囲気はいつもの穏やかな感じに戻っている。

 細かい疑問、リアルとゲーム間の整合性、つきつめるべきことは多くあるがまずは目先のことだ。

 最終的な目的は教会の打倒かもしれないが、世直しというお題目を掲げるにはまだ早い。



「ドームに対抗するための準備として、教会は人体実験に手を出してディライフを作り出した」

「はい。出来上がりにムラはあるものの、対象者の能力を増幅するという目的は達成されていますね」

「ある程度の"質"が約束されたとなれば、次の課題は"量"になるわよね」

「そうです。いくら能力を高める物質が生み出されたといっても数人を強化したくらいでは東側には対抗できませんから」

「ディライフの原材料は人間、だけど手軽にできる採血なんかと違って強い意思力を引き出すために対象者をとことん痛めつける」

「材料は絞るだけ絞っての使い捨て、でしょうね。これまでにどれほどの人間が犠牲になったか想像できませんが……、東側と全面的に戦うとなればさらに多くの素材が必要になることでしょう」



 そう、犠牲者だ。

 まずはここが状況を理解する一つのカギになる。

 ゲーム的に考えれば"モンスターは倒されれば再出現する"のだから、仮にこの島の人口を一万だとしてもそんなの関係なくシステム上から無限にゾンビやクリーチャーを生み出すことができる。

 ここでは"モンスターが生み出される"という結果だけあればそれでいいのだ。


 だけど、もしここが以前タイガが言ったような異世界のようなものであって、エッダー達にとってのリアルであったとしたら?

 そうなると人口が一万の場合、動物型の敵を含めなければ、最大でも敵は一万ということになる。

 つまり犠牲者となりうる人間の数は有限。


 前者のようにシステムから命が生まれ続けるのならば、そう焦る必要はない。

 ゾンビやクリーチャーの数が必ずしも人間の数とイコールにはならない。

 だが後者になるとそうはいかない。

 人体実験の対象者を大掛かりに拉致すれば当然問題になるわけで、だからこそエッダーが教会の異変に気付き調査を開始したわけだ。


 結局のところ、NPCは自身をNPCであると自覚していないし、本当にその世界に住む住民だと疑う余地をこれっぽっちももっていない。

 しかし現実的にはモンスターのリポップのようにシステム上での命の生成と、路地裏で何度か対峙したように現在進行形で化け物に変容しているケースとがごちゃまぜになっている。


 そう、ここまで考えてようやく意味が分かってきたことがある。

 中世編の隠されたクエストをクリアしたことで上昇した"リアリティレベル"とはそういうことなのだ。

 完全なるゲームの世界、その境界線が歪んで現実がゲームを、ゲームが現実を侵食していく。



「エッダー、ジェニーのお母さんの人体実験が東側の工業地区で行われていた話はしたわよね?」

「ええ、覚えていますよ。酷い話です。救いを施すべき立場の人間が、ディライフ精製のために苦痛与えにゾンビ災害の混乱に乗じて非道をつくしていたのですから」

「ゾンビが行進する街じゃ人間が少し消えたくらい、何の問題にもならない。……でもね、本当にそれだけなのかしら?」

「どういう意味でしょうか?」

「……いえ、何でもないわ。ごめんなさい、話を進めましょう」


 

 ゲームだから、リアルだから、それぞれの視点を分離したりあるいは結合することで見えてくることがある。

 だけど今はそれを分析する時間ではない。



「ドーム側のことは一旦置いておくとして、まずは教会のディライフ生産体制を崩す必要があると思う」

「うーん。司祭や司教を倒すほうがてっとりばやいんじゃないの?」

「ささっと倒せる相手ならそうするわ。でもタイガ、ノディアンやクランヌとの戦闘を思い出して同じことが言える?」

「それは……」


 これまでの戦いの思い返したのだろう、タイガが口を閉じた。

 自身が出した非現実的な提案に閉口した彼。

 それと入れ替わりにエッダーが驚きを口にする。



「あなた達、あのノディアンと交戦したのですか!? なんという無茶を……」

「一応あなたから戦闘を避けるように言われてたから、逃げを第一に考えたわよ」

「懸命な判断です。ドームのソルジャーとはいえよく無事に戻ってこれました」



 "教会の槍"の異名を持つ司祭、貧民エリアを担当しているノディアン。

 片手剣のリッカ、魔術師タイプのカーティナ、黒鎌のレノール、全然似ていない3姉妹の従者。

 あの人達と正面からやって勝てるという自信は微塵もない。

 従者だけならなんとかなりそうだけど、あのノディアンに関してはおそらく本来の力のごく一部しか確認できていない。

 エッダー、モリスティーニ、クランヌとこれまで司祭と戦ってきたがノディアンだけは特に空気が違う。

 司祭という肩書きが最も似つかわしくなく、敵を定めたら必ずしとめる言わば戦士としての雰囲気がある。

 ……教会自体についてもエッダーから聞いておいたほうが良いだろう。



「エッダーも司祭達との正面対決は避けるべきだと考えているのよね?」

「ええ。彼らの戦闘力の高さを考慮してというのもありますが、もう一点別に不安材料がありまして。先ほどの襲撃でクランヌが連れていた者達のことです」

「あの薄気味悪いヤツらのこと?」

「はい。着用しているローブの色から助司祭だと判別できますが私は彼らを知りません」

「それはおかしいことなの?」

「助司祭といえども簡単に任される立場ではありませんから、普通は任命されればその旨の通達が届きます。まあ、私の動きを察知して情報を流さなかったということも考えられますが、どちらにしても任命されたのはつい最近でしょう。助司祭になれる条件は二つ。おおざっぱに言えばサイキック能力をはじめとする戦闘力を有しているか、あるいは教会の布教においてめざましい功績を上げたか」



 メインクエストやってないからあんまり深く教会に関わってないけど、ちゃんと組織っぽい体裁をなしてるのね。



「あの襲撃を考えるに彼らは戦闘能力を買われて任命されたのでしょう。布教の成果はそんなすぐには出ませんし、そうした功績のある古い人間ならば私が知っているはずです」

「つまり、急に現れた戦力ってことよね。それってディライフを……」

「お察しのとおりです。おそらくはディライフの抽入による体の変容化を防ぐ方法を教会は確立したのでしょう。どの程度時間を要するかは分かりませんが、とにかく早い期間中に助司祭クラスの戦力を生み出せるのは間違いない」

「戦力面では圧倒的に不利ってことね」



 あの、みんな同じような顔した助司祭達。

 単体は大した力じゃないけど、あれがわんさかでてくれば流石に辛い。



「司祭達の協力を取り付けることができなくなった以上、今より戦力を充実させるわけにはいきません」

「やっぱりディライフ生産ラインの壊滅をすべきよ」

「ええ。どうにかその供給ルートがバウリー地区にあると掴めましたから、しばし休憩を取って準備が出来次第そこに向かいましょう」

「分かったわ。それじゃ一時間後に出発しましょう。みんな、準備よろしくね」




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 準備、といっても特にやることのなかった私はジェニーに引越しするとの旨を伝え、少し手伝った後に一階のリビングに戻った。

 そこでアイちゃんとクーラが会話をしていたので私も久しぶりの機会だと思いそこに割り込んだ。



「ごめんね~。来てくれた途端にバタバタしちゃって」

「全くよ、アルア。こちら側は途中でプレイ止めてしまったから、話が良く分からないわ」

「あはは、ごめんね。でも難しいことは頼まないからさ。ジェニーの護衛をしてくれればそれでいいから」



 教会の力は大きいとはいえ、何十人もの戦力は必要ないと私は考えている。

 何故ならこの世界はゲームの仕組みという拘束力が働いているから。

 このクエストから逸脱したクエストがその拘束力の支配下にあると断言はできない。

 けれどももし何もかもが本物であるのならば、流石にドーム側も黙っていないだろうしとっくに戦争が始まっていておかしくない。

 そうなってしまえばプレイヤーは”ゲームとしてこの世界を楽しむ”ことができなくなる。

 色々な意味で大きなニュースになっているはずだ。



「それにしても以前とは違って随分シナリオやら設定が準備されていますね」

「ほんとにそう。中世編でもクエストが追加されたけれど、ちょっとしたおつかいのようなものが多かったわ」

「そうね。私も偶然が重なって今の立ち居地にいるけど、今の状態はさながらロールプレイしているみたいよ」

「どう、アルア。ゲームの世界の住人になれた感想は?」

「冗談、正直言ってあまり嬉しくはないよ。話が重いから。でも、いえだからこそ忘れられることもある気はするの」

「アルア……」



 私の言葉の意味を察したのか、アイちゃんが口をつぐんでしまった。



「おっと、それじゃ僕はジェニーちゃんのところに行ってきますよ。護衛対象を良く知っておく必要がありますから」

「クーラ、あの子に手を出さないでね」

「はは、僕はロリコンじゃないですよ。とはいえ女性には変わりありませんから、丁寧に接していきますけどね」

「いくらカイでも、そこまで貪欲じゃないわよアルア」

「それではアイカ、またあとで」



 クーラは気を利かせて退出してくれたのだろう。

 マメで他人の心情の機微にも鋭い彼がやはり私は苦手だ。



「カイにアイカ、か。ずいぶん仲良くやってるじゃない」

「お蔭様で。さて、それはさておき……。突然だけど有子にお願いがあるの」

「……お願い?」

「ええ。いま関わっているクエストが終わったらリアルで旅行に行きたいの。日帰りだけど、たまには外の空気を吸いましょうよ」



 ゲームにこだわりがある私をアルアではなく本名の有子と呼ぶ。

 お願いの内容は旅行に行くというカワイイものだが、彼女なりに真剣な意味合いを言葉に滲ませている。

 


「二人で?」

「二人でもいいのだけれど、できれば彼と、その友達のダイキさんとアミさんも一緒に」

「ああ、ラージウッドとアミちゃんね。そういえば三人はリアルフレンドだったわね」

「そういうことなの。もうじき夏休みも終わってしまうから、せっかくの機会だと思うわ」



 RC3にかかりっきりで出不精な私を心配して誘ってくれたのだろう。

 だけどそれに参加するってどう考えてもKYよね。



「悪いけどそれはできないわ。というより私が行ってはいけないでしょう?ダブルデートの邪魔はできないわよ」

「デ、デートってそんなつもりじゃ……」

「いくら私でもデートの付き添いは無理。フフ、お土産話でも期待しとくわ」

「有子……。じゃあせめて、夏休みが終わる前に一度、お洋服のショッピングに付き合って」

「それくらいならいいわよ」

「きっとよ? 約束、だからね」



 アイちゃんの意図は分かる。

 大丈夫よ、現実のゲームの区別ならまだついてるから。



「アルアさん、ちょっといいかい?」

「あらタイガ、ガールズトークにまざりたいの? ちなみにアイちゃんは売却済みだからね」

「売却済みって、わたしは物じゃありません」

「ってタイガにはソロちゃんいるもんね。で、どうしたの?」

「あなたはこっちでもマイペースね。それじゃ私もジェニーちゃんのとこに行ってくるわね」



 アイちゃんが二階へ上がり姿が見えなくなると、タイガが私の前の椅子に座った。

 親友がしていた先ほどまでの表情に近い真面目さが感じられたから、これ以上からかうのはやめた。



「あの、さ。マルタさんどうしてるのかな」

「それね。連絡いれても繋がらないしログアウトしてるのかもしれない」

「大丈夫かな。あのクランヌっていう司祭を追ったみたいだけど」

「彼は私達と同じプレイヤー。だから死ぬ事はないから大丈夫よ。もしかしたら情報を仕入れてきてくれるかもしれないし」



 それはそうだけど、とでも言いたげにしている。



「もっと他に気になってることがあるんじゃない?」

「えっ! ……と。アルアさんのスキル、プレイヤーにもかけられるの?」

「まさか。タイガの顔みれば考えてることがあるってことくらい分かるわ」

「そ、そっか。俺ってわかりやすいのかな。んじゃ、まあいいや」



 まあ、十中八九、彼女に関連したことだろう。



「マルタさん、どうしてあの司祭をマークしたのかな」



 あら、ソロちゃんのことじゃないの、と言い掛けてやめた。



「ノディアンのときと違って状況が有利だったし、恋人の情報の手がかりも欲しくて必死だったんでしょ」

「そうだけど、でもさ、それってあの司祭が本当に生きているからできることだよね?」

「ごめん、どういう意味?」

「なんて言えばいいのかな。例えばゲーム内の重要人物を助けたり、あるいは倒したりってするのは自然だしゲームらしいって思うんだ。でもさ、ゲーム内の人物にリアルの人間の行方を聞いてもゲーム外のことだから対応できないはずじゃん。もし対応できるなら、彼らも記憶とか経験とか、そういうものが蓄積されてるってことだよね?」

「それはつまり、リアルでの私達のように彼らが生きている、と」

「そう。ソロと一緒にいて感じてたけど、ジェニーやエッダーさんを見ててもそう思えるんだ」



 ここにきてタイガも私が持つ感覚を理解したのかもしれない。

 ゲームであってゲームでない。リアルであってリアルでない。

 それをなんとなく言葉で理解していあたが、あるときを境にそれが実感に変わっていく。



「じゃあ、分かるわよね? NPC達がクエストを離れて、本当の意味で自由になっているって」

「うん。生きるとか死ぬとか、そういうルートがあるんじゃなくて。本当にそれぞれの行動でこの先が変わっていく気がしてるんだ」

「逆に世界のルールは未だゲームの支配下にある。不死のソルジャーに無限のモンスター、みたいにね」

「俺さ……」



 彼が言い淀む。

 ああ、その表情は分かる。

 ソウルブラストが使えなくても感情の色を理解できる。



「怖いよね」

「……本当にスキル使えないの?」

「そもそも人の心を読むスキルじゃないわよ。あなたがね、私が感じてきた感情と同じ通過点を今通ってるってことよ」

「ジェニーのことを大事にしてるアルアさんの気持ち、ちょっと分かったよ」



 ゲームの枠から離れたNPCが死ぬ。

 いくらNPCとはいえ、仲良くなった彼らがそうなることはリアルで友達が事故か何かで死んでしまうのと同じ感触を伴う。

 完全にゲームだと割り切れるなら、”そういうルートだった”でおしまい。

 けどそうじゃない。

 運命というルールから外れた命は自由であるが故に、私達の行動いかんで簡単に消え去ってしまうのだ。

 それはつまり、”自分のせいで死んでしまう”ということを経験してしまう危険性を孕んでいる。



「分かってた。いや、分かってたつもりだった。でも、こんなに命が重いなんて」



 私が保護欲と依存、救いをジェニーに求めているようにタイガもまたソロに執着と愛情を抱いている。

 それは絶対ではないし、それが失われる恐怖を思えば足が竦んでしまう。



「俺、頑張るよ。絶対にソロを消させたりしない」

「ふふ、その意気よ。私も応援するわ」

「うん、ありがとう。……じゃあ行ってくるね」



 どこへ、とは問わない。

 分かりきっているから。



 さて、そろそろ出発の時間が近い。

 だけど用意するべき荷物がない私は手持ち無沙汰だ。

 必要品はプレイヤーの特権であるインベントリに収納してある。

 もう一度マルタに連絡を入れてみようかと思ったが、私と同じようにたたずんでいるエッダーが目に入った。



「エッダー、ちょっといいかしら?」

「ええ、どうぞ。どうかしましたか?」

「ちょっと聞きたいことがあってね」



 何でしょう? という風な感じで続きを促してきた。

 今考えるとこうしてエッダーと雑談をするのは初めてかもしれない。



「色々あるんだけど、まずは教会のことね」

「教会の何について聞きたいのです?」

「そうねー、んじゃ司祭達のことを聞かせてちょうだい」

「司祭達、ですか。……そうですね、戦闘する可能性が高いですし彼らのことは知っておいたほうが良いでしょう」



 瞑想のようにしばらく目をつむると、やがて話しの内容がまとまったのか思い出話を語るように言葉が流れ出した。

 初めは小さな集まりに過ぎない集団が力をつけ、やがてドームという巨大な力に対抗するほどの勢力に成長するという話。

 


「孤児だった私とノディアン、クランヌ。そして孤児院の責任者の一人だったモリスティーニはある日、後に教会のトップである教主となったネーキルと出会いました」

「ちょっと、孤児って……。あなた達司祭って顔馴染みどころか深い繋がりがあるんじゃない」

「ええ、一応は。まあ、残念な結果になってしまいましたが、もう引き返せないですからね」

「そう……。ごめん話を続けて」



 エッダーの話すところによると、どうやらネーキルは人に宿る能力を見抜く力があるらしい。

 その力でエッダー達が能力者となる資質があることに気付き、孤児院に接触した。



「ネーキル教主が話す数々の神様の話は、幼くそして貧しかった私達の心を掴みました。だってそうでしょう? 神の奇跡を体現する能力が私達にある。だけどそれは特別なことじゃない、”役目”なのだと。私達にしかできないことがあるのだと。そう、彼は言ってくれたのです。それが素直に嬉しかった」



 貧しく身分も低く、誰からか期待を受けるどころかただ生きることさえ不確定。

 そんな中にあってネーキルと彼が作り出した教会という組織は幼いエッダー達の居場所を作りだした。



「最初は小さな集団でした。貧しかった生活が急変することもなく、ただ教会の、神の教えの温かさが私達の心の支えだったのです。私同様、教会の教義に賛同した人間やネーキルによって能力を見出された人間が徐々に増えて加わりにぎやかになってきましたね。東のように便利で快適な生活には程遠いものでしたが私は満足していました」

「そんな集団がどうして武装集団に?」

「当時未開発な地域が多かった西側に対して、東側による搾取が本格的に始まったのです。最初は話し合いやデモでなんとか改善してもらおうと教会もやっていました。しかし東側が強引な手段を使うようになって家を追われたり、命を落とす者もでたのです」

「リアルと同じね。あ、いえなんでもないわ。それで対抗するためにエッダー達が前線に立ったと?」

「ええ。戦闘は好きじゃありませんが、私には守るべきものがありましたから」



 しばらくは教会の東側に対する抵抗運動の話が続く。 

 正面衝突すれば何も力のない信者は重火器で一網打尽にされてしまう。

 だから強力な能力者である現司祭達は戦場を駆け巡った。


 ”盾のエッダー”は銃弾を遮る防壁を構築。

 ”槍のノディアン”が敵の集団を強力な力でねじ伏せる。

 ”杖のモリスティーニ”が状況をコントロールし、

 ”華のクランヌ”が彼らをサポートした。



 他にも能力者はいたが、度重なる激しい戦闘で多くの人間が命を落とす。

 しかしそうした戦闘によって負わされる被害が東側にとっても無視できない状態になり、最終的には西側への侵攻を食い止めた形となった。



「そうした活動が結実し、教会が西側の実質的な支配組織になるのはそう時間がかかりませんでした。まるで夢のような、映画のような話ですが数年前というそう遠くない話です」

「つまり司祭達は生死を共に掻い潜った戦友ってわけでもあるのよね? それがどうして……」

「組織の規模が大きくなり教会は狂い始めました。集団を維持するためには力が必要、ましてやドームがなくなったわけではないのでいつか侵攻を再開する可能性もある。教会内でも兵力増強の思想が広まっていました。とりわけモリスティーニはその急先鋒でしたね」

「そう言えばクラブで言い争っていたわね」

「私は反戦派でしたからね。まあ、主張の違いという言葉だけの問題でなくなりつつあったのは確かです」



 教会の中でも内部対立が生まれていた。

 メインクエストでプレイヤーが自身の所属するドームの悪行を暴くように、こちら側もそういうシナリオがあったのかもしれない。



「頑固おやじっていうか、いかにも宗教って感じだったからね。じゃあノディアン司祭はどうなの? 手紙を届けたけど、”この件に関わるな”って言われちゃったけど」

「手紙の件に関してはマルタさんから聞きました。外見があんな感じですから誤解されやすいのですが、彼は本来は優しい人間なのです。孤児院でも私とクランヌの面倒を良くみてくれました。ですから教会の非人道的な行いに加担しているとは私は思えない。彼は恐らく教会の内情を知ったうえであえて通達に従っているのだと考えます。その理由は分かりませんが」

「そっか。それじゃあ最後、クランヌ司祭なんだけど……」



 普段穏やかな雰囲気を崩さないエッダーが決まって心をわずかでも乱すのがクランヌ司祭のことだ。

 一緒に育ってきた環境もあるし、何か特別な思いがあるのだろう。

 しかしあの戦場においてお互いがお互いを明確に敵だと宣言していた。

 立場が違えばそういうことも起こりえるのはわかる。

 だけど疑問なのは、エッダーにはためらいがあっても彼女にはそれは一切なかったということ。



「あれは……クランヌではありません。あれがクランヌだと言うのならば、私の記憶が崩れない内にあれを殺します」

「殺す……。あなたの知ってるクランヌが変わってしまったの?」

「ええ。マスクで顔こそ分かりませんが言動や振る舞いが私の中のクランヌとあまりにも違います。ただ……、声や能力はまぎれもなくクランヌのものです」

「彼女に二重人格のきらいはあった?」

「どうしてですか? 長い間、一緒に生きてきましたがそのような素振りはなかったですよ」



 私は【ソウルブラスト】で彼女の精神の波を読み、そこで目にしたことをエッダーに伝えた。



「……アルアさんが二番目の部屋で接触した精神体は、私が知るクランヌです。クランヌならばそう答えるだろう、そう思えるのです」

「詳しいことは分からないけど、今のクランヌ司祭は本来の彼女の意思じゃないと思うの」

「そうかもしれませんね」

「だから殺すんじゃなくて、もっと別の選択肢を探してみるべきじゃないかしら?」

「……いえ、やはり私が彼女を終わらせます。仮に本人とは違う何かだとしても、あれが体としてのクランヌである以上は罪を裁かなければなりません。そうでなければ、あのおぞましい鞭に変えられた犠牲者の魂も救われませんよ」

「……エッダー、あなたはクランヌのことを」

「さあ、もう良いでしょう。ためらいが生じては事を成し遂げることができません。みなさんも準備がお済みのようだ」



 二階から一階へ下りる複数の足音が聞こえる。

 それは軽快に出発を促すリズム。

 それに従って、エッダーが背中を向けて玄関へ歩みを進める。

 その彼の姿が、彼の強力な力とは逆に小さく見えた気がした。


 私は知った。

 穏やかで独自の心の芯をしっかりと持つ彼は、人間なのだと。

 ジェニーを守りたい私、ソロに好意を寄せているタイガと変わらない人間なのだと。




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