31、black scythe
槍の少女は先ほどまでと同様のゆっくりとした、しかし弱々しくはない動きで起き上がった。
とはいえ自身の武器である槍は、蹴り飛ばされたときに持ち主の手から離れてしまっている。
走って取れない位置ではない。しかし取りに行けばそこを撃たれると判断しているのだろう、動く気配がない。
一つ疑問がある。
彼女は私の銃撃や蹴りをどうして耐えることができたのだろうか?
銃弾の当たり具合で分かるのは影のようなものが黒色の塊となって盾代わりになったということ。
外見では実体がなさそうな、光の類のようなものに思えたのだけれど。
「あーもう。こんなんじゃだめなのに……」
少女には恐怖心がないのだろうか?
プレイヤーならともかく、NPCの人間が銃撃されて体に穴を開ければ基本的には死ぬ。
自身を吹き飛ばした相手を目の前にし、武器を持たぬままどうしてこう悠然としていられるのか。
黒い塊を操るらしき能力によほどの自信があるようだ。
「ノディアンみたいになりたくて槍を使ってるのに、ちっとも上手くならない。"教会の槍"って呼ばれるには遠いなあ」
少女の思考と視線にはまるで私達の存在がないことにされているような雰囲気だ。
今、私と対峙していることよりも槍の扱い方をどうするかのほうが重要らしい。
「いいもん。槍でつつくの飽きてきてたし! やっぱりレノはずばあっと切り裂いて、バラバラにするのが好き」
気配と雰囲気が変わった。
幼い顔つき自体は変わらないが、その目つきがローブに染められた赤色の残虐性に相応しいものへと変化している。
武器を手放しているのにこの余裕はなんなのだろう?
そう思っていると、どこからから銀色の棒のようなものを取り出した。
棒は収納式らしく、彼女が少し振ると無機質な音を鳴らして先端が伸びた。
しかしそれは槍に比べれば短く、棒術として戦うにもリーチが若干足りなさそうな長さ。
槍から棒に変えたところで銃のリーチには対処できない。
優位性はこちらにあるはずだが、彼女の振る舞いはその感覚を打ち消してしまう。
言動とは裏腹に冷静な観察眼で奇襲をかけてきた少女だ、きっと何か現状を打ち崩す力があるはず。
そう私が考えていると、その考えは現実のものとなった。
「黒は楽しい。黒は優しい。黒は暗い。……黒は嫌なものを隠してくれる」
少女に不釣合いな抽象的な言葉を投げかけられて、思考がそれに引きづられた。
私の理解を越えた言葉を耳にした次には、少女が手にした棒の先端から三日月を連想させるような黒い刃が発生する。
全体のシルエットはまさしく大鎌。
銀色の棒から発生した黒い刃は揺らめき、実物の刃物とは違う異質さと禍々しさを備えている。
直感的にヤバいと思った。
鎌自体は近接戦闘武器だ、銃のリーチの前には槍とさほど変わらない。
だが鎌という武器はある種の象徴であることが多い。
安直だが死神というイメージが付随してまわることが多々ある以上、何かしら特殊な効果があるかもしれない。
「……デスタウロスか」
中世編で倒した三匹目の赤い魔物のことが思い出される。
鎌それ自体におかしいところはなかったが、奇妙な状態異常攻撃をしかけてきた敵。
不覚にもあのときの私は敵の術に嵌ってしまい、行動不能に追い込まれてしまっていた。
少女と魔物、共通項は鎌という武器種くらいしかない。
それでも私に嫌なことを思い出させるには充分な要素だった。
過去のできごとが頭をよぎったが、それを少女が中断させた。
鎌から生える黒い刃を後方に向けて、バットでフルスイングするかのようなタメを作っている。
距離は離れていているため素振りしても刃がこちらに届くことはない。
だけど攻撃のための準備モーションを少女がとっているのだから、次の瞬間には間違いなく仕掛けてくる。
「そうきたのね!」
静寂を取り戻していたトンネルに再び私のサブマシンガンの銃声が響く。
少女がタメをつくったまま姿勢を低くし前のめりぎみになったのを、私の目は見逃さなかった。
距離があるのに攻撃モーションを行うということ。
そこから考えられるのは【パワーストライク】のように武器から衝撃波を飛ばすタイプの技を撃つ可能性。
あるいは超スピードで接近し、その移動のエネルギーを武器に伝えながらの近接攻撃。
どちらかというと前者を警戒していた私だが、少女はその逆を実行した。
それならそれでいい。
読みは外れたけど、やることはこれまでとはかわらない。
槍が鎌に変わっただけのことだ。
少女の進行ルートを先読みし、弾丸をバラまく。
これまでと同様、銃弾をバラまかれた彼女は後方へ飛び退くだろうと考えていた。
だが、その読みもまた外れてしまう。
飛んで来る鉛球を全く意に介さずに少女が接近を継続している。
回避を捨てて銃撃を耐えるつもりなの?
「ふふっ」
「えっ……」
少女が微笑んだ気がした。しかしその笑みはすぐに視界から消失する。
いや顔や表情だけの話じゃない。彼女の姿全部がふっと闇に溶けて消えた。
高速で接近してきた少女が姿を消す。
"黒は隠す"、少女が呟いた意味不明の言葉が今ここで理解に及ぶ。
「つ~かま~えたっ!」
消えた姿を追っていた私の目の前に、息遣いが伝わってしまいそうなほどの距離で少女の顔が現れた。
油断なんてしていなかったが予測を裏切られる行動の連続に判断が遅れた。
そんな私のこめかみを、少女が左の掌を大きく開けて包みにかかる。
「くっ!」
「だ~め。じっとしてなきゃ、ざっくりやっちゃうよ?」
柔らかな手の感触が伝わるがダメージはない。
だが痛くも痒くもないその行動の意図はすぐに分かった。
彼女を引き離すために銃のトリガーを引くことも、蹴って吹き飛ばすために膝を上げることもできないでいる。
そう、力が入らないのだ。
麻痺か何かの状態異常を仕掛けられたのか?
体中の活力という活力が枯れ果てる、そんな感覚が全身を支配する。
「そろそろかな? 仲間もいることだし、ささっとやっちゃうね!」
確かに今の私は動けない。
鎌で斬られればゲームでの死となり転送させられるだろう。
転送させられれば時間を浪費し、デスペナルティによる能力低下によって行動に支障をきたす。
何より、あの少女を救うことができない。
「……私にはやることがあるの。お願いだから帰ってくれないかな?」
「ダメダメ! 絶対ダメ! いのちごいっていうのはレノ、好きじゃないから」
右手に携えた鎌の切っ先を私の首に当てる。
そう、やはり話は通じないのね。
「おっと、そこのおじさん。動いたらダメだよ。この人の顔、体からぽーんって飛んじゃうよ?」
「分かっている。手出しはしない。……今はな」
マルタやタイガは冷静に状況を読み取っている。
手にしたボウガンを発射することも、大剣を持って駆け出すこともしない。
それは私を人質にとられているからでも、ましてや見捨てているからでもない。
この薄暗いトンネルと同様に、静寂をもって時機を待っているのだ。
私の顔が悲哀にも苦悶にも歪まず、タイミングを図っているのを彼らは理解している。
「うーん、みんな何考えてるの!? なんで仲間が殺されそうなのにそんなに静かなの!?」
言動が幼くも馬鹿ではない少女はこの状況を不思議がる。
もちろんこの世界が現実で、死が本来どおりの結末をもらたすものであるならばマルタ達もじっとはしていないだろう。
だけど私達は死なない。
死という大きなリスクを背負っていないのだから、取れる選択肢は実行するのみ。
「それはね、私にこういう力があるからよ」
「な、なーに? そんなに怖い目をしてもレノはびびったりしな……」
快活な少女の口が閉ざされる。
それは私が憎悪のイメージを形成し、【ソウルブラスト】を発動させたからだ。
できれば明確に敵だと言える相手以外には行使したくなかった。
しかし体の自由を奪われている私ができるスキルはこれ一つ。
「えっ嘘! この熱いのは炎? どうして……」
彼女に纏わりつく精神の波を捉えた。
黒いギザギザの何かが絶えず浮遊し、いったりきたりを繰り返している。
その感触の原因は分からないが、今まで【ソウルブラスト】が通じた相手の中では最も攻撃的な波。
カーティナは私の攻撃を、精神に防波堤のようなものを作り上げて耐えきっていた。
このレノールの場合、侵入者に対してとった手段は防御ではなく攻撃。
私は人の心は読めない。読みたいとも思わない。
だけどこのスキルに対する反応の仕方は、その相手の波長を感覚で掴み取る。
文字で表現できることではない。
けれどその波長が、それぞれの人となりを形成していることはなんとなく、分かる。
意思力が低いクリーチャーはこの攻撃に耐えることはできない。
それは彼らに私が飛ばすイメージの投影をかき消すだけの障壁を用意できないから。
カーティナが心の防壁で耐えたのは、きっとそういう経験が多かったから。
そしてこのレノールの波長が示す攻撃性は……。
ココハドコ? シラナイ バショ
ミンナ ワラッテル ワライナガラ ヤル
イタクナイノ? イタイカラヤル
ヤッテモイイノ? ダイジナコトダカラ
思考? 過去? 会話?
感覚の波に紛れて言葉が流れ込んでくる。
その言葉の波が私の攻撃を押し返そうとしている。
反攻に対抗し、私もイメージの形成を強めて再び投影しようとしたとき、体に大きな衝撃が走った。
その衝撃によって、精神の波を漂っていた私の意識がはっきりと現実に引き戻される。
背中には冷えた地面の感触、体の前面に何かをぶつけられたような感触が弱く残っている。
どうやら私は吹き飛ばされてしまったようだ。
体を起こし顔を上げると、私の代わりに大剣の少年が鎌の少女と対峙していた。
「アルアさん、交代だ。ここは任せてくれ!」
「いたた……。タイガ? いったい何が……」
足を踏み出そうとした私の肩をマルタが掴んで静止させた。
「スキルはかかっていた。だがそうであるにも関わらず少女の鎌の刃がアルアを狙っていたのだ。だからタイガが動いた」
「完全には効いていなかった、ということなのね」
私の代わりとなって前に出たタイガが【ステップ】で前方へ進み、その着地点で水平に大剣を振り払う。
レノールはそれを受けることなく後方へ回避するもタイガが大剣の連撃を加えながら追撃を継続している。
彼の攻撃は当たることはなかったが、逆に鎌の一撃をもらうこともない。
「俺だって、このくらいはやれるさ!」
「邪魔しないでよ! レノはあいつとやってたんだから。邪魔するなら先にやっちゃうよ!」
「やれるもんならやってみろ。何千ものゾンビを斬ってきたんだ。接近戦で簡単にはやらせない!」
攻撃の返しに降りかかる黒の刃を鎧の頑丈な部分でガードしている。
お互いに接近武器同士、飛び道具を持つ私やマルタに比べたらやりやすいのだろう。
「行かなきゃ。肩を離してちょうだい」
「ダメだ。タイガの変わりに今度はアルアが治療をやってくれ。……俺達では手に負えない」
マルタに指摘されてはっとする。
そうだ、タイガが前にでているということは守るべき少女の処置ができていないということ。
視線を下げると、異形の少女の表面部分が変異した皮膚ではなく、私らとほとんど変わらない肌色のものに変化していた。
胴体は未だ変異したままだが、変異が弱まったせいなのかそのシルエットは普通の少女の裸体に近いものへとなっていく。
変異が弱まっている。
硬化能力、並びに再生能力を有する皮膚がだんだんと普通の人間のそれに近づいていく。
それが意味するのは、この少女がだんだんと死に向かっているということだ。
目は閉じたまま、胸だけが微かに上下している。
変異が解けた腕には穴が、そして体にはいくつかの刃物で切られた傷が目立つ。
「ポーションは効かなかったの!?」
「受け取ったやつを使ってはみた。出血は抑えられたしある程度の効果はあったのだが、意識がもどってこないのだ」
首を振るマルタの手は赤く染まっていた。
彼もまた少女の救命に手を尽くしてくれたのだろう。
そしてそれ以上は何もできないことが彼には分かった。
「まだよ。まだ死んでない。まだ諦めるのは早い!」
回復用のアイテムを手当たり次第に取り出し使用する。
出血が止まったのであれば全く効果がないわけじゃない。
NPCだから効果がないということもない。
現にジェニーには効いて今も生きてる。
今回だってきっと、やれるはずだ。
ドクドクと、脈拍の響きが私の意識に伝わる。
少女ではない、私自身のもの。
一つの命の終焉が近づく、そのプレッシャーと焦りが私を色濃く包んでいく。
「あんたっ、しぶいといのよ!」
「頑丈さが取り柄だからね」
甲高い金属音がたびたび耳に聞こえる。
レノールは鎧を着用していないのだから、この音はタイガが敵の攻撃を受けているということだ。
純粋な攻撃力と耐久力はタイガが勝っていると思う。
でも鎌の少女はスピードで彼に勝り、加えて攻撃を読みにくい武器を扱っているし戦闘慣れもしている。
一撃を加えることができなければじりじりとLPを減らされ、最終的には致命的な攻撃を受けることになる。
少女が後方へ飛び退くのを見逃さず、タイガは追撃の撃ち下ろしを放った。
だがそれは誘いだったのだ。
渾身の撃ち下ろしは半身で回避され、そのまま互いの息遣いか届いてもおかしくない距離まで詰められる。
「あんたの剣、これで使えないよね!」
「そっちの鎌もな」
両者共にこの超近距離では武器の間合いから外れている。
武器のサイズが大きい近接武器種は近すぎると刃を活用することができない。
だけどそんなことは少女は分かってて近づいてきたのだ。
武器には不釣合いな少女相応の左手でタイガの首を掴む。
「あんたとやるの、飽きてきちゃった。これで終わりにするね」
「ぐ……。さっきアルアさんにかけてたヤツか」
少女の左手が黒に染まっていく。
どういう類の攻撃かよくわからないが、あれをくらってしまうと全身の力が入らなくなる。
私はたとえ全身の力を封じられたとしても、視線と意識さえ生きていればスキルを発動させられる。
だけど大剣一辺倒のタイガには、それがない。
「今度は邪魔させないよ! ……黒の形をここに。遮りの幕として、レノに力を」
マルタが無言ですかさず発射したボウガンの矢より早く、少女の宣誓した黒色の防御壁が展開される。
その壁はマルタの矢が触れるとまるで生き物のようにそれを取り込み、攻撃を無効化した。
ゼリー状で向こう側が透けて見えるほどの薄い黒色だが、防御性能は外見上のイメージよりも高い。
「タイガ、今救出するぞ!」
短剣のスキル、そしていくつかの魔法スキルを発動させて防壁を攻撃する。
もし防壁が中世編での防壁スキルに近いものならばダメージの許容量がある。
それを突破さえできれば防壁を越えて、タイガのピンチを救うことができる。
しかし結果は芳しくない。
幾多の攻撃を仕掛けても表面が揺らぐのみで穴一つ開かず、壁はぶよぶよとその身を震わせるのみ。
「ムダよ、ムダなの。そんなんじゃ、夜までずーっとやっててもこっちにはこれないよ。……それじゃ、そろそろ」
マルタの行動を面白がってみていた少女は興味の対象をタイガへと変更し、刃を首の後ろへかけた。
しかしその行為は継続されることなく、代わりにレノールの両目が驚きを伴って大きく見開かれている。
「そろそろ反撃しないとね」
「!? あんた、どうして動け……」
首を掴む少女の左手を振り払い、がら空きの体にショルダータックルをお見舞いする。
鎧の重量が加算されるその一撃は軽くなく、吹き飛ばされ受身を取ったレノールだが足元はふらついていた。
「タイガ、平気か!?」
「マルタさん、大丈夫だよ。俺の剣、状態異常耐性が付いてるんだ。あいつが何の状態異常を仕掛けてきてるのかは分からないけどね」
そう言いながら右手だけに握っていた大剣に左手を添え、再び両手に持ち直す。
大剣【ライトブリンガー】、その剣の名前通りに刃が薄く発光している。
それはゾンビを何千と討伐し、偶然ドロップしたレアアイテム。
そういったレアアイテムには何かしら特殊効果が付いてることがある。
タイガの言うように状態異常耐性が付いているのならば、前衛かつ攻撃を受ける機会が多い彼にとって最高の武器となる。
「みんなでレノを馬鹿にして……。 やっぱりあんたよ。最初にあんたを形の残らないくらい、ぐっちゃぐちゃに切り裂いてやる!」
レノールが鎌を構えて姿勢を低くする。
大きな殺意と気迫が感じられる構え、鎌の不定形な黒い刃も先ほどのまでの2倍は体積が膨れ上がっている。
耐える戦闘スタイルを維持するためのステータス振り、そして重量のある鎧を装備しているタイガ。
彼は対物理攻撃においてはかなりの防御力を誇っているといえる。
しかしその優位性をぐらつかせるほどの、まがまがしく膨張した鎌を少女は構えている。
スピードと重量、そして黒の塊といった不気味な要素が結束する一撃を、流石に受けきれるとは思えない。
「くそっ。連撃でダメージを稼いでいるというのに!」
それを感じているからだろう、マルタは行き手を遮る壁への攻撃を再開している。
たとえ無駄だと分かっていても仲間がやられるのをただ黙って見つめることはできない。
普段はなかなか見られない、彼の静かな闘志に、タイガは微笑んで応えた。
「大丈夫だよ。俺、あいつをやれる。やらないとさ、その子を守れないから」
「無理な意地を張るな! いいか、回避に専念するんだ。鎌も大剣と同じで連撃には向いていない。初撃をどうにかしてかわすんだ!……おい、聞いているのか!」
マルタの忠告に反抗するかの如く、タイガは剣を真上に掲げた。
その構えはまるで攻撃してくれといわんばかりの隙だらけのもの。
だけどその姿勢はおふざけでもなんでもなく、何らかの宣誓や儀式を行うかのような神々しさを私は感じ取った。
「パーティー向きじゃないし、それに若干チートぎみな気がして使わなかったけど。でも今なら使える。幸い壁もあるしね」
剣を掲げたタイガの全身を赤黒いオーラが包む。
見たことのない光景だが、似たようなものは知っている。
それはプレイヤーの能力を上昇させるスキルや補助魔法の現象。
彼が何らかの補助スキルを取得していたというのだろうか。
「狂乱の雄叫びを我が身に。 【セルフバーサク】!!」
「タイガ、攻撃が来るぞ! 避けるんだ!!」
タイガの無防備な構えをレノールは見逃さない。
通常時よりもサイズを増幅させた黒の大鎌が迫ってくる。
向かってくる力の塊に対して取れる行動は三つ。
回避するか、耐えるか、合わせるか、だ。
私ならば回避を優先し、それが無理ならばカウンターにかける。
しかし大剣の少年にできるのは耐えることのみ。
いかにステータスと装備品を耐える点に特化してあるとはいえ、盾を持つわけでもない彼が耐え切れるはずがないのだ。
悲観的な推測しかできないほどに、膨張した刃を持つ鎌というのは威圧感が突き抜けている。
地面を叩きつける音が聞こえた。
あろうことかタイガは耐えることも、ましてやカウンターもせずに少女へと突っ込んで大剣を勢い良く振り下ろしたのだ。
その結果が大剣の空振りとトンネルを伝う空虚な音。
少女もまさか彼が前進して攻撃するとは考えていなかっただろう。
なにせこれまでのやりとりでタイガは一太刀も浴びせていないのだから。
捨て身としか見えない行動、レノールはそう理解したのか。
急速接近からの一撃必殺という目論見は崩されたが、地に大剣を突き刺したままの敵など問題外。
隙だらけの構え以上に隙だらけ。
無防備な胴体を横なぎに両断しようと、少女は鎌のタメをつくり振りぬく。
「言ったろ? そろそろ反撃しなきゃって」
地に刺した大剣をそのまま、まるでその剣には重力がかかっていないのかと思わせるように軽々しく横へ払う。
少女の斬撃と少年の斬撃が激突する。
その力は拮抗し、どちらが押し勝つことも押し負けることもない。
その力比べも終わり、次の瞬間には連撃の応酬となる。
縦、横、斜め。
シンプルだが凄まじい速さの斬撃が光の帯を伴いながら繰り出される。
押しているのは本来連撃を苦手とする大剣を持つタイガ。
「どうして!? さっきまでと全然違う!!」
「俺はでっかい剣を振るうしか芸がないんだけどさ。だからこそこういうところで負けられないんだよ」
巨大な大剣を片手剣を振るうかのような速度で扱っている。
技量もへったくれもない、受ければ致命傷を負ってしまうような重い一撃が何度も何度も繰り出される。
しかし少女もやり手だ。かするだけで神経をすり減らすような攻撃を凌いでいる。
「当たらなければ意味ないの。ふふふ」
幾度となく繰り出される斬撃だったが少女には当たらない。
最初とは全く違う攻撃速度にも関わらず攻撃を回避し、しまいには闇の刃がタイガを切り上げた。
真横へ全力で振りぬいたその一撃の隙を狙ったのだ。
少女はモンスターなどではなく知能があり学習をする。
攻撃のタイミング、連撃の繋がり方とその終わり、そういったものを回避しつつ覚えている。
一撃を浴びせたとはいえ、耐久力の高いタイガをそれで終わらせることはできない。
それは相手も理解しているのだろう、体勢を整えるヒマを与えてくれない。
横に大振りしたところに強打を受けたのだ、ダメージは衝撃に置換され防御体勢をとることは不可能。
「当たらないなら、当たるまでやるよ」
「なに、こいつ。動いて……」
タイガの反撃が始まった。
大振りによる隙と強打を受けた際の衝撃をなかったかのように逆方向へ大剣を振りぬいた。
思いっきり左方向へ振りぬいておきながら次には右へ刃を走らせる。
本来ならば鍛え上げられた筋力と、体にかかる負担を耐えられる耐久力が必要な攻撃。
スキルであれば動作補助の恩恵もあってそういった動きも可能だ。
実際に槍にはいくつかそういったスキルがある。
人体の構造上、動きが難しい行動を実行するための技。
しかしタイガの様子をみる分にはスキルを使っているようには見えない。
ともかく、少女にとって予測を越えた一撃であることは間違いない。
とっさに黒の塊を纏って盾代わりにはしたが、それでダメージを殺せるほど大剣の一撃は軽くない。
剣によって体を両断されることはなかったが勢いは殺せずそのままトンネルの壁に衝突する。
決定的なダメージだ。
以前私に吹き飛ばされたときと違い、今回は明らかに足元がふらついている。
「なによ、なんなのよ! なんでレノの邪魔するのよ!!」
「君が俺達の邪魔をするからだ。倒しはしないから、早くここから去ってくれ」
勝敗は既に決していた。
回避力の高い者がその素早さを失ってしまえば、耐久力の高い者とやりあって勝てることはない。
からめ手の状態異常もタイガには無効化される。
とはいえ最初からこの組み合わせにおいてタイガの勝利が確定されていたというのは違う。
基本的に私達プレイヤーはこの世界をゲームとしてプレイしている。
……いや、してきた。
その時間は長く、それに慣らされてこの箱庭を楽しんでいる。
それはつまり、NPCとはいえども”この世界を生きている”レノール達とは必死さと気迫が違うということだ。
命を奪うこと、または奪われそうになることを経験し、そしてそれが日常である世界に生きる。
彼女の性格がもっと合理的で、冷徹で、目的を実行するだけのものだったら。
最初から目的達成に全力を出されていたら、異形の少女どころか下手したら私達もやられていたかもしれない。
「倒す、って? 殺す、の間違いでしょ?」
「人殺しをする趣味は俺にはないよ」
少女の顔が怒りに満ちて淡く赤色に変わる。
が、次の瞬間にはそれまでの感情を全て忘れたかのような落ち着き払った雰囲気に変化した。
「わかった。レノはもう帰る。……だけど決めたんだ。あっちの女よりも先に、まずはあんたを殺す。そう、ぜえったいそうするって決めたから」
不吉な殺害予告を残して、刃を失った銀の棒を回転させる。
マルタや私を遮っていた黒の障壁は消え去り、逆に少女の周りには黒の塊が現れ集まっていく。
それらが集合し少女の体を包み込んだとたんに消失、そのあとには何も見えなかった。
レノールの撤退を確認したタイガは我先にと私のところへ近寄ってくる。
正確には私の目の前で微かに胸を上下をさせているだけの少女のもとに、だが。
「アルアさん。どう、なの? やっぱり助けられないの?」
異形の少女の周辺には私が使って散らかした回復アイテムの残骸がちらばっている。
タイガが私の代わりにレノールと交戦している間、中世編で手に入れたほとんどの回復アイテムを試してみた。
だが結果は見ての通りで少女の意識は戻ってこない。
確かにマルタの言うように体にできた傷は修復されていた。
本来、ダメージは衝撃に置換されるため傷を負わない私達にとって回復アイテムはLPを回復させる道具に過ぎない。
もっといえば傷を癒すでもなんでもなく、残されたLPの数字を上昇させるといったシステムに回復アイテムという役割が与えられただけ。
しかしそれでも、傷は癒えるしジェニーのように感染状態から立ち直らせることもできた。
これ以上何ができるのか?
ゲーム的に、ではなくもっと現実的な手段で回復させないとだめだというのか?
そんなのは回復アイテムを無闇に使い続けるよりも効果が絶望的だ。
私達は医者でも研究者でも、プログラマーでもない。
肉体に直接ふれて治療なんてそんな知識と技術は持ち合わせてはいない。
「……アルア、もう分かってるんじゃないか? 断念しても俺は責めんぞ」
そう、分かっている。
もし、もしゲームという作られた枠を超えた何かがこの世界なのだとしたら。
虚構と現実の境界という曖昧なラインを超えていける力があるとしたら。
ダメージのやりとりといった数字遊びとは異質な力。
「様子がおかしくなっても止めないでね。むしろ押さえつけといてもらえると助かるわ」
「降りる……という選択肢は無いようだな」
【ソウルブラスト】のもう一つの可能性、それは修復。
憎悪のイメージを投射して対象を焼きつくすのとは逆の、癒しと慈愛のイメージによる回復。
このスキルを使い続けて分かることがあった。
それは使用の際に何かが自分に跳ね返っているということ。
その跳ね返りは小さな胸の痛みとなって私に知らせる。
精神の波に乗ることへの相手の抵抗なのか、スキルの実行に伴う私のエネルギーの消費なのか、吸収なのか欠損なのか。
事象の結果は理解が及ばない。
ただ何のリスクもなく行える行為じゃないということだけは自覚していた。
――侵すものは侵される
他者の何かを触れようとするとき、それは自分の問題だけではなくなってしまう。
だから私は背負った。
ジェニーという一つの小さな命を。
結局のところ、背負うことも背負われることもゼロにはできないのだ。
無価値な私の生命、それを糧にして他者の命に介入する。
私はそうすることを、決めたのだ。




