20、vision
「ぐぎゃあああ!」
一人の男が全身を火だるまにされながら悶える。
命を奪うところまではしたくなかったけど、もはや会話が通じる状態には思えなかった。
頭部が異形化によって二股に分かれ、その中心には獣の口を連想させる穴とトゲ。
こうも簡単に"人"を捨てれるのは何故なのだろうか?
生きることに執着がなかった私でも、生きている以上は人でありたいと願っている。
きっと、目の前の男と私は一生分かり合えることはないのだろう。
仲間を失ったためか、男の連れが両手を触手状に異形化させているのにも関わらず私に背を向けて駆け出した。
理性がほとんど残っていないはずなのに、こうした判断だけはできるようだ。
いや、理性が失われつつあるからこそ、直感的に死の可能性を感じ取っているのかもしれない。
だけど、手遅れなの。
話しかけられたとき、素直に言うことを聞いていれば人を捨てる必要もなかった。
「悪いが、仕事でな」
姿を隠していた彼が突如姿を現し、逃走する連れの男の背中を切り裂く。
称号【影の一撃】、存在を知られていない対象に対して攻撃力を増大させる効果。
背面攻撃と称号の効果が重なり、逃亡者が力なく地面に崩れ去る。
このエリアで不覚をとった経験を払拭するように、最近の彼をとりまく雰囲気には少しばかり緊張感が上乗せされているように感じる。
「流石ね。サブマシンガンを抜かずに済んだわ」
「サイキック能力が安定して使えるようになったとはいえ、アルアにまかせっきりだとな。俺にもやるべきことがある。そのためにも経験は積んでおくべきだし、仕事は成し遂げる」
私のサイキック能力は安定性を得ることで強力な武器になった。
手放しで喜べないのは、発動させる瞬間その感情をフラッシュバックさせないといけないということ。
その行為は黒い極細の針が胸を刺す感覚を伴う。
痛くはないけど知覚できる情報、意味があるとするのならば、乱用はしたくない。
とはいえ街中でサブマシンガンを撃つのはあまり得策ではないと思える。
銃声が響いて目立ちすぎる。
100パーセント純粋なゲームの世界であればそれも構わないが、今の私達にとっては慎重さが重要なのだ。
「しかし……、これで6人目だな」
「ええ。本来の対象であるゾンビなんて一匹も見ないけどね」
西側の本来のクエスト、このエリアに沸いたゾンビを倒すという任務は既に変容していた。
事情を知らない者からすればゾンビも体の一部がおかしくなったクリーチャーも区別がつかないのかもしれない。
体を変異化させた人間、私たちはクリーチャーと読んでいるけど、戦ったのはすべてそれだ。
最初から理性を失い異形化している者もいたが、大抵は出会ったときまでは人間の姿を維持している。
情報を得ようと会話を試み、発せられる言葉から追求をするとヤツらは決まって襲ってくる。
おかげで未だに発生の原因を含めた細かなことは全然理解が進んでいない。
「唯一の手がかりが、このシリンダーか」
マルタが中身のない、空になったそれを手にして見つめる。
その容器自体は液状の薬品などを簡単に体内へ注入するために作られたものだが、問題はその中身だ。
「焼き尽くして所持品が分からなくなったヤツ以外は、みんなそれを所持していたわね。……状況からみて間違いなくそれがクロだと思うんだけど」
「体を化け物にする薬、とんでもない効果だ。本来なら一般市民が手にしてはならない品物のはず」
「それだけじゃない。多分、強烈な精神高揚作用と依存性があるような気がする。みんなイっちゃってたからね、頭」
好き好んで化け物になりたい奇特な人間なんてそうはいない。
それなのに体に打ち込んで常用してしまう、それはもう麻薬のようなもの。
禁断症状という言葉が可愛く思えるほど、強力なリスクを背負ってしまう薬品。
心当たりがないわけじゃない。
というよりももはやアレしか繋がるモノがない。
「依存性については分からないが、人を異形化させるとなればもうこれは俺達の追っているディライフに違いないだろう」
「体に入れた人間の体を変え、凶暴性を増大させるもの。私もそう思う。だけど、どうして……」
「狭い範囲とはいえ、出回っている以上は出処があるということだ。その意図は実験なのか、それとも現実の麻薬のように金なのかは分からん。色々と分からないことだらけだが、俺達でできることをやればきっと答えに繋がっていくはずだ」
やれることをやる。その通りだ。
この世界の私達なら、その力もある。
「怪しそうなNPC捕まえてもラチがあかないわね。配布してる人間を追う方向に方針を変えましょう」
「ああ。……そうだ、一応原因らしき事項が判明したわけだが。一旦エッダーに報告するか?」
「悩ましいけど、止めましょう。少なくとも出処がどの勢力に属しているのか分かるまでは」
私の勘だとエッダー司祭はこの件に関与していないように思う。
もし、協力体制をとれるなら手を結んだほうが戦力的にも立場的にも楽に活動できる。
だけど人を異形化させるこの薬品はディライフに限りなく近いものだと私達は推測している。
それはつまり、配布している人物が教会絡みだということ。
迂闊に行動すれば、エッダーは処分されてしまうかもしれない。
彼を敵にまわすのも厄介だが、教会勢力の中で協力者となりえそうな彼を失うのもまた厄介なのだ。
だから彼を説得できるような証拠をまずは集めるべきなのだ。
「とはいっても、NPCを問い詰めても薬をやってたら襲い掛かってくるし、まともな話が聞けないわ」
「配布する人物と受け取る人間、それらが重なる場所を探す必要があるな。……ちょうどよさそうな場所が目の前にあるじゃないか」
彼が示す先、それは周囲の寂れた飲み屋に比べ比較的綺麗で豪華な電灯を装飾してあるクラブハウス。
偏見をもっちゃいけないんだろうけど、リアルでのニュースを思い返すに一番ありえそうな場所ね。
刹那の快楽と高揚を求め、人々が集いそして夜を楽しむ。
……夜か。残念ながら、今は昼なのよね。
いくら薄暗いこのエリアでも、流石に真昼間からは営業していないだろう。
実際よくよく目をこらせばドアは閉じられているし、人の気配も感じられない。
「闇雲に周っても仕方がないし。それに……少々眠い」
「飲んだあとにも関わらず、怪しそうな人間を探し回ったからね。いいわ、ジェニーにもそろそろ会いたいし、一旦戻りましょう」
日中でも日があまり差し込まないこの通りを離れ、私たちは家へ戻ることにした。
―――
「ただいまあ」
「アルアさん、マルタさん、おかえりなさい!」
「ああ、ただいま」
門を開ける音が聞こえていたのだろう、ドアを開けるとすぐさまジェニーが出迎えてくれた。
こうして私に向かってきてくれる彼女の頭を撫でること、それは自分への数少ない癒しだと言える。
悲しみが完全に消え去ることなんてもはやないだろう。
でも以前とは比べ物にならないほどの落ち着きを取り戻している。
「アルアさん、また目の下にクマができてる。寝てないんでしょ? 私のことはいいから、休んでください」
「せっかく帰ってきたのにごめんね。ほんの少し、眠るだけだから」
夜にはまた捜査を始めるためにあのクラブへ出向くことになる。
食料の類を買いこんであるとはいえ、ジェニーに寂しい思いをさせてしまっているのは胸が痛む。
だけど私はこの世界を歩き続けなければならないという意思を、まだ小さいはず彼女はなんとなく分かってくれる。
大丈夫、どこまでできるか分からないけど、きっと私があなたに平穏の場所を見つけ出してみせるから。
そう思いながらソファーに横になると、心地よい感触が全身を包んでいく。
「マルタさん、コートを渡してください。ハンガーにかけておきますから」
「……それくらいは自分でやるさ」
「私、まだ子供だけど、やれることはやりたいんです。……だめ、ですか?」
人のことを言える私じゃないけど、マルタも子供が苦手なのだろう。
普段愛想がない彼が表情を固くしたままぎこちないやりとりをしているのをみると、少し滑稽にみえた。
仕事をきっちりこなしそうなタイプである彼にも、苦手なモノがあるということ。
「マルタ、素直に言うこときいときなさいよ。減るものじゃないでしょ」
「こういうときに使う言葉じゃないだろう。分かった、俺の負けだ。……お願いするよ、ジェニー」
「はい!」
マルタからコートを受け取ると、成人男性が着用する衣類の大きさに手間取りながらも、パタパタとクローゼットに向かっていくジェニー。
純真な気持ちの塊。こうしてみると子供っていいわね。
私にもあんなときがあったのだと思うと、大人になるのが良いことなのかどうか考えてしまう。
「いい子だな」
「そうでしょ? 私が執着するのも分かってくれた?」
「……そうだな」
彼は感情をストレートに表現しない。
だから『そうだな』と呟く彼の表情を注視するしか、彼の思考の方向性を探る術はない。
私の観察によると、『言いたいことは少し違うが、あえて言うこともない』という表情だ。
そんなことを考えていると、段々と眠気が強くなってきた。
ここ最近、感情の高ぶりが激しかったのだ。
今このときは、ソファーと掛け布団の柔らかさに身を任せて、心を透明にして休みたい。
きっとこの先、感情がたびたび揺さぶれることになるって、分かっているのだから。
―――
ジェニーに起され三人で食事をとったあと、私とマルタは例のクラブに向かった。
クラブといってもここは繁華街とはちょっと言いがたいエリア、真っ当な身分と仕事を持つ人間が活動する場所ではなさそうだ。
周囲のうすぼけたテナントに比べ、この建物だけは綺麗にしてあるのが異質に思えた。
ネオンや電飾のある看板なんてチンピラに叩き割られそうな、そんな雰囲気がある周囲の中で一つ存在感を出している。
正直に言えば、あまり立ち入りたい場所ではない。
安全性という意味でもそうだが、私自身リアルでもこういった場所は避けてきた。
刹那的、一時的な高揚感と連帯感が悪いとは言わない。
だけど私は、そんな場所に何かしら意義を見出せる気がしなかった。
「行くぞ。人が集まる場所だ、戦闘が起こるとは考えにくいが逆に油断をしないようにな」
「ええ。怪しまれず、周囲に溶け込まないとね」
ドア明け通路を進む。
途中、入場料支払いの確認画面が表示されたけど、たいした金額でもないし支払って奥に進む。
私達プレイヤーはオートマチックに支払いができるけど、NPC達はそれをどうやって済ませているのだろう。
それにこういう場所って普通はボディチェックとかされないのかしら?
考えても仕方がないけど、中途半端なリアルさがここに限らずたくさんある。
視界の先にまた一つ大きなドアが見えると、中から音楽が漏れ出て聞こえてきた。
音楽を楽しむだけならば、こういう場所も悪くないのだけれども。
意を決して中に入った。
数々の照明と揺れ動く人影。
光は部分的には強いが、会場全体を照らすことはない。
音楽を楽しむ者、踊る者、酒を飲む者。
未経験だが、ドラマや映画で見るようなシーンそのものがそこにあった。
違う点といえば、気分を落とさせる多少退廃的な音楽をBGMに、今を楽しむというよりも今という時間にへばりついているだけの顔をした人間ばかりがそこにいるということ。
夢も希望もなく、与えられる快への感覚を享受する存在。
とりあえず周囲に溶け込むために、ジントニックを注文し開いている席に座った。
マルタも何か頼んだようだ、グラスを受けとると隣に並んだ。
ゲームとはいえ、こういう場所で見知った男性と一緒にいるのは心強い。
それにしても、教会製のローブはしまっておいて正解だった。
視界に入る人間はカジュアルな服装ばかりなのだ。
宗教色の強いあれを着てここに入れば目だって仕方がなかっただろう。
ローブを羽織らないことでサブマシンガンを隠すことはできなくなったが、インベントリからすぐに取り出せるので問題はない。
……まあ、サイキック能力があるし、できるだけ火災騒ぎにならないようにしたいけども。
「雰囲気が多少暗いということを除けば、今のところ異常はないな」
「そうね。……ん、ちょっとまって、スタッフがちょっと慌しくなってきてない?」
雰囲気を楽しんでいる客と違い、従業員が慌しく動き始めた。
奥のちょっとした小部屋の人払いしをし、席を確保している。
VIP待遇を受けている人物がくるのだろうか、だとしたらどういう人物なのか興味あるわ。
私とマルタはカウンターを離れ、その小部屋の状況が分かりつつも気配を悟られないような、そんな距離で音楽を楽しんでいる客を装う。
そうこうしていると私達が通ったドアとは別のところから、その人物が入ってきた。
その入ってきた男を見たが、それは私のイメージとはだいぶかけはなれた人物だった。
てっきりいかにも金があって遊んでますって感じを想像していたのに、その席へ通されたのはこの場には似つかわしくないローブをまとった男だった。
……そう、教会製のローブを、だ。
「ねえ、マルタ。あのローブは……」
「エッダーやネーキルが着ているものと同じだな。色が違うということは階級が違うのだろう。トップであるネーキルは黄色、司祭であるエッダーは青。あの男が着ているのは緑だから、おそらく司祭よりランクが低いはずだ」
ローブの装飾の色は階級を意味していたのか。
私がもらったのは白色、きっと一般信徒程度のものだろう。
それにしても到着そうそうえらそうにふんぞり返っているあの男、教会の階級については良く分からないけど司祭以下の身分であそこまで上客として扱われるものなのだろうか?
東側とまではいかないにしても、西側も部分的に見れば立派に都会なのだ。
そんな中にあって宗教色の強い彼らが強い影響力を有しているというのは違和感を感じる。
「アルアは東で始めたから感覚が分からないだろうな。西のエリアでは教会勢力の影響力がかなり大きいのだ」
「そうみたいね」
「今の俺達にとってはうさんくさい教会だがな、開発が遅れたこちら側を発展させたのは教会の強力な後押しがあったかららしい。それに東側の資源の独占を打破すると明確に公言してある。国としてはどうかと思うが、教会は独自に兵力も持っている。俺もその中の一人、だが」
教会の力で西側もそれなりに発展した、そういう設定だということは理解している。
歴史が存在しようがないこの世界で時系列を考えても仕方がないけど、そこまでの力を教会はどうやって手に入れたのだろう?
貧困者を救ったり、教義で人の道を説くだけでは実質的な力はここまで備わらないと思うのだけれど。
考えても仕方がない、か。
今はとりあえずあの薬品の出処を確かめることに専念しよう。
そう決めて慣れないながらもこの場所で楽しむふりを始めて2時間、いよいよローブの男に動きが現れた。
男は金属製のケースを取り出し、中のものを接待していた従業員に見せ始めた。
周囲の客も遠巻きながらその様子に注目しているようだった。
そのケースの中にあったもの、それは昨日今日で何回か目にした、あのシリンダーだったのだ。
従業員はシリンダーをケースごと受け取り、お返しとして包みを渡していた。
中身は察することができる、金だ。私達には必要ないが、あの包みには紙幣がぎっしりと詰め込まれている。
「こうも簡単に教会の関与が確認できてしまうとは……」
「てっきり間にだれか使って配布していると思ってたんだけど、こうもどうどうとやられるとね」
身分を隠すこともなく、金銭を受け取り、両サイドに女性をはべらしているその男。
教会の教義なんて細かくは知らないが、エッダーを見ていれば男が真っ当なことをしているようには思えなかった。
受け取りを終えると男は女とともに立ち上がって従業員専用扉をくぐりぬけ、奥の部屋へと消えていった。
「……さてどうするか。出処は分かったが、教会の人間が直接でてきたとなれば力づくで解決するわけにもいかんぞ」
「知ったことじゃないわ。エッダーはゾンビの処分と発生の謎をクエストとして依頼したの。私達には探るべき理由がある」
もしエッダーが関与しているのならば、私達にゾンビ処分のクエストを出しても原因の追求はさせないだろう。
あの売人である男の身分は分からないが、司祭であるエッダーよりは身分が低いのは間違いない。
問題が起きればエッダーがどうにかしてくれるはずだ。
「仕方がない、か。俺は【ハイディング】で従業員扉から侵入する」
「んじゃ私は、スタッフを誘惑して……」
「止めておけ。無理をする必要はない。時間は短いがパーティーの気配を消すスキルを習得してある。モンスター以外に効くかは分からんがな」
「そんなのあるなら初めから言ってよ!」
方法は決まった。
マルタが私達の気配を消すスキルを発動、従業員の目を盗んで扉を通ることに成功する。
通路の死角に身を隠し、部屋の様子を探る。
従業員の幹部と思わしき人物とローブの男の会話が聞こえてくる。
「いつも私達に、奇跡の水を分けていただきありがとうございます」
「いえいえ。あなた方は我らが教会の勢力拡大のために尽力してくださる。お互いがあっての関係ではないですか。これからもよろしくお願いしますよ」
「それはもう」
「奇跡の水、おっと流通させるときはヴィジョン、という名称でしたな。実際のところどうですか?」
「効果は抜群ですよ。使用者に心地よい幻覚を与えつつ、快楽を植え付ける。今までのブツじゃリスクが高すぎて扱いきれませんでしたが、ヴィジョンはその点も心配がないのですから」
「……アレのほうはどうなっていますか?」
「ええ。許容量を越えて使用した馬鹿が何人か変わってしまったようですが。発見次第、処理させてはいます。ですが東側のゾンビだと誤魔化すのはそろそろ難しくなってくるでしょう」
「分かりました。その件はモリスティーニ司祭にお伝えしておきましょう」
「ありがとうございます。今後とも宜しくお願い致します。今日もあちらでお楽しみください」
「そうさせてもらおう。今は助祭という身分だが、やがては司祭職をいただくことになるはずだ。あなたも楽しみにしていてください」
確定だ。この男が扱っているヴィジョンと呼ばれるものは人を異形化させる薬品に違いない。
金で権力を、薬で人の自由を、こいつらは不当に手に入れているのだ。
はべらせている女達は、きっとそういうことだろう。
彼らの善悪なんて興味はないが、私の主観的な正義感はこいつらを許してはならないと訴えかける。
マルタに目配せをして、いよいよ突入開始。
「はいは~い。動かないで座っててね」
「何だオマエは!? ここは従業員以外立ち入り禁止だぞ!!」
「そんなの知ってるわよ。……聞こえなかったの? 動くと頭に風穴が開くわよ」
インベントリからサブマシンガンを取り出して狙いをつける。
従業員である男は慌てているが、助祭であると告げた男は落ち着いている。
「助祭様……!」
「行ってモリスティーニ様を呼んでください。それからあなた達も行きなさい。今日のお楽しみは無しです。銃を構えたあなた、用事があるのは私なのでしょう?」
従業員の男は駆け足で部屋を離れる。指示通り仲間を呼ぶためだろう。
助祭の言葉を残念そうにしながら、女達が離れて消えていく。
用があるのはこの男だ、問題はない。
「最近このあたりで問題になっている化け物の存在。心あたりあるわよね?」
「ええ、もちろん知っておりますとも。忌々しい大惨事の結果、西側にはゾンビなるものが徘徊しそれがこの辺りにまでやってきた。急いで対処しなければならないことです」
「何を白々しいことを! お前達が関与しているということは分かっている。全てを話してもらうわ」
「銃を構えての強盗かと思えば突然何をおっしゃる。……強盗でないのであればあなたはどこの人間なのですか? 見ての通り、教会の人間である私に銃口を向ける意味が理解できないわけではありますまい」
誤魔化すつもりか。
残念だけど、あなた達の尻拭いのようなことをさせられてきた私達はそれで引き下がることはできないわ。
「私のことはどうでも良いわ。それよりそこのケースの中身について話してもらうわ」
「お断りします。ただの水ではありますが、司祭様より承った大事なものなのです。部外者に話すわけにはいかない」
「死にたいの? 私は本気よ」
一つの乾いた音、それに伴って一発の弾丸が壁にめり込む。
圧倒的に不利な立場に関わらず、この助祭の男は落ち着き払っている。
だが私には果たすべき目的があるのだ。なめられるわけにはいかない。
「人にはそれぞれ役割があります。あなたはそれをお気づきになられていないようだ」
「あんた達の教義なんてどうでもでいいの。時間稼ぎを止めないと、まずは右手を失ってもらうことになるわよ!」
そう、教義だとか善悪はどうでも良いのだ。
彼らの価値観に振り回されて泣くのはいつも普通に生きている一般人だと決まっている。
不幸を生み出す元凶を見てみぬフリをするしかないリアルと違って、ここでの私には力がある。
……たとえこの世界で人を殺めることになっても、私はやりとげる。
「我らの教義がどうでも良いとは、無視できませんな」
「!?」
背後からの声、【バックステップ】でとっさに距離をとる。
いつの間に仲間が来ていたのだろうか。
「モリスティーニ司祭、ご足労いただき、申し訳ございません」
「お楽しみはほどほどにしておけと言っておいたはずだ。……まあいい、あなたは先に帰っていなさい」
「いえ、私もこの小生意気な娘をこらしめなければなりません! あの女は私に銃を向け発砲までしたのですから」
銃を持った私を懲らしめる?
このモリスティーニと呼ばれる司祭、戦闘能力があるというのか。
しかし危機を脱出したと勘違いでもしているのか、助祭の顔は冷静な仮面を脱ぎ捨て粗野で下品な表情を覗かせている。
「いい加減にしろ。これ以上お遊びにうつつを抜かすのならば、私自らがお前を処分するぞ」
「……分かりました」
司祭の怒りを買ってはならぬと悟った男が背を向けて去り始める。
あの男を逃がしてはならない、それは分かっている。
銃口の狙いだって定めている。でも、撃てないのだ。
攻撃を躊躇わせる威圧感を、正対するこの司祭は放っている。
「ご挨拶が遅れましたな、勇敢なお嬢さん。私は教会の司祭であり教会の杖であるモリスティーニ。あなたが見た最後の人間となる者です」
口調穏やかに語るが、男の両手には【気配察知】などがない私でも分かるくらいの、魔力のような力の塊の存在を感じることができる。
勝算なんて分からない、死闘が始まる。
その予感が私を震え上がらせる。
「黒幕がもうでてくるなんてとんだご都合展開だけど、話が早くていいわ。……行くわよ!!」
司祭という肩書きを持つ者との、二度目の戦闘がここに始まった。




