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19、reason



 私は困惑していた。

 一人の街の住民が、右手を異形化させ、そして私に焼かれ倒されてしまったことに。

 マルタの身の安全を喜ぶよりもその結果のほうに思考が囚われてしまっている。

 だってそうでしょ?

 私たちはクエストを遂行しにこの場所にやってきた。

 ただし、そのクエストは"ゲーム"のクエスト。

 いくら私がサブマシンガンを、マルタがボウガンを装備しているとは言ってもリアルじゃ平凡な一般市民。

 警察でも、探偵でも、傭兵でもなんでもない。

 それがこうやって、さもこの世界の住民であるかのように捜査し、戦って殺す。

 クエストというものはあくまでもゲーム世界を味わうためのスパイスにすぎない。

 少なくとも、大半のゲームではそうだったように思う。



「まさか、こんなことになるとはな……」

「サイキック能力を発動できたこと、それを喜んでる場合じゃないわね」



 炎に焼かれた女が取った行動。

 私たちを狩りの都合が良い場所に誘導し、異形化した腕で殺そうとしたこと。

 行動だけを見ればNPCにそれを仕込むのもそんなに難しいものじゃない。

 だけどその合間には会話が、意思が、複雑な表情があった。

 

 何を今更、という感情がない訳ではない。

 ジェニーにエッダー。あの二人に接していればこれもまた必然なのだろうか。

 だけど明らかに重要なポジションを与えられているわけでもない女が、あれだけの意思をちらつかせるのは納得しきれなかった。



「他の世界のプレイヤーが異世界観光を楽しんでるというのに、俺達の身の回りは……。ジェニーのこともそうだが、もはやこれをゲームだと捕らえるのは無理がある」

「私にはこういったモノ作りのことなんか分からない。でもね、残念ながら現実世界の技術力で表現できる世界を、ここが超えてしまっているのは分かる。直感にすぎないけどさ」



 以前、私がいた頃の中世編の世界。そこには色がなかった。

 プレイヤーも、建物も、小川も、森も、青い空に夜の黒も、モノとしての存在だけは確かにあった。

 でもNPC、プログラムに支配されている彼らには歴史も人格も判断力もなかった。

 世界には味わうべき設定もなければ、歴史を歌う人間の存在もなかったのだ。


 ラージウッド達とクエストを攻略して、クエストが実装される。

 世界に香りを与えるスパイスが加わることに、プレイヤー達は喜んだはずだ。

 だけど今のこの場所にいる私は、もはやスパイスを越えた、全身五感を刺す何かを感じ取ってしまっている。 



「マルタ、私達、錯覚してるのかしら」

「どういう意味だ?」

「今まで何回も、くどいってレベルで考えてきたこと。数多くの不自然さと、逆に怖いくらいの自然さがここにある。あえて今まで言葉にしなかったけど、ここって本当にゲームの世界なのかな」



 純粋にゲームとして考えたときの不自然さ、それは本来ゲームのウリであるはずの様々な要素を隠したり制限したりということ。

 行き来が自由でないワールドリープや、隠されたクエストの存在。

 収益を上げなければいけない企業にとって、プレイヤーの楽しみ方を阻害する要素は悪であるはず。

 だからこそ、楽しくなるはずの要素を楽しめなくする仕様の存在は不自然。

 だけどここまでならまだ良かった。

 運営や開発の意図がただのプレイヤーに分かるはずはないし、彼らが私達のツボを把握していないだけだって無理に解釈することはできのだから。


 けれどもジェニーを含めたNPCの人格化は別だ。

 自信がなかったから明言を避けてきた。でも今ならはっきりとわかる。

 

――彼らNPCは意思を持っている。


 全てがジェニーと同レベルで動いているのかは分からない。

 ただキーパーソンに思えない、夜の街の女は確かにこう言ったのだ。

 

 『綺麗なお顔をしていらっしゃるわね。……嫉妬しちゃうわ』


 美醜なんて相対性の産物だ。それともあの女は対象が女性プレイヤーだったらどんな顔でも同じことを言ったのだろうか?

 それに狂いながらもマルタを盾にとったあの行動、中世編のモンスターにそんな判断力と緻密な思考力はなかった。

 駅でジェニーが襲われたり、非戦闘エリアであるはずのここで戦闘があったり。

 仕様と非仕様の境界線の崩壊は既に明確なものになっている。



「……俺はたとえこの世界が、人知を結集して精巧に作り上げられたゲームの世界だろうと、はたまたファンタジックな異世界であろうとも大きな違いはない。それに、いつでも途中下車できる。戸惑いがあるのは事実だが、問題はないんだ」



 私たちはゲームを中断して現実に戻ること、すなわちログアウトできるしどんなに危険な目にあっても死亡することがない。

 この世界に飽きて愛想をつかしたり、ゲーム自体に危険性を感じてプレイを止めることもできる。

 そう、どんなにこのゲームの世界が荒廃しても私たちはこの世界に対して責任を負うことがない。


 だけど私は決めたのだ。何度も何度も考えてきたことだ。

 物事に熱しにくい私に宿った、ちっぽけな探究心を満たすということ。

 そして、たとえ紙芝居の世界に過ぎなくとも、私と関わったジェニーだけは救ってあげたいということ。

 灰色の現実を捨て、この世界の住民として地を踏みしめていく。



「結局、やることは変わらない、というわけね。でもね、覚悟を決めたわ」

「あまりのめりこむべきではない、そう伝えるつもりだったんだがな」

「マルタに言われたくないわよ。私は学生だから長時間のログインできるけど、あなたはそろそろまずいんじゃないかしら?」



 彼は度々、この世界に対するこだわりをちらつかせてきた。

 リアルのことを聞くのは気が引けるから、これまでは聞かないようにしていた。

 そういう話題にふれそうになるとき、彼の表情が険しくなるのが分かっているから。

 彼が根っからのゲーム廃人で、リアルに触れられたくないといった類の人間じゃないことは振る舞いから感じる。

 私のように現実逃避の場所として、このRC3を選んだわけじゃないのだろう。

 でも、だとしたらどうしてここまでこだわることができるの?



「何の覚悟を決めたんだ?」

「え?」

「どういう覚悟を決めたのか、そう聞いているんだ」

「……リアルを捨てるということよ。もっとも、肉体は現実にあるんだから有限だけどね」



 酷い理由をいい放つ私を、彼はどう見ているのだろう?

 いい歳の女がリアルを忘れてゲームに生きる宣言をする。

 まっとうな人間が言う言葉じゃないのは確かだし、私自身、こんな私が好きじゃない。

 でも、もういいの。

 自己満足でも、ジェニーを助けることさえできれば。

 家族を失い、夢中になれるものも何一つもたず、他人と同調できない私なんて社会の何の役にも立たない。

 いや、もうその役に立てるかどうかっていう考え方が嫌いなの。

 たとえ歪んでいても、この世界にいれば私は私でいられる。



「リアルがぼやけてくると、言ったはずだ。時間は大切にしたほうがいい」

「言ったでしょ、覚悟を決めたって。たとえ一人でも私はそれを貫く。そうできないのならば死んでいるのと変わらない。東側にいるゾンビ達と何も変わらない私に、私はなりたくない!」



 言葉にすることではっきりとした。

 これまでこんなことを、こんな情けないことを誰にも話すことができなかった。

 私は弱い人間、だけど強くいられる場所があるのならばその場所を選ぶだけ。



「分かった、分かったよ。アルアにも理由があるんだな。この世界を歩き回って、執着して、苦悩する理由が。ならば俺は話そう。温度差があると話せないことだったが、あんたになら話せる。それに、正直なところ協力者がずっと欲しかったんだ」

「前々から言いにくい理由がありそうなのは感じてたけど。社会人であるあなたがこれに時間を注ぐ理由がやっと分かるのね」

「……ここは人通りが少ないが、流石に女だったものの燃え殻が横たわる場所で話す気にはなれん。どこか適当な店に行こう」


 

 異形化した女と交戦した場所を離れ、話すのにちょうどいい、少し寂れたようなそんな酒場を探す。

 ここは夜の街、足を棒にして歩くこともなく、それは簡単に見つかった。

 マルタに続いて、彼が開けた店の入り口をくぐっていく。

 店内に見えるのは明るすぎない照明に騒ぐこともなくちびちびと酒を飲んでいる客、ここなら落ち着けそうだ。

 注文した適当な飲み物が運ばれ、マルタが語り始めるのを待った。

 彼も話すことを決めたのだろう、グラスを眺めながら口を開く。



「俺には恋人がいる。いや、恋人がいたといったほうが正しいかもしれないな。彩香というんだが、結婚を考えている相手だった」



 恋人? 失恋でもしたのかしら。

 失恋、というか結婚を考えている相手と別れるのがどうでもいいことなんて思わないけど、それでゲームにのめり込むような人には見えないんだけど。

 でも、もし死別だったら私は耐え切れないかもしれない。



「一つ下の、静かだけど優しくて、癒しのある女だった。……そんな不幸そうな顔をするな。失恋でも、ましてや事故で死んだとかそういう話じゃない。そんな理由だったらゲームなんてできないだろう?」

「エッダーみたいに私を読むのやめて欲しいわ。まあ、ちょっと考えちゃったけどさ」

「……彩香は失踪したんだ。急に、な」



 ドラマのような話が、こんなところにあるのね。

 モニター画面を隔てた第三者の話なら、大した興味も沸かないシナリオ。

 でもこの状況で無関心にはなれるはずがない。



「結婚を意識したような相手が失踪してるのに、ゲームやってていいの?」

「彼女はRC3の開発に関わっていたんだ。これまでのどの仕事の話よりも興奮して俺に話していたよ。すごい大作になりそうだから、とね」

「失踪と仕事が関係あるの?」

「最初は俺も何か事件に巻き込まれたのだと考えていたよ。関係も良好で仕事にもやりがい感じている彩香が、失踪するなんて考えられなかった」



 客観的に今の情報を考えれば、何か事件に巻き込まれたのか、それとも彩香さん自身がマルタにも話せない悩みがあって失踪したのだと普通は考える。

 マルタも大人だから、きっとそう考えたはず。

 ならどうして、今の彼はこのゲームをプレイしているの?



「警察に連絡しようにも事件に巻き込まれたとはっきり分かるような痕跡がないんだ。消えた当日も出社していた。だから俺は会社に問い合わせたんだ。そしたら何と言われたと思う?」

「……分からないわ」

「彩香、西村彩香という社員はこちらにはおりません。そう言われたよ。ありえないことだ。彼女が珍しくあんなにも仕事の話で盛り上がっていたのだぞ? あれが全て彩香の妄想だと言うのか? ありえない話だ」



 就職しているはずの会社に名前がない。

 ただの失踪に比べて不可解さが際立つ事象。

 とてもリアリティを感じられない話だけど、マルタの顔は真剣だ。



「ドラマか何かのようだと思っているか? 俺もそう思うよ。そうあってほしい、とな。だが現実なんだ。俺にとって大切な女性が目の前から消えて、社会的な存在を消されて、それなのにゲームで彩香の気配を感じる。作り話であってほしいと、何度願ったかもう分からん」

「ちょっと待って。ゲームで気配を感じるってどういう意味?」

「ああ。これを見てくれ。RC3の公式ホームページだ」



 マルタが目の前に画面を展開する。

 運営が撮影したゲーム内風景のようだ。

 プレイヤーがゲーム内の写真を撮ることはできないが、運営側はそれができる。

 宣伝と雰囲気を伝えるためのものなのだろう。

 プレイヤー達が街やフィールドを駆け巡っていたり、迫力のある戦闘をしているシーンが収められている。

 その中の画像の一つを彼が指差す。



「この写真だ。ここに写っている女性プレイヤー。……少し派手な服装をしているが、綾香にそっくりなんだ」

「そっくりって言われても、彼女を実際に見ていない私には分からないけど」

「確かにそうだ。だが俺は確信している。これは彩香だと」

「あまりこういうことを言いたくないけど、似てるだけだとは考えないの?」

「俺は仕事を休職してこのゲームをやっている。戻ったころにはクビかもしれん。……本気なんだ」



 彼の言う温度差はこれか。

 確かに事情を知らないプレイヤーに人探しでゲームをしているといってもまともに取り合わないだろう。

 彼にとっては人生に関わる女性の存在を感じ取れた唯一の情報。

 遊びでプレイしている人とはゲーム対するスタンスが違ってしまうのも仕方がない。


 彼が二杯目のお酒に口をつける。

 多分この時間が、珍しく訪れた心中を吐露する機会なのだろう。

 それは私にとっても同じ。



「彩香さんがいないリアルが考えられない、のよね?」

「愛想を尽かして去っていってくれたほうが良かったのかもしれない。理由が分からず、必然性もない別れなんて最悪だ」

「……そうね、私の母はそうやっていなくなったけど。でも、あなたの彼女は存在が消え去ったわけじゃない。最悪の、一歩手前の状態だと思うわ」

「アルア、あんたは……」

「私はリアルもこの世界も信じられないけど、でもジェニーとあなたの意思だけは信じられるの。いいわ、今日は飲みましょう」



 仮想の酒の味わい、語り、感情を共有する。

 これまでの私にはなかったこと。

 リアルもクエストも、今だけは忘れて人と共にあることを噛み締める。

 この作り物の世界に執着する、私とマルタという二人の人間。

 世の中のほとんどの人間に受け入れられなくても、理解者がたった一人でもいればその存在をありがたく思える。

 本当の孤独を貫けるほど、私は強くないのだから。

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