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16、psychicer

 『奇跡の場所』、そう呼ばれている建物から退出する。

 マルタのクエスト報告、そして次のクエスト受諾という本来の目的は達成できた。

 だけど私自身に起きたこの事象を、私はどう受け止めるべきなのか。

 正直なところ、困惑している。



「仕様、というにはあまりにも不自然だな」

「……中世編のときから感じてはいたけど、直接自分のこととなると、ね」



 結果から言ってしまえば、私はネーキルのいう通りサイキック能力を"既に"取得していた。

 スキル画面を展開させ、該当するスキルをもう一度眺める。



【サイキック能力:ソウルコレクト】――激しい感情を放出する魂を糧とし、その力を現実世界に顕在させる。

【ソウルブラスト:慈愛】――ソウルコレクトの形の一つ。慈しみの波動はそれを触れる者に癒しをもたらす。

【ソウルブラスト:憤怒】――ソウルコレクトの形の一つ。激しい怒りは敵対する者の存在を認めず、焼却する。



 見慣れないスキルが三つも表示される。

 おそらく【ソウルコレクト】が主体で、それが呼び水となって【ソウルブラスト】の二種がでてきたのだろう。

 これ事態は別にいい。

 ”速さ”のパラメーターを一番伸ばしている私になぜこのような魔法に近いサイキック能力が与えられたのか。

 スキルの内容とパラメーターが結びついているように思えない。

 それにネーキルは、私がサイキック能力を既に取得している、と言った。

 

 そんなはずはない。



 スキルはある特定の行動をすることで取得できる。

 石を投げれば投石スキルを覚えるし、剣を握れば剣スキルを覚える。

 何気ない行動が思いもよらぬスキルを取得可能にすることはありえる。

 称号も取得条件こそはっきりしないものの、何らかの行動の結果の元に身に付くものだ。

 私の【バレットダンサー】は、近距離での銃の使用、そして蹴りを鍛えたことで発動したのだと推測している。



「ねえ、マルタ。あなたは称号、何かもってないの?」

「ああ、言ってなかったな。俺の称号は【影の一撃】。こちらの存在を把握していない対象への攻撃力を増加させるものだ」



 姿を隠す【ハイディング】に自分に似せた囮を生み出す【クリエイト・デコイ】。

 なるほど、なんとなく彼にその称号が与えられたのも納得できる。


 そう。結果には必ず原因があるものなんだ。

 私が【ソウルコレクト】を取得していたのにも原因がきっとある。

 でもそれは何?



「アルア、気がかりなのは分かる。だがその理由を推測することはできても、断定することは俺達にはできないだろう。今は行動して情報を集めるんだ」

「そうね、そうするわ。前向きに考えれば便利そうなスキルだし。次の戦いで使ってみる」



 説明文から察するに回復系スキルと熱による攻撃スキルだろう。

 回復手段が乏しかった近未来編ではこの手のスキルは貴重だし、銃弾以外の攻撃スキルもいざというときに役に立ってくれるはず。

 スキルを覚えた、その事実だけを今は受け入れて次のクエストに備える。


 マルタに次のクエストを確認する。



「サンクタウン駅周辺の繁華街と貧民エリアの境目に"シェリガン地区"というフィールドがある。貧民エリアと隣接しているだけになんとなく察しがつくかもしれないが、ゾンビの目撃談があったらしい。そのゾンビの排除がクエスト目標だ」

「ゾンビって……。あんなのが発生してたらまずいわよ。目撃されたのっていわゆるクリーチャーじゃないの?」

「十中八九そうだろうな。感染能力を有するゾンビが街で発生すれば普通は区域封鎖される」



 苛立たしい。

 工業地区で生み出された彼らがここまでやってこれるとも思えないし、ということはこちら側でも何らかの実験が行われているに違いない。

 そしてあの外面は良さそうなネーキル教主は事態を把握しているのだろうか。



「やっぱり親玉っぽいのを撃っちゃうのってだめなのかな」

「……残念だが仕様上、ネーキルを射殺するのは無理だ。ゲームの煩わしいところだな。だが、確実な証拠を掴めばそういったルートが開放されるのかもしれない。それに本当に知らない可能性も無きにしも非ずだ。教主の下の身分、"司祭"のだれかが暗躍してるのかもしれん」



 司祭? ほかにも身分があるといこと?

 まあ、確かに組織の人間の肩書きが教主と信徒、科学者と戦闘グループだけのはずがないか。 

 実際のところ科学者は教主を恨むような言葉を遺してはいたが、本当にネーキルの指示であったのかは断定できない。

 裏切り者の討伐、その名目も本当のところは違うわけだ。

 科学者の処分を提案した人間、本当の裏切り者はそいつ。



「それで、どうするの? 闇雲に街中で怪物さがすの?」

「そんなわけないだろう。シェリガン地区は組織の力が及ばない貧民エリアと、組織の勢力下にある繁華街の境目、つまり防波堤の役割を持ったエリアだ。教会の連中も力を示すために勢力拡大に熱を注いでいる。そこで当該エリアを担当しているエッダー司祭に話を聞き協力を求める流れだ」

「信用できる人物なのかしら」

「NPCに信用もへったくれもないが……。雰囲気としては信徒やそれ以外の人間でも態度を変えずに接する、そんな理知的な人物に思えた」



 中立的、か。

 仮面を被っているのか、真実を把握していないのか、そのエッダーという人物がどういう立場にあるのか見定めなければならない。

 坂を下る足踏みが早くなる。

 ゲームの住人とはいえ、何の罪もない人間がクリーチャーに変えられていると思うと頭が熱くなってくる。

 第二、第三のジェニー親子を生み出すのはもういやなんだ。



「焦るなよ。ゲームであるが故の利点だってある」

「分かってるわよ。ゲームオーバーがないってことでしょ?」



 数多くのプレイヤーが闊歩するゲームの世界、そこには終わりがない。

 それはアップデートで内容が追加的に増加するという意味だけではなく、間違った選択を行ったがためにゲームオーバー、バッドエンドになることがないということ。

 魔王が世界征服を成功したり、世の中がゾンビで満たされたりといった事態にはならないのだ。

 ゲームは物語じゃない、エンターテイメントだ。

 一人のプレイヤーの行動で世界全体がバッドエンドになってしまえば、運営会社はゲーム運営なんてできないだろう。



「ゲームの住民が実験の材料になる。たとえ仮初めの命であっても俺だっていい気はしない。だがプレイヤーにも限界がある。何千何万ものジェニーを救うことなんて不可能だ」



 分かっている。

 ずっと前から考えて、悩んで、実行不可能だってこと。

 それでも他人の口からあらためて言われると、割り切らざるをえないこの事態を胸の深いところに押し込まれる感覚がする。

 それはいつまでも、少なくとも世界を変えるまでは消えない揺らぎとなって私をしめつけていくだろう。


 空はいつの間にか夕暮れ。

 不穏な世界には似つかわしくない程、きれいな陽光。

 橙の光は建物に反射し、にじむ影の暗さは休息の夜の訪れを告げる。



「やれること、やるだけ。それだけよね」

「……ああ。不安になるのは分かる。アルアがこの世界にジェニー以外で何か負っているものがあることもな。俺もそうだ」

「……そっか。あなたもこの世界を、歩き続けるだけの理由があるのね」

「理由は違っても、俺達はパートナーだ。背中くらいは守ってみせる」

「私、防御にステータスポイントほとんど振ってないんだから。頼むわよ?」


 

 私のネックレスは夕日の光にも染まらない無機質なアクセサリー。

 いっそ自身もそうであればどんなに楽だろうか、そう思ったことはある。

 でも人は物にはなれないんだ。

 たとえ鈍くても色を帯びながら、人は歩いていかなければならない。

 私も、そしてマルタも。




―――



 奇跡の場所での帰り道、モールで買い物を済ませ、ジェニーの待つ家に帰宅。

 ちょっとした夕食を済ませてジェニーが眠った頃、私たちは夜の街に繰り出した。

 食事のときにまた外出することは彼女に伝えてある。

 それでも眠りにつくことができるのを確認できると、少しほっとする。



「ぐっすり眠っていた。落ち着きを取り戻したのかもしれないな。完全に、ではないだろうが」

「ええ。本当はこのシェリガン地区がジェニーも連れて行けるような場所だったらよかったんだけどね」



 目に入ってくるもの、それは蛍光色がまぶしいネオンの光の乱立。

 時間的な意味でも、そして存在意義でもここは”夜の街”ということだ。

 物が乱雑にうち捨てられて景観は良くなく、通りすぎるバーからは客同士の喧騒、視界に入る人間は露出度が高くいかにもな女性達。

 まっとうな事務所っぽいビルもあるが、当然日中営業なのだろう、シャッターが閉まっている。

 ここは近未来というよりは、私達が知っている”夜の街”そのものだ。



「ねえ、エッダー司祭がいる教会のシェリガン支所ってこんな時間にも開いてるのかな」

「24時間営業だ。じゃないと生活リズムの関係でクエストを受けられない人間がでてくるだろう?」



 彼の言うことももっとも。

 こっち側にきて以来、マルタに道案内されっぱなしだ。

 そうな風に考えているうちに、周辺には似つかわしくないランプのような形の電灯がついた建物の側まで来ていた。

 開けるぞ、そう言って彼は木製のドアを開けて中に入っていく。



「これはこれは! 戦士マルタ、よくぞお戻りになられました」

「ああ、東側に行ってたからな。ここに来るのも久しぶりだ」

「休みが少ないあなたがここまで来る。つまりゾンビ探しの仕事がまわされたということでしょうか?」

「察しがいいな。そのことで協力を求めたい」



 マルタと話を進める三十台過ぎ、黒い長髪の真面目そうな男性――エッダー司祭。

 司祭という役職が組織においてどれほどの力があるのかは分からないが、一つのエリアを任せられるにしては若い年齢のように思える。

 何かしら優れた能力を有しているのは間違いないはずだ。


 ……彼の目には力を感じるもの。



「ええ、住民の安全のためですから、協力は惜しみません。武器弾薬の補充、休憩所、必要であれば鍛錬のための場所も開放します」

「いたれりつくせりだな。ありがたい。とりあえずは補給よりも情報が欲しい」

「情報は何よりの武器ですからね。分かりました、お話しましょう」


 

 銃器類の補給ができる組織、ゲームとはいえおおっぴらに実行できるのならば本当に力をもっているのね。

 クエストやクリーチャーもそうだけど、組織自体の成り立ちも調べたほうがいいかもしれない。



「本当にここ最近の話です。少し前に東側でバイオハザード、我々が言うところの”欲深き者達の大罪”が起きてゾンビなるものが出現したのは周知の事実です。軍や民間警備会社の働きで被害の拡大が防がれ、事態は沈静化に向かっていると聞きます。発生の原因は追求していかねばなりませんが、沈静化の報せにほっと胸を撫で下ろしているところです」



 そう、ここまではリアリティレベルが1段階上昇する前の話でもある。

 サンシティしか街の存在を知らなかったプレイヤーは、超都会的な街並みが破壊され、眠ることのない死者達がさまよいあるく風景に終末を感じていたに違いない。

 だけど実際は1都市のあるエリアに起こったバイオハザード、それで片付いてしまっているのだ。

 もちろんまだまだゾンビが全滅したわけじゃないし、クエストの関係上サンシティが完全に復旧することもない。

 だけど国全体でみたときに、この事件はある意味局地的に起こった自然災害のような、そんなレベルの話になっている。



「しかしながら、我々の光が浸透しつつあるこのエリアで、ゾンビの報告例が少数ながらあがったのです」

「……どこでだ?」

「このエリアの中でも、最も貧民エリアに近い区域。バーやある種のサービスを受けられるお店が並ぶ通りです。あの辺りは裏路地も含めて少々入り組んでいるものですから、並の者が捜査するにはたとえゾンビがいなくとも危険なのです。……残念ながら、人間もまたときに同族へ牙を向く生き物ですから」

「つまりその辺を調査し、ゾンビを見つけ次第処理しろ、そういうことだな。了解した」



 事態を把握し、話を切り上げようとするマルタを遮る。

 本当にこれだけでいいの?



「ねえ、マルタ。もっと追求するべきじゃないの? 普通に考えたらゾンビが目撃されたのならもっと大騒ぎになるでしょ!」

「アルア、落ち着け。この世界の人間が本当の意味での人間なら追及できる。だが彼らはNPCだ。与えられた役割以外には反応しない」

「いいわ、私がやってみるわよ」



 マルタの言うことは正しい。

 でも正しいことをやるだけじゃ解決しないときだってある。

 実際、本来はNPCだったジェニーが今はああやって意思をもって行動しているんだ。

 きっとどこかにそういった例外の芽が用意されているはず。



「おや、初めまして。どなた様でしょうか?」

「ドームのソルジャー、って言えば私の立場が分かるかしら」

「……それを私にわざわざ告げる。勇ましいことです。敵対する者同士、同じ場所にいても空気を悪くするだけでしょう。手は出したくありません。お引取りください」



 東側のプレイヤーは西側のクエストを受けられない。

 サイキック能力の取得だけはプレイヤー間の差を生み出さないための措置なのだろう。

 普通に考えれば敵対組織の兵隊とニコニコ会話するなんてできるはずがない。

 とすれば、エッダー司祭のこの反応は当然の対応であり、すなわちそれはハズレを意味している。



「邪魔したわね。今でていくわ」

「……待ちなさい」



 反応に落胆し、背中を向けようとする私を向きなおさせる言葉。

 私が呼び止められた?



「あなたは強力なサイキック能力を有しておいでだ。それほどまでの神の奇跡を宿らせているのならば、この出会いには意味がある。私はそう考えます」

「何を言っているの? 私には意味が分からないわ」



 出会い? 意味?

 彼は私を知らないし、私も彼を知らない。

 


「言葉は真実を隠します。ですが私のこの目のざわつきが、このまま別れてはならないと告げるのです」



 力を感じる。私は彼の目をそう表現した。

 だけど今は違う。力を感じるんじゃない。

 私を威圧する、前に立つ彼のその目、それは力そのものだとはっきりと全身が知覚している。



「サイキック能力……」

「アルア、気をつけろ。強力な何かが渦巻いている」



 強風を受けるような、そんなプレシャーを感じる。

 屋内にいるのだ、風なんてあるわけがない。



「鍛錬場へ参りましょう。あなたと私、手合わせをすることできっと望んでいる答えの欠片が、見つかりますよ」



 何か意図を含んだ、そんな言葉だ。

 エッダー司祭が私を始末しようとしているのか、それは分からない。

 だけど分かりやすいほどに強力な力を私は向けられたのだ。

 逃げるわけにはいかない、受けて立とう。



「マルタ、もしものことがあったら頼むわ」

「見たことも聞いたこともない事象だ。……油断するなよ」



 彼なりに心配してくれているようだ。

 エッダー司祭についていきながらも、ボウガンと短剣のセッティングをしている。



「油断なんてしないわ。……できる相手じゃない」



 私もまた、愛銃のセッティングを始める。

 どうなるか想像がつかない、この先の戦闘に備えるために。




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