表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/100

15、home

  


 空気が吹き出るような音、それと同時に電車のドアが開く。

 降り立った場所はサンクタウンの無人駅。

 サンシティ駅と同様、少数のプレイヤーをちらほら見かける。



「マルタ、駅周辺の治安状態は?」

「こちらはサンシティと違い特定のフィールドに行かなければ安全だ。貧民エリアや木が生い茂る森林公園に行かない限り、仕様上は問題ない」

「わかったわ。それでこれからどうするの? 教主へクエスト報告?」

「ああ、メインクエストを進めるつもりだ。アルアも興味があるなら教会でサイキック能力を取得してくるといい。道中に賃貸できる家屋があるからついでに契約しておくと楽になるだろう」



 こちら側でやるべきことを思い起こす。

 一つ、ジェニーを守ること。

 二つ、マルタのメインクエストを手伝うこと。

 三つ、謎の物質『ディライフ』の情報を集めること。

 これらのついでにサイキック能力を取得できればそれでいい。



「さあ、行きましょ。ジェニー、ここはサンシティよりも安全みたい。でももし身の危険を感じたらすぐ言うのよ?」

「う、うん」



 彼女の手を引きながら電車を離れ、地上への階段を一歩一歩進んでいく。

 形だけの改札をでた瞬間に目に映るもの、それは先進国の巨大都市とまではいかなくとも、地方都市と呼ばれるくらいには都会的な風景だった。

 プレイヤーもNPCも、それなりの人数で道を行きかう風景は、サンシティで見ることのできないことだ。



「なによ。田んぼが広がってる風景みたいなのを想像してたのに」

「食糧生産を担っているエリアでもあるから郊外にでればご期待の景色が拝める。開発が遅れているとはいってもあくまでも東と比べれば、ということだ。……貧民エリア以外はな」

「その貧民エリア、危険な場所なのね」

「少数だがゾンビ、じゃなかったな。異形の存在が徘徊している。以後、便宜上クリーチャーと呼ぶがプレイヤーはともかくジェニーを連れていくべきではない」



 この街のちょっとした喧騒からは化け物が徘徊してるエリアがあるなんて想像できない。

 だがこの場所をスタート地点に設定してある彼が言うのだから間違いないだろう。



「では行こうか。まずは住処の確保だ」



 この街に慣れているマルタの後を、新参者の私とジェニーはついていく。

 歩きながら見渡す街の風景、それはサンシティとは似ても似つかないもの。

 事態が沈静化されつつあるとはいえ、一方はおぞましい死者が散歩し、もう一方は普通の生者が忙しそうに早歩きをする。

 地獄と平穏のギャップが、この世界にも分かりやすい形で存在しているのだ。


 どれほど歩いただろうか。

 私がジェニーのための休息を提案しようと思ったそのとき、マルタが立ち止まる。

 なるほど、周囲を見渡せば一軒屋が立ち並んでいる。

 庭付き二階建て、リアルじゃ稼いでないと済むことができないような類の家。

 建物の詳細情報を表示させると、付随して料金も明示される。

 モンスター狩りで得られる収入から考えれば、ずいぶん安価に借りることができそうだ。

 


「着いたぞ。この辺り一体の家は契約者がいなければ借りることができる」

「そっか。どれがいいのかな?」

「好きなのを選べば良いだろう。休むことと外敵から身を隠すことができればそれで充分だ」

「仕事以外興味がなさそうな男の口ぶりね。あなたに彼女がいるならば、きっと大変な思いをしてるわよ」

「……ほっとけ。まあ真面目な話、プレイヤーが既に借りている家の隣ならば安全性は上がるだろう。だが他のプレイヤーが近くにいるということはジェニーという存在の秘匿性は下がってしまう。規約上、近未来編は15歳以上しかプレイできないことを考えると後者を優先したほうが面倒ごとを避けられるはずだ」



 なんだかんだ言ってアドバイスはくれるのね。

 でも確かにそうだ。プレイヤーが近くにいれば仕様外の事態で化け物に襲われそうになったときに安全性は上がる。

 だけどそれによってジェニーの存在が目立つことになりかねない。

 西側のプレイヤーが東側にあるサブクエストを把握してるか怪しいものだが、少なくともマルタはジェニーを知っていた。



「じゃあここに決めるわ。ジェニー、今日からここが私達の家よ」



 目の前に賃貸契約を結ぶかどうかを確認する文言が浮かび上がった。

 すかさず契約を結ぶ。ゲームとはなんて便利な世界だろうか。

 これだけで契約が済むのならば、不動産屋はいらないのかもしれない。



「それでは俺はその隣の場所を借りることにしよう」

「えっ。どういうことよ? 一緒に住めば金銭的にも安全面にも良いじゃない」



 最初こそ警戒はしたけど、今までの連帯行動を通して彼は信頼できると私は考えている。

 最低限、いやそれ以上の気遣いはしてくれるし、こちらの荒唐無稽な話も嘘だと決め付けずに聞いてくれる。

 サンシティの1LDKならともかく、二階建ての一軒屋ならば三人で居住することも問題ないはずだ。



「どういうこと? それはこちらが聞きたい。ゲームとはいえ異性同士だ。今の俺は女を必要としていないが、それでもアルアはストレスを感じるんじゃないか? それに……」



 彼がジェニーへちょっとだけ視線を投げかける。

 そして再び話し出す。



「彼女にとっても落ち着かないだろう。俺は最初、彼女を舞台装置の一つとしか見ていなかった。悲劇的な役回りをあたえられた、不幸な装置だとな。だが、今のジェニーには驚くべきことに意思がある。とてもプログラムで動いているとは思えないような、感情だって働いている。意識とは伝えなくとも何となく伝わるものだ」



 ジェニーをNPCとしてしか見ていなかった、その感情が伝播してジェニーに伝わる。

 感情は小さな敵意や悪意として、無意識に人を攻撃する。

 人がある人に嫌悪感のイメージを持つとき、そのある人もまたこちら側に負のイメージを持っているもの。

 おそらく彼はそういうことが言いたいのだろう。

 軽く考えていた存在がその命を急に主張し始めても、彼には接し方を急に変えることができないのだ。


 そしてジェニーもまた、急に現れたマルタに対してどう接していいのか分からないところがある。

 これまでの道中、二人はほとんど会話を交わすことが無かった。

 ジェニーがNPCのままであるのならば、第三者と会話しないことも納得できる。

 だけどそうじゃない。彼女はマルタという存在を知覚し、表情を窺ったりと小さいながらもアクションを起している。


 でもそんな関係性は不幸のスパイラルだ。

 互いが互いを知ろうとしないことで生まれる負の螺旋。

 大袈裟な表現かもしれない。でもときとして些細なことが破滅的な人間関係の亀裂を生じさせる。


 そんな大袈裟な考えを、もっと単純なことでクリアできることを、私は知っている。

 いたずらっぽく笑いながら、私はお願いする。


「手、だしてよ」

「何故だ?」

「理由はいいの。とにかく手、だして」



 やれやれ、そんな感じでマルタが手を出す。

 見た目のスリムな印象と違い、けっこうごわついている指をしている。

 逞しいといえば逞しい、男の指だ。


 手を差し出す彼の行動に満足して、次はジェニーの方をみる。



「ジェニー、手をだしてちょうだい」

「う、うん。アルアさん、これでいいの?」



 柔らかく綺麗な、少女の指だ。

 本来ならば銃など握ることがあるはずもない、そんな指。

 でも彼女の運命はそれを許さない。

 できることならば、この先もこの綺麗なままの指であってほしい。


 さて、これで私の左手にはマルタが、右手にはジェニーの手が乗っかっている。

 二人の手の重みを確認すると、まるでそうすることがまるで自然であるかのように二人の手を重ね合わせる。



「ねえ、マルタ。人の手ってあったかいでしょ?」

「……」

「理屈じゃない。生きていて体温があって、そして温かみがここにある。私はこれが大切だと思うの」

「……何が言いたい?」

「あなたがジェニー対して後悔しているならば、今ここから始めればいいじゃない。感覚に従って、彼女を認めてあげればそれでいいのよ」


 彼の表情には少しいたたまれなさを感じていることが窺える。

 だけど心底嫌、という訳ではなさそうだ。



「ジェニー、マルタはね、私と同じソルジャーみたいな仕事してるの。ちょっと愛想悪いけど、これから先、あなたを守ってくれるわ」

「マルタさんも、兵隊さん……」

「私が信頼しているパートナーよ。だからジェニーも仲良くして欲しいの。できるわよね?」

「うん! あたしのこと、守ってくれてる感じがしてたの。でも話しかけることができなくて……。マルタさん、よろしくお願いします」



 可愛らしい顔で丁寧に頭を下げる彼女にやりずらそうな顔をしつつも、彼はジェニーの言葉を受け止めているように思う。

 重ねた手を振り払おうとしないのだから、きっとそうよね。



「……わかった。こちらこそよろしくお願いするよ。二人に問題がないのならば、私もこの家を拠点にしよう」



 こうして違和感がありながらも三人の生活がこの場所で始まることになる。

 もっともクエストを進めるために私達は出払うことが多くなるだろう。

 それでも頼れる人が帰ってくる場所があるということは、それがないこととは比べ物にならない安心感がある。



「アルア。あんた、変わった人だな」

「フフ、マルタほどじゃないでしょ?」



 新しい拠点となった家に入り、部屋の割り振りや家具の配置、荷物の整理を行う。

 1階を応接間や食事を取るスペースとして、個人の部屋は2階のものを利用する。

 まあゾンビが襲ってくることはまずないだろうけど、一応対策はする。

 ちょっとした作業や確認を三人でやっていく。

 最初はぎこちなかった関係もこういうことの積み重ねで、でこぼこがとれていってくれるはず。



ーーー

 


 作業などが一旦落ち着いた。

 いよいよクエストを進めていくときが来たのだ。



「この二階から見えるんだが、あそこに丘があるだろう? 長い坂道も見えるはずだ」

「あれね。じゃあもしかして柵に囲まれたあの大きい建物は……」


 

 住宅街から少し離れた小高い丘、整備された坂道、その上には某宗教のいわゆる教会を思わせるような様式の大きな建物が見える。

 有刺鉄線が張り巡らされてるわけではなさそうだけど、金属製の柵のようなものが周囲を囲っているようだ。



「ああ。あれが『教会』の本拠地だ。『奇跡の場所』と言われている」

「見たことない建物だあ。アルアさんとマルタさん、あそこに行くの?」

「そうよ、ジェニー。家を借りてそうそう悪いけど、ちょっとお留守番しててね」

「うん。お留守番してるね」



 聞き分けの良いジェニーを家に残して外に出る。

 不安が無いわけじゃない。

 でもクリーチャーが出現するエリアとはだいぶ離れているし、ここは非戦闘地帯だ。

 仕様を完全に信頼しきる気はないけど、鍵をかけてあるし大丈夫だろう。

 気持ちを切り替えて教会の本拠地へと向かう。



「すまないな、感謝する」

「何よ、急に」



 クエスト攻略を手伝うこと、それを感謝されるのは分かるけど突然言われても……。



「俺には子供はいない。そしてプレイヤーじゃなくNPCとも言いがたい彼女への接し方が分からなかった」

「なんだ、何かと思えばそっちのことなの。気楽に考えればいいのよ。たとえ自分の子供じゃなくても、小さい子の身に危険が迫っていたら守ってあげたくなる。それでいいじゃない」



 そうだな、と言いたげな顔でマルタは歩く。

 そしてそのまま坂を歩いていくと、家の二階から見えた柵に囲まれたあの建物、開かれている大きな門に守衛が二名の風景が見えた。

 近くで見ると一層大きく見えるこの建物、ありきたりだが教会という組織の権力の大きさを感じてしまう。

 サンクタウン駅周辺のようなちょっとした都会に、勢力として存在できるその力。

 クエストの本筋であるドームプラス企業対教会の構図を納得するには充分かもしれない。


 門直前まで来ると、先ほどから見えていた守衛が立ちはだかる。

 シティーガディアン社員のような機能性の高い服と違い白いローブに腰に剣の、近未来の世界には時代遅れの格好だ。

 銃こそ装備していなさそうだけど、もしかしたらこのNPCはサイキック能力者なのかもしれない。

 ある程度の戦力がなければガードなんてできないもの。



「ここの組織の者だ。与えられたクエストの報告をしに来た」

「失礼しました。お通りください!」


 

 あらあら、東側の兵隊な私も通れちゃうわけ?

 まあ、プレイヤーの入場をいちいち規制していたらゲームにはならないか。

 この場所の勝手が分かっているマルタに続き、聖堂という言葉が相応しいのだろうか、天から注ぐ光が神聖さを醸し出すエリアに到着する。

 そしてその場所には、司祭という身分を思わせるゴージャスな刺繍のあるローブを纏った、温和そうな中年のおじさんが一人立っていた。



「彼が教主だ。名前はネーキル。俺にはただの男にしか見えないんだが、あれでも組織のトップということだ」


 

 そう言ってネーキルと呼ばれたその男のもとに近づく。

 薄くなった頭頂部に、目じりに刻まれた小さい皺。

 ほんとただの気の良いおっさんよね。



「おお! 神の、そして我が教会の兵であるマルタよ。よくぞ無事かえってこられた」

「……クエストの達成を報告しにきた。次のクエストをお願いする」


 

 マルタの報告を満足げに聞き頷くその男。

 どこにでもいそうなおじさんではある。にこやかな表情は崩さない。

 でも、その目に知性と何かのぎらつきを感じるのは私の先入観なのだろうか。



「裏切り者とはいえ、身内の討伐というものは悲しいものです。辛い試練でありながら見事に仕事を果たされる能力、そして次の仕事に取り掛かろうとする勤勉さ。神もあなたの活躍をお喜びになるでしょう」

「……ああ」

「言葉ではなく行動で信仰を示すあなたのような信徒が増えてくれると良いのですがね。では、これが次にお願いするクエストです。あとでご確認ください」



 マルタの用事は終わったようだ。

 彼はほとんどしゃべらなかったが、本当の信徒でもないただのプレイヤーに神だとか信仰だとか言われても困るだろう。

 

 さて、次は私の番だ。

 マルタから聞くところによれば、教主自らサイキック能力を授与してくれるそうだ。



「はて、あなたはこの組織の者ではありませんね? 何用でしょうか」

「サイキック能力が欲しいの。頼めるかしら?」

「ええ、ええ。できますとも。あなたからは強烈な力と信仰のごとき揺らぎない想いを感じます。全ての人間に発現するわけではありませんが、あなたならきっと習得できることでしょう」



 プレイヤーはこの世界の、通常の人間じゃない存在。

 この世界に住んでいる彼らにとってはある意味で超越者とも言える。

 ゲーム上、ある程度無条件でプレイヤーがスキルを習得できるのは理解できる。

 けどストーリーで考えたときに敵対勢力に属する私が習得を許されるのは違和感があるわね。



「可能性と神のお恵みは、全ての人間に与えられるべきものです。たとえ今は敵であっても、いずれ本当の道を歩んでくださると私は信じています」



 私のことを理解しているような口ぶり。

 もっとも、東側プレイヤーがサイキック能力を習得するために用意された文言なのかもしれないけど。

 そんなことを考えていると、ネーキル教主は水の入ったビンを取り出した。

 いわゆる聖水か何かで、儀式でもするのかしら。



「まずはあなたの性質を見極めます。神が与えられた奇跡、いわゆるサイキック能力の内容は多種に及びます。あなたになるべく適合する能力を選んで差し上げます」



 適合する能力、いわゆるステータスのことだろう。

 確かにプレイヤーにとって都合の良い能力を与えてもらわなければ、スキル枠を消費するだけに不満が噴出してしまう。

 剣を振らないのに、筋力を増強するような能力が与えられても困るのだ。

 習得をじっと待つ私、だがそんな私を見る教主の表情が少し険しくなるのが分かった。



「おや、どうやらあなたには神の奇跡を授ける儀式は必要ないようですね」

「え、どういうことよ? 私じゃサイキック能力は取得できないってこと?」



 覚えることができるプレイヤーとそうでないプレイヤーがいるってこと?

 そんな馬鹿な。東側プレイヤーが取得できたっていう報告は情報ページで確認してある。

 スキル枠だってまだ空いている。


 

――なのにどうして?


 再度、尋ねようとする私が口を開く前に、教主が理由を告げた。

 それは私にとって、とても理解しがたい言葉だった。



「いえ、あなたは既に能力を取得しておられます。いかな我々でも二つも能力を授けることはできませんので、ご了承ください」


 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ