14、station
「よし、いくわよ。ゾンビは見かけても無視して走りぬけるからね」
「う、うん。頑張る!」
マンションを出てジェニーと二人、サンシティ駅まで向かう。
タクシーだとかそういう交通網がこの都市は既に死んでいるが、無人で運行されている電車は稼動したままだ。
……現実であれば電車も本来止めるべきなのだろう。
でもワープが特定のレアアイテムを持っていなければできないもんだからそういう仕様にしたということか。
とはいえ駅までは自力でどうにかするしかない。
ジェニーの体力を考えながら走る。
この辺のゾンビはたいしたことがないから殲滅しながら進むことはできる。
でも時間がかかりすぎるし、あまり長時間ジェニーに戦闘へ巻き込みたくはない。
「アルアさん、あそこに動くのがいるよ!」
「見ないで前へ進むのよ! 大丈夫、ヤバイのは全部処理するから」
脇道に姿を出現したゾンビは無視、進路上に立ちふさがる障害のみを排除していく。
一発あたりの威力が低いサブマシンガンでも、一撃で倒すことができる。
こういうときは連射できるこの武器種類が頼もしいと実感。
しばらく走ったその先に、三番ホームへいくための地下へ続く階段が見えた。
ここに入ってしまえばこっちのものだ。
別の街の駅では構内にもゾンビが徘徊しているが、このサンシティ駅にはでてこない。
序盤の場所ということでそういう風に設定してあるのか。
「もう安全よ。歩いていいわ」
「はあ、はあ……」
「大丈夫? ちょっと急ぎすぎたかな」
「う、ううん。やっぱりアルアさんは兵隊さんなんだね。すごく余裕そうにしてる」
プレイヤーだからね。
そう心の中で呟く。
プレイヤー同士であれば個人個人の能力なんてそう大した差ではないけれども、レベルもスキルも、何ももたないこっちの世界の住民にとっては一般人とスーパーマンくらいの差はあるのかもしれない。
増強された肉体能力、神技にも等しいスキル能力、そして不死。
もし彼らがこの世界がゲームであると認識しはじめたらどう思うだろうか?
……やってられなくなるわね。
努力だとか才能だとかを超えた絶対的な壁が存在することを、それは明示していることになるのだから。
超越した者だけが遊ぶことを許される、スケールの大きな遊技場に自分から入ってしまうほど、私は痛みを求めてはいない。
妄想はさておいて、灯りが生きているものの人気がほとんどない駅を歩いていく。
ほとんど、つまり少数は人間を見かけるが通りすがるのは全てプレイヤーだ。
何故なら私たちにとってはザコにすぎないゾンビでも、現地人にとっては生きるか死ぬかの死闘になる。
わざわざ危険を冒してまで駅まで出歩く者はいないし、そもそも彼らには生活リズムが設定されていないのだから。
「ちょっとちょっと、そこのお二人さん」
ただすれ違うつもりだった一人のプレイヤーに呼び止められる。
ナンパか何かだろうか?
ヴァーチャルなゲーム、しかもRC3は顔がリアルに反映されているのでたびたびそういった目的を持って行動するプレイヤーがいる。
ゲームを楽しんでる頃なら適当に話を聞いて軽くあしらうけど、今はそれどころじゃない。
「残念だけど、気分じゃないの」
「うん? ……ああ、そういうことか。違う違う、ナンパじゃないよ。ちょっと目をひいたものだからね」
「目をひいた? それの何が違うっていうのよ? 私たち、急いでるんだけど」
この男、プレイヤーなのは間違いない。
ただ服装がなんというか、普段着のようなカジュアルなものじゃないけどしっかりと作られてあって。
軍服、というほど堅苦しくないけど何かの戦闘服みたいなそんな感じだ。
少なくとも中世編や近未来編のものじゃないわね。
「君が連れてるその子、いくつ? 小学生くらいかな?」
「あ、あたしですか? 12、ですけど……」
なるほど、そういうことか。
RC3をプレイするにあたって、実は年齢制限というものが存在する。
中世編古代編は15歳以上推奨。推奨だからジェニーの年齢でもプレイは一応可能。
だけど近未来編はそれなりにグロいから15歳未満はプレイ禁止になっている。
追求されれば色々と面倒だな……。
まさか一度も目撃談があがってこないGMってこと?
「あ、えっと、この子はね……」
「珍しいよね。君くらいの年齢のプレイヤー。俺の仲間にも一人いるんだけど、他の人との年齢差もあってなじめてないっていうか」
「は?」
「君みたいな女の子が彼女の友達になってくれたら嬉しいんだけどね。ま、活動してる世界が違うししょうがないか。急いでいるところ引き止めてごめんな。じゃ、俺は行くから」
そういって男はしゃべりたいことだけしゃべると去っていった。
なんだ、GMじゃなかったのか。
ってそもそもGMだったらゲームの仕様を把握してるから、ジェシーがNPCだってのも理解しているはずだ。
「今のおにーさん、何だったのかな?」
「……さあね。子供が好きな危ない人かもよ? ゾンビも危険だけど、知らない人間にも注意していきましょ」
「はーい」
この陰鬱な世界に一瞬だけとぼけた空気が混じったが、それも全体からみればほんの僅かな時間に過ぎない。
静かな構内を三番ホーム目指してふたたび歩き出した。
ーーー
三番ホームに到着すると、壁に背をつけもたれかかっている男性の姿が見える。
言うまでもなくマルタだけど、駅の雰囲気と彼のその佇まいがマッチしていてホラー映画みたいなカットに思えた。
……実際、ホラー映画に出演してるみたいなもんだけどさ。
そんなことを考えている私を見つけたのだろう、彼が歩み寄る。
「来たか。ジェニーは……無事なようで何より」
「あたしがいる限りゾンビには指一本触れさせないわよ。待たせたみたいね、ごめん」
「いや、護衛しながらだからな。仕方が無い。それよりそろそろ電車が来るから準備をしておけ」
今更準備なんて特に必要ないけれども。
自動販売機で飲料水でも購入しておこうかしら?
「あ、アルアさん。その、おトイレいってきていい?」
「急いでいってきなさい。ここで待ってるから」
「う、うん。行ってくる」
トイレ入り口はここから目視できる距離、そしてゾンビは出現できない仕様。大丈夫だろう。
「まるで母親のようだな。まあ心配するのもわかるが」
彼女追う私の視線を読み取ったのか。
私がわかりやすいのか彼がするどいのか分からないけど、考えをたやすく読まれるのは良くないわね。
「仕様だから安全、とは言い切れないでしょ」
「そりゃそうだ。別に非難はしていない。それよりもだ、あれから少し情報ページを調べてみたんだが」
あらあら、クエスト攻略にずいぶん熱心なことね。
私も人のことはあまり言えないけど、何が彼をここまで駆り立てるのかしら?
「何か発見でもしたの?」
「中世編のメインクエストをクリアしたプレイヤーがでてきたらしい」
「ずいぶん早いわね。でもまあ効率を最大限まで高めれば不可能じゃないし、それにクエストだけがゲームコンテンツじゃないしね」
「やれることは色々あるからな」
クエストというのはゲームの舞台に色を与える道具の一つではあるけど、それもゲームを構成する部品の一つに過ぎない。
モンスターとの戦闘、アイテム収集、チームの勢力増強、などなどゲームの楽しみ方は他にいくらでもある。
クエスト好きが集まってクエストを攻略する、早いか遅いかの違いはあれ、いつかは達成されることなのだ。
でもそれは終わりではなく、延々と続くゲーム世界の1サイクル。
問題なのはメインクエストをクリアしたプレイヤーがいるにも関わらず、以前のようなアナウンスが流れないということ。
「確か中世編であんた達がクエストをクリアしたその直後に、例のアナウンスが流れたと言っていたな」
「ええ。そしてリアリティレベルが1段階上昇した。でも今回は何の動きもない」
「つまりだ。メインクエストを攻略すればそれぞれのプレイヤーが持つクエストはクリアできるかもしれないが、ゲーム自体をクリアすることにはならない。ということだな」
「別の世界も同様だとは限らないけど。でも時間をかければだれでもクリアできることには変わらないし、多分そうでしょうね」
やはり正規のクエストではこの世界は変わらない。
もし仮にメインクエストのエンディングが『勇者の活躍によって世界に平和が訪れた』だったとして。
あくまでもそのクエストを進行した個人と、関係するNPCにとって『平和になった』という設定が生まれるだけだ。
もちろん、私がこのRC3というゲーム自体をクリアすることができても、ネットゲームの特性から考えてもそれは終わりではない。
また何らかの内容か実装され続け、プレイヤーが飽きて流出し、運営不可能になるまでは続いていく。
「ねえ、マルタ。あなたはどうしてこのゲームにこだわってるの?」
「……俺のことはいい。それよりだ、遅くないか?」
「電車ならそろそろくるでしょ」
「違う、ジェニーのことだ」
そういわれればそうだ。
仕様だから安全、とは言い切れないとさっき自分が言ったばっかりなのに!
すぐさまトイレへ駆け込もうとすると銃声が一つ、耳に響いた。
「ジェニー!?」
威嚇射撃をすることもなく飛び込むと、そこにはあるトイレの一室に向けて銃を構えたジェニーがいた。
そう、発砲したのはジェニーだったのだ。
すぐさま彼女を守るように前に立ち、銃を構えその場所を覗き込む。
目の前には頭に風穴を開けた、一つの死体があった。
どうやら完全に命を絶たれているようでピクリともしない。
「アルアさん、あたし……」
「一体何があったの?」
「う、うん。うめき声が聞こえたから、だれか苦しんでる人がいるのかなって思ったの。声をかけても返事がなくて、鍵もかかってなくて。それで開けてみたらすごい顔をしてこっちに向かってきたの」
確かにその死体は、恐怖と悲哀が入り混じったぐちゃぐちゃな顔をしている。
だけど目は濁っていない。少なくともまだゾンビではない状態だ。
「あたし、人を撃っちゃったのかな? ゾンビじゃない人間を……」
「気にしないでいいわ。躊躇わずに撃たなければあなたが死んでいたかもしれない」
「でも!」
まだ小さな彼女を抱きしめる。
泣いてはいないが震えているのが分かる。
ゾンビですら撃つのに抵抗を覚える少女が、まだ人であったかもしれない人間を射殺したのだ。
恐怖や罪悪感を感じるのも無理はない。
「いいの。あなたは気にしなくていいの。あれもまた化け物になるしかなかったんだから」
嘘だ。この死体が化け物かどうかなんて確定させようがない。
ゾンビになる前兆だったのか、ただの狂人だったのか、それは分からない。
でも襲い掛かってくる者への攻撃をためらえば、死ぬのは考えてしまったほうなんだ。
悪いのは油断した私、だ。
「……そろそろ電車が来るわ。あなたは私が守る。でも万一今みたいな状況になったらためらってはだめよ」
「……うん」
ジェニーの手を引いて外に出る前に、もう一度だけ死体の方に視線を向ける。
化け物のなりそこないだったのか、本当に何かを苦しんでいた人間だったのか。
もし、このことでジェニーを恨むのであれば、代わりに私を恨んで欲しい。
残念だけど、私は死者とコンタクトはとれない。
それでもそう願わずにはいられなかった。
「ん、これは……」
過ぎ去ろうとしたそのとき、トイレの一室に光を反射したものを見つける。
それは何かの液体を注入するための、注射器に似た役割をもっていそうな器具。
液体が入っている部分は割れている。
この人、薬をやっていたのか?
トイレを出るとマルタがそこにいた。
流石にゲームとは分かっていても、女子トイレに踏み込むことができなかったのだろう。
「大丈夫か? 何があった」
「化け物がいたから、撃った。それだけのことよ」
「馬鹿な。仕様上ありえないことだ。ここには何のクエストも用意されていないんだぞ」
彼の言う通りだ。
ここは無人駅、駅員のNPCすら設置されてはいない。
そしてプレイヤーはNPCを攻撃することができない。
そんなことができてしまえば、人のいる拠点は心無いプレイヤー達の殺戮場になってしまうだろう。
でもあそこにゾンビでない人間があって、それをジェニーは射殺した。
「私も正直混乱してる。でも本当に油断できない状況になってしまったみたいよ」
「頼む、詳しく話をしてくれ」
「……撃ったのはジェニーなのよ。後にしましょう」
声の響きとジェニーの様子から察したのだろう、彼もそれ以上は追及してこなかった。
もちろんマルタと話をするべきだが、今のジェニーの前でその話はするべきではないのだ。
幸い、電車がホームへ来るのが見えた。
必ずしも安全と想定していたものがそうであるという確証は、先ほどのことで崩れてしまった。
これからサンクタウンへ向かうというのに。
死ぬことのないプレイヤーにとっては、この電車移動も気分転換にちょうどいいものになるだろう。
でも、私達は違う。
死んでしまうことが何ら特別じゃない少女を連れているのだ。
ちょっとした戦場へ向かうような、そんな危機感を感じている。
電車のドアが開き、ジェニーの手を引いて乗り込む。
もう一度、これまでのことを考えようと思ったけど止めた。
状況を整理することも大事だが、今はジェニーを優先したい。
避けられる苦痛を避けることができなかったのだ。
もう二度と、こんなことを少女に向き合わせてはいけない。
窓から見えるのはトンネルと明かりが届かない暗がりがあるばかり。
暗い暗いトンネルは、気分をさらに下降させる。
そんなトンネルにも終わりがあるのだ。
その先はきっと……。




