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13、purpose



「そのへんにしておけ。急にどうしたんだ?」



 マルタの声ではっと我にかえる。

 手には残虐な行為を繰り返した剣が握られていた。

 大した価値も無い片手剣だがインベントリに収納する。



「外見同様、もっとクールな性格だと思っていたのだが……。意外とそうではないのだな」

「ほっといて。自分でも嫌になるんだから」



 この目の前の肉塊がジェニーを天涯孤独の身にさせた張本人だということ。

 それは分かっているけど、私だって狂人ではないんだ。

 クエストの設定というだけで、必要以上に敵をいたぶることを望んでなんかいない。

 

 それでも許せなかったのは何故だろうか?

 おそらく原因はこいつの言葉にあるのだと思う。

 

 『ゾウオノホノオハ、キエナイ』――憎悪の炎は、消えない。


 何様のつもりだろうか。

 憎悪なんて言葉を口にすることが許されるのは、お前に殺された罪なき犠牲者達だけなのだ。

 その声を、その憎しみの感情を、お前は聞き入れることをしなかった。


 ……だめだ、こいつのことを考えると必要以上に体が熱くなるし、加えて頭がチクチクする。

 私は自身をもう少し冷めた人間だと思っていたのに、変わってしまったのだろうか?



「ところでクエストは達成できたの?」 

「ああ、おかげ様でな。これからサンクタウンに戻って教主に報告をしなければならない」



 教主、か。

 研究員の報告から考えるに、組織のトップである教主がこの実験に関与していることは明白。

 ゲーム上、その罪を追及し物理的に断罪できるのか分からないが、たとえできなくとも行かなければならないのは確かだ。

 サンクタウンに移動するのは多少の金銭があれば難しいことではない。

 だけどジェニーをどうするのか、そこが問題だ。


 サンシティのマンションにいれば、ゲームシナリオに街の崩壊が組み込まれていない限りは安全だ。

 だけど彼女の生存は本筋とかけ離れた事象。

 手の届かないところにおいておくのはまずい気がする。

 となれば、一緒にサンクタウンにいた方が動きやすいし、ジェニーも落ち着くだろう。



「ねえ、マルタ。お願いがあるんだけど。もうしばらく一緒に行動してくれないかな? クエストはそっち主導でいいからさ」

「構わんよ。それに今回のボスのことも考えるとそのほうが俺もありがたい。ソロプレイでクリアすることにこだわりはない」



 彼の良く分からないところはここだ。

 群れるのは好きではなさそうな反面、別段ソロにこだわりがあるわけでもない。

 だったら交友を広めて仲間を募ったほうが効率が良い。

 私も普通にこのゲームを楽しむだけだったらソロは遠慮したい。



「仲間は募集しないの? 効率あがるでしょ」

「近未来編のプレイヤーは変わり者が多い。合わない人間同士が組んでも効率が上がるとは思えん」

「それは、まあ、分かるけどさ。私もあんまり群れるのは好きじゃないし。でもチームにいたからこそできたこともあるんだよね」


 

 ギャザリング・アケイシャ。

 ラージウッドのチームにいなければできなかったことは多い。

 彼との訓練で得るものは私にもあったし、何よりこのゲームのリアリティレベルを上げることができたのは彼がいたからだ。

 アミちゃんからは火属性の補助魔法について色々と教えてもらったし。

 リサやピノン、ミルちゃんも同様だ。

 チーム結成が正解とは言わないが、集団の力は個の力よりも大きい。

 これは覆せない事実なのだ。



「組織化することのデメリットはいくらでもある。それを越えるメリットがあってこそ、人は群れることができる。残念ながら、俺にはこのゲームで群れることの利点が感じられない。戦力は確かに数に比例するだろう。だが埋めようのない差というものが存在する以上、軋轢が生じ、それは足枷となりかえって目的を遠いものにしてしまう」

「差って何よ?」

「ゲームへの温度差だ」

「……そっか」



 冷静に見える彼にも、彼なりにこのゲームに対して熱を持っているみたいね。

 確かにゲームとはいえ、目的意識に違いが出ると集団としては活動がしにくい場合がある。

 上昇志向があるものは伸びが速いし、そうでないものとの差は開いていく一方。

 もちろんゲームの熟達だけが正しいわけじゃない。

 楽しむことさえできれば、それが最も健全な正解なのだと私は思う。

 でもそういった正しさを越えた場所に、私は来ている。

 彼にもそんな理由があるのだろうか?



「分かったわ。私のこだわりもあまり他人には理解されないし、無理解な関係性ほど疲れるものはないからね」

「その通りだ。利害の一致もあるが、あんたとはやりやすい。これからもよろしく頼むよ」

「よろしく頼むのなら、一つ話を聞いてもらえるかしら?」

「何だ? クエストか何かのことか? 手を貸してもらい続けるのは性に合わんから、こちらも手伝いはする」

「それもあるけど、まずはお互いの情報共有を深めましょう。特に認識のあり方を、ね」



 私は彼に研究員の報告のこと、人体実験のこと、ディライフのことについて話をした。

 彼は終始、眉をひそめて聞いていたがそれは湧き上がる疑問からくる感情なのだろう。

 それはそうだ。万人が楽しむことができるわけではない、こんな設定は誰も得をしないのだから。



「敵は全てウィルス性によるゾンビだと思っていたのだが、実験により生み出されたクリーチャーもいるってわけか」

「元が人間だからクリーチャーってあんまり言いたくないけど、その通りよ。そして教会はその実験に関与している」

「理解できないな。……いや、あんたが言っていることが信じられないわけではない。ただゲームデザインで考えたときにどうしても違和感がある」



 彼の言いたいことはわかる。

 東側と西側、所属する勢力に関わらずメインクエストは企業の暗躍とドームの関与を暴く方向性で進んでいく。

 教会側が絶対の正義とは言わないが、改革者としての立場を与えられた彼らに戦いを挑むというシナリオは用意されていない。

 だけど人体実験があったことは事実なのだ。

 悪を悪が打倒しても事態は何も変わるはずがない。

 そうした世の救いようのなさを、近未来編のシナリオは望んでいるというのだろうか?



「シナリオの方向性もそうだが……。もし教会打倒の可能性を少しでも匂わせているのならば、それを隠す理由が分からない。中世編のクエストをプレイヤーがクリアしたが、あれも隠されてあったと聞く。通常のゲームのあり方と全く逆だ」

「そう。普通はゲーム側が遊び方をプレイヤーに示唆するものだからね」

「だが、中世編という前例がある以上は教会側をさぐることに鍵があるのだろう。たとえレールが敷かれていなくても、な」



 レール、別の言葉で言うとこの場合、クエストのことになる。

 これは重要な問題だ。

 もしゲームの仕様上、教会打倒のクエストが組み込まれていなかったら私には何もすることができない。

 ここはリアルに近い仮想世界であって現実ではない。

 仮に事件の黒幕が目の前にいたとしても、『攻撃することができる』という仕様がなければ手を出すことができないのだ。

 リアルだったら理屈はいらない。殺人罪を考慮しないのであれば銃で感情のままに撃ち殺せばいい。

 ゲームなのに、いやゲームだからこそできないもどかしさがここにはある。



「黒幕に物理的な介入はできないかもしれない。だけど西側のクエストをこなすことで教会の実体に近づけるかもしれないの」

「さっきも言ったが、しばらくは俺のクエストを優先する、ということか」

「そう。それに仲間がいたほうがジェニーに問題が起きたとき対処しやすいわ」

「……そうだな」



 彼にも思うところがあるだろう。でも行動目標ははっきりしてきた。

 まずは教会という組織を調べディライフが何なのかを突き止める。

 マルタが言うには周辺にはゾンビではなく、いわゆる実験体が徘徊している。

 つまり研究がストップした東側よりも、西側のほうが調査に都合が良い。


 それにサイキック能力にも興味がある。

 サブマシンガンを近接運用できるよう特化してある私だけど、ここにきてもう一つ手札が欲しいと感じている。

 さっき戦ったボスの自爆、高温の血液を振り撒くだけだから良かったものの、爆発してたら衝撃波では防ぎようがない。

 必ずしもサイキック能力がそういう事態に対処できるわけではないと思うが、今のステータスをいじる必要もないのだから取得によるデメリットは薄いはずだ。



「そうと決まったらさっそく移動しましょう」

「ああ。ジェニーを連れてくるんだろう? だったらサンシティ駅の3番ホームで待ち合わせをしよう。俺もここでボウガンの調整をしておきたいからな」

「そっか、あっちは銃器類が品不足してるみたいだもんね。オッケー、じゃあ二時間後に合流しましょう」



 こうして一時的に彼と別れる。

 マンションから駅までに遭遇するゾンビなんて工場に比べればたかが知れている。

 サンクタウンでも部屋を借りておけば安全性はそう変わらないだろう。

 教会の実験目的は不明だが、自身の拠点をゾンビに破壊されるわけにはいかないだろうし武装グループという名のプレイヤーもいるのだから。



「ジェニー……」



 無機質な破片を有したネックレスに触れながら、そう呟く。

 全体から分離した欠片が完全でないように、私もまた完全ではない。

 私の中の執着というパーツ、それを埋め込むためのものを守るために、私は自室へと急いだ。



ーーー



 部屋へ戻るとジェニーがパタパタと足音を立てて出迎えてくれる。

 以前みたいに泣くことはもうないのかもしれない。



「おかえりなさい、アルアさん!」

「ただいま、ジェニー。ね、戻ってきたでしょ?」

「うん! 絶対戻ってきてくれるって、信じてたよ」



 彼女の出迎えに対応して、優しく髪を撫でる。

 私にとっても彼女にとっても、これがお互いを慰める儀式みたいなものなのだ。

 傷を舐めあうだとか、そんな高度な感情によって起される行動ではない。

 単純に、その存在を感じるための、ただそれだけの行為にすぎない。



「ジェニー、落ち着かなくて悪いんだけどさ。やっぱり私はサンクタウンに行かなくちゃいけないの」

「うん。私、お留守番してるよ?」

「ううん、そうじゃない。ジェニーにも一緒に来て欲しいの。あっちに部屋を借りて、しばらく一緒に暮らすのよ。仕事があるからいつも部屋にいられるわけじゃないけど。どうかな?」


 

 この子にはもう保護者がいない。

 でもだからといって本人の意思を無視するわけにはいかないだろう。

 もし彼女がここに残ることを選択するのならば、それはそれで仕方がない。



「あたし、ついてく。アルアさんと一緒がいい」

「ありがと。あなたは私が絶対守るからね」


 

 良かった、ついてきてくれるみたい。

 強制はしないって思ってても、実際ここに残られると心配で落ち着かなくなる自分になるってことは分かっていた。

 そんな精神状態で射撃が鈍ればクエストの達成も難しくなる。


 さて、合流時間まで一時間ちょっとある。

 軽く荷造りをしてインベントリに収納しないとね。



「アルアさん、大丈夫?」

「え、何が?」

「寝てないんじゃないかなって。少しだけど、目にクマができてる。それじゃ美人な顔が台無しだよ」

「ははは。心配してくれてありがと。大丈夫よ、コンディションを整えておくことも仕事のうちだから。今は自分の心配だけしてくれればそれでいいわ」



 少しだけ、友人のことを思い出した。

 ホラーゲームを徹夜でやった翌日に、学校でアイちゃんにも同じことを言われたっけ。

 残念美人になっちゃだめだって言われたけど、本人にその自覚がなければどうにもならないもの。

 もし、実際に私が美人だったとしても、それは人生の質の向上になんら寄与してはいない。

 美醜が人生の質の高低に正比例しないということ、その証明に一役買ってると思えば私の存在にも意味があるのかしら?



「もったいないよ。あたしが男の子だったら、絶対アルアさんのことほおっておかないんだけどなあ」

「子供は食べることと寝ることを考えてたらいいのよ。ジェニーにはまだそういうのは早いわ。それより荷物はあまりないでしょうけど、持っていきたいものがあったら出しておいてね」

「は~い」



 何気ない会話。

 だけど希望の灯火が消えつつある環境の中では、それが何よりの救いになる。

 本当の絶望に埋もれたとき、人は話すことすら忘れてしまうもの。


 サンクタウンに行くことでかえって不幸な結末を迎えるかもしれない。

 でも歩み出さずにはいられない。

 探究心、それももちろんある。

 怒り、あらわにしたくはないけど忘れことはできない。

 でも何よりも私を突き動かすのは……。

 数少ない荷物をまとめているジェニーを見つめる。

 

 平穏を約束された未来なんてない。

 でも世界をまともな状態にすることが、彼女を守ることに繋がっていくはず。

 彼女の母の、声にならない声に託された私だ。

 運命に約束されないのであれば、せめて人と人との約束だけは果たしていきたい。

 私はそう思うのだ。



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