11、oath
マルタとの対人戦を終え、今後の流れを話し合った。
おおまかに決まったことを整理してみる。
まず、彼が今手間取っているクエストのクリアを手助けする。
彼が扱っている武器は性質上、無数の敵を相手にするのに向いていない。
ターゲットとなるボスを彼が相手にしている間、私が周囲のザコを片付ける。
クエストクリアの報告をしにサンクタウンに戻るが、それ以降はサンクタウン周辺のクエストを受けることになるだろう。
本来私はサンシティ側の人間なので、ゾンビ発生の原因を突き止めるうえでサンクタウンに行く必要は無い。
だけど私にはドームや企業の暗躍よりも、教会と呼ばれる組織の実体を突き止めたいのだ。
マルタに同行し、クエストを手伝うことでその組織の実態が見えてくるはずだ。
「ねえ、『ディライフ』って言葉聞いたことない?」
「……ないな。アイテムか何かなのか?」
「ううん、いいの。気にしないで」
彼のクエストの討伐対象であろう裏切り者の研究員が遺した報告。
そのなかにでてきた言葉、『ディライフ』。
人体から抽出、あるいは人体へ抽入したようだけど薬品か何かだろうか?
ジェニーの母親が怪物化していたが、あれは単なるゾンビ化だとは思えない。
必ずあの研究を内容を解き明かしてみせる。
「ほら、行くぞ。いったん部屋に戻るんだろ?」
「……ええ。ごめんね、早くクエストをクリアしたいでしょうに」
「いや、構わない。通常とは違う事象が起こっている。だからジェニーの扱いには慎重になるべきだと俺も思う」
そう、工業地区へ再び足を運ぶ前に、ジェニーに話をしておかなければならない。
置手紙を残してあるとはいえ、今のあの子には家族も、頼るべき知り合いもいない状態。
きっと心細いはずだ。
マルタにそのことを伝えると彼は快諾してくれた。
彼もまた、RC3自体の謎に興味をもってくれたようだ。
私が借りている一室まで同行してもらうことになった。
ーーー
マンションの入り口へと到着する。
正直なところ知り合って間もない男性に、拠点となる我が家を教えるのも気が引ける。
ラージウッドような年下ならともかく、マルタは大人の男性だ。
アイちゃんによく無防備だと言われるけれど私だって馬鹿じゃない、一応の警戒はする。
でもここはリアルではないし、気にしすぎかな。
「ここで待ってる。話をしてくるといい」
「遠慮しないであがってってよ、と言いたいところだけどジェニーが不安がるかもしれないわね。悪いけどそうしてもらうわ」
優しさなのか、それとも気を使ってるのか。
でも無神経についてこられるよりはありがたい。
急いでエレベーターを私の部屋の階へ上がらせ、部屋のドアを開ける。
「ただいま。ジェニー、帰ったよ」
「アルアさん!」
良かった、声が聞こえた。
声と一緒に聞こえる、駆ける足音。
ジェニーはここにいる。
「いい子にしてたって……ちょっ、ちょっと」
勢いと体重が乗った私への飛びつき。
予期しない重みに私の重心が崩れた。
「……ごめんね、一人にして」
「……」
そうだ、分かっている。
ジェニーにはもう私しかいない。
彼女に対する考えが甘かったのだ。やはり心細かったのだろう。
少しだけ、今はこのままでいてあげたい。
少したってジェニーも落ち着いてきたのか、私にうずめていた顔を離す。
泣いて目は充血したままだが、表情は明るく努めようとしているのがみてとれた。
「ご、ごめんなさい。アルアさんの声が聞こえたら、嬉しくなって、そして寂しくなって。それで……」
「いいのよ。寂しいときは私も泣くもの」
親しい者が近くにいるということ。
その存在が絶対のものではないことを思い、かえって寂しくなる。
「ジェニー、聞いて欲しいことがあるの」
「……うん。なあに?」
機嫌を伺ったりするのことのない、純真な眼。
私はその様子に下唇を噛むが、でもやはり言わなければならないだろう。
次へ進むために。
「私ね、知ってのとおりソルジャーなの。だからこの異常事態を調べなければならない。それでこっちの仕事を一つ片付けたらここを離れなくちゃちゃいけないんだ」
「え……。一緒には……。ううんなんでもない。もう嫌なことは言わないって、決めたから」
あの実験室で私を撃ったこと、まだ気にしてるのだろうか。
いや、きっとそうじゃない。
ジェニーにはもう私しかいないのだから、私の邪魔にはなりたくないということなのだろう。
「遠慮しないで、何でも話して。全てを聞いてあげることはできないかもしれないけど、それでも言いたいことは聞くから」
「ううん、本当にいいの」
「そう……。それじゃ行ってくる。ここの仕事が終わったらとりあえず一旦戻ってくるわ。そこから先のことはそのときに決めましょ」
「うん、分かった」
聞き分けが良いことね。
わがままを言われるよりはいいけれども、それが寂しくもある。
気持ちを抑えて我慢してるのがはっきりわかるんだもの。
そうね、だから私は……。
「あっ。アルアさん?」
膝を曲げて彼女を両腕に包む。
柔らかさと温かさ、それは感触という情報伝達だけで構成されているのではないと私は知っている。
私にとって大切であるという気持ちが混ざって、初めて今のような感覚が得られるのだと、私は思っている。
「必ず戻ってくるからね」
「うん……。うん!」
ーーー
「もう、いいのか?」
「ええ、大丈夫よ。行きましょう」
壁によりかかっていたマルタが姿勢を正す。
離婚して親権を失い長らく会えなかった子供に合う、そんなシチュエーションでもないのに不思議な感覚だ。
ジェニーが私にとって大切な存在であることはすでにわかりきっている。
ゲーム的な意味でも、そして感情的な意味でも。
「ねえ」
「なんだ?」
工業地区へ向かいながら、彼に話かける。
振り向きもせず、だけど聞き流すこともなく彼が応える。
以前まではサンクタウンは未実装だったので私はあちら側のことを知らない。
今のうちに聞けることは聞いておこう。
「サンクタウンにはプレイヤーが借りられる部屋とかあるわけ?」
「ああ、あるぞ。組織の宿泊施設が自由に使えるから俺はわざわざ借りていないが。……なるほど、ジェニーか?」
「ええ……」
私の表情を読み取るまでもなく、彼には質問の意図が分かったようだ。
それはそうかもしれない。
プレイヤーにとってわざわざゲーム内の建物を借りるメリットは少ない。
宿屋なりホテルなりに宿泊した方が安いし、そもそも本格的に休みたいのであればログアウトすればいい。
それでもわざわざ借りられる部屋のことを聞くのだから、分かりやすいといえば分かりやすいか。
「あんたの気持ちを否定するわけじゃないが。入れ込み過ぎじゃないか?」
「……そうかもね」
「彼女をNPCでなく人間だと捉えていると辛くなる。仮に彼女が限りなく人間に近いものだとしてだ。独り立ちできるまでプレイヤーが面倒を見るのは現実的じゃない。そもそも成長を含めて変化するのかも分からない」
「……」
言いたいことは分かる。
プレイヤーである私が本来できること、それはこのゲームをクリアすることだけなのだ。
クリアすることでこの世界が救われるかなんて分からない。
極端な話、『世界は壊れました』とかそういう安易なバッドエンドすら用意されているのかもしれない。
ジェシーの人格を認めて成長を見届けることなんて不可能だ。
「せめてリアルで休みの間だけは、一緒にいてあげるって決めたの」
「そういえば夏休みか。……分かった、もう何も言わん。だが、引きずられるなよ。リアルがぼやけてくるからな」
「ぼやける? どういう意味?」
「いや、なんでもない」
思えば彼もよくわからない男だ。
20台後半と言えば、働き盛りの年齢のはず。
廃人だとかRCシリーズのファンのようには見えないが、それなりにこのゲームを理解してクエストを遂行している。
……まあ、いっか。リアルを詮索しても仕方がない。
当たり障りのない会話と、スキルや戦術の打ち合わせをしながら、二人で工業地帯へ向かう。
ーーー
「相変わらずだれもいないわね」
「ゾンビだけだな」
工場入り口のゲートをくぐるとすぐに敵がお出迎えをしてくれる。
銃声は聞こえない。周囲にプレイヤーはいないようだ。
「こんな低レベルゾンビ、真面目にやりあうと時間の浪費よ。弾丸チェンジ、【貫通弾】」
「こちらも範囲攻撃でいくとしよう」
直線状に並ぶ死人達をサブマシンガンの貫通弾がなぎ倒していく。
少し外れた群れにはマルタがボウガンの炸裂弾で処理。
こうも敵とのレベル差があればやってることは害虫駆除のようなものだ。
「楽勝じゃない。炸裂弾があるなら私の助けはいらないんじゃ?」
「言ったはずだ。俺にとっては中盤のメインクエストだと。実験室までの敵は確かにザコだが、地下通路の敵は手ごわい」
「え、地下通路なんてあったの?」
「恐らくそちら側のクエストでは知りようがない。必要性がないからな。こっちだと裏切り者の研究員が地下通路で逃亡を図った、そういう筋書きなのさ」
あの施設に地下通路があったのか。
研究員もわずかな可能性にかけて逃亡を試みたのね。
「地下通路のゾンビは手ごわい。……まあ、じきに分かるさ」
そう言って再び実験室へ向かう。
いくら武器相性が悪いといってもただのゾンビにそこまで手こずるものだろうか?
私にはゾンビを撃ち倒すという選択肢しかとれないが、彼ならば【ハイディング】で姿を消したり囮を作って無駄な戦闘を回避できそうなものだけれど。
「ついたな。地下通路への扉を開けるぞ」
「……ええ」
実験室前のモニター室、マルタが何か入力しているが地下通路を出すための操作なのだろう。
しかしここは気分の悪くなる場所だ。
人体実験もそうだが、本来ならジェニーがゾンビ化する場所でもある。
幸い、モニターで実験室の様子を窺っても子供のゾンビの姿は確認できない。
……あれを終わらせるのは、他人のジェニーでも辛いわ。
「開いたぞ」
空気が抜けるような音とともに、地下への扉が開かれる。
本来は実験を外敵から守るために用意された通路なのだろうけど、組織の武装グループといった内部に襲撃されれば隠し通路も意味をなさない。
さて、彼が苦戦するというフィールドを拝みにいきますか。
無機質な階段を下りると、頼りない電灯が明滅する通路が見える。
迷路、というほどではないが途中で左右に分岐したりしている。
部屋もいくつか存在してあり、純粋な通路というよりは倉庫などの役割も担っていたようだ。
探検気分で歩いて私に、警告を呼びかける音が聞こえた。
ずるずる、と何かが引きずられるような音。
速くはない、緩慢な動きが予想できるような、そんな雑音だ。
「(いるぞ)」
「(分かってる。私が先手を仕掛けるから、背後の用心をお願い)」
小声でやりとりをする。
この曲がり角の先に私たちとは遠ざかる方向にそれは歩いている。
今なら先手、しかも背後を取れる。
「(3、2、1、いくわよ!)」
駆け込みながら敵の姿を確認、スタンmk2を撃ち込む。
連射速度がUniに比べて遅いが、威力はこちらが高い。
強力な弾丸が敵の皮膚をゴリゴリと削っていく。
敵もなかなかタフだ。
背後から銃撃を受けているのにも関わらず、転身しこちらを攻撃を仕掛けようとしている。
そしてゾンビがこちらに牙を剥く。
振り向くと同時、触手状の手を振り下ろし鞭のように攻め立てる。
あのずりずりとものを引きずるような音、それは肥大化したやつの腕だったのだ。
地面に付くように長く、そして鍛えた成人男性の太腿程度はありそうなその太さ。
単純な物理攻撃だが、あの質量の打撃を受け流すことはできない。
間合いは引っ掻き攻撃が届かない程度に離してあったがあの腕の長さだ、【バックステップ】で回避する。
「ちょっと、何よあれ!」
「ゾンビだ。ちょっと強力だろ?」
間合いを離し、片膝をついて射撃を再開する。
マルタも射撃で応戦に加わる。
敵は腕以外、他のゾンビと見栄えが変わらないが、その唯一の違いこそが圧倒的な違いなのだ。
ゾンビは恐怖心や痛みを感じることがないという強みを除けば、噛み付きや引っ掻きなどの原始的な攻撃しかほとんどは繰り出してこないザコだ。
レベルが上がると道具を投げつけてきたりはするが、銃弾に比べれば回避はたやすい。
だが目の前の個体は違う。
攻撃こそ原始的だが腕がさながらハンマーのような凶器と化し、殺傷能力が飛躍的に上昇している。
幸い近距離攻撃しかできないようなので、遠距離攻撃ができる私達の敵ではなかった。
銃弾と矢の連続攻撃を受け、息絶える。
「これはゾンビじゃない。いえ、ゾンビといえばゾンビなのだろうけど、もっと別の……」
「サンクタウン周辺に湧くゾンビはこんな感じだぞ。感染能力はないみたいで数は少ないがな」
違う。マルタは思い違いをしている。
意思の疎通ができなくなって凶暴性が増した元人間をまとめてゾンビと言うならば、確かにそれは正しい。
でもこの世界でのゾンビはウィルス感染で誕生し、人の姿をとどめたままで襲ってくる。
ウィルスの変異も考えられなくはないけど、これまでの経験を踏まえればそうじゃないことが分かる。
それに、感染能力がないならばどうしてゾンビ被害が及んでいないと言われているあちら側に少数ながらも存在できるというのだ?
ゲーム的に考えればポップした、つまり敵が自然発生したと言える。
実際、ゾンビはこの国本来の人口を越えて討伐されているだろう。
でも数は問題じゃない。そこにそれがいる理由こそが重要なんだ。
そう、このゾンビはここの研究員によって実験をほどこされた人の成れの果てだ。
自我を失い、薄暗い通路を彷徨い歩く様はゾンビと変わりがないが原因が違うのだ。
研究員が逃亡のために実験体を通路に放したのだろう。
「想定していたものと違うわね。確かにこれはやっかいだわ」
「通常のゾンビよりも耐久値が高いからな。あんたに助けを頼んだ理由を理解してもらえたはずだ」
「強さもそうだけど……。ううん、今はいいわ。とりあえずクエスト終わらせちゃいましょ」
マルタがゾンビだと認識して討伐している対象は人体実験の成れの果て。
もちろん実験体がゾンビに噛まれればゾンビの要素も加わるだろう。
でも動く死人と実験体をごちゃまぜにしてはいけない。
実験体は生きた人間を、生きたまま人為的に作り出しているのだ。
起きている事象に軽重をつけたいわけじゃないが、実験体の存在というのはウィルス感染よりも悪質で非人道的。
何が何でも、サンクタウンに行かなければならなくなった。
マルタはサンクタウン周辺にこんなのが湧くと言った。
ゾンビ騒動に紛れて、あっち側でも実験が行われている可能性が強い。
銃のグリップを握りなおす。
神ならぬ、人の身でこんな理不尽な悲劇を作り出すというのならば、私がそれを終わらせる。
人である私だからこそ、人為的な死という行為を妨害できるのだ。
ゲーム自体にはどのようなエンディングが用意されているのか、私には想像できない。
それでも私は変化の可能性に賭けたいのだ。
ゲームの世界に生きている、ジェニーの世界に明かりを灯すために。
ゲームの世界を救うだとかNPCを助けるだとか、他人から見れば馬鹿げていているように見えるだろう。
それでもいい。問題は理性じゃない、感情なのだから。
失うものを失くした私が失うことのできる、ただ二つ残されたもの。
それは……。
自身の命と、ジェシーの存在。




