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8、game


 肩と首にちょっとした強張りと違和感を感じる。

 あれから少しだけ、床で眠った。

 私のベッドには病み上がりで体力が回復しきっていなかったのだろう、ジェニーを寝かせてある。

 何もしない、寝ている時間を幸せに感じられるのはどうしてだろうか?

 人間は本当に良く造られた生き物だと考えてしまう。

 もちろん面倒だと思うことも多いけれど。



「ジェニー……」



 彼女の発育しきっていない体、柔らかな手に触れる。

 そう、この子もやがて成長し大人になる。

 この理不尽な世界を、人として歩んでいくということ。

 私がどこまでできるかはわからない。でも、私がこの世界にある限りは彼女を守っていく。



――ジェニーヲ マモッテ



 幻聴なのか、システムなのか、託された願いなのか。

 判別する方法は分かっている。クエストをクリアし、この島国を暗躍する陰謀を突き詰めればいい。

 もしジェニーの生存まで"クエストとして準備"されていたのであれば、私はこのゲームの何か深いところに触れたのかもしれない。

 あまりにも既存のゲームとはクエストのあり方が違っている。

 とはいえ彼女の生存が逆に設定外の結果だというのならば、ゲームとしては起こりえないはずのことが起きていることになる。

 自然に考えるのならば、ジェニーが生き残る結末は用意されていたのだろう。



「難易度、高すぎじゃない……」


 

 近未来編では状態異常がほとんど存在していなかった。

 新しい敵キャラやスキルが実装された今は分からないが、少なくとも中世編に行くまでは経験したことがなかった。

 だからファイアドレイクと戦ったとき、状態異常への対応が杜撰になって危険な状態になったのだ。

 プレイヤーは噛まれてもゾンビ化しないのだ、状態異常回復アイテムなんかが売ってる筈もない。

 つまり"複数世界をプレイ"しているか、違う世界からきたプレイヤーからアイテムを譲ってもらわないとジェニーは助けられない。

 中世編ならともかく、近未来のこの殺伐とした雰囲気だとジェニーの死は物語において当然の結末だと考えてしまう。

 そう思うプレイヤーがほとんどのはずだ。



「三つの異なる世界設定、関連性はほとんど見受けられないけれど。意味があるのかしら?」



 近未来、中世、古代。

 選べる舞台が三つあるとはいえ、これは全てRC3という一つのゲームの話。

 古代は分からないけれど、世界間に繋がりがあるようには思えない。

 少なくとも、NPCはよその世界の存在を知っているそぶりがないのだ。

 何か引っ掛かる。何かが……。


 


頭を働かせながら、リアルではほとんど装着しないネックレスに触れる。

 いつしか考え事をするときの癖が、髪をいじることではなく中世編で手に入れたこのアイテムをいじることに変化していた。


 【何かの欠片】――使用目的が不明の、何かを分割したような石の欠片


 三匹目の赤い魔物、デスタウロスを倒したときに入手したアイテム。

 他のドロップの分け前を放棄する変わりにもらったものだ。

 アクセサリーの生産スキルでネックレスにしてもらい、常日頃身に着けている。

 特殊効果は全くない。

 けれど宝石のような輝かしさや、優れた彫刻が持っているような芸術性を微塵も感じさせないこの石の欠片を私は気に入っている。

 目立たない、華々しさもない。極めつけには何の役にも立たない。

 そんなこのアイテムを、自虐的な意味で私そのものだと感じた。

 アイちゃんはそうじゃないって言ってくれるけど、彼女は私を過大評価している。



「まあいいわ。考えても仕方がない」



 ゲームのことも、私自身のことも、ここで思案に暮れているだけでは何処へも進めない。

 次にどのクエストを進めるのか、そしてジェニーをどうするのかを考える必要がある。



『ジェニーへ 調べものをしにシティーガーディアン社に行ってきます。この部屋は自由に使ってね。帰ってくるまでちょっと待ってて』



 とりあえず情報を仕入れなければならない。

 ジェニーの生存はプレイヤーにとって未知のことだから、そっち方面からはヒントは得られにくいだろう。

 となればサンクタウンに関係してくるようなクエストを探していくしかない。

 ドームの秘密を暴く、というよりも鍵は西側にあるような気がする。

 メインのクエストが企業の不正やドームへの不信感を煽るものが多く、明らかにその方向へプレイヤーを誘導している。

 実際、ドームは黒なんだろうけども、じゃあ西側に正義があるのかと言えばジェニーの母の件でそれは否定できる。


 クエストの存在理由を考え、深読みする。

 これまでなら単に趣味の領域にすぎなかった行為が、今の私に求められている。

 この世界の住民ではない私に、それに付き合ってあげる義理はない。

 でもある程度の平穏を見つけていかなければ、ジェニーが心配だ。



「行ってくるわね。……ありがとう、ジェニー」



 今の私を必要としてくれる唯一の存在。

 眠っている彼女の髪をひと撫でし、私はコンクリートで作り上げられた街へ出る。



ーーーーー




 シティーガーディアン社に到着し、掲示板のもとへ一目散に向かう。

 何か西側に関連するようなクエストはないだろうか?



『封鎖区域7-Dにある自宅へ一旦戻りたいのですが、ゾンビが徘徊しているのでできません。護衛をお願いできないでしょうか?』


『ゾンビから逃げる途中、大事なカバンを落としてしまいました。回収をお願いしたいのですが……』


『私が経営しているお店に取ってきてもらいたい物があるんです。どなたかお願いします』


 

 掲示板の大半を占めるのは事件性も緊急性も薄い、受ける必要性が高くないクエストだ。

 言ってしまえばただの民間人のお願い事って感じね。

 こうしたクエストに大事な伏線が潜んでいる可能性はあるけれども、数が多すぎる。

 たとえヒントにならなくても、西側との関連性があるようなものはないのかしら?



『こんな場所を離れてサンクタウン方面に行きたい。不便な田舎町でもここよりはマシだ』


『ゾンビ被害がない西側に行こうと考えています。安全な行き方をご存知ないですか?』


 

 いくつかはサンクタウン方面への護衛クエストがあるわね。

 でも内容を見てみると危険から脱したいだけのようだし、工業地区で行われていた実験との関連性がなさそうだ。

 いくら重要なヒントにならなくてもいいと言っても、時間の浪費は避けたい。



「なかなかこちらの都合に合ったものはないわね。……ん、こちらはお知らせコーナー? 新しい項目ね」



 現在のサンシティの治安維持を任されている会社からのお知らせだ。

 ざっと目を通しておくか。

 


 ……なるほど、要点をまとめるとこういうことね。


『民間人のゾンビ討伐クエストの半強制化』

『スタッフによる銃器の改造、並びに手入れの定期的実行の奨励』

『貢献ポイントによる補給物資の配給』


 ゾンビで都市機能が低下しているこの異常な状況下では、食料という重要な要素を常に考える必要がある。

 プレイヤーである私にはあまり影響はないが、街の復興に手を貸さない人間全てを満たせるほどの余裕はないのだろう。

 ゾンビ討伐や復興作業に関わることで貢献ポイントという点数をもらい、それによって食料や武器のメンテナンスが無償で受けられるようだ。

 まあ、命をかけて貢献ポイントを稼ぐ時点で無償ではないし、その過程で死ぬ人間もでてくるだろう。



「そういうことか。これは西側に行きたくなる人がでてきても不思議じゃない」 

 

 

 化け物を倒してドロップアイテムを売却する。

 私は貢献ポイントなど稼がなくても余裕でこの世界で生きていける。

 お金があるのだから対価を払ってサービスを受ければいいのだ。



「ゲーム脳で申し訳ないけど、今更低レベルのゾンビ狩っても仕方ないからね。銃の手入れだけしてもらっておこう」



 事務所の奥には銃器と弾薬を扱い、武器のメンテナンスまで行ってくれるNPCがいる。

 そういえばこっちの世界に戻ってきてから銃のことは考えてなかったな。

 


「久しぶりだな、アルア。ほら、すぐに銃を出せ」

「はいよ。メンテナンスをお願いするわ。それと新しい銃を見物させてもらうわね」

「勝手にやってくれ。終わったら声をかける」


 

 エイテムと呼ばれる男に愛銃を渡す。

 銃器担当の社員のようで、愛想がよくない。

 まあ、にこやかに銃のセールスされても気持ち悪いからこんなんでいいのかも。

 

 NPCへの興味をそこそこに、陳列されている銃を眺めてみる。

 銃器がもつ機械っぽさと重厚さ、私はマニアではないけれども銃の造詣には心惹かれるものがある。

 ただ、今重視すべきは実用性だろう。

 サブマシンガンを見比べ、いくつか購入するための目星を付ける。

 

 Uni――攻撃力の低さを連射力とクリティカルで補うサブマシンガン。

 私が愛用している、自分の手に一番馴染んでいる武器。

 瞬間火力は悪くないけど、皮膚が固い敵はやっぱりきつい。

 新しく購入して攻撃力を特化させる改造を施してみても、あまりダメージ効率は変わらないかもしれない。


 スタンmk2――ダサかっこいい見た目の簡素なサブマシンガン。

 装弾数はまあまあ。連射力と集弾性能が低い代わりに一発の威力が高めに設定されてある。

 サブマシンガンなのに連射力が低いという点で敬遠されている系統の銃。

 だけど固い敵の防御力を抜くという点では貴重な銃だと私は思う。


 不人気な武器種にしては色々と品揃えされてあるが、私の戦闘スタイルを考慮すると二つに絞られる。

 三挺目のUniを購入し攻撃力重視のカスタマイズをする。

 あるいは攻撃力以外の要素を切り捨てたスタンmk2を購入するか。



「終わったぞ」



 悩んでいるとエイテムから声をかけられる。

 ずいぶん早い仕事だと思うが、ゲームであるこの世界ではそもそも銃のメンテナンスなんて必要がない。

 "耐久値"という数値は存在しているけど、あくまでも数字設定である。

 スキルかアイテムを使えば物理的なメンテナンスはしなくてもいいのだ。

 まあ、雰囲気を味わうための行為としては意味があるのかもしれない。



「ずいぶん使い込んでいるな。お前の力量から察するに、そろそろ新調する時期じゃないのか?」

「その通りよ。でも、どれを新しく購入するか迷っててさ」

「武器自体の性能はもちろん、改造の方向性や使える銃弾の組み合わせを考えると選択肢が多いからな。悩むのも無理はない」



 連射力、リロード速度、攻撃力、命中精度、クリティカル率……。

 色々な数値が設定されているものだから、たとえ同じ銃であろうとも改造次第では使い勝手がかなり変わる。

 基本性能に加えて、特定の種類の敵へダメージを増加させるようなカスタマイズもできる。

 つまりプレイヤーがスキルの育成方針を特化させることができるように、銃器自体もまた目的に沿って特化させることができるのだ。



「……決めた。これにするわ。攻撃力の増加とゾンビに対する威力上昇効果の改造をお願い」

「スタンか。これを使用するプレイヤーは少ない。だが今の君に必要な要素を備えた銃だと私は考える。いいだろう、改造を施しておくから後で取りに来い」



 私に必要な要素を考慮する、そんな思考力がNPCに備わっている。

 普通に考えれば驚くべきことだ。

 こういう判断をしてくれるのならば、もっと初期の段階で実装しておくべき要素のはず。

 だって初心者に武器の判断なんてできっこないのだから。



 銃を受けとるまでの間、再度掲示板に目を通し、社員NPCにも片っ端から声をかけてみた。

 だがいずれもゾンビ討伐やちょっとしたおつかいのクエストで、西側に関連してくるような依頼がなかった。

 サンクタウンまでの護衛依頼はあるが、せいぜい無人電車が運行されている駅までついていけばいいだけの内容。

 例の実験に関係性を示す気配が感じられないのだ。



「八方ふさがりね。一見関係のないクエストにもしかしたら鍵が隠されているのかもしれない。でも手当たり次第に受けるわけには……」



 掲示板脇に備え付けられているベンチに腰を下ろす。

 ドームと企業の陰謀を暴く、そのためのメインクエストはすでに他プレイヤーからの情報提供が進んでいる。

 だけど私が求めているものはそこじゃない。


 この際だ、あらためて私の行動指針を整理しよう。

 まず大前提なのがこのゲームはRCシリーズである、ということ。

 つまり世界それぞれに用意されたクエストを細々とクリアすることに意味はない。

 それらはあくまでも世界観を味わうためのスパイスでしかないからだ。

 具体的に言うのならば、私は"RC3自体のゲームクリア"を望んでいるのであって、"近未来編のクリア"を望んでいるのではない。

 ラージウッドが中世編の隠しクエストを攻略してリアリティレベルを上げたことで、ゲームが変化した。

 同様のギミックがこの近未来編にもあるはずなのだ。

 いくらドームと企業の悪事を暴いても、それは私個人がメインクエストをクリアするだけの話であってこの世界が変わるわけじゃない。

 もっと世界と世界の境界線を捉えるような、離れた視点からゲームを見つめる必要がある。

 そう、だから私の第一目的は部分的なクリアではない。


 世界を変えるためには、恐らく世界に干渉する鍵を手に入れなければならない。

 その結末がどうであるのか、それは分からないがどうなろうとジェニーの側にずっといてあげられることはできないのだ。

 肉体はリアルにおいてある。ゲームでは死なないけど、本体である体が生命活動を終えれば必然的にこの私も消滅する。

 だから。だから必ずこのゲームを終わらせてあげないといけない。

 来るはずのない人を待ち続けること、それはあまりにも報われない、感情の行き場がない閉鎖された世界。


 ジェニーに入れ込みすぎなのは理解している。

 所詮はゲームの誕生に付随して作られたNPCだ。

 でも、それでも。私はあの暖かみに触れてしまった。

 あの感触を覚えたら、それを捨てることなんて私にはできやしない。

 だから必ず、物語を終わらせなければならない。 

 ……一旦戻ろう。帰って色々話してみよう。

 


「ジェニー……」

「……俺は忠告したはずだぞ。あのクエストは報われない。下手に受けると精神的な負担になることは分かっていたはずだ」

「え?」


 

 私の呟きが聞こえたのだろう。

 うつむいてた顔を上げると、そこには見知った男が佇んでいる。



「あなた……。また、会ったわね」

「また会ったな。……アルアさんの様子をみれば察しがつくが、死んだのは人間じゃない。ただのNPCだ。あまり考えないほうがいい」


 

 実際に体験したのか、それとも情報ページで知っているのか。

 彼もまたあのクエストは親子ともども死亡するということを分かっていた。

 だから私を慰めているつもりなんだろう。

 でも間違ってるわね。私はジェニーを殺さずにすんだんだから。



「勘違いしてるわ。ジェニー、死んでないわよ」

「ゾンビ化した彼女をあそこに放置したのか?」

「わたしのジェニーを化け物と一緒にしないで欲しいわね。ちゃんとまっとうに人間してるわ」

「……どういうことだ? あのクエストは分岐するのか?」

 


 あのときのことを強制的に回想させられてる気がして、ちょっと煩わしい。



「逆に聞きたいわね。クエストの結末を知っていながら、あの場所にあなたがいた理由を。あそこはサブクエストしかないはずよ。わざわざそれをこなしてるってことはクエストフリークなわけ?」


 

 ジェニーのクエストを含めて、あそこにはサブクエストしか存在していない。

 あのクエストが例外的に重過ぎる内容だが、他のは単なるお使い程度の依頼だ。

 わざわざ忠告をしてくるくらいクエストを把握している彼が、どうしてそんなクエストを遂行しているのだろうか。



「サブクエスト? ……勘違いだ。俺はメインクエストを遂行していた」

「嘘よ。そんな情報、まだ発見されていないわ」

「……なるほど。理解した。アルアさんは断片的にしか情報ページを見ていないんじゃないか? 俺は西側の人間なんだ」

「西側、つまりサンクタウンを初期地点に設定したっていうこと?」

「ああ。俺が受けたクエストは『裏切り者の抹殺』というやつだ」


 

 なるほど。

 私はドームと関わりのある東側の人間だけど彼は違う。

 サンクタウンにある宗教勢力の武装メンバーであり西側の人間なんだ。

 所属する組織が違えばクエストも変わる、か。

 ゾンビ討伐が最優先の東側では工業地区の重要性が薄かったが、西側では何らかの理由であの場所は重要だったのだろう。



「マルタさん、情報交換すべきじゃないかしら?」

「そうだな。クエストの結末が分岐するのは興味深い。それに、実は頼みごとがあってね。ある場所の討伐作戦の協力をお願いしたいのだが」



 彼から私への頼みごと。

 NPCのクエストに道筋が見当たらないのだ、発想を変えてプレイヤーからクエストを受けてみるのも悪くないかもしれないわね。

 何より彼は西側のプレイヤー、私の知らない情報があるに違いない。



「群れるのは好きじゃないけど、二人だしね。いいわ、ペアを組みましょう」



 こうしてアイちゃんと別れて以来、久しぶりのペアを組む。

 お互い自己紹介も交わさない関係、だけどそれでいい。

 それぞれに目的があって、それぞれに益がある。

 それだけで充分だと今は思うのだ。





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