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5、factory

 リザーデ工業地区……。

 植物園に隣接していて、ウェール社が有する工場施設が立ち並ぶ一帯。

 クエストの実装以外に変更が無いのであれば、あそこには元工員だった者のなれの果てが徘徊してるはず。

 敵のレベルは40前後、道具を使ってくるゾンビがでてくるようになるライン。

 といってもこのレベルだと手にした工具を投げつけてきたり、ちょっとした爆発物を投げてくる程度のものだ。


「アルアさんってすごいんだね」


 声のする方へ振り向く。

 戦闘は終えたもののそのやりとりを身近に体験し、化け物と向かい合う恐怖とそれに抗う疲れ、が幼い彼女の表情に滲み出ている。

 彼女のさらに後方には、走って撒くことができなかったゾンビが銃弾によって肉塊と変わり果てている。


「大丈夫? ちょっと休もうか」


 無理もない。

 私もレベルが1の頃、この世界の敵と対峙するには相当の勇気を奮い立たせる必要があった。

 それにあのときはアイちゃんもいたんだ。

 そもそもゲームなのだから、やられてしまっても肉体的には痛くも痒くもない。

 

「ううん、平気だよ!」


 そのハツラツとした表情が作り物であることはわかる。

 だけどその根底にある想いが、強い原動力となって体を動かしていることも知っている。

 私は静かに微笑み返すと、工場が立ち並んでいるとは思えないほどの沈黙を守ったそのエリアへ侵入する。

 まずは守衛室へ向かい、各種施設を把握することが必要だ。




 工業地区入り口からそう離れていない守衛室へと入った。

 こちらに侵入して以降、ゾンビとは遭遇していない。

 守衛室のコンピューターに工業地区の地図を表示させる。

 工場はもちろん、倉庫や事務所などいくつもの施設が存在してある。

 本来、『ジェニーの母をさらった人間が着ていた服』という情報だけでは、場所を特定することなんてできない。

 作業をするのにやりやすいという理由だけで工員服を着ていたのであれば、そもそも工業地区にいるという必然性もない。


「確か第二生産ライン西の……。あった、第二試験室」


 このゲームは推理ゲームなんかじゃない。

 だからご都合主義がある程度まかり通る。

 私は情報ページで次の目的地が分かっているが、本来はこの守衛室に置かれている日誌なんかを読んだり別のクエストを進め、その関連で分かることだ。

 時間は無限じゃない。私は自身の目的のためにもショートカットをさせてもらうわ。


「アルアさん、これじゃないかな? ○月×日、こんな非じょうじだというのに、だい二しけんしつにはあい変わらずぶっしがはこばれている」

「……それみたいね。ありがと、見つけてくれて」


 ここら一帯の地図を頭に入れている間に、日誌では無いが手帳を見つけたようだ。

 向かうべき場所は既に知っているが、せっかくだし目を通してみよう。

 


――○月×日、こんな非常時だというのに、第二試験室には相変わらず物資が運ばれている。工場の稼動はストップし電気も限定的に供給されているなか、いったい何をやっているのだろうか? ウェール社はドームの人間と繋がりがあると言われているし、あの連中が持っている進んだ技術で何かを作っているのかもしれないな。しかし、そのせいでここの警備を任された人間は退避することができない。今はまだ群れから外れたゾンビが数匹侵入しようとしてくるだけだが、今後はどうなるか分からない。サンシティがやられれば、そこから大勢の死者が流入してくることだってありえる。

……どうしてだ、どうしてこんな場所を、こんな仕事を!! あと一日、あと一日たったらここから逃げよう。責任追及されたって構うものか。愛する妻と子の無事を祈って……

 


 もう一つ前のページも見てみようかしら。



――○月△日、今日も第二試験室に物資が運ばれる。今、この工業地区で仕事をしているのは守衛とそこくらいだろう。少し離れているとはいえ、ソルテタウンは壊滅。軍や警察などが強制排除してるからゾンビの数は大分減ったらしいが、そこから漏れ出たヤツも少なくないはずだ。

事態が収束するまでは退避するべきだと思うのだが、上からはとにかくここの仕事を続けろとの一点張り。そんなに第二試験室で行われていることが大事なんだろうか? それにしてもあそこには何が搬入されているんだろう。大きな袋がかぶせられていて中身が分からないが、生物的な凹凸があるし、ときおり動いていたような気もする。ここは農場じゃなくて工場のはずなんだが…… 




 第二試験室で何が行われているか、この手帳の持ち主は把握してないようね。

 無事に逃げ切れているといいのだけれど、もしウェール社がドームと繋がりがあるのだったら逃亡は簡単ではない。

 ……いない人の心配よりもまずは目の前の心配をクリアしなくちゃね。



――カタン



「! ジェニー、そっと私の後ろに。頭を下げて」

「う、うん」


 静かなこの場所に足音が聞こえた。

 その足音はこの守衛室にだんだん強く響き、やがてドアノブがぐるりと回転する。

 私の手には、既に銃弾を吐き出す道具が両手それぞれに握られている。

 ドアはとうとう開けられた。

 銃口をその方向へ向けるが、まだ侵入者の姿は見えない。

 威嚇射撃をすべきか?



「……待て、撃つな。俺はプレイヤーだ」



 声と共にすっと姿を現す人影。

 季節はずれのコートにボウガン、シティーガーディアン社で会ったあの男だ。


「あら、また会ったわね。何か私達に御用?」

「いや、あんた達に用はない。俺は俺でクエストを消化しにここにきたんだ」


 リザーデ工業地区のクエスト?

 植物園もそうだけど、この辺りはあくまでもメインクエストの補足や雰囲気付け程度のクエストしか用意されていない。

 わざわざそんなサブクエストを請け負っているのかしら。


「その子がここにいるとは。クエストを放棄せずに進めてるのか」

「まあね。……たとえどんな結末が待っていても、永遠にプレイヤーへ助けを求め続けるNPCを見かけるのは気分が良くないわ」

「そこのジェニーは物語の終わりを迎えることができるかもしれない。だが、プレイヤーの数だけジェニーは存在する」

「分かっている。でも、もう決めたことなの。これ以上のお節介はいらない」


 男は口を閉じる。

 クエストを受けるかどうかは個人の自由だ。

 彼は雰囲気に似合わず善意で私に忠告しているのだろう。

 だけどもう遅いのだ。私はNPCであるジェニーに愛着を感じている。

 そしてそれは少なからず彼自身にも言えるはずだ。


「クエストの物語としての評価はともかく、わざわざこの辺りのクエストを受けるということはあなたもこの世界に"こだわり"があるんでしょ?」

「……そうだな。俺の価値観で他人の行動を縛るわけにもいかないか。すまないな、邪魔して」

「いえ、謝ることはないわ。こんな場所でプレイヤーに合うなんて想像していなかったから新鮮な気分だし」

「はは、そうだな。物好きなプレイヤーは物好き同士、集まってしまうのかもしれないな。それでは、俺は行くよ。アルアさん」


 文字通り姿を消して守衛室を去る男。

 頭上に表示された名前、マルタ。

 自己紹介の必要がない、ありがたいシステム。

 また彼には遭遇する気がする。

 彼の言葉を借りるならば、物好きなプレイヤーには傾向がある。

 私がアイちゃんやラージウッドに出会ったように、ね。

 さあ、目的地へ急ごう。



ーーー


「ジェニー、絶対に後ろから離れないで!」

「分かった!」


 守衛室から第二試験室にいく間、とうとうゾンビに見つかってしまった。

 壊滅した街に比べれば数は少ないが、それでも銃声を聞きつけて寄ってくるのはうっとうしい。

 特にこの場所のゾンビはスパナといった工具を投げつけてくる。

 私にとっては大した攻撃じゃないが、ジェニーを守ることから考えるとなかなか厄介だ。


 いったん私は退却を決意し、施設内の細い通路へ入り込む。

 目の前が行き止まりであることを確認すると、ジェニーを背中に隠して私は入り込んできた方角へ向き直る。


「弾丸チェンジ、【貫通弾】」


 狭い範囲を一列になって行進してくる死者達。

 最もこの弾丸が活躍できるシチュエーション。

 私だけならこれでも問題ないけれど、念には念を。


「戦士に湧き上がる力を、【パワーゲイン】」


 火属性の補助魔法、【パワーゲイン】で自身の攻撃力を上昇させる。

 貫通弾は複数の敵に対してダメージ効率が高いが、一発あたりの威力は【通常弾】に劣る。

 それを補助魔法で補うことで、ジェニーへの敵の接近を許さない。


 前進する者を撃ち抜き、工具を投げつけようとする者の手を粉砕し、地を這う者の頭を破裂させる。

 いや、流石に頭の破裂は表現上規制されているが、それなりのダメージ表現は表れていて、頭の形はぐちゃぐちゃになっている。


「ふう、増援はないみたいね」

「ねえ、アルアさん」

「なあに?」

「この化け物達も、元は人なんでしょ?」

「……そうね」


 本来の人口を超えて、無限に生まれ出るこの存在。

 ”設定”を考えるならば、この化け物達はかつて人間と呼ばれた生き物だ。


「どうして、ためらいもなく撃てるんですか? ……ごめんなさい、私を守るためだってことはわかります。でも、この人達にも家族があったんですよね」

「説得できるならそうする。倫理観が攻撃を躊躇させるのも分かる。でも、言ったわよね。撃つと決めたら撃たなきゃいけないの。……なんてジェニーには難しかったかな?」

「いえ、生き残るために油断しちゃいけないって、分かります。そうですよね、ごめんなさい」


 ごめんね、そう心の中で呟く。

 こんな醜い姿になってしまっても、ジェニーにとっては同じ世界を生きる住人。

 私は直接つながりのないゲームの世界だからこそこれらを撃てる。

 だけどもし、私の大学で同じような事件が起こったと仮定した場合、私は学生だったそれらを撃つことができるだろうか?


 まだ血を浴びていない手で、ジェニーの頭を撫でる。


「ジェニーのその優しさは大切なもの。人が人として生きていく上で、他人のことを思いやるということ。とても美しいことよ」

「……うん」

「私はそれができなかった人間なの。でもジェニーはそうならないでね」

「で、でもアルアさんは……」

「行きましょう。今の音を聞きつけて新手がこないとも限らないから」 


 考えて、そしてまた考えるほど言葉にし難い思いが心から染み出してくる。

 この世界にどういう形で向き合い、結論付けるのか。

 やはりそのときが来なければ、私には分からない。

 第二試験室まで、あともう少し。



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