2、quest
「……気のせい?」
後ろへ振り向き、そして周囲を見渡す。
プレイヤーはもちろん、ゾンビの姿もそこにはない。
視線のようなものを感じたのだけれど、本当にただの気のせいだったのだろう。
一人になって以来、不必要に神経が過敏になっているのかもしれない。
「とりあえず、あそこにいかなきゃね」
人気の無い街を一人、歩いていく。
店主を失った商店、立ち止まる客が存在しないショーケース。
もはや帰ってくることがないであろう、主の到着を待つ駐車された自動車。
そんな寂しい通りを進むと、一つの壁に突き当たる。
何かのブロックやガレキ、ボロボロの自動車などで積み重ね上げられたバリケード。
ご丁寧に有刺鉄線までも張り巡らされている。
進入を防ぐかのように設置された壁が意味するのは線引き。
そう、ここは境界線なのだ。
ここまでの人気のない街も、バリケードの向こう側も、一つの都市――『サンシティ』ではある。
だけど線引きがされているには理由がある。
「止まれ! 動けば発砲する!!」
有刺鉄線が千切れて人一人が通り抜けられるスペースの先から、男の声と銃器の先端がこちらへ向けられる。
恐らく声の主はこのバリケードの守備を任せられたNPCだろう。
なるほど、ラージウッドが中世編をクリアした影響はこの変にも表れている。
「心配しなくても私はゾンビじゃないわ。ほら、身分証」
「ドームの関係者でしたか! 失礼しました!! お通りください」
まだ若く見える男性のNPC。
年齢相応の身分であるが故にこんな場所の守備を任されているのだろう。
バリケードの先は民間警備会社による治安維持が行われ、比較的安全が確保された地域だ。
この目の前のNPCはその民間警備会社の社員なのだろう、左袖には社名の入った腕章がつけられている。
「警備区の状況は?」
「は、はい。我々による避難者の誘導、並びに防衛任務が功を奏し非常に高いレベルで治安が守られています」
「そっか。お疲れ様」
「いえ、仕事ですので! 討伐の遂行でお疲れでしょう。この近くの我が社の支部でお休みになられてください」
「ありがと。そうするわ」
NPC――ノンプレイヤーキャラクター。
プレイヤーが操作しない、ストーリー設定の説明やゲーム進行の補助のために設置されたキャラクターだ。
ただの人の外見をしたプログラムが、こうして会話を成立させるところまで発展しているのは驚きだ。
……こんな優れた技術があるっていうなら初めから実装しておきなさいよ。
バリケードを過ぎるとまばらではあるが人の姿を確認できた。
ほとんどがNPCではあるが、私と同じプレイヤーも何人か混じっていた。
あの壁を越えたこちら側はさっきの男性が教えてくれたように安全のようだ。
静かな街並みに混じって会話が聞こえてくる。
「お母さん、まだおウチに帰れないの?」
「そうね。壁のあっち側には化け物がうろうろしているの。だから絶対にあっちにいっちゃダメ」
「何がサンシティだ、太陽の都市だ。絶望の街じゃねえか!」
「全く。シティーガーディアンのヤツラが防衛に就いて安全だとは言われてるが、あいつらに命令されるのはいけ好かねえ」
「彼女が向こう側に取り残されて……。助けに行く? いや、でも……。きっと今頃はもうヤツらの仲間入りだ」
「何故だ? 何故この街でこんな非現実なできごとが起こるんだ? ゾンビなんて映画の中だけで充分なんだよ」
「もう終わりだ。きっといつかあいつらが大群でバリケードを突破してくるに決まってる。くそ、ドームのやつらだけが中でぬくぬくと……!こんな不平等、絶対に許さんぞ」
不安、絶望、怒り、諦め。
いろんな感情が渦巻いている。
人が命に関わる局面を迎える場合、こうした思考パターンに陥ってしまうのは仕方が無いこと。
だれだって映画の主役やヒーローになんかなれないし、なりたくもないのだから。
……そしてそれは私も同じ。
この世界がゲームじゃなければ、きっと膝を抱いてベッドでガタガタ震えている。
問題はゾンビか現実か、その違いでしかない。
人々の会話を流し聞きしながら再び目的地に向かって足を動かす。
ところどころにゾンビの襲撃の傷跡が見られるが、街としての体裁はかろうじて保たれている。
物資の確保が気になるところだが、ゲームである以上そこは心配する必要もない。
「こちらのクエスト次第では、私もあの中に入れるのかしら」
街を見渡す視点を少し上に上げると、遠方にドーム上の巨大な建造物が目に付く。
ドーム――権力者や優秀な人間のみが居住することを許される多目的複合施設、兼居住エリア。
正式な名称で呼ばれることはなく、その外観と色々な感情を込められながら『ドーム』と人は呼称する。
ゾンビ襲撃の危険性から完全に遮断され、ある種の選民行動にも思えるそれを好ましくとらえる人間は少ないだろう。
ドームの人間がサンシティの警備をシティーガーディアンに委託しているわけだが、その仕事の補助をさせるためにドームから送られた増援が私達プレイヤーなのである。
とはいえ対ゾンビ用のプロテクトがかけられている私達プレイヤーですら、事件が収束するまではドームの立ち入りが禁じられている。
「まあ、いいわ。用があるのはそっちじゃないしね」
初めてRC3の地に降り立ったあの日、それから幾度となく立ち寄ったあの施設へ向かう。
ーーー
しばらく歩いたその先に、立ち入るのを躊躇わせるような事務所が存在している。
人の喧騒、銃声、アナウンス。
少し離れているこの場所からもごった返しているその様子が想像できる。
「変わってなさそうね。あそこは」
その事務所のような建造物に掲げられた看板にはこう書かれている。
『シティーガーディアン・サンシティ支部』
近未来編で物資の補給とチュートリアルを受けたこの場所、勝手はもう分かっている。
だれに断りをいれることもなく、慣れ親しんだ我が家のように中へ入っていく。
建物と同じく、見慣れた中年男性が目の中に飛び込んできた。
「おう、お嬢ちゃん。無事だったみてえだな!」
「!! ……ダニーさんがしゃべった!」
「なんだ、なんだ。人をマネキンみたいにいいやがって。それにしても無事生還してあるってことは嬢ちゃんは優秀なソルジャーだったんだな」
「止めてよ。ところでさ、何か変わったことでもあった?」
「そうだな。ゾンビの徘徊は相変わらずだが、ドームからの新しいソルジャーがたびたび送られてくるな」
新しいソルジャー。つまりは新規プレイヤーのことね。
こんなグロくて初見殺しの世界でも、好奇心や興味で愚かにも人は参入してくる。
ま、私が言えたことじゃないけど。
でも驚いたわね。
ダニーさんっていうのはシティーガーディアンの社員。
チュートリアル担当の中年男性NPCで、最初の説明が終わると『気をつけてな』としか言えない置物だったっていうのに。
NPCに人格が宿った、そんな錯覚すら覚えてしまう。
「嬢ちゃん達はいいよな。いや、わざわざ戦地に行くってんだからうらやましくはないんだが。ドームの技術者が開発した装備でゾンビに変貌することもないし、瀕死になってもきちんと回収してもらえる。特にゾンビ化しない装備って何よりのお宝だ。情報が民間に出回れば今以上の暴動に発展するだろうよ」
「……そうね」
「まあ、命かけて討伐してるんだしな。もしここがあの動く死体どもに襲撃されたら俺は仲間入りしちまうだろう。使い捨ての社員にソルジャー並の装備が支給されるこたあねえし。そうだな、もし、俺がやつらに混ざって行進なんてしてたら、お願いだから嬢ちゃんの銃で安らかに眠らせてくれよな?」
「……その時がくれば、そうするわ。それじゃあね」
彼らに人格にも似た会話プログラムが稼動して感じること。
それは温度差。生きるか死ぬか、遊戯か死闘か。
作られた世界とはいえ彼らにとって、ゾンビと相対するということは自身の命を晒すということ。
作られた世界だから私達プレイヤーにとって、敵と戦うことは遊びに過ぎないということ。
この世界に対して責任なんて持ってないし、ゲームプレイの結果、彼らの助けになるのだからある程度ドライに考えた方がいい。
スクリーンで見る映画と違って、このヴァーチャル世界の生々しさが余計な思考を駆り立てるのかもしれない。
あらためて周囲を見渡す。
目に入るのはここの社員に避難民、壁一面に張られた探し人の張り紙や様々な依頼についての要請書。
プレイヤーの情報共有ページに目を通しているから知っているけど、本当に多くのクエストが増えたみたい。
この中から適当に選んで試しに一つクリアしてみようかしら?
「お、お姉ちゃん。兵隊さんだよね?」
「え? ……あ」
声の主を探して目線を下げる。
小学校高学年くらいだろうか、ブロンドヘアーで青い目の少女が私に何かを求めるような瞳で呼び止めた。
「突然ごめんなさい。わたし、ジェニーっていうの。その、お願いがあるの……」
頭を下げて、視線を下げて、彼女はそう話す。
……知っている、何故この子がこう遠慮がちに話しかけてくるのかを。
そしてジェニーという名前も、わかっていた。
私の沈黙にいたたまれなかったのか、さらに言葉を投げかけてくる。
「わたしのね、ジェニーのお母さん、探してほしいの……! お願いするお金、あんまりないけどちょっとためてたのがあって。見つけてくれたらお母さんも、お金、出してくれると思うから。だから……!」
表情が曇り、声に悲しみが足されていくのが分かる。
私は何も言わない。
「……ごめんなさい。あぶないし、お金、わたしなんかが払える分じゃ足りないですよね」
彼女は軽く頭を下げると、私に背を向けて離れようとしていた。
母を捜す少女、その後姿は年齢からくる身体的なイメージよりもさらに小さく、だけど強烈に私の思考に焼きついていく。
父を失い、すがることができる存在が母だけだった小さい頃の私。
そんな意図があるはずがないだろうけど、クリティカルに私の心を狙って抉ってくるゲームね。
「ちょっと待って。捜さないなんて言ってないわ」
「えっ!?」
「一緒に捜してあげる。っていっても危ないところは私が行ってジェニーはお留守番だけどね」
ジェニーが驚きと、少し期待を含ませた表情で私を見上げる。
膝を落とし、目線を彼女に合わせ、綺麗でやわらかいその髪に触れながら言う。
「捜してあげる。でも、どんなことが起こってもあなたはそれを受け入れなければならない。それでもいいの?」
少しだけ明るさが宿った顔に、その言葉の意味を理解して影がさしこむ。
ちょっと悪いことをしたと思った。でも仕方がないことなんだ。
現実は人に優しくできてなんかない。ここはジェニーにとっての現実の世界だからその決まりごとは同じ。
「それでもっ!! それでも……お願い、します」
「分かった。私はアルア、よろしくね」
「はい! アルアさん、ありがとう!!」
確認はした。どんなことが起こっても受け入れられるか、と。
それは確かにジェニーに対して向けられた言葉。
だけどそれは同時に、私自身への問いでもあるのだ。
あえて身を削る選択をした、馬鹿な私への……。
ジェニーは少しばかり嬉しそうに私の後ろに付いて来る。
だけど、その心の中は焦りと恐怖、そして母に会いたいという一途な思いがごちゃまぜになっていることだろう。
これで、良かったのか?
だけど、もう決めたのだ。
「……その子のクエスト、受けるのか? 止めた方がいい」
!?
声のするほうを振り向くと、壁にもたれかかるように男が目線を合わせず立っていた。
時期外れのコートには物騒な短剣、そしてこの世界では珍しいボウガンを身に着けている。
「受けるわ。あなたが私に何故そう言うのかも理解してる。わざわざ忠告ありがとう」
「……知った上で、か。物好きだな」
「こんな場所にいるあなたと変わらないわ」
気配を最初は感じることができなかった。
おそらくそういうスキルを取得したプレイヤーなのだろう。
雰囲気と佇まいから、新規プレイヤーなどではなくそれなりに長くこの世界を親しんでいるのが推測できる。
こんな序盤の街にいるなんて、何かクエストを遂行してるのかしら。
「……。いい香りがするな、香水か? この世界ではアイテムとしては生産できないものだ」
「知り合いに作ってもらったのよ。中世編で活動してる、ね」
「なるほど、中世編か。香りがするアイテムに良い思い出がないが、あんたには合ってるな」
「ありがと。それじゃ私は行くわ」
ジェニーの手を握り、休憩所へ向かう。
この柔らかく、体温を感じることができる手。
それでも彼女はNPCなのだ。
だから私とさっきのプレイヤーの会話に加わることはない。
遂行しているクエストのNPCは該当者以外の他プレイヤーと接触できない。
もし彼女が生身の人間であるならば、さっきの会話に何らかの反応を示すはずだ。
それがないことで、彼女が人間でなくNPCであるという強い実感がわき上がる。
「あのね……。お母さんとはこの辺りまで一緒にいて……」
休憩室の机に地図を広げて経緯を話す少女。
私にとってジェニーがいるように、他のプレイヤーにも同様にジェニーがいる。
プレイヤーの数だけ、クエストを遂行するための彼女が存在しているのだ。
分かってる。ゲームだって。
でも、それでも……。
それでも私は決めたんだ。この母を捜すのにひたむきな少女のクエストを最後までやる、って。
人捜しというにはあまりにも危険な私とジェニーの探索が、こうして始まっていく。




