1、when the world begin
ひび割れ一つない、ビルの群れが立ち並ぶ通り。
途中には青々とした木々が植えられ、コンクリートの森と緑との共存を図っていることが窺える。
建造物に樹木、それは明らかに人間が意図して設置し作り上げたもの。
都市という空間、それは自然という言葉から最もかけ離れた作為の塊の地。
だがそれを作り上げた"人間"という存在は周囲に見当たらない。
人が関わっているはずの場所に人がいない。
本来大勢の人でにぎわっているはずの街に、彼女がただ一人たたずんでいる様はみる者に寂しさを感じさせる。
しかしながら、当の本人はそんな風景において寂しさどころか癒しすら感じていた。
「この場所と、この空気。初めて来たときと何も変わってないわね」
ライトブラウンのショートカットに、魅惑の唇。
優しさが僅かに感じられるも、何を思うか読み取れない瞳。
整った顔立ちは見る者に"美人"という言葉を率直に想起させるが、その影を帯びた雰囲気は彼女に気安く声をかけることを妨げる。
「弾は充分ね。……ほんと何やってるんだろ、私」
腰に取り付けたサブマシンガンの状態を確認し、そう呟く。
若い女性が持つには似つかわしくないその銃器を、長年扱ってきた相棒のように優しく丁寧に触れている。
都市と同じくギャップを醸し出すこの女性――更木 有子。
その頭上には"アルア"と表記されている。
そう、彼女は再びこの地――RC3の近未来の世界に戻ってきたのだ。
中世編に渡って仲間ができ、短い時間だったがチームに所属し楽しい時間を共有していた。
そのままリアルから離れて、楽しいことだけを見続けられればどんなに幸せだっただろう。
「お母さん……」
その死はあまりにも唐突だったが、彼女自身にはそう遠くない未来に訪れることであると、何となくわかっていた。
父を亡くして以来、彼女の母は変わってしまった。
いや、本質的に心が弱い性質があったのだろう。
その子である有子は自身に照らし合わせてそう考える。
遺された財産をもとに母は女手一つで彼女を育てた。
気丈に振舞ってはいても、ときおり表情ににじみ出る影が、亡き父への強い執着を子供心にも感じさせていたのだ。
大学生になり一人暮らしを始めて、目に見えて弱くなった母から目を背けるようになった。
「生きているうちに、もっと何かやれることがあったのかもしれない。でも、言葉が届かないのにどうしろっていうのよ」
成人を迎えたときから母は独り言を呟いたり、窓から見える空をずっと眺めるようになっていた。
何度か親子水入らずの旅行を企画したが、気分じゃないと断られる。
そしてそれ以降、彼女も積極的に動くことを止めた。
有子は母に共感するところが一つあった。
建前では絶対に口にすることが無いが、その心の奥深くにある欲求にも近い感情。
それは"無"への憧れ。
生まれ降り立った現実の世界に激しい熱情を抱くことも無く、ただただ自身の存在の理由を問い続ける。
同世代の人間が享楽的で、刹那的で、何も考えてない馬鹿に思えて一緒に行動することができなかった。
しかし本当は分かっていたのだ、一番の馬鹿は何もできない自分だということに。
それを自覚したときから、この世界から消えてしまいたいと思うようになっていた。
死ぬのは、怖い。それに母を遺しては死ねない。
でもその母も形を失い、現実世界において無となり消えてしまった。
親戚や友人もほとんどいなかった人間の最後というものはあまりにもシンプルにことが運び、リアリティを感じなかった。
目から涙なんてこぼれるはずもない。
「私は一人。仲間ができても、友達がいても、それは変わらない」
悲劇のヒロインを気取っているつもりはない。
親が死んで一人きりになる、ただそれだけのことなのだ。
そう思っているはずなのに、ときおり胸を締め付ける感覚があることが納得できなかった。
もともとあった虚無感を母の死が加速させた。
ろうそくの灯火程度しかなかった熱が、今ではマッチ棒のかぼそい火にも劣るほどの気力しかない。
そんななかにあって唯一彼女の中に生じた欲求。
「このゲーム、きっと何かある。それが何かは分からないけど……。でも何もなくったって構わない。いつだってゴールのない道を進んできたんだから。そのスタートに戻るだけ……」
不可解な環境を前にして"知りたい"という欲求だけが心の中で膨らみ続けた。
それはきっと現実逃避なのだろうと、自嘲気味に考えることもある。
でもどうだっていいのだ。
時間の浪費で終わってしまっても、何も失うものなんてないのだから。
――グオォォォォ……
不意に、思考を妨げるうめき声が聞こえた。
地面を這う、人型をした生物の声。
その目は白濁し、口からはだらしなく唾液が洩れ出て、しかしむき出しの歯は赤く染まっている。
新しい食料を前にして、通りに停められている車の下から這い出てきたそれ。
生きる屍、動く死体、リビングデッド、いろいろと言い様があるがやはり"ゾンビ"がしっくりくる。
成れた動作で銃を構え、その声の主に照準を合わせる。
何千、いや何万匹と倒してきた存在だ。今更怯えることなどないだろう。
乾いた連続音と共に金属の弾が発射され、命中。
ゾンビは一生における二度目の死を迎え消滅する。
彼女は再確認する。
こうしてゾンビを相手にしているとき、夢中になれるものが何一つないと感じていた自身の胸が、ほんのちょっと熱くなっていることを。
中世編で出会った少年、ラージウッドがクエストを攻略したことでこの世界は変化した。
クエストやNPCの設置、ストーリーを読み取ることでこの世界に色が生まれ始めた。
そして彼女自身にも生じたものがある。
「何もやる気がおきなかった。でも一つだけ執着しているものが私にもある。人は私に何をやってるんだって怒鳴るかもしれない。でも、そんなのどうだっていいんだ。今感じているこの感覚だけが、このどうでもいい世界の中で最も確かに私の中に存在しているのだから」
過度な期待はしない。
ただただ、自身の欲求を満たしていくと、今は決めたのだ。
どうしようもないリアルを捨てて、この仮想世界の真実を突き詰める。
そもそも謎なんてはなっからないのかも知れない。
でも、決めたのだ。
「考えるのここまで。やるってきめたんだから、やってやるわよ!」
銃を仕舞い、止めた歩みを再び再開する。
見渡せばコンクリートの街並み、それはリアルとは変わらない。
歩きながらの彼女の目に映るもの。
もはやだれのためにあるのか分からない商店やビル、明滅する電灯の明かり。
いつ戻るか分からない主を待ち続けるドアが開きっぱなしの車道の自動車。
この寂しさすらも、今の彼女には愛おしく感じられるのであった。




